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第一話

木原雄二は目を開けた。

あたりは薄暗く、橙色が揺れるなか、自分より低い位置に男が土下座しているのにギョッとした。

男がそっと顔を上げる。テレビやドラマや漫画で見るような陰陽師的な雰囲気の衣装だった。


これが、木原雄二が、異世界か昔の世界かに呼び出されることになった一番初め。


***


呼び出される理由は、12歳の木原雄二には「そんな事知らない」と思う事ばかりだ。例えば「新しい都はどこに移したらいいだろうか」など。

木原雄二は、面倒くさく「そんなん知るか」と正直に言った。


それでも陰陽師は一生懸命に訴えて来て諦めが悪い。

なお、一度目は驚いたものの、あっという間に元に戻して貰えたので、二度目以降は木原雄二は安心して「知らん」と言い放ち続けた。


どこかのお姫様の嫁入りの日はいつが良い、とか。

誰かの失くしものはどこを探せばいいだろう、とか。

誰かの位を上げるべきだろうか、とか。


呼び出す人を間違えている。

あと、俺は神じゃなくて、人間だ。


態度の悪い木原雄二に対し、陰陽師はチラつかせてくる。酒や魚の干物。

ただ、ものすごく貴重そうな口ぶりなのだが、12歳の木原雄二には酒も別においしいとも思えないし、魚の干物も好物ではない。

なら何が良いのかと尋ねられたので「菓子」と答えたら、慌てたように砂糖の塊が用意された。

チョコレートが好きな木原雄二は全く心を動かされず、むしろ眉をしかめたので陰陽師は最後に文句を言った。


「アキハラマサト様は、快く全て引き受けてくださるものを」


誰だそれ。

と思ったが、きちんと答えてやるのも億劫だ。


「そうだ、アキハラマサト様の方が上位であられる。ここはひとつ・・・」

陰陽師はブツブツと不満そうに呟き、木原雄二がいる前で、何やら声高に呪文を唱えだした。


初めての事に木原雄二は動揺した。


パァと強い光が満ちる。

自分のすぐ隣に、背の高い男性が立っているのに気づいて、木原雄二は驚いた。ただし、口を開けただけだったが。


***


「はいはい、何の御用ですかね。ん? あれ、これは初めまして」


木原雄二の隣に立つ大人。眼鏡をかけていてどうやらサラリーマンのように見えた。

少し不思議そうに木原雄二を見つめてから、スーツの内ポケットから名刺を取り出して木原雄二にくれた。

「私、イチイ商事の秋原正人と言います。こんなところでお会いするとは何かご縁を感じますね」

「おっちゃん、歳幾つ?」

「45ですよ」

「わぁ、父ちゃんより上だ」


呼び出した陰陽師の見ている前で、木原雄二と秋原正人は言葉を交わし、互いについて説明し合った。

どうやら、陰陽師が呼び出していたのは木原雄二だけではなかったようだ。


「関西にお住まいですか?」

「うん。大阪」

「俺の方は東京です」

「へー。カッコいいな」

「試しにお聞きしますが、西暦何年からここに来ました?」

「え? 西暦1985年」

「そうか。随分昔だな。懐かしいなぁ」

「おっちゃんは違うん?」

「俺は西暦2018年だよ」

「うわ、未来やん!」

「そうなるね」


木原雄二は未来から来た秋原正人に感激した。

「なぁなぁ、未来ってどんな風なん!?」

「そうだなぁ」


秋原正人は少し遠くを見やり、それからふっと諦めたように首を横に振った。

なんだろう。

秋原正人の方は、すぐに優しく木原雄二に微笑んだ。


その日は、二人で穏やかに会話をした。

そのうち、呼び出しのタイムリミットがきたようで、少なくとも木原雄二は元の世界に戻っていた。


***


呼び出しされるのが面白くなった。

未来人に会えるからだ。


平安時代の陰陽師はなおも色んなことを訴えて来るけれど、木原雄二が行った時には明らかにがっかりして、つぎに秋原正人を呼び出すのが恒例になった。

秋原正人はさすが大人で、何かしらの答えを陰陽師に返す。


その後は、タイムリミットがくるまで、時には陰陽師を交えて3人で雑談をする。


***


その日は、好きな子の話になった。


一番物知りという立場にいる秋原正人が、陰陽師や木原雄二の様子を微笑ましそうに聞いていた。

だが、途中から秋原正人は物思いにふけるようになった。

陰陽師も木原雄二も心配した。


どうしたのかと尋ねたが、陰陽師の方が心底心配して案ずるので、秋原正人はついに打ち明けた。

「いや、ここには私にとって過去だから。あの時、あれができていれば、なんて、つい」

そうしてチラ、と木原雄二を見てくるのだから気になってしまう。


そんなことがあってから、ある日。


大人の秋原正人は、中学生になった木原雄二にこう頼んだ。

「木原君は大阪と言ったけど、この電話番号に電話して欲しいんだ。ここに書いてる時間なら、俺がうちにいるから。俺を呼び出してくれないか」

「え。『絶対に家にいろ、遊びに出るな』って書いてある」

「うん。電話でそう言って欲しい」

「え」

木原雄二は困って秋原正人を見上げたが、秋原正人は真剣だ。


「でもこれ、俺が電話しても、秋原さんには昔やから、まだ俺の事知らないやん。イタズラ電話になる」

「良いんだ。いや、ごめんね。多分、感じ悪い俺が出てくると思う。でもイタズラ電話で良いから、そう伝えてみて欲しい。お願いだよ」

「うーん・・・」

「今度、未来のシャーペンを持って来てきみにあげるから」

「うん」


こうして、木原雄二は頼みを受けた。


***


次の呼び出しにて。

「俺、ものすごく気分悪かったわ」

木原雄二は訴えた。


「うん。この前、昔にそんなことあったなーと思い出したよ。イタズラ電話だと思ってさ、あのときの俺はちょっと尖っていたから思い切り受話器を叩きつけて切っちゃったなぁと。あれ、イタズラ電話じゃなくて俺に頼まれた木原くんだったんだよな。本当にごめんね」

指令を実行して心にダメージを負った木原雄二に秋原正人は詫びて見せ、内ポケットから綺麗なシャープペンシルを取り出した。

「これ、デザインが良いと思わないか」

「うわ、かっこいい。超綺麗」

木原雄二が見た事もない透明なブルーで流線形のデザインのシャープペンシルだった。とにかくカッコいい。

「だけど、それは時代を超えたものだから、取り扱いには気をつけてね」

「うん」

頷いて見せながら、木原雄二は尋ねてみた。

「で、なんか分からんけど、なんか上手い事いったん、秋原さん」

「ううん。難しいね」

秋原正人は力なく首を横に振った。

「木原君のお陰で、その日の俺のミスは防げたんだけど。結局、どうやら同じ結果だな」

「・・・ふぅん?」


***


それからも何度も呼び出しを受けた。

陰陽師の頼みは、毎回ことごとく、木原雄二にはどうでも良かった。けれど、秋原正人と会えるのは楽しみだった。


一方。秋原正人は、いつしか毎回、木原雄二に何か頼みごとをするようになっていた。


何度目だったかに、正直に状況を告白された。

「奥さんに逃げられちゃってね。娘が一人いるんだけど、捨てられちゃってさ」


仕事ばかりしすぎてしまったのだと秋原正人は項垂れていた。

娘も気が強くてさ、何度キライって罵られたか。腹立って俺も言い返したけど、あぁ、捨てられちゃうなんて思わなかった。

などと。


木原雄二は同情して、自分ができることならやってやるよと請け負った。


なお陰陽師は秋原正人の状態を知り涙ぐみ、それから木原雄二を見て、

「アキハラマサト様を助力してくださるのがキハラユウジ様だったのか・・・」

などと木原雄二の評価を改めたらしかった。


それは無いだろ違うだろ、と木原雄二は思ったけれど、案外そうなのだろうか。



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