第三弾 俺は物語の主人公になりたい
学園の授業に実践訓練が投入されてからも俺はとても退屈な日々を過ごしていた。
放課後に男女二人で手を取り合って実践訓練をするだとか、隣の席な美人なあの娘と甘酸っぱい青春ラブコメをするだとか、教師に呼び出されていけない関係になるだとかそんな夢のような展開はやはり夢でしかありえないようだ。
現実は非常である。
そもそも仲のいい友達がまず出来ないので放課後に予定が出来るわけがなく、隣に美人がいるにはいるのだが、なにせ特大の棘を持った近づくだけで殺されかねない代物の美人だ。
そう思いながら俺は隣の席に目をやる。
するとその視線に気づいたのか、氷のような視線を浴びせてくる。
「いやらしい視線をこちらに向けるのは止めてもらえますか」
今日も今日とて彼女は平常運転らしい。
俺と彼女、イリス=アライズは一週間前まではクラスで有名なだけだったが、今では学園全体にまで噂が広まり有名になっている。
それも俺にとってとても不名誉な形でだ。
あの実戦練習以降、イリスはやはり注目されるようになった。
まあ、そりゃあんな圧倒的な力を見せればそうなるのも納得ではあるのだが。
そしてなぜ俺まで有名になっているのかというとだその噂の有名人にいつもセクハラまがいの発言をしボコボコにされているのに、懲りずにずっと言ってるやつ。
それが何を隠そう俺である。
……まあ、あながち間違ってもいないのだが、まったくもって不名誉である。
俺は事実しか述べていないはずなのに。
「誰がお前のその貧相な体をいやらしい目で見るかよ。もっとグラマラスな俺の心を燃え上がらせるようなお姉さまになって出直してこい。そうすればいやらしい目で見てやろう」
俺がいつものように言い返していると今日は不思議なことに何も攻撃が飛んでこない。
ははーん、なるほど。
今が授業中だから真面目なあいつは何もできないってことだな。
そうと分かれば日頃のうっぷんをここで晴らしてやろう。
そうしよう。
俺がそう思い口を開こうとしたとき、俺の机の上でボウッという音が聞こえてきた。
いやな予感がして机の方を見る。
「ぬああああ!俺のノートがああぁ。てめえ、イリスやりやがったな」
俺の汗と涙の結晶であるノートが燃えていた。
まあほぼ白紙なんだけどね。
「先生、隣の人がうるさくて集中出来ないのでどうにかしてくれませんか」
俺の言葉を無視して教師に訴えかけるイリス。
「そういう魂胆かイリスっ」
「おい、うるせぇぞ!ダン」
イリスの目論見通り俺にだけ注意を促す先生。
イリスの私は関係ないで通すつもりだという魂胆を見抜いた俺はすかさずに反撃に出る。
「先生!これはイリスちゃんのせいなんです」
「ん、そうなのか?イリス」
「いえ、私は真面目に授業を受けていたのに、突然隣で騒ぎだしたんです」
「やっぱりそうだよな。ダン!お前はとりあえず昼休みに職員室だ!」
「しょ、しょんな……」
やはり、日頃から真面目に授業を受けているイリスとふざけている俺とでは信頼度が圧倒的に違うのか聞く耳を持ってくれない。
何をしているんだ日頃の俺よ!
とにかくこれでこの話は終わりだという態度を取り、授業を再開する先生。
こうなってはもうどうすることもできず、大人しく席に着く俺。
ふと横を見るとニヤッと口元をゆがめるイリスの姿が見えた。
クッ、コイツ覚えてやがれ。
そんなこんなで時間は進み昼休みとなり、ライとアリサ、そしてイリスと共には食堂に向かっていた。
グローリア学園にはとても大きな食堂が設けられており、食堂の食べ物はとてもおいしく生徒にも人気がある。
食堂には多くの生徒が存在しており、みんな楽しそうに食事をしている。
洒落た内装に満たされるたくさんの料理の香りが空腹を刺激し、食欲を加速される。
食堂で適当に食べ物を頼むと、俺達は昼飯を食していた。
「いやぁ、ダンには毎度のことながら笑わされるな!」
「ほんと、あんたは問題しか起こさないわよねぇ」
「隣に座っている私の身にもなってほしいですね」
ライ、アリサ、イリスの順番で好き勝手に言ってくる。
おい、イリスてめえが言うんじゃねえ、てめえが。
とりあえず俺はどや顔で自信ありげに言葉を返しておく。
「おいおい、この学園の有名人に向かってそんな口の利き方していいのかてめえら。後悔するぜ」
「有名人ってあんた、悪い意味でのだけどね」
呆れた顔のアリサ。
分かってるよ、直視したくないからプラス思考してるんだよ。
「一瞬で広まったよな。もう多分一年でイリスとダンの名前を知らない奴はいないんじゃないか?」
笑いながら言うライ、まったく笑えない。
「いい迷惑ですね。責任取って死んでください、ダン」
私はこれっぽっちも悪くありませんという態度で話すイリス。
「いや、半分はお前のせいだからね?」
この貧乳が!と心の中でつけ足しておく。
実際に言ったら死にかねないからな。
そうやって四人で会話しながら昼食をとっていると、急に食堂の入り口の方が騒がしくなる。
「お、正真正銘の有名人のお出ましだな」
ライの言葉で入口の方に目を向ける。
食堂に入ってきたのは一人の男である。
神聖を感じさせるしなやか銀髪に見る者の意識を吸い取ってしまいそうなライの赤とはまた違った紅い瞳。
すらっとした顔立ちでとても良く整っており、身長も大分高いように見える。
食堂に入ってくるなり、たくさんの女子に囲まれ黄色い歓声をその身に一心に受けている。
「すげぇ人気だな」
「何でも、入学早々新入生に絡んできた先輩集団を一人で撃退したらしいわよ。そこからあの顔立ちっていうこともりおまけに貴族なのに威張ることもないからみんなに好かれていて今ではファンクラブまで出来てるらしいわよ」
すでに俺達の情報屋的存在となりつつあるアリサからの有難い情報を拝聴する俺達。
ファンクラブってそういや最近どっかで聞いた気がすんな。
ちなみにこれは余談だが、イリスのファンクラブも存在しているのだとかいないだとか……。
「ほーん、随分といい御身分ですねぇ。入学式で俺も不良を撃退したんですけどねぇ、なんなんですかねぇこの差は」
「顔でしょ」
俺の文句たらたらな発言に何の躊躇いもなくノータイムで答えるアリサ。
俺の周りの女子みんな辛辣すぎん?まあ事実なんだけどね。
「とりあえず、あいつは全男子の敵だな。まずは全男子代表として謝罪を要求する」
「あいつ性格もいいからなぁ、多分男子にも好かれてるぜ?」
おれの謝罪要求にそう答えるライ。
「ライオットの言う通りよ。貴族なのに鼻につくことなく分け隔てなく接するから男子からも好かれてるわ」
ライの言葉に補足説明のように続けるアリサ。
「じゃあせめて、俺に謝ってくんねぇかなぁ」
「なんの因果であんたに土下座することになったのよ……」
アリサがため息をつきながら言う。
「ていうか、貴族なのに鼻につかないって言うならお前らもそうだろ。まあ、アリサはあれだけどライとかは特に」
アリサとライに向けてそう言う俺。
「私をどう思っているのか後でじっくり話し合う必要がありそうねダン。まあ、それはともかくとして私もライもそこそこ告白とかされてるわよ、ちなみにイリスもね」
うお、コイツ自らモテてる発言をしやがった。
まあ、実際の出来事を話してるだけなんだろうけどもね。
にしても俺の周りみんなモテてんじゃん、何この差。
常人なら絶対これ精神破壊されてるわ。
「まあ、イリスは顔だけはいいもんな、顔だけは!」
俺はとりあえず負け惜しみを言っておく。
「おや、嫉妬ですかダン。情けないですね、いくら自分がモテないからといって他人に当たるのは良くないですよ」
「うるせえよ、俺達の気持ちが女子に分かるかよ、なあライ」
「ははは、そうだな」
ライが棒読み気味で返事をする。
「どうやらライには分からないようですね」
「まあ、ライも女の子に声も掛けられてるからね。ダンとちがって」
「おぉい、アリサちゅあーん一言余計なんだよぉ!一言!」
ああん!とアリサに向かってメンチをきる。
「事実でしょ?」
アリサはどこ吹く風で、昼飯を食べながら返答する。
俺は何も言い返すことが出来ずに、やれやれ困ったねという仕草をし食事を再開する。
ふう、これで何とか流せたはずだ。
「まあ、ダンがモテないのはしょうがないことですが」
「おい、ごらぁ!ぺったん娘!今のはここでこの話は終わりっていう合図だったろーが。蒸し返してんじゃねえよ!」
「何やら、不愉快な言葉が聞こえのですが聞き間違えでしょうか」
「不愉快だと思うのは、自覚があるからじゃないんですかー。俺はどこがぺったんこだとか言ってませーん。もしかしたらお腹かかもしれないじゃないですかー。イリスちゃんは一体自分のどこがぺったんこだと思ったんですかー?」
「くっ、とことんムカつきますね。ダンは」
「全く、ほんと毎度毎度仲良しねぇ。あんたたちも」
「どこがですか、アリス。毎度ダンには困らせてばかりですよ。人に迷惑をかけることしかできないんですよこれは」
俺のことをこれ呼ばわりするイリス。
しかもけっこなー悪口を言っている、ひどい。
「そういえばダン、お前昼休み先生に呼ばれてなかったか?」
ライが思い出したように言う。
「あ、忘れてた。先生のところ行かなきゃいけないんだ。ということでお前らまた後でな、アデュー!」
それだけ言い残して俺は食堂を出て職員室に向かった。
●
「ふう、ほんとに落ち着きのない人ですね、ダンは」
イリスはため息をつきながらそう言う
「そんなこと言って~。ほんとは気を許してるんでしょ?」
「アリサ、寝言は寝ていってください」
「でもイリスって感情をあまり表に出さないタイプでしょ?短い付き合いだけどそんな感じがするの。けど、ダンと話しているときだけは何かこう、感情的っていうか素が出てる感じがするのよね」
「あ~確かに。俺も少し思ってたわ、それ」
アリサとライオットが続けて喋る。
イリスはその言葉に少し考え込む。
(確かにダンと話しているときの私はいつもの私とは違うかもしれない。…………こんなにに感情を素直に表に出すなんていつぶりだろう)
「別に悪いことじゃないと思うぞ?素が出せる関係なんてそうそう出来るもんじゃないしな」
「まあ、そうですが。あれですよ?」
ダンのことをあれ呼ばわりするイリス。
日頃からイリスがダンのことをどう思っているのかがよくわかる発言である。
「ハハ、までもイリスにそう言わせるところがダンの凄い所なのかもな」
考えてみたが結局イリスはダンが失礼な人だからという答えしか出なかった。
そうしていると昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り始めたので、イリス達は昼からの授業を受けるために移動を始めた。
教室につくとダンがすでに自分の席に座っており授業を受ける準備をしていた。
いつもだらけているダンにしては珍しい光景だったのでイリスは意外そうな目でダンのことを見ていた。
すると不意に視線が合う。
「おお、遅かったな冷徹っ娘よ。優秀なダン様はすでに授業の準備まで済んでおるぞ、ふははは。あがめるがよい」
いつものように自然にマウントを取ってこようとするダン。
だが、イリスも慣れたものなのか冷静に言葉を返す。
「人を変なあだ名で呼ばないでください。あと珍しく準備が早いのは先生に呼び出された用事が案外早く終わって、食堂にまた戻るのもめんどくさいのですることがなくて準備していただけでしょう」
「…………。この貧乳が」
ダンは図星だったのか反論できずにただの悪口を言う。
「…………」
イリスは無言で力を使い、ダンを氷漬けにしていく。
「おいおい、今度は氷漬けとはな。お前も芸達者なもんだな……、あ、あれ?イ、イリスさん!そろそろ止めてくれないと、もう半分凍ってるよ?おい?口元まできたよ?し、死ぬ!死んじゃぁう!」
(やっぱり失礼なだけですね。)
そう思いながらイリスは昼からの授業に向けて意識を集中させた。