第百話
碧玉の森、石積み遺跡の迷宮、二階層。
二階層の構造は一階層と変わらない。
天井の高い大きな広間に太い柱が乱立している。広間なので奥の方まで見えてもいいんだけれど、無数の柱のせいで視界が遮られている。
見ようによっては森の奥、樹海のような階層だ。
方向的には入口に戻るようにして二階層を走り抜ける。
たまにいる蛞蝓は避けて走る。
柱の間を塞ぐようにして転がっていたら斬り捨てていく。
多分、素材としての価値は無いだろう。
蛞蝓よりも神授工芸品を見つけたいけど、見つからない。
この階層も半刻ほどで走り抜けた。
三階層。
相変わらず同じ雰囲気が続く。
二階層にも神授工芸品が無かった。
……誰かが先行してる。
それは間違い無いだろう。
いや、間違い無いと考えた方がいい。
誰かがいると考えた方が危険が少ない。
誰だ?
集団暴走で魔物が溢れる中、わざわざ迷宮を優先した?
それとも限定特典を知っていて、危険を承知で迷宮に潜ったか?
どちらにしろ好意的に受け入れられそうに無い。
……お互いに。
相手の様子を見るために静かに進みたいと思ったけど、前からグェッグェッ煩い魔物が現れる。
イボイボで泥々な蛙がこちらを見てる。
体が大きく僕ぐらいの身長だと丸呑みできそうな口をしてる。
蛞蝓と同じようにあまり近づきたくないと思って躊躇したら、口を開けて舌を伸ばしてくる。
大人の腕よりも太く長い舌が真っ直ぐ伸びてくるので、横にかわしつつ、舌の中ほどで斬り上げる。
斬った舌から何か液体が飛び散ったのを避けながら更に踏み込んで、蛙の口から横一文字に斬り裂いた。
上下に切り分けられた蛙がベッタリと潰れるようにして地面に消えていく。
蛞蝓に続いて泥蛙か、若干嫌な予感を抱いて先に進む。
先に進むと今度は柱にくっ付いている蛞蝓とその下の地面をゆっくりと進む巨大芋虫がいる。
うげぇ……、やっぱりこの迷宮の魔物は虫系のようだ。
柱にいるおおきな蛞蝓を斬り剥がし、地面に転がる巨大芋虫もギザギザとした口がついている頭を落として倒す。
ジュッ。
蛞蝓の体液が巨大芋虫にかかると、巨大芋虫の体が煙を出して溶けた。
……今まで気づかなかったけど、ただの蛞蝓じゃなくて酸蛞蝓のようだ。
蒼光銀の長剣だから影響ないけど、鉄剣だと傷がついたり折れたりするだろう。
銀の蜥蜴の迷宮に出てくる粘性捕食体のようにいやらしい魔物だ。
謎の先行者はどんな武器を使っているのか?
普通の武器だと酸蛞蝓を倒し続けられない。
倒さずに進んでいるか、魔法を使うか?
……どちらにしろ嫌な相手だ。
安全を重視して魔物を倒して進むレゾンド・レオパードのような人物ならば、早々に迷宮から引き返す。
しかし魔物を倒さずに先に進むような相手だと神授工芸品だけ持ち去って、痕跡を残さない。
魔法を使って魔物を倒し続ける相手なら全てを倒しながら神授工芸品を拾って行く。
そんなヤツとは鉢合わせたくない。
また別の可能性として、蒼光銀の武器を持っている冒険者というのも嫌なケースだ。
そんな冒険者が先行してるとしたら、どれだけ警戒しても足りない。
相手次第で何が起きるか分からない。
四階層、五階層と徐々に深く潜って行く。
坂道が長くなり、少しずつ天井が高くなっているような気がする。
ネグロスやクロムウェルたちを放置して来て、様子を見るだけのつもりだったのに、先行者の思惑が気になって帰れない。
どんどんと深みに嵌ってる気がする。
広間の横の方からブゥゥーンとした。
この天井の高さを活かした魔物のお出ましだ。
蜂。
しかも大きくて銀色の金属光沢がある。
鉄蜂。
僕の頭ほどの大きさでお尻には針と言うには大き過ぎる鉄槍がついている。
その鉄蜂が上の方から何匹か飛んで来る。
あ〜、これだから虫系は嫌だ。
両手に蒼光銀の長剣を持ち、迎え撃つ準備をすると鉄蜂が到着して戦闘が始まった。
鉄蜂は硬い。
鉄蜂の鉄色は見かけ倒しじゃなく剣を振るたびに、キンキンッと音がする。
そして斬り落とした鉄蜂はズンッと落ちる。
まさに金属製の蜂だ。
それなのに動きは速い。
数もいて綺麗に首を落とすのが難しいので、間合いに入った鉄蜂からとにかく斬りつける。翅でも体でも傷つけて撃墜していく。
落ちた鉄蜂はタイミングをみて止めを刺すだけでいい。
五、六匹を倒すのに結構手間取った。
これはかなり難易度の高い迷宮だ。
酸蛞蝓を剣技で倒し続けるのはキツい。
鉄蜂は硬くて速い。剣技でも魔法でも苦労するだろう。
……先行者はパーティか?
僕が単独だからパーティで潜ってることは無意識に想定してなかった。
神授工芸品を持ち帰るのもパーティの方が容易だ。
パーティなら分担して運べばいい。そうでなければ魔法鞄か何かが必要になる。
どんどんと先行者の条件が厳しくなってくる。
はぁ、……憂鬱になり溜め息も出てくる。
五階層の大きさもこれまでと変わらない。
同じ時間をかけて走り抜け、神授工芸品は一つも見つからない。
唯一変わったのは、六階層に下りるのが坂道から階段になった。
そうして六階層に入る。
柱の影から急に現れた泥蛙と鉄蜂のコンビを瞬殺すると、上の方から鱗粉が舞った。
……マジか?
鱗粉には嫌な思い出しかないので焦ったけれど、鱗粉は舞い散るだけで特に影響は無さそうだ。
でも、その鱗粉を撒いた蝶の様子がおかしい。
揺らめくように宙を舞って、ときおり姿が消える。
鱗粉の影響か?
動きを予測して斬りつけても剣で斬れない。
擦り抜けるようにして近づいてくる。
バックステップで距離を取り動きをよく観察するけど、変なところも無い。
鱗粉に気をつけながら、メチャクチャに剣を振るとやっとヒットした。
……物理的なダメージは無いけれど、精神的に疲れる。
多分幻影蝶だったんだろう。
幻に翻弄されてる内に、いつの間にか他の魔物に囲まれてしまい、やられてしまう。
そんな話を聞いたことがある。
積極的に戦うつもりは無かったんだけど、結構戦闘を続けてる。
広間のような空間なので、見通しは悪いけど動くものは見つけやすいのかも知れない。
……かと言って、柱の影に身を潜ませながら状況を確認してから進むのは時間がかかる。
突っ切って走るのが一番早そうなので、もう少し魔物を無視して進んだ方が早く進めるかな?
鉄蜂や幻影蝶を無視して進むことにしたら、今度は泥蛙が上から落ちて来た。
何で蛙が上から落ちてくる?
不思議に思って上を見ると、ただの柱だと思っていた柱に横枝みたいなものが増えている。
天井が高くなり柱も長くなって補強するかのように横枝が増えていて、その横枝の上に何匹か泥蛙が固まっている。
コイツらは図体もデカいし邪魔なので、辻斬りで道を作りながら進む。
六階層、七階層とできる限り魔物を避けながら図体のデカい魔物だけ倒して進むと、やっと八階層に着いた。
十階層まで進めば階層主だ。
階層主がいるかどうか?
倒した後に十一階層に行けるかどうかで、先行者がまだ先に進んでいるかどうかも分かるだろう。
そのために八階層も走り始めた。




