ひらひらが心配
それから、俺とシャルは何度かアロエソウの採取を繰り返し、小銭を稼いでいった。
今日もアロエソウの採取を終えて、町への帰り道、おもむろにシャルがいった。
「あの気持ち悪いの、もういないね?」
ドッキン、と心臓が跳ねた。
気持ち悪いの、とシャルが言う魔物は、人食植物のバックンのことだろう。
「えっ。ああ、う、うん……。そ、それがどうかしたか?」
「ううん。見ないなっておもったの。つぎに会ったら、イッシンジョーのツゴーでボンッってやつけようとおもって!」
「お。おお、そうだな! あんなのやっつけちまえ」
おそらく、当分シャルが目にすることはおろか、この国で目にすることはないだろうけど。
バックンのサーチ&デストロイは、徹底的にしたからな。深夜にこっそり。バハムートの姿で。
町に戻って、俺たちの担当者カティアさんに報告を済ませた。
報酬はいつも通り二人合わせて二〇〇〇リン。
食堂でご飯を食べれば、二人合わせてだいたい一〇〇〇リンいかないくらい。
だからこのクエストは割がいいのである。
しかも安全。ここ大事。
「そろそろ慣れてきたと思うので、簡単な討伐クエストなどいかがでしょう?」
「いえ。そういうのはもっと、経験積んでからじゃないと危ないんで」
「ああ、いえ、シャルちゃんやガンドさんの実力から考えると、楽勝の相手だと思いますよ?」
ニコニコと超初心者用討伐クエストを勧めてくるカティアさん。
「実戦に!!!! 絶対はありませんから!!!!!」
「お、おっしゃる通りです……」
目を丸くしながらカティアさんはうなずいた。
むふーと俺は鼻から息を出す。
たしかに、俺がそばにいれば万一はない。
けどそれは、俺の目が届く範囲での話だ。
見失っている隙に何が起こるかわからん。
「あの、ですが、採取だけずっとしていては、冒険者ランクは上がりにくいですし……受けられるクエストも限られてきます……」
「魔物を討伐することだけが、冒険ではないでしょう」
「お、おっしゃる通りです……」
俺の脇を抜けてシャルが背伸びしてカウンターに広げたクエスト票を見る。
くるん、とこっちを振り返った。
「おとーさん、わたし、とうばつクエストやってみたい!」
「だ、そうですよ、お父さん」
ぐぬぬ……。
「イッシンジョーのツゴーで、ドーンってやっつけるの!」
「シャルちゃんなら、何の心配もいらないと思いますよ」
シャルとカティアさんが俺をじいっと見てくる。
「わかった。やりましょう」
「わぁーいっ」
俺はシャルの恰好を見る。
動きやすい恰好ではあるが、装備とはいえない服を着ている。
万一を想像したくはないが、そのとき、この服装じゃ心もとない。
クエストで貯めた金もあるし、ここは、防具を揃えよう
「というわけで」
「どういうわけですか」
「装備屋さんで装備を揃えたいんですが、紹介してもらっていいですか?」
「わかりました。そういうことでしたら……紹介するも何も、このレパントの町に装備屋は一軒しかありません」
そう言って、カティアさんは装備屋の場所を説明してくれた。
俺はお礼を言って、冒険者ギルドをあとにする。
もっと大きな町なら、防具や武器や装飾品屋で色々とわかれるそうだが、この町には装備品を扱う店は一店舗だけらしい。
「ぼーぐ、買うの?」
「うん。シャルがイイ感じになる防具だ」
「冒険者らしくなる?」
「なるなる! あとそれともっと可愛くなるぞ」
たぶん。
「ほんとーっ!?」
キッズサイズの防具が売ってあるのかは定かじゃないし、気に入るデザインかどうかもわからないが……。
あ、やばい、期待感を煽りすぎた。
さっきからシャルの瞳の中に星がいくつも煌めいている。
ど、どうしよう。
気に入ったデザインがないってなりゃあ、もう、お父さんが頑張って作るしかねえな……。
俺が覚悟を決めたころに、カティアさんに紹介してもらった装備屋「盾の乙女」にやってきた。
店自体はそんなに大きくない。俺の家とどっこどっこいだ。
「こんにちはー?」
扉を開けて中に入ると、続いてシャルが入ってくる。
「こんにちはー?」
ちょっと俺の真似をして挨拶をする。
埃っぽい店内には、鎧や兜、籠手など、様々な物が置かれていた。
シャルに似合う可愛い防具があるのか、かなり不安になってきた。
ちょこちょこー、と店内に入り込んだシャルがあれこれ物珍しそうに眺める。
「売り物だから、あんまり触っちゃダメだぞ?」
「わかってるー」
そんなふうに生返事をした。
「あら。誰がきたかと思えば、イイ男」
声がしてカウンターに目をやると、店主らしき女がいた。
簡単に俺が自己紹介をする――もちろん俺の正体は伏せて。
「はじめまして。ヨル・ガンドといいます。駆け出し冒険者です」
「あたしは、イレーヌ・エッフェル。ここの店主よ」
妖艶な雰囲気を持つイレーヌさん。目元の泣きぼくろがそれを際立たせていた。
長い髪をまとめて右肩へ流している。
カウンターのむこうにいたところを、わざわざこっちに来てくれた。
体のラインがよくわかる服を着ていて、男なら誰でも目がいってしまう、見事なボン、キュ、ボンだった。
「こっちの子は、娘のシャルロットです」
「こ、こんにちは……」
恐る恐る挨拶をするシャル。
ううん、まだ人見知りはそう簡単に直らないか。
「はい。こんにちは。いい子ねぇ」
よしよし、とシャルの頭を撫でるイレーヌさん。
「娘がいたのねぇ。それで、今日は何をお探し?」
「実は、シャルに似合う防具を探してまして」
「このおちびちゃんに?」
きょとんとイレーヌさんが目を丸くすると、ぷくーとシャルが膨れた。
「おちびじゃない。シャルロット」
「ごめんなさいねぇ」と、イレーヌさんがウフフと笑って謝った。
「だったら……ドワーフ用ならちょうどいいかもしれないわねぇ。ちょっと待っててちょうだい。ヨル君のも見繕ってあげるわ」
「いえ、俺は別に」
「安くしとくわよ?」
ぱちり、とウィンクされた。
「美人にそう言われると弱いなぁ」
「まあ、お上手」
くすっと笑って、奥へイレーヌさんは行ってしまった。
「ぼーぐ、いいのあるかな?」
「あったらいいな」
ドワーフは、確か背丈が子供くらいの亜人種のことだったか。
その女性用となれば、シャルにもぴったりかもしれない。
時間を持て余した俺は、店内の装備品を眺めていく。
初心者用のショートソードにショートボウ。皮の胴当てに籠手。
値段は安いけど、質はいいほうだと思う。
店の隅に傘のように剣がいくつも差してあるカゴがあった。
セール品らしく、さっき見かけたショートソードが八〇〇〇リンだったのに対して、こっちにある品は半額以下。もっとも安いのは一〇〇〇リンだった。
「おとーさん、これー!」
シャルの声がして棚のむこうをのぞくと、ぶかぶかの鉄のヘルムを被っていた。
「こら。売り物で遊ばないの」
「はぁい……」
つまらなさそうにシャルは唇を尖らせて、ヘルムを脱いだ。
なんかいいモンないかなー。
俺はセール品の剣を値札を見て、鞘から抜いては納めていく。
値札は妥当だ。刃こぼれしていたり、錆びついていたり、買ったあともメンテナンスが大変そうなものばかりだ。
「ん?」
最後の一本の柄を握ると、何か感じるものがあった。
なんだ、これ。
よく知っている気配というか、なんというか。
埃だらけの鞘を掴んで、剣を引き抜く。
刀身はボロボロで、今にも折れてしまいそうだった。
けど、これ、ただの剣じゃねえ。
「竜の牙で出来てる……」
間違いない。
古い品だから、さすがに種類まではわからないが。
かつて、俺を探し求め倒そうとした冒険者たちは、バハムートの牙は――まあ竜種全体がそうらしいが――武器の素材になると口々に言っていた。
「てことは、この剣は……」
かつて俺の同胞だったかもしれないやつの牙なんだろう。
こんな姿になっちまって。
ヘマしたんだろうな……。
これも何かの縁だ。よし。こいつは、買うことにしよう。
そう決めたときだった。
刀身が一瞬、光った気がした。
「……なわけないか」
お待たせぇ、とイレーヌさんが奥からシャル用の防具を持ってきた。
「これならどうかしら?」
見せてくれたのは、ところどころ花をあしらったワンピース。
これ、防具なのか?
「これで防具? って思ったでしょ今。しっかり作られてて、防刃性能が高いのよ。それに、可愛い」
「可愛い……か? シャル、どう?」
「かわいいっ」
「小さなお姫様のお気に召したようで何よりだわぁ」
ただ、なんかの弾みでパンツ見えちゃったりするだろうから、お父さん、ひらひらするのはちょっと反対だナー。
冒険者なんだよ、冒険者。
もっとひらひらしてないほうがいいなーって思うんです。
「試着してみる?」
「はい」
「あのー、イレーヌさん。丈ってもうちょっと長くできませんか?」
「何言ってるのよぅ。膝丈だし、短くないでしょう? それに、この長さが可愛いいんじゃないの。ねえ?」
「これがいいの!」
ぐぬう。
試着室に消えていった二人を待つと、すぐに出てきた。
似合ってる。
うちの娘の可愛さが、さらに増した。
「似合ってる! 可愛いぞ! 防具、最高かよ!」
「わぁーい! かわいいーっ!」
喜んだシャルが、店を出てシャルが飛んだり跳ねたりしたけど、動きに問題はないらしい。
ちょっとひらひらしたけど、許容範囲だ。
「奥さんは、一緒じゃないのぉ?」
シャルの様子を見ながら、俺は声を潜める。
「いえ、妻はいないんです。まだ本人には言ってないんですが、拾った子なので」
「あらぁ。そうだったのね……ごめんなさい」
「いえ。装備屋を女性で切り盛りするのは大変でしょう」
「旦那がいたんだけどねぇ。もういないから。仕方なくあたしが継いであげてるの」
人妻かと思いきや、未亡人だった。
妖艶な雰囲気にもなんとなく納得した。
「そうだわぁ。ヨル君の防具も選ばないと」
そういえば、そういう話だったな。
「それなら、これ、買います」
俺は立てかけておいた例の剣をイレーヌさんに見せる。
「あらぁ。そんなのでいいの?」
「はい。値段もお手頃ですし」
「そう? 品揃えはいいとは言えないけれど、もっといい品もあるのよぅ?」
不思議そうにするのも無理ないだろう。
俺の単なる同胞の遺物集めなんだから。
「これがいいんです」
そう言うと、イレーヌさんは二〇〇〇リンだったところを半額にしてくれた。
「気に入った剣を見つけられた記念ってことで」と言って、ぱちんと俺にウィンクした。
『――――。――……』
……? うっすらと何か聞こえた? ……いや、気のせいか。