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02:その容姿でそれは止めて欲しい

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 気軽に声をかけてもいいのかと悩んでしまうほど、その男性の美しさは完璧だった。

 私の声に気づいたのか、彼は私の方を見る。その美しい瞳に私が写っていると思うだけで、ちょっといたたまれない。


 彼は優雅に半身を起こし、不思議そうに辺りを見回している。そして、私に向かってふわっと軽く微笑んだ。

 その笑顔は本当に美しすぎる!

 そのお姿を拝見できただけで満足だ。

 彼の写真の一枚もあれば、残りの人生を楽しく生きられるのに違いない。そう思わせる程彼は見目麗しい。切実に写真を撮りたいと思った。

 でも、いきなり写真を撮っては駄目だ。それではただの不審人物だから。私は自分自身にそう言い聞かせていた。


「見たことがあらへん風景やな。ここはどこや?」

「へっ?」

 思わず変な声が出てしまった。別に関西弁が嫌いなわけではないけれど、見かけは完璧な王子さまが関西弁なのは許せない。

「ワイの言葉、わからへんのか?」

 美しい動作で立ち上がったその男性は、不安そうに私を見つめている。背が高くて手足も長い。それに比べて顔は小さかった。プロポーションも完璧だ。そして声もとても素敵だった。

 それにしても、こんな美形の一人称代名詞が『ワイ』って、あり得ない!

 誰かが面白がって外国人に変な言葉を教えたに違いない。


「貴方の言葉は理解できます。でも『ワイ』は止めてもらっていいですか?」

「何でや? ワイはガキの頃から『ワイ』やで」

 うぅ。関西在住の外国人だったのか。関西に住むなとは言わないけれど、こんな美形の子どもがいるのならば、居住地には気を配ろうよ。そう彼の家族に言い聞かせたい。


「せやけど、ほんま良かったわ。ワイはな、誰とでも会話ができるという神様の祝福持ちなんやで。その能力が使えんようになったんかと心配したやんか。言葉が通じるなら、異界の地でも何とかなるさかい、安心やな」

 関西弁には慣れていないけれど、意味はわかる。

 彼は『異界の地』って言ったよね。それに神様の祝福で言葉が通じるとも。


『神様! なぜ彼の言葉を関西弁に翻訳するのですか? 画竜点睛を欠くとはまさにこのことでしょう。ここまで神の配分と言っていいほどの美形を作り上げて、一人称がワイって、詰めが甘すぎます』

 問題はそこではないと思うけれど、『ワイ』のインパクトが凄すぎて思考が脱線してしまった。


「『異界の地』とおっしゃいました?」

 やはりこれが重要だと思う。怖いけど確認だけはしておこう。

「そやで。ワイのもう一つの祝福はな、界を渡ることができるんや。どや、凄いやろ」

「は、はい。そうですね」

 眼の前の男性は信じられない程の美形だけど、電波な外人さんだった。

 とりあえず写真だけは撮らしてもらって、さっさと家へ帰ろうと思う。


 中身がどんなに変な人であろうとも、その容姿に罪はない。写真は大きく引き伸ばして部屋の壁に貼ろうかな。そんなことを考えながら私はバッグからスマホを取り出した。

「あの、写真を撮らせてもらっていいですか?」

「写真てなんや? 聞いたことあらへんで。そないな機械も知らんしな」

 彼はスマホを興味深く見ていた。

 今どき写真やスマホを知らない人が日本にいるはずないと思うけれど、彼の設定ではそうなのだろう。私はとりあえずその設定には逆らわないことにした。

 私の目的は美形の写真を撮ることで、危ない外国人を更生させることではない。


「実演してみますから、少し笑ってくれますか」 

「わかったで。こんな感じでどうや?」

 王子さま然とした超美形が微笑んでいる。背景は見慣れた町並みと一級河川。違和感はあるけれど、彼の関西弁ほどではない。

「それでは撮ります」

 スマホからシャッター音が響く。

 場所を変えながら五枚ほど写真を撮る。その間、彼は大人しく微笑んでいた。



「スマホの画面に映っているのが写真よ。コンビニの機械でプリントもできるの」

 スマホの画面に先程撮った写真を表示して、美形の外人さんに見せる。写真の腕には自信はなかったけれど、被写体が芸術品並の美しさなので、写真の技術など全く必要がなかった。

 現実感がない程の完璧な美形が画面に現れている。彼はスマホの画面を驚いたように見つめていた。

「自分、おもろい機械持ってんな。これ、ワイにそっくりやがな」

 自分って、もしかして私のことですか?

 この人に翻訳能力を与えたとの設定の神様、お願いですから標準語に再翻訳してもらえませんでしょうか?

 

「せやけど、自分の使う言葉、ようわからんわ。スマホやの、コンビニやの」

 神様は私の願いを聞いてくれなかった。

「そんなこと、気にしなくていいと思うの。それでは、さようなら」

 彼の容姿は名残惜しいけれど、これ以上話していても疲れるだけに違いない。写真も撮らしてもらったし、目的は達成した。


「ちょっと待ってや。ここがどこか教えてもらってへんけどな」

 彼に背を向けて歩き出そうとした私の背中からそんな声がした。どさくさに紛れて帰ろうと思ったけれど、彼は誤魔化されなかったみたいだ。

「違う方に訊いていただいた方がいいと思うの。私もこの辺は不慣れなものですから」

 私は顔だけ振り返ってそう告げる。家まで歩いて十分程度の、完璧に地元だけど嘘をついた。これ以上この人と係わりたくはない。

「そやかて、誰もおらへんし」

「向こうの方へ歩いていくと駅に出ます。そこには人がたくさんいますので」

 私は歩いて来た方を指差した。私の家とは逆方向なので都合がいい。


「そうか。残念やけど、あっちへ行ってみるわ」

 彼が歩き出したので、私は安心してスマホの画面を確認した。やはり彼は貴いほどに美しい。


「あかん!」

 突然電波な外人さんが後ろから抱きついてきた。

 驚いて振り向くと、大きな火の玉のような物体が迫ってきていた。

 眼の前が真っ赤に染まるようだ。

 私は急いで目を閉じる。

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