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03:異界の地へ

 禍々しい程の大きな火球が迫ってきていた筈なのに、しばらく経っても何も起こらない。

 私はそっと目を開けてみた。目に入ってきたものは地面に落ちている私のスマホ。私は慌てて拾い上げた。幸いちゃんと動作したので一安心。画面の美形も無事で何よりです。

 

 スマホ画面の美しい外国人男性を見つめていると、きらきら光るものが目に入った。それは電波な美形外人さんの長い髪の毛で、また私の足元に寝転がっている。

 私は彼を踏まないようにして、そっとその場を離れようとした。


 顔を上げると、そこには土手も家並みも見当たらない! そして、そこそこ大きい一級河川も消えてなくなっていた。

 ここはどこ?

 地平線まで続く草原が四方に広がっている。

 家は一軒もない。たまに高い木が生えているだけ。


 驚いてスマホで時間を確かめた。足元に転がっている美形外人さんの写真を撮ってから十分も経っていない。もちろん日付も変わっていなかった。


 こんなところが日本にあるのだろうか?

 少なくとも私の住む県にはない。平地には家が立ち並び、自然が残っているのは山間部だけだ。

 太陽は真上ではなくかなり傾いている。しかし、それが西の方向だとは限らない。たとえ西だったとしても、この地点がどこかわからない私には意味のない情報だった。


 やはり、『界を渡る能力』を持つと言っていたこの人が怪しいと思い、私は倒れている彼を覗き込んだ。

 薄い金色のまつ毛がとても長い。同色の柔らかそうな髪は長く、背の中程まである。シミ一つない肌は、まるで陶器のように美しかった。

 身につけているのはフリルのついたブラウスと紺色のコート。下は細身の白いズボンに、膝下までの編上げフーツを履いている。

 上着には銀糸で刺繍が入っており、かなり高価なものだろう。

 眠っている彼は、有名芸術家の作品、もしくは、金に糸目をつけずに作り上げた等身大のドールのようだ。


 この美しいものが動くなんて信じられない。ましてや、一人称が『ワイ』だなんて信じられるはずがない。

「はぁ」

 こんな現実逃避をしている場合ではないのはわかっているけれど、何度辺りを見回しても、やはり草原のままだった。この現実を受け入れたとして、何をしたらいいのかさえわからない。

 原因であるかもしれない男性は、起きる気配がなかった。



 とりあえず水でも飲もうと思い、肩にかけているバッグから駅で買っておいたペットボトルを取り出した。

 一口水を飲んで、深呼吸をした。そして、気を落ち着かせようと一旦目を閉じてみる。


 十まで数えてから目を開けると、見慣れた地元の風景に戻っているのではと期待したが、目の前には草原が広がっているばかりだった。

「やっぱり駄目か……」

 この現実を受け入れなくてはならないのかと、私は途方に暮れていた。



 突然、空に黒いしみのようなものが現れる。

 そして、それが徐々に広がっていった。


 驚いてそれを見ていると、空に開いた穴のように見える黒い部分から、真っ赤なものが現れる。

 ここへ来る前に見た火球と同じだ。


 燃え盛るように輝き、その火球は大きくなりながら徐々に近づいてきている。

「姫さん、早う逃げや。そいつはワイを狙っているさかい、姫さんに悪させえへん」

 美形の外人さんが目を覚ましたらしいけれど、体に力が入らないらしく、起き上がることができないようだ。声も辛そうにかすれている。

 私は早く逃げなければと思いながらも、脚が震えて思う通りに動かせないでいた。


 火球は目の前を埋め尽くすほどの大きさになっていた。


 火には水だ。

 私はそう思いペットボトルを持った手を振り上げて、火球の方に向かって水を振り撒いた。

 火球の大きさに比べて、五百ミリリットリ程の量しかない水は、あまりにも少ない。

 やってみたものの、焼け石に水とはこのことだと思っていた。


 バァーン 

 大きな音が辺りに響き渡る。私は思わず目を閉じた。


「姫さん! 怪我はあらへんか?」

 目を開けてみると、無理やり立ち上がったらしい外人さんが肩で息をしていた。

 その向こうでは、無数の小さな火球が地面に降り注いでいる。


「大きな火球が消えている! 貴方は何をしたの?」

「それを聞きたいのはワイの方やで。あの液体は何や? 姫さんは祝福持ちなんか?」

 まさか、ペットボトルの水をかけただけで、あの火球が消えてしまったの? 見かけによらず脆弱なものだったらしい。

「あれはただの水ですけど。それより、姫さんって、もしかして私のことですか?」


「そやで、あんなおもろい機械を持っとる自分は、姫さんに違いあらへんやろ? ワイにはわかるで」

 そう言う彼は、何とか呼吸も落ち着いてきたようだ。

「いえ。私はただの庶民ですから。姫なんてとんでもないです」

 こんな美形に姫と呼ばれると、何だかとてもいたたまれない。

「いや、そないなことあらへん。嘘つかんといてや」

「嘘なんてついていません。私はごくごく平凡な高校生です。ところで、ここはどこなんでしょう?」


「ここはワイの国の周辺にある大草原やねん。王都からだいぶ離れたところへ来てしもうたわ。力が回復する前に慌てて界渡りの魔法を使ってしもたさかい、位置があんじょう決められへんかったんや」

 日本ではなくて、彼の国? 界渡りの魔法でここまでやってきた?

 彼の言葉は受け入れがたく、私は呆然と彼を見ていた。


 すると、目の前の超美形な彼は、片膝をついて私の右手をやさしく掴んだ。

「ワイの姫さん、こんなことに巻き込んでしもうて、ほんとに勘弁してや。姫さんはワイの命の恩人や。これからはワイは姫さんを絶対に護るし、どんなことがあっても姫さんの国まで連れて行くさかい」

 彼はそう言いながら、優雅に私の手の甲に唇を近づける。そして、唇が触れる直前で顔を上げた。

 神様! このシチュエーションは標準語で体験したかったです。


『我が姫君、このようなことに巻き込んでしまい、本当に申し訳ない。姫君は私の命の恩人です。これからは私が姫君を絶対にお護りいたします。そして、どんなことがあろうとも姫君の国までお連れすることを誓います』

 やはり神様は翻訳してくれないので、脳内で勝手に翻訳してみた。

 関西弁から標準語への自動翻訳機能を装備したいと、切実に思う。

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