第三弾 俺は物語の主人公になりたい(2)
どこまでも突き抜けるような蒼い空に、丁度よい温度と光を届けてくれる太陽のなかで俺は絶好の睡眠日和だなぁと思いながらうとうとしていると、ゴーンゴーンと学園にある塔の最上部に浮遊している鐘が授業の終わりを知らせるべく鳴り響いた。
「はーい、じゃあ今日はここまでー。お前ら気を付けて帰れよー」
「やっと終わったー」
「かえろうぜー」
その音を聞いて教師が授業を終了し、各々が自由に行動を始めだす。
「ふわぁー、今日も一日疲れたー」
俺は目いっぱい両手を上にあげながら背中を伸ばす。
「昼もずっと寝てたくせに、よく疲れたなんて言えますね、貴方」
横ではあきれ顔でイリスがこちらを見ている。
「もう学園にいるだけで疲れるんだよ。わかるだろ?」
「全く分かりませんね。学園に来ていつも一人でいるだけなのに一体どこに疲れるんですか」
「お前、さらっとディスるの止めてくんない?傷つくから」
全く油断も隙もないやつだ。
「ダーン、イリス、帰ろうぜー」
ライとアリサが近づいてきた。
「悪い、今日は先に帰ってくれ。誰かさんのせいで授業中騒いだ罰として教室の掃除頼まれてんだ。誰かさんのせいでなぁ!」
じろりとイリスの方を見るが本人はどこ吹く風だ。
「は、はは。災難なことだなそれは」
苦笑いでそういうライ。
「はっはっは、お前ら手伝ってくれてもいいんだぞ?」
「じゃあ頑張ってなダン」
「ちゃんと掃除するのよ」
「罰はしっかり受けてくださいね」
ライ、アリサ、イリスはそれだけ言い残すと颯爽と帰っていった。
なんて薄情な奴らなんだ。
まあ、俺がそっちの立場なら俺も間違いなくそうするが。
俺はぶつくさ言いながら掃除を開始する。
教室はそこそこ広く一人で掃除するには少し骨が折れそうだ。
廊下には今から帰るのか楽しそうに話しながら歩いている生徒がちらほらいる。
その中で猫のような耳をぴょこぴょこしながら帰っている亜人族がいたりしてめちゃめちゃ癒された。
亜人族は身体的特徴として体の一部分が他の生物の物になっていたりする。
そしてその生物の特徴が身体的特徴として表れたりする。
付け加えて言うと、亜人族は身体能力は基本的に高いものが多い。
猫耳かぁ、いいものだな。
それ以外にはうさ耳とか王道だが犬とかもいいよなぁ~。
けど亜人族って日常生活がもう大変そうだよな。
他の生物の身体的特徴が出るってことは、鼻のいい生き物、例えば犬の特性とか持ってたら俺ら人間には臭いなぁ程度の匂いでも気絶したりするんじゃないか?
え、ていうか、もし授業中とかにオナラとかうっかりしちゃったら亜人族にはばれてるかもしれないってこと?
まじかよ今度から気をつけよ。
身体能力が高いのはうらやましいけど、やっぱいいことばっかじゃないよなぁ。
そんな他愛のないことを考えながら掃除をしていたがやっと半分終わったかなというくらいしか進んでいなかった。
うーん。
「もう掃除終わったってことにして帰るか!」
だってめんどくさいのだもの。
むしろ半分もしたことに感謝してほしいくらいだぜ。
「まあ、誰かに見られてるわけでもないしいいだろう!」
そう独り言を言いながら後ろを振り返ると、たった今教室に入ってきたであろう男子生徒とばっちし目が合った。
その男子生徒の瞳はとても鮮やかな紅色に輝いていて、まるで見る者の全てを見透かしているようにも思えた。
というかよく見たら今日食堂で見た超イケメンの有名人だった。
「…………」
「仕事はちゃんとした方がいいんじゃないかな?ハハハ」
「このことを見なかったことにして、通り過ぎるという案は?」
「んー、それはないかな?」
「三十ティアやるからさ?な?」
俺今金ないけど…。
「ずいぶん安い買収だね。今やるって言うなら付き合ってあげてもいいけど?」
噂通りイケメンなうえに性格までよろしいようだ。
……爆発してほしい。
まあそれはそれとして手伝ってくれるというなら利用してやろうじゃねぇか。
「ぜひ、よろしくお願い致します!」
「……驚くべき程の即答だったね」
そう言いながらも、俺の掃除を手伝うべく掃除道具に手をかける。
「にしても、何で教室の掃除なんかを任されているんだい?掃除なんて仕事の人がやってくれるだろ?」
ここグローリア学園では学園内の掃除は専門の人を雇っており本来なら学生がする必要は全くないのだ。
まあだからこそ罰としてやらされてるんですけどね。
「善意だよ、善意。お前こそ何の得もないのによく手伝ってくれるな」
「はは、善意だよ」
何言ってんだコイツ。
善意なんてこの世にあるわけねえだろ。
俺がうさん臭そうな目で見ているとその視線に気づいたようだ。
「信用ないなぁ。困っている人がいたら助けたくなるだろ?」
「ならねぇよ?」
なに当たり前みたいに言ってんの?コワイ。
「まあ、僕のクセみたいなものだよ」
「えらく生きにくそうな性格してんなぁ」
「アハハ、よく言われるよ。けど君だって似たようなものだろ?」
「は?俺がそんなめんどくさい生き方してるわけないだろ?」
「学園内でいつもセクハラしてるやつって君のことだろ?」
少し笑いながら言うイケメン。
その姿も絵になるのでやはりイケメンは死んだほうがいい。
「おいおい知ってたのかよ。ていうかあれはセクハラしてるわけじゃなくて現実を教えてあげてるんだよ?」
まあ、教えられているのは俺かもしれないけど。
にしても、それを知ってて俺に関わってくるとは本当にいい性格してるな。
大体の奴は魔界寮に住んでていつもトラブル起こしてるやつと聞けば向こうから避けてくるのに。
「話によると、君はいつもセクハラ発言をしている変態くそ野郎だって噂だけど?」
こいつ純粋な瞳してなんて毒を吐きやがるんだ……。
「お前、本当にいい性格してんな……。よく鬼畜だとか言われない?」
天然なのか分かってやってるのか、どちらにしても質の悪いことには変わりないな。
「そういえば、ドンパチしてるもう一人の方は今日は一緒じゃないのかい?」
「ああ、もうとっくに帰ってると思うぜ?あいつら薄情にも俺のこと見捨てていきやがったからな」
「……なんだ、そうなのか」
何か考え事をしているのか、独り言のようにつぶやく。
なんだ、ナンパ目的か?
イリスの外見はとても整っており、学園生活に慣れてきた今でもまだ告白してくるものが後を絶えないほどだ。
外見だけはいいからな、外見だけは。
「何か用でもあったのか?女の子なら間に合ってるだろ」
なんたってこいつは一年にもかかわらずファンクラブまでできている程のモテ男なんだからな。
「なんだ、知ってたのかい?」
ファンクラブのことを知られていたからか、少し照れくさそうな顔をする。
「まあな、そっちも有名人だろ。しかもいい意味でな」
なにせこちらは変態扱いされてるからな。
「有名人なんてなりたくないんだけどね」
「全くもって同感だな。……っと掃除ももうあらかた終わりか」
「そうだね、大体終わったみたいだね」
教室を見渡しながら満足そうにうなずく俺とイケメン。
めんどくさいだけの掃除だったが妙な満足感を得る。
これが仕事奴隷への第一歩か…。
「にしても悪かったな。なし崩し的に手伝ってもらうことになって」
俺は笑顔でそういう。
「それ一ミリも悪いと思ってない人の顔だよね?」
おっと、いけないいけない、手伝ってもらえてラッキーというのが顔にあらわれてていたようだ。
「おいおい心外だな。俺だって一ミリくらいは思ってるぞ?」
「まあ、僕がやりたくてやったことだから良いんだけどね」
掃除を終わらした俺達は帰宅するべく外に向かっていた。
学園内は外の運動場で身体を動かしているものや、教室で集まってあーでもないこーでもないと議論を交わしている者達など放課後にもかかわらずたくさんの生徒が見受けられた。
「みんな、授業が終わっても帰らないなんて案外暇なんだな」
俺が率直な感想を呟くと、その声が聞こえたのか反応を返してくれる。
「あれは、暇だから残っているわけじゃなくて部の活動だと思うよ。この学園では同じ目的をを持った人たちを五人以上集めて、その活動の有用性を学園側に認めさせることが出来たら部として活動することが出来るんだよ。例えばあれは徒手格闘部でさっきの教室で見たのは魔術研究部だと思うよ」
「ふーん、青春だねぇ」
「優秀な生徒が多いからね。この学園の部活動で発明された技術なんてのも少なくないらしいよ。君は何か部活動には入らないのかい?」
「俺は今のところ興味ねぇなあ」
ていうか、魔界寮にいるってだけで変な目で見られるしその上変態扱いまでされてるからな。
部活動に入ってもめちゃめちゃ浮くだろうなあ。
「……そうか」
「お前は何か入ってんのか?」
「いや、こう見えて忙しい身だからね。たくさんお誘いは頂いているけど入るつもりはないかな」
「ほーん」
どうせファンの女の子といちゃいちゃするのに忙しいんだろこのクソリア充め。
「な、なんだいその視線は。言っておくけど本当に忙しいんだからね?」
「へいへい」
靴を履き替えて外に出る。
「死闘乱部はイイ感じだったわね」
「俺は徒手格闘部もいいと思ったけどなあ」
「私は特に気になるものはありませんでした」
少し離れたところからこっちに向かってくる集団から見知った声が聞こえてくる。
というか死闘乱部って名前物騒すぎんだろ。
「あら、ダンじゃない。やっと掃除終わったの?」
声の主はアリサ達だった。
こいつら俺を見捨てて先に帰ったんじゃなかったのか?
「ああ、今終わったところだ。お前ら何やってんだよ」
まあ、今の話を聞く限り部活動見学でもしてたんだろうけど。
「俺達は部活動ってやつを見に行ってたのさ。いろいろあって結構面白かったぜ」
ライが予想通りの答えを返してくる。
「久しぶりだね、ライオット」
「おお、ハルトじゃねえか!……ってなんでダンと一緒にいるんだ?」
「さっき知り合ってね、掃除を手伝って一緒に帰ってたんだ」
お互い面識があるのか、普通にしゃべり始める。
ていうかハルトって言った?
「ダン、あなた初対面の人にいきなり掃除を手伝ってもらうなんて、遠慮という言葉を知らないのですか?」
「うるせぇよイリス。コイツが手伝うって言ってくれたんだよ、俺は悪くねぇ。ていうか二人は知り合いなのか?」
「ああ、そういえば言ってなかったっけ?こいつはハルト=ドラク、俺やアリサと同じ貴族なんだ。だから子供の頃からよく貴族の会食とかで会うこともあって友達なんだ」
ライが答える。
言ってねぇよ、超初耳だわ。
「なるほどな、ていうことはお前が世紀の大天才って言われる、あのハルト=ドラクってわけか」
「そういえば自己紹介がお互いまだだったね。改めて名乗らせてもらうよ。僕はハルト=ドラク、一応貴族をやらしてもらっているよ」
大仰にお辞儀をしながら自己紹介をする。
「俺の名前は、ダン=ウェルフだ。気軽にダン様とでも呼んでくれ」
「そうか、ダン。なら僕のことは気軽にハルトとでも呼んでくれ。そちらの二人は何とお呼びすればいいかな?」
俺の様呼び提案を華麗に無視しアリサとイリスの方を見ながら問いかけるハルト。
「アリサ=アリーゼよ。アリサでいいわ」
「なるほど、君があのアリサ君かい。ライオットから話はよく聞くよ、すぐムキになる性格で「なっ、ちょっとライオット!どういうこと、そんな風に思ってたの!」
ハルトの言葉を途中で遮り、ライに詰め寄ってぎゃーすぎゃーすと言い始めるアリサ。
そしてそれを宥めようと必死に弁解するライ。
「ムキになる性格でそこがカワイイって言ってたよ」
言いかけた言葉をつなげるハルト。それを先に言ってやれハルトよ、どうやらあの二人にはもう届いていないようである。
「私はイリス=アライズです。好きに呼んでくれて構いません」
「ハルト、コイツのことは冷徹女と呼んでやってくれ。本人もそれを望んでいる」
俺がイリスの方を指さしながらそう言うと、例によって例のごとく攻撃が飛んでくる。
「おい!危ねぇな、氷の塊なんか当たったら痛えだろうが!」
「何を言ってるんですかダン?当てる気で撃ってるんですから当たり前じゃないですか」
当たり前のように言い放ち攻撃を続けてくるイリス。
「俺は当たらん!当たらんぞぉぉぉぉぉおおお!……あ、靴紐が、ちょっとタンブベラッア!」
氷塊を避けきれずついに当たってしまう。……超痛い。
「えーと、まあ、ともかくアリサとイリスでいいかな?」
「ええ、そうね。イリスもいいわよね」
「はい」
話を終わらしたアリサと俺に氷塊を当てたことで満足したのか攻撃を止めたイリスが返事をする。
「そこに横たわっているダンは大丈夫なのかい?」
「ダンの心配なんてするだけ無駄ですよ、ハルト」
笑顔でいうイリス。
いや、お前は心配しろよ。
「そういやお前ら部活見てたってことはどこか入るのか?」
俺は立ち上がってほこりを払いながらみんなに聞く。
「まあ、いいところがあれば入ろうかなとは考えてるよ」
「私もそんな感じね」
「私は特に入る予定はありませんね」
どうやらイリス以外は部活動について前向きに検討しているようだ。
「まあ、『天外の騎士団』目指すなら戦闘系の部活に入って鍛えた方がいいかもな。ここは優秀な部活動が多いらしいしな、ハルト」
「ああ、そうだね。強くなりたいなら部活動に入るのはお勧めだよ」
「ちょっとダン!『天外の騎士団』の話はあまりしないでちょうだい!恥ずかしいでしょ」
「へいへい、さーせん」
「アリサは『天外の騎士団』に入りたいのかい?」
ハルトがたずねる。
「ええ、そうよ!文句あるの!?」
照れ隠しのつもりなのか、少し顔を赤くしてキレ気味に答えるアリサ。
どうやら『天外の騎士団』に入りたいというのを本格的に認めたようだ。
その発言にライもイリスも少し嬉しそうな顔をしている。
「……率直に言うよ。『天外の騎士団』に入るのは諦めた方がいい」