クエスト報酬
娘を怖がらせる不埒な魔物を倒し、俺とシャルは小川のほとりに生えているアロエソウを見つけた。
あの人食植物バックンは、アロエソウと同じく水辺を好む。それと採取に来たニンゲンを襲うので、逆に奴がいる場所にアロエソウがある可能性が高いのだ。
「おとーさん、これー?」
ぷっつん、と茎を引っ張ってシャルがアロエソウを見せてくる。
「そうそう。それが、ポーションになるんだぞ?」
他にもアロエソウの用途は多い。軟膏にもなったりするし、もう少し大きければ食用でもイケる。
ほええええ、と目を丸くして、シャルは自分の手にあるアロエソウを眺めていた。
「これ、ポーションになっちゃうのー?」
「いーっぱい集めると、ポーションができるんんだ」
ほええええ、とまたシャルは目を丸くした。
「これを、お父さんとシャルのクエスト分、二〇個集めよう」
「うんっ」
ぷっつん、ぷっつん、とシャルはアロエソウを摘んでいく。
「とれた!」
「はい。じゃあ、鞄にしまおう」
いち、にい、とシャルが数を口で数えながら、シャル用のちっちゃな鞄に入れていく。
「七つ入った」
「残りはお父さんの鞄に入れようか」
俺が手を出すと、シャルはぶんぶんと首を振って、俺の鞄にアロエソウを入れてくれる。
また、いち、にい、と数えながら入れていき、合わせて二〇のアロエソウが俺たちの鞄に収まった。
「これでいいの?」
「うん。これで、あとはカティアさんのところに持っていって、報告すれば」
「クエスト、たっせい?」
「そういうこと」
おおお、とシャルが感嘆をあげた。
「行こ、おとーさん、早く! 日がくれちゃう!」
シャルが俺の服を引っ張った。
「暮れないから。まだお昼にもなってないし」
まだまだたくさん生えているアロエソウを見て、ふと思いついた。
「シャル、アロエソウ食べてみるか?」
「え? 食べれるの?」
アロエソウは、大きければ食用にもなる。小ぶりだったとしても、シャルの口ならちょうどいいだろう。
「もちもちしてて、案外美味いぞ」
「もちもち……」
鞄の中から果物ナイフを出して、きちんと成長したアロエソウを見つける。
肉厚の葉の皮は固いが、それを剥きさえすれば食べられるのだ。
食べやすいようにナイフで剥いてシャルに渡す。
「ガブっといけ。ガブっと」
「がぶっと……」
はむっ。
思いきりアロエソウにかぶりついて、もっちもっちと口を動かす。
「もひもひ」
「うん、もちもちだろー?」
俺も一枚むいて食べる。
ほんのり甘い果肉は、噛めば噛むほど口の中に果汁が広がっていった。
元の姿のときは、生えている部分の土ごと食ってたが、この姿じゃそれはできない。
「冒険中、食い物に困ったらアロエソウを思い出すんだぞ?」
もちもち、と一生懸命口を動かすシャル。
全然聞いてねえ。
まあいいか。
「それと、たまーにあの気持ち悪いの……バックンもアロエソウのそばにいることもあるからな?」
ちらっと見ると、トラウマが発動したらしく、俺の足にぎゅっとシャルがくっついた。
……あとでバックン滅ぼそ。
アロエソウが気に入ったらしいシャルは、町に戻るまでずっと口をモゴモゴさせていた。
「ちゃんとごっくんして」
「んくっ」
シャルがアロエソウを飲み込んだのを確認して、冒険者ギルドでカティアさんに報告をした。
「では、アロエソウ採取のクエストはこれで達成です」
「な。何がもらえるの?」
「報酬として、一〇〇〇リンがシャルちゃんに与えられます」
「一〇〇〇リン……! おとーさん、一〇〇〇リンあったら、お菓子いーっぱい買えるよ!?」
うっとりしたかと思うと、手足をわたわたとばたつかせて喜びいっぱいのシャルだった。
うむむむ。たしかに、この町に出ている市なら、一〇〇〇リンあれば砂糖菓子やら焼き菓子やら何やらがいくつか買えるが……。
「お父さんが預かります」
「えええええ!」
「欲しいものがあったらお父さんに言って。そのときに、その分お金は渡すから」
バハムート的教育――子供に余分なお金は持たせない。
ニンゲンってやつは、この金を巡って些細なことでトラブルを起こすらしい。ってのは、ここ数年ニンゲンとして生きてわかったことだ。
「むう……」
不満そうではあったけど、渡さない、買わせない、とは言ってないので、とりあえず納得してくれた。
「今日はどうされますか? 違うクエストをまた受けることができますが」
「シャル、どうする? 受けるだけ受けておく?」
「今日は、いい。大事なようじがあるから」
大事な用事? ってなんだ?
「だそうなので、また来ます」
「かしこまりました」
ニコリと笑って頭をさげたカティナさん。
手を繋いだシャルが、ぐいっと手を引っ張った。
「おとーさん、わたしは? わたしは? ビジン?」
「うん? どうした、急に」
あれか。カティアさんとしゃべってるからライバル意識を燃やしてるのか。
「いいから、いいから」
「うんっとな。シャルは天使」
「なに、天使って」
「美人とか可愛いとか、そういう評価の枠を超えた存在ってことだよ」
「??」
わかんねえかなー、俺のこの熱い想い。
まあ、単純に言葉が難しいからだと思うけど。
昼過ぎの大通りは、市もずいぶんと人が減っていて、かなり歩きやすくなっていた。
来たときよりものんびり店を眺めることができた。
「おとーさん、お金」
「いくらほしいの?」
「一〇〇〇リン」
「えぇ。全部?」
「一回だけ、一回だけ!」
そう強請られると強くノーとは言えない親バハムート。
「何買うの?」
「……ナイショ」
何だ何だ、急にモジモジして。
一〇〇〇リンで買えるものといえば、お菓子や食べ歩きできる軽食がほとんどだ。
おやつか何かがほしいんだろう。
了解した俺は、さっきもらったばかりのシャルのクエスト報酬、一〇〇〇リン札を財布から一枚出す。
シャルが頑張って得た金でもあるし、何を買ってきてもある程度は許容してあげようと思う。
「無駄遣いしたらダメだぞ?」
「うんっ。ありがとう、パパ!」
「お父さんな」
手を離したシャルが、来た道を戻っていった。
「お父さん、ここにいるからなー!」
大声で小さな背中に言うと、こっちを振り返って手を振った。
すぐにシャルの姿は見えなくなった。
噂では、治安がいい町と聞くけど、迷子になったりゴロツキに絡まれたりしないだろうか。
あー。心配。超心配。
ガタガタガタガタ。
ガタガタガタガタ。
「あ、あの、お客さん」
俺が木箱に座っていると、隣で屋台をやっているおっちゃんが声をかけた。
「はい?」
「お客さんの貧乏ゆすりで、ちょっとした地震起きてますよ」
「あ。それはすみません」
落ち着かなかったんだ。許してくれ。
どうりでさっきから不審者みたいな目で見られていたわけか。バハムート失策。
それから、一〇分ほどでシャルは戻ってきた。
「シャル、何買ったんだ? お菓子か?」
見たところ、それらしき物は持っていなかった。
「おとーさん! これ! どお?」
シャルが胸元に、花の形を模したブローチをつけていた。
ああ、これか。
そういえば、ここに来る途中、熱心に見てたような。
「うん。よく似合ってるぞ」
「ビジン? ビジンになった?」
「もちろん、もっと美人になったぞ」
俺がカティナさんに言った美人を気にして、女子力を上げて戻ってきたのか。
「でしょお?」
と、俺に似たのかドヤ顔でへんっと胸を張った。
「おとーさんのも、これ。あげる」
「え。俺のも?」
「つけてあげる」
シャルは、同じブローチを俺の右胸につけた。
値段は一個五〇〇リンだったから、それで一〇〇〇リン満額を……。
「今日、気持ち悪いのから助けてくれた、お礼」
値段通り材質は安っぽいけど、娘からもらったはじめての贈り物だった。
シャルの気持ちに胸がいっぱいになる。
「おとーさんも、ビジンになったよ」
「お父さんは美人にはなれないかな」
一部始終を見ていた屋台のおっちゃんが、「いい娘さんですね」と目元をハンカチで押さえながらいった。
おっちゃん、やめてくれ。もうすでに俺も泣きそうなんだから。
手を繋いで俺たちは歩き出す。
「食いたいもの、なんかあるか? 何でも好きなもの食わしてやる!」
「いいのー!?」
「おう。クエスト達成記念だ」
「ううんっと、じゃあ、それじゃあ……おとーさんが作ったご飯!」
「え……そんなんでいいの?」
純度一〇〇%の眩しい笑顔でシャルは言った。
「いいの!」
バハムート、ガチ泣きしてもいいですか?
「だから、早く帰ろ」
「うん、そうだな」
初クエストを終えた俺は、冒険を終えて娘との家へのんびり帰っていった。




