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君への手紙

君と2人でいつまでも

作者: まさかす

 私には結婚を望んだ女性がいた。だが諸事情により、それは叶わなかった。


 彼女の事情としては、私が養子に入らなければ親族が結婚を許さないという事だった。彼女の家は代々続く地元の名家という事らしく、その家には彼女しか継ぐ者が居ないという事で嫁に出すなど許さないと、彼女の父親、祖父母に親戚と皆が揃って反対した。一人っ子の彼女の母親は男の子が産めなかったという事で、親族からは無言の圧力を受けていたらしく、彼女はその事も大変気にしていたようだ。


 私の家は彼女よりも格下とはいえ、地元の名士と言われている。彼女同様に一人っ子である私が家を出てしまえば、私の家を継ぐ者は誰も居なくなる。故に養子に入るなど許さないと、そういう事情があった。その反対を押し切って家を出たとしたら、いずれ家は潰れると共に、両親がその小さい町で以って肩身の狭い思いをする事が、容易に想像できた。


 本来であれば個人同士の意思の問題ではあるが、私も彼女も実家を棄てる、相手の元へと嫁に養子にという決断は出来ず、結局双方が合意の上で、結婚を諦めると同時に別れた。


 それから数年が経ち、風の噂で彼女が結婚したと聞いた。勿論相手の男が婿養子に入ったという事だった。私も今は結婚を前提にして付き合っている彼女がいる。勿論素敵な女性であり、今一番好きな人である。


 だが時折ふと思う。もしもあの時、2人が家を棄てる覚悟で駆け落ちしてでも結婚に踏み切っていたとしたら、果たしてどうなっていただろうかと。だが同時に思う。そんな妄想を未だにするなんて、それはまだ彼女に未練があるという事なのだろうかと。そしてそれを自問するも常に答えはノーである。まあ、自分では未練は無いと思ってはいるのだけれども、存外、人と言うのは自分自身の本当の気持ちなんて分からないのかもしれないし、こんな自問に意味は無いのだろう。その時点で自分が正しいと思う事が正しいと信じて、進むしかないのだろう。


 とはいえ……


 この手紙を読むあなたに聞いてみたい。あなたは好きな人と結婚出来ましたか?





 そんな内容の手紙を見つけた。誰が書いたのかも分らないが随分と昔に書かれたようだ。


 手紙に書かれた「結婚」という制度。私が生まれる以前のはるか昔に存在したその制度。手紙を読んだ事で気になって、何故廃止されたのかを改めて調べてみると、切っ掛けとしてはいわゆる性的マイノリティ他からの、結婚制度に関する国に対しての憲法違反の告訴であった。


 同性同士の結婚を認めないのは憲法違反。

 苗字を変えなければいけないのは憲法違反。


 これらの訴えを切っ掛けにして、「そもそも結婚制度は必要か?」との議論が開始された。


 そもそも結婚というのは単なる行政上の問題であり、結婚せずとも一緒に暮らす事は可能であり、異性同士で有れば子供を産む事も可能である。というより、人間同士の精子と卵子があれば基本的に人間の生命は誕生する。


 子供を育てるのに結婚は必ずしも必要では無く、親という存在も必ずしも必要では無い。保護者というべき存在がいれば良いという単なる行政問題であると判断されたとの事で、そもそも結婚制度という物があるからこそ同性同士の結婚、苗字変更の問題が発生したという事だった。


 故にその根本原因を取り除く。原因の結婚制度を廃止する。


 それは単純明快な答えであった。反対意見も多数あったが強行採決され、結婚という物が憲法にも記載されていた事から憲法の修正に始まり、法律からは結婚に関するあらゆる法が撤廃された。それに伴い官民問わず各種システムも改修された。

 

 結婚制度を廃止した事により、同性同士の結婚が認められないという問題は無くなり、苗字を変える必要もなくなった。結婚にしろ離婚にしろ、煩雑且つ多種多様な行政等への届け出も不要になった。


 廃止するに当たっては「廃止では無く選択出来るようにして欲しい」といった意見も多数出たが、それはそれで行政システムを煩雑にし、その為だけのシステム改修や維持費用も馬鹿にならない。又、親の選択により子供に悪影響がある可能性もあるとの考えにより、「公平且つ平等の精神から、選択制ではなく完全なる廃止」という事に至った。それにより配偶者控除等の行政措置もなくなり、とてもシンプルになり、いわば個人主義と言った方向に向かって行った。


 結婚が無くなれば離婚も無くなる。


 結婚制度が存在した時代では、多くの人達が1つの財布という資産管理をしていた。が、結婚制度も無くなり個人主義となった事でそういった考えも無くなり、互いの財布から共通の口座へお金を振り込むという流れとなった。


 それは契約という形で履行される。当然、どちらかが振り込まれなければ契約不履行となり裁判になるだけである。


 離婚と呼ばれる状況はお互いの契約破棄を以ってなされる。その契約はあくまでも民事上の話であり行政が介入する事は無い。

 まだまだ専業主婦、主夫と呼ばれる形態も存在はするが、それはそれで契約の問題である。どちらかが金を稼ぎ、どちらかが家事をするという契約である。それが事実上、一夫多妻であろうが、多夫一妻であろうが、多夫多妻であろうとも全ては契約を以ってなされ、不道徳であろうが何であろうが関係は無い。契約を交わしていなければ全てが無効であり、契約を交わしていれば全ては有効である。


 子供が生まれた際の出生届は必要ではあるが、苗字については父母のどちらの姓でも選択できるようになった。また、父の性の最初の文字と、母の性の最初の文字の組み合わせといった事も許される。私の場合、父の佐藤性と母の木下性の頭を取っての「佐木」という性になっている。当然と言えば当然であるが、その様な仕組みを許可したら親子関係が分かりづらいと言った意見や、代々続く名が廃れるという意見が出た。


 だが強行した。一蹴した。それだけは選択できるようにした。


 苗字が繋がって無くとも国民すべてに振られた個人管理番号で父母との紐付きが管理がされているため、行政システム上には問題は無く、個人を尊重するという意味では最もベターであるという事だった。

 当然、親の居ない子供も存在する訳ではあるが、被責任者、被保護者という言い方で紐付けされる。その紐付けは削除される事は無く、増える事はあっても減る事は無い。人によっては数十人にも及ぶ保護者と紐付きになっている者や、複数の子供と紐付きになっている者もいた。


 結婚が無くなったので離婚や不倫と言う言葉も使われなくなった。契約状態にある人物以外とのまぐわいは、単なる浮気と呼ばれる。

 かつてはお家単位だった墓のあり方も変わり始め、共同墓を望むか個人墓を望むか、それとも散骨しての墓石無しかという3拓となっている。


 結婚制度。好きな人と同じ苗字になるその制度。今は存在しないその制度。それを魅力に感じる事が無くは無い。それを廃止したという事、それが良かったのか悪かったのかは私には分からないが、公平、平等と言う点においては公平平等であると言えるのだろう。そして行政としては問題は無くなったはずだったのだが……


 人は制度に拘り形に拘る。


 ここに来て「もう一度結婚制度を作ってくれ」という声が現れ始めた共に、その声は次第に大きくなっていった。そして結婚制度の復活を公約とした議員立候補者が多数現れると共に党を立ち上げた。


 そして行われた選挙。その党には下馬評を覆す程の票が集まった。私もその議員に投票した。結果立候補者全員が当選するという快挙ではあったが、そもそもの立候補者数が議席の過半数に満たない人数であった為、当然政権を取るには至らなかった。だがそれに賛同してくれる党と連携する事で連立政権の一翼を担う事となり、俄然結婚制度の復活が現実味を帯び始めた。

 しかし、官民問わずシステム構築には膨大な時間と費用を要し「そこまでする必要はない」という事が内々に決められ、その尻拭いとして行政が捻り出したのが「抽象結婚制度」という物であった。国土交通省の外郭団体である観光庁が「婚姻証明書」を発行するので、それで我慢しろと。


 それはそれっぽく公的に認めるが、公的に何をするでも無いという物。


 昔の結婚制度のように男女に拘る必要もなく、苗字が変わるという事も一切なく、相手が何であろうと一切何も問わず、名前と顔写真があれば良いというそれは、ただただ公的機関名が入る紙を公式に出してくれるというだけ。当然ながら結婚制度復活を公約として当選した議員には「嘘付き」等と非難が殺到していた。だが私にはそれで充分であった。行政上は何ら意味をなさない1枚の紙ではあるが、私にはそれで充分であった。


 これで私も結婚できる。本当にどうもありがとう。


 私は壁に向かってキスをした。枕にタオルにキスをした。


「俺の嫁」にキスをした。


2020年09月01日 3版 誤字他改稿

2019年12月01日 2版 句読点多すぎた

2019年10月27日 初版

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