第二弾 初実践
入学式が終わってからの日々は新しい環境ということもあり、最初の一週間は一瞬で過ぎ去っていった。
その間に分かったことを述べていくとこうだ。
まず、学園に通う人の七割は人間で、残り三割が亜人族とエルフ族といった感じらしい。
ちなみに、亜人族との間に子供を作ることは禁止されているが仲が悪いという訳ではない。
二十年前に戦争をしていたということもあり、お互いに良く思っていない者も少なくはないがそれでも、こうして同じ学園に通っているところを見ると良好な関係を保てているのだろう。
エルフ族は少し内向的でプライドが高く、自分たちが一番優れていると考えるものが多くエルフ族だけで集まっているイメージだ。
次に授業のことだが授業は戦闘や魔物に関することがメインでそれ以外には歴史の話や数学などもある。
授業はクラス別で受けていて、俺の所属するCクラスにはライの他に、イリスもアリサもいるので行動を共にしている。
行動を共にしていて分かったことだが、ライとアリサは予想通り貴族の子共だった。
イリスは俺と感覚が似ているのでおそらく俺と同じく普通の家の生まれだろうということしか分からなかった。
そして、三人が三人とも美形なので大変よくオモテになられる……。
それ以外にはイリスの俺へのあたりの強さは相変わらずだった。
もうコイツ俺のこと好きなんじゃないのといったレベルだ。
まあ、それを言ったら殺されるから言わないんだけどね。
そして、今日は学校が始まってちょうど一週間たった日であり、実戦の授業が始まる日である。俺はいつも通り授業が始まる少し前に教室に入る。
「よう、ダン。相変わらず時間ギリギリだな」
教室に入ると、ライが声をかけてくる。
「朝はギリギリまで寝てたい派なんだよ」
俺は適当に挨拶をすると自分の席に向かう。
俺の席は後ろから三番目の一番窓側の席になっており、授業中は外の奇麗な景色を堪能することができ、非常に有意義な時間を過ごせるようになっている。
一週間通い、やっと慣れ親しんできたその席に腰を据えると隣から声がかかった。
「おはようございます。相変わらずドロドロと腐った魔物のような目をしていますね」
イリスだ。
どうやら俺はイリスと切っても切れぬ縁にあるらしい。
もちろん運命の赤い糸というわけではなく、腐れ縁だとか悪魔に憑りつかれただとか間違いなくそっちの方面だろう。
「おはよう、イリス。相変わらず慎ましやかな胸ですべえぇ!」
ドンッという音とともに教室の床に這いつくばらされる俺。
ここ一週間で幾度となく見た光景なので、クラスの面々はまたか……という視線を送っている。
「どうしてもあなたが死にたいというなら、私が今ここで引導を渡してあげますよ」
「ずびばぜん……じょうだんでずぅ」
謝ったことにより謎の圧力から解放される。
この一週間で何度目かわからない命の危機を乗り切った俺は疑問に思っていたことを聞いた。
「前から思ってたんだがお前のレガリア相当強力だよな。火がでたり氷が出たり、もしかして大道芸?」
コイツの仕返しの攻撃は毎回バリエーションが豊かなのだ。
火の玉だったり、氷で凍らされたり毎回死にそうになる。
「はったおしますよ?まあ今日から実践も始まるので、もしかしたら分かるかもしれませんね」
そうやってイリスと会話をしているとチャイムがなった。
チャイムと共に入ってきた我らが担任の教師が今日の日程を伝える。
先生が話し終え、朝のホームルームから解放されクラスのみんなが動き始める。
「ダン、第三闘技場集合だろ?一緒に行こうぜ」
「今から腕がなるわね。早くいきましょうよ」
そう言いながらいつになくやる気なライとアリサが近づいてきた。
「いつになくやる気ですね、ライ、アリサ。そんなに楽しみだったのですか?」
俺と同じことを思っていたのかイリスがライとアリサにそう尋ねた。
「そりゃあ楽しみよ!自分の実力を知れるいい機会だしね」
「男ならやっぱ強さにあこがれるだろ。ダンもそうだろ?」
「まあな……その気持ちは分からなくもねえな」
女の子にキャーキャー言われたいし。
「……驚きました。あなたのような者にもあこがれるなどという感情がまだ残っていたのですね」
イリスがこの世のものではないものを見てしまったという表情でこちらを向く。
「おい、どういう意味だそれは」
「てっきりそんな感情生まれた瞬間に自分の不甲斐なさに絶望し、無くしたものだと……」
「生まれた時からそんなこと思っちゃうなんて俺はどんだけダメな人間なの?この世に生まれたことが間違いなの?」
なんという暴論なんだ。
生まれてきてごめんなさいって危うく言っちゃうところだったぜ。
そんなこんなで闘技場に到着。
闘技場は一年生で溢れかえっていた。
瞑想しているものや準備運動をしているもの、装備の点検をしているものなど様々な面々で溢れかえっていた。
見たことのない面々もいるところを見ると、他のクラスとも合同で行うようだ。
俺たちが闘技場に到着してすぐに教師が入ってきて授業が開始された。
授業が始まってからいかにも鬼教官といった風貌の先生が話し始める。
「今日はお前たちにとっては初めての実戦だ。みんなも知っての通りこの学園には優秀な生徒が多い。今までに名を轟かせた数多くのハンターや冒険者の面々もこの学園の出身者がいることも珍しくない。そして在学している生徒でも現役で活躍しているものは決して少なくない。その皆がこの道を通ってきた。先人に負けないようにお前たちも励むことだ」
これまでの一週間はまだ様子見でこれからがこの学園の真の姿なのだ。
果たしてお前らはついてこられるか?暗にそう言っているようにも聞こえる。
息をのんで話を聞く生徒一同。
生徒間の間で緊張感が伝播していき、空気がピリピリしたものに変質していく。
しばらくの間をおいて先生が再度口を開く。
「今日は今自分がどれくらいの場所にいるのか、どれだけ同年代を相手にやれるのかを確認してもらうために一対一を行ってもらう。ランダムに選ばれた二名がそこにあるステージで対戦することになる、ルールはいたってシンプルで相手を降参させるかステージの外に出すかだ。ではまず……」
ルール説明が終わり生徒の名前が呼ばれ、戦闘が開始される。
みんなグローリア学園の入学試験をクリアしただけあって同世代と比べると飛びぬけた実力なのだろう。
まあ、ほかの同世代見たことないからわからんけど。
「みんな、なかなかやるわね……」
緊張した面持ちで呟いているのはアリサだ。
なんかもう石像にでもなったかのようにガチガチだ。
「あんなに楽しみにしていたのに緊張してるのか?」
「アリサは子供のころから人前で何かするときはすぐ緊張するんだ」
「う、うるさいわね!こっちはあんたみたいに能天気にできてないのよ」
「ふむ、俺が緊張をとく方法を一つレクチャーしてやろう。まず手のひらに人という文字をかいてだな……」
「そんな方法もう子供のころに試したわよ!」
冗談のつもりでいってみたが既に試したことがあるらしい。
「なら、ここにいるやつ全員ジャガイモだと思えば」
「それも試したわ」
「な、なら人の顔を見ないように……」
「試してないと思うわけ?」
「で、ですよね」
想像以上に重傷だった。もうこれは手の施しようがないですね。
「イ、イリス!ほら何かアドバイスはないのか」
「困ったからって私に振るのは止めてくれませんか。私はあまり緊張する方ではないので参考になりませんよ」
「ッチ、使えねえ奴だぜ……っていうのは嘘なのでその手をおろすんだイリスよ」
いつも通りのやり取りを繰り広げている間に次々と試合が終わっては始まっている。
そろそろ俺らの中の誰かも呼ばれそうだな―と思っているとアリサの名前が呼ばれた。
「わ、私の番ね」
そういってカチコチのままステージの上に登っていくアリサ。
大丈夫かあれ、試合になるの?
「ライオットはずいぶん落ち着いていますね。アリサが心配ではないのですか?」
妙に落ち着いているライに質問するイリス。
「ああ、あいつ緊張する癖にしっかりやることはやるから心配ないよ」
小さいころから一緒にいるからこその信頼感なのかライは全く心配してないようだ。
アリサの対戦相手はゴリゴリのムキムキマッチョマンだ。
なんかもう見てるだけで胸やけがしてくる筋肉だ。
小柄のアリサとでは相性が悪そうに思える。
俺の考えていることが分かったのかライが口を開く。
「あいつ最近は全く言わなくなったけど小さいころからさ、『天外の騎士団』に入るっていうのが夢だったんだ。そしてそのために死ぬほど努力してきたんだ。だから……そんじょそこらの奴に負けるほど弱くはないぜ」
「『天外の騎士団』ですか……それはまた困難な道ですね」
『天外の騎士団』……世界最強のギルド。
亜人戦争終結後に突如として表れたギルドで、無名でありながら達成不可能といわれた依頼を次々と看破していき、僅か一年にして最強の座を勝ち取った謎多きギルドである。
メンバーは十数名しかいないにも関わらず一人一人の強さが一騎当千だと言われていて、大衆の憧れの的にもなっている。
入団希望者は後を絶たないが、入団してから新しく加わったメンバーは数名しかいないと言われている。
「まあそこまで言うならお手並み拝見と行こうか」
アリサと筋肉ムキムキマッチョマンがステージに上りお互いに準備ができると先生が開始の合図をする。
その瞬間に両者己の戦いの基本にして戦術の要となる相棒の名前を呼ぶ。
「切り裂け!〈ヴァン・ジュエル〉」
「鍛えろ!〈パワーリング〉」
アリサの手にはレイピアが、そして相手は右腕にリングが装備されていた。
お互い戦闘態勢入ったまま牽制し合う。
先に動いたのはマッチョマンの方だった。
アリサめがけて一直線に駆けてくる。
マッチョマンレガリアもはおそらく装備することにより自らを強化する類のものだろう。
なんかレガリアだした瞬間筋肉さらに大きくなってたし。
だとすると正面から攻撃を受けるのはどう考えても不利、小柄な体格を生かし攻撃をよけて反撃に転ずるヒット&アウェイが正解だろうと俺は考える。
しかし、アリサは俺の予想に反し、攻撃を真正面から受け止めようとする。
「それは悪手だろ……」
思わず声に出る。
「いや、そうでもないぜ」
ライの声にこたえるようにアリサのレイピアが正面から殴ってきたマッチョマンを簡単に受け流す。
驚愕しているマッチョマンにアリサが回し蹴りをはなつ。
マッチョマンは蹴りをもろに受けてステージの端までぶっ飛んでいく。
小柄なアリサからは考えられないような威力がある。
「おいおい、アリサちゃん実は超絶怪力娘だったのか」
「そんなわけないじゃないですか。おそらくアリサのレガリアの能力でしょう」
何とかステージの端で耐えたマッチョマンがステージの地面を破壊し、投げつけながら近づこうとする。
「ふん、無駄よ!」
次々に飛来する岩を前にまるで指揮棒を振るかのようにレイピアを動かすアリサ。
レイピアの動きに呼応するかのように飛来する岩が砕けていく。
だがその岩を囮にアリサへの接近に成功したマッチョマン。
両手を合わせ振りかざす。
そして力強く大地を踏み下ろし振りかざした両腕を思いきりアリサに叩きつける。
踏み下ろした地面に亀裂が入っているところを見るとかなりの全力の一撃だったのだろう。
ニヤリと笑みを浮かべ勝ちを確信するマッチョマン。
だが、よく見るとマッチョマンの拳はアリサには届いておらず見えない壁のようなものにさえぎられていた。
そんな馬鹿なという顔でアリサを見ているマッチョマンにアリサが言う。
「【ヴァン・ミュール】……だから言ったでしょ。無駄よってね」
驚愕しながらも、バックステップで距離をとろうとするマッチョマン。
そこにアリサがすかさず距離を詰める。
「これで終わりよ!【ラ・リゼ】」
レイピアをマッチョマンに突き出しながらそう叫ぶ。
その瞬間突風が吹き荒れ、マッチョマンが一直線に吹き飛ばされていく。
そしてステージ外にまで吹き飛ばされた後壁に激突し、気を失った。
「勝者、アリサ・アリーゼ」
先生の宣言によって勝負が終わり、アリサが戻ってくる。
そういえばマッチョマンの名前最後まで分からなかったな。
哀れマッチョマン……。