第二弾 初実践(4)
英雄と同じ力ねぇ。
俺はその日の学園終わり、いつも通り通学に使っている大きな通りを歩いていた。
通りは買い物をする人やクエストを終わらせて都市に帰ってきたばかりなのか防具を付けたまま歩いている人などたくさんの人で溢れかえっていた。
さすが中立国家だけあって亜人にエルフやヒューマン、たくさんの人が行きかっている。 二十年前は亜人とヒューマンが戦争をしていて、エルフの多くは亜人に協力している状況だったので三種族がこうやって手を取り合いながら生活しているなんて想像もできなかっただろう。
そんな様子を眺めながら、俺はイリスのことを考えていた。
英雄アルと同じ力を持ち闘技場で圧倒的ともいえる試合を見せつけた一人の少女、イリス。
水色の髪に驚くほど整った顔、玉のような白肌を持ち、そこから続くすらっとした身体。
そして、その見た目からは想像できない圧倒的な強さ。
まさか話でしか聞いたことない力を生で見ることになるとはなぁ、自分自身がレガリアか……。
俺は師匠に教えてもらったことを思い出す。
―――――いいか、ダン。強くなりたいならレガリアとの親和性を高めろ。親和性を高めることでレガリアへの戦気の伝導率が高まる。そして戦気の伝導率が高まれば技の威力も規模も大きくなっていく、当然のことだな。特にお前は人より元の伝導率が低いからな。
親和性を高めろっていうのはまあ要するにレガリアを使って経験を積んでいけということだろう。
どうして今この話を思い出したのかというと、イリスの強さの秘密というかカラクリがこれに関係すると考えたからだ。
おそらくだが、イリスの技の威力や規模が一線を画しているのは自分自身がレガリアになっているというとこにあるだろう。
伝導率ってのはつまるところ自分の身体からレガリアに戦気を送るときの効率のことだ。
自分の送り込んだ戦気がどれだけ無駄なく伝わっているのか、だがイリスにはその送り込む武器というものが存在しない。
いや、正確に言えば自分自身がそのレガリアの役割をしている。
つまり戦気の使用が自分の中だけで完結しているのだ。
だから伝導率もくそもなく、使用される戦気が百パーセント技に反映される。
それが英雄アルのそしてイリスの強さのカラクリなのだろう。
まったくもってチートだ、みんな努力して強くなるために死に物狂いで伝導率を挙げているというのに努力するまでもなく最初から完璧に戦気を使えるなんて、まさか同年代にそんな圧倒的な存在がいるなんて……まったく……まったくもって……まったくもって最高だ。
強敵を倒す……ふへへ、何というカタルシス、俺はお前を倒し女の子にキャーキャー言われる。
うへへへ、せいぜい俺が主人公になる物語のわき役として頑張ってくれたまえ。
「邪悪な笑い声が聞こえてくると思ったら君か」
おっと、いかんいかん声に出ていたようだな……って
「誰が邪悪な笑い声やねんごらぁ!……あれ、サクヤさんじゃないですか」
いきなり失礼な奴だなと思いながら後ろを向くと俺の下宿先であるおんぼろ寮の寮長であるサクヤさんだった。
「やあ、学校帰りかい?」
「はい、そうです。サクヤさんもですか?」
「ああ、そうだよ。ところでダンよ、何を邪悪な笑い声をあげていたんだ?」
……どうやら邪悪な笑い声というのは訂正するつもりがないらしい。
「今日の実践のことを思い出してて少し思うところがあったんですよ」
「ああ、噂なら私も聞いたよ。何でもとんでもない一年が二人いるらしいじゃないか」
二人?……まあ一人は間違いなくイリスのことだろう。
もう一人には心当たりがないので別の闘技場で実践を行っていたクラスの奴だろう。
にしても、イリス級がもう一人って考えると相当ヤバいな。
……まさかイリスと同じ力を持ってたりなんてことはないよね。
「一人は心当たりありますけどもう一人は分かりませんね」
「おや、奇遇だね。私も一人は心当たりがあるがもう一人は知らないんだ」
「心当たりのある一人っていうのは誰なんですか?」
「ドラク家の息子でね、確か今年入学だったはずだから一人はその子で間違いないはずだ。この都市に住んでいる人なら知らない人はいないくらいには有名だよ。世紀の大天才なんて呼ばれていたよ。おまけに顔もいいものだからね、ファンクラブまであるらしいよ」
「何ですかそれ、超エリートじゃないですか。爆発しねえかな」
サクヤさんいわくドラク家っていうのはこの都市では有名な貴族の一人で都市の発展に大きく貢献していて、おまけに不正や違法を許さないその姿勢で市民からも慕われているらしい。
そんな家に生まれて、天才ともてはやされておまけにイケメンだなんてどこの漫画の主人公だよ。
「君は面倒ごとを呼び寄せやすい体質だろうし、すぐに関わりを持つことになるんじゃないか」
ニヤリと笑いながらそう言うサクヤさん。
面倒ごとを呼び寄せやすいっていうのは自覚があることなので勘弁してほしいところだ。
「ろくでもないこと言わないで下さいよ、サクヤさん。美女ならまだしも野郎との関わりなんてごめんですよ」
「さて、どうだろうな。なにせ私の勘はよく当たるからな」
だからやめてほしいんだよなー。ほんとに冗談じゃすまなくなりそうなんだよな。
「ところで、入学してしばらくたったが彼女の一人や二人は出来たかい?」
話に一区切りがついたところで、先ほどまでの話題とはうってかわってピンク色な話を展開し始める。
凛とした美少女の顔は完璧に俺のことをいじる気満々な笑みを放っていた。
「ま、まあ?彼女の百人や千人くらい余裕でできましたけど?むしろもう学園中の女が俺の虜みたいなところありますよね?もう毎日疲れちゃいますよ、女の子の相手に大変でね!」
超早口で喋る俺。
「なるほど、つまり彼女はおろか友達さえ全くできていないと」
うんうんと頷きながら、俺の話した内容を要約するように全く違うことを言うサクヤさん。
いや、まったく何一つ俺の言ったことと違うじゃないか。
ほんとに俺の話聞いてたの?いやまあ実際問題その要約で間違ってないんですけどね。
「むぐぐ、あのボロ寮のせいもあるんですよ。聞きましたよ、魔界寮って呼ばれて厄介者扱いされてるらしいじゃないですか」
「ハハ、驚いたな。もう一年生の間でも広まっているのかいその噂は。まあなにせ私を含め目立つ者が多いからね、ただ悪い者たちじゃないんだ、君だってそうだろ?」
少し困ったように笑いながら言うサクヤさん。サクヤさんは見ず知らずの俺に宿を提供してくれるようなやさしい人だ。
ただ人に怖がられてしまうという不便な特性を持っているせいで人付き合いというものが困難になるのだろう。
そして他のメンツのことは分からないがおそらく他のメンバーも似たようなものなのだろう。
俺だってそうだ。
まあようするにあそこは普通と違う存在をまとめて監視しようという目論見のもと存在している寮なのだろう。
「……そうですね」
「まあ、原因の一端は私にもあるんだがね。なにせ目が合うだけで人に恐れられてしまうからね。がんをつけられたとか殺されそうになったとか、そんな噂がたくさん広まってね」
そう話すサクヤさんの瞳は少し悲しい色をしている気がした。
はじめてサクヤさんと会った時いきなり話しかけられて道を聞かれた。
そして道に迷ったときいつもそうやって話しかけているとも言っていた。
サクヤさんが怖がれると分かっていても道をたずねるのは普通に話してくれる人を探しているのかもしれない。
「サクヤさん……サクヤさんって好きな人とかできたらその人にベタ惚れして、あーんもう彼ぴっぴなしじゃわたち生きていけなーいとかってなるタイプですよね絶対」
「君、この重い空気の中でよくぶっこんできたな……。そして君の想像の中の私あほすぎるだろ」
「いやいや、普段しっかりしてる人間ほど反動で甘えん坊になっちゃたりするんですよ」
「仮にそうだったとしても君の想像みたいには絶対ならないからな?」
「どうですかねぇー」
「というかなんでいきなりそんな関係ない話を始めたんだ……」
俺がどうしてこの話をしたのかわからないという風に意図をたずねてくるサクヤさん。
「関係ありますよ」
「……というと?」
「サクヤさんはそんじょそこらの人より断然優秀だし、その困った特性を持っていたとしても自分一人で何とか出来るのかもしれせん。ですけど一人で何でも出来るからって一人でやろうとする必要はないんですよ。サクヤさんだって人なんですから、甘えたいときとかあるでしょ。…………まあ要するにもっと他人に頼って生きていきましょうよってことですよ!俺なんて頼りまくりですからね。もう俺一人じゃ明日を生きられないくらいには周りに頼り切ってますからね。見習ってくださいこの俺を」
目が合うだけで怖がられるサクヤさんはおそらくだがこれまでの人生で誰かに頼るということがなかったんじゃないかと思う。
サクヤさんはとても優秀だ。
まだ出会ってまもないが同じ寮で生活していてそれを感じることが出来る。
優秀だからこそ頼るということをしなくてもやってこられたのだろう。
だが一人で何でも出来るからといって、一人でいることが幸せだということにはならない。
「君はもうちょっと私を見習うべきだろう……」
「おっしゃる通りですね、はい。まったくもってその通りです。」
「君は……君は私が困っていたら助けてくれるのかい?」
「当たり前ですよ。美女が困っていたら助けない男なんていませんよ」
「ハハ、君はぶれないな。ならば困ったときは君の力を貸してもらうとしようかな」
「あ、もちろん見返りは要求させてもらいますよ」
美女からの見返りなんて……ふふ、考えただけでも興奮しちゃうぜ。
「……やっぱり君はぶれないな」
にやけ顔で俺がそんなことを考えているとサクヤさんが少し笑いながらどうしようもないなといった顔でそう言った。
サクヤさんとの距離が少し縮まった、そう思った帰り道だった。