第百一話
碧玉の森、石積み遺跡の迷宮、八階層。
それにしても、この迷宮に出る酸蛞蝓のような地面に転がってる魔物はデカいけど遅い。
一方で空を飛ぶ魔物は鉄蜂が煩くて見つけやすいけど硬くて速かったり、幻影蝶はゆっくりだけどフッと消えたりしてトリッキーだ。
空中の魔物に気を取られると、突然泥蛙の舌が伸びてきたりするのでどうにもやりにくい。
……先行者がいることで焦ってるのか?
少し落ち着いて攻略する必要がありそうだ。
八階層を進むとまた鉄蜂のブブブブッという音かした。
瞬時に首を竦めて周りを見渡すと、右手の柱の間を飛ぶ姿が見える。
何匹いるか確認しようとすると、正面の方の地面が動いた。
何だ?
鉄蜂を警戒しながら、正面の地面を見る。
黒字に青い水玉模様の蟻がこちらに向かって走って来る。
水玉蟻?
子犬のような大きさの蟻が何匹か音もなく柱の間を走ってくる。
蜂といい、蟻といい、社会性昆虫は集団で襲ってくるから嫌いだ。
一斉に襲って来て挟まれると嫌なので、見えない鉄蜂を後回しにして、水玉蟻を迎え撃つ。
僕が走り出すと水玉蟻が大きな顎を持ち上げてガチガチと鳴らす。
僕の太腿よりも太い前顎を噛み合わせている。
攻撃的な動きに対して頭と腹にある可愛らしい水玉模様が現実感を失くさせる。
蒼光銀の剣で斬りつけるとザックリと頭から胸、腹が裂けた。
体液が飛び散り周囲の地面から煙が上がる。
酸蛞蝓のように酸性の体液なんだろう。そう言えば蟻酸といった毒液を持つ蟻もいたな。
酸性の体液を見たから余計な傷を傷つけないように首を落として倒す。
連続して五匹の水玉蟻を倒すと、蟻のターンは終わった。
次は蜂のターンだ。
相変わらず音だけしか聞こえない。
何処だ?
何故だ?
斬り捨てた水玉蟻を放置して音の方に走ると、天井から鉄蜂の巣がぶら下がってる。
あの巣の中には何十もの鉄蜂がいるだろう。ひょっとしたら百を超えるかも知れない。
あ〜ぁ……。
避けて進めば良かった。
ブンブン煩い鉄蜂が僕を見つけて追い払おうと寄って来る。
まずは寄って来る鉄蜂を撃退する。
蒼光銀の剣を振り回して近づいてくるヤツから叩き落とす。
右から左から、上の巣からひっきりなしに出てくる鉄蜂が襲ってくる。
これだから社会性昆虫は……。
確か、蜂から分化したのが蟻だったか。
似たような習性の昆虫がこの先も続くと思うとうんざりする。
煩わしく思いながらも継続して鉄蜂を斬り続けると、鉄蜂の死体がズンズンと辺りに散らばる。
三十ほど鉄蜂を倒すと襲われなくなった。
……弾切れか?
弾切れというのも変だが、成虫がいないのか?
とりあえず安全になったけど、あの巣をどうしようかな……。
せっかくなので潰してしまって神授工芸品が出るか試したい。
しかし天井からぶら下がっていて長剣では届きそうにない。
ま、リスクの少ないヤツから試すか……。
収納庫から銀の短弓を取り出して弦を引くと、遠慮なく十斉射を三連続で放つ。
シュパパパパパパパパッ!
鉄蜂の巣で光が弾け続けるけど、イマイチ攻撃力が足りない感じだ。
追加で更に五連射して巣の表面全体に光の矢を浴びせかけた。
シュパパパパパパパパパパパパパパッ!
……光が辺り一面を照らして眩しさで目が開けてられないぐらいだけどダメだった。
鉄蜂の巣は思ったよりも頑丈で、表面が少し削れただけだ。
攻撃がきっかけになって巣から追加で鉄蜂が慌てて出てくる。
……あら、まだいましたね。
銀の短弓を蒼光銀の剣に持ち替えて、また迎撃戦を行うと、瞬く間に鉄蜂の死体が辺りに散らばった。
銀の短弓でダメだと、ちょっと危険な武器を使わざるを得ない。
深淵黒檀の黒弓。
連射性能は落ちるけど、威力はあるはずだ。
黒弓に魔力を流すと薄っすらと弦が現れる。
その弦を握って更に魔力を流すと光の矢が現れる。
その矢に更に魔力を込める。
光の矢がどんどんと眩しくなるけど、更に魔力を込めると鉄蜂の巣を狙う。
狙うのは天井と巣の境目。巣を砕ければ良いけど、砕けなくても落とす段取りぐらいは進めたい。
ギュン!
矢を放つと光が渦を巻きながら狙い通り鉄蜂の巣に当たった。
ボンッ!
光が弾けて爆風が巻き起こる。
直後にドサッという音がして巣が地面に落ちた。
鉄蜂の巣が割れると、そこから鉄蜂が一斉に飛び出して僕に向かって来る。
さっきまでの比ではない。
鉄蜂同士がぶつかってガチンガチンと音が出るほどの密度で、百近い鉄蜂が塊で迫って来る。
僕は深淵黒檀の黒弓を放り投げると収納庫から蒼光銀の長剣を取り出して両手で構えた。
構えてすぐに魔力で二段階強化して蒼光銀の長剣を赤熱させ、鉄蜂の塊に飛び込む。
逃げ回って鉄蜂を背にしても戦いにくいだけだ。
真っ向勝負で粉々にするつもりで剣を振り回す。
長剣を振って振って振りまくる。
次第に切り裂かれてバラバラになった鉄蜂が僕を中心にして円を描くように積み上がっていく。
まるで銀色の蟻地獄のようになっている。
そうして鉄蜂を殲滅すると、巣に向かう。
天井から落ちて割れた巣の中を見ると、中心に三倍ぐらい大きな女王蜂がいる。
……大きさだけは立派だけど身動きは遅いようで危機感はない。
この巣や女王蜂が何かの素材になるとも思えないので、一通り巣を確認すると既に殲滅した鉄蜂たちと同じように粉々に斬り刻んで、葬った。
そして、しばらく待つ。
これだけの魔物を討伐したのだから、何か神授工芸品が出るんじゃないかと期待して待つ。
ゆっくりと銀色の粉末に近い死体が迷宮に沈んで消えると、銀の山の跡に濃い緑色のマントが残った。
……これは神授工芸品か?
僕には銀糸のマントがあるのでちょっと残念に思ったけど、ありがたくもらった。
この迷宮で最初の神授工芸品が濃緑革のマント。
この先、何系統の神授工芸品が出るのかまだ想像がつかない。
でも神授工芸品が手に入るのは安心した。
先行者がいなくて、ただ神授工芸品が出ない迷宮の可能性もあった。
神授工芸品を入手して初めてその可能性に気づいた。
鉄蜂の巣があったから水玉蟻の巣もありそうだ。
もし見つけたら、どうしよう?
神授工芸品を手に入れるチャンスだけど、倒すのはかなり面倒くさい。
こんなとき火魔法が使えたら土を爆破して掘り起こしながら敵を倒せるのだが、生憎僕にはそんなことはできない。
さっき放り投げた深淵黒檀の黒弓を探して拾うとこの先のことを考える。
まだ見つけてもいない蟻の巣に対して期待と不安を抱えて歩き出した。




