番外編2 一人でできるもん
日常のショートエピソードです。
「え? 何で?」
俺がシャルに尋ねると、じっとこっちを見て、プイ、とそっぽを向いた。
「いいの。お買い物は、わたしひとりで行くから」
常備品……ポーションとか毒消しとか、そういうのがいくつか足りないから、買いに行こうと俺がシャルを誘ったのだ。
常宿の一室でのことだった。
「何で? どうして? 何で一人で?」
「んもう、いいからっ」
うるさそうにシャルが言う。
これがあの!? は、は、反抗期か――!?
「お買い物くらい、ひとりでできるもん」
不満そうに唇を尖らせている。その横顔も可愛いから困ったもんだ。
「でもな、シャル。世の中には、シャルが知らないようなヘンタイがたくさんいて……」
「だいじょーぶだから! おとーさんは、待ってて」
解せぬ。ウチの子に何があった……?
おつかいを頼むことは、今まで何度かあった。
でも、今日みたいに俺を遠ざけようとすることは、一度としてなかった。
「ポーションが三つと、毒消しも三つと……」
確認していくシャルを俺はじいっと見つめる。
背伸びしたい年頃ってやつか? 親と一緒に何かするのがダサい、みたいな?
「じゃあ、行ってきます」
そう言って、シャルは部屋をあとにした。
足音が遠ざかると、俺も部屋を出て隣の扉を開けた。
「ちょ――ちょっと! エリー! エリー!?」
「ひゃああ!? な、何よ、いきなり!?」
着替え中だったらしく、服を抱くようにして持っていた。
「シャルが、反抗期に入った!」
着替えを待って部屋に入り、俺は事と次第をエリーに説明した。
「……というわけだ」
「へえ。あそう」
「おまえ、もっと関心をだな……」
「そりゃ、毎日毎日ずーーーーーーっと一緒にいれば、たまには一人きりになりたいときだってあるわよ」
「シャルが?」
ううん、何か納得いかないな。
「ヨルさんは心配し過ぎなのよ、きっと」
「そうか?」
あの様子は、そんな単純なことじゃないような気がする。
「そういえば、一人で出かけているのを何度か見たわ」
「俺には、どこへ行くか言ってないぞ……!?」
「娘にもプライバシーはあるのよ」
「ウチはウチ、よそはよそって方針なんでね。ウチにはそんなもんねーんだよ」
俺に行き先を告げずに、一人で出歩く……。
「怪しいな。俺に見られると困ることが何かあるのか?」
「彼氏でも出来てたりして」
「え?」
「だから、ボーイフレンド。シャルは可愛いからモテるんじゃないの? ふふ」
クスクス、とエリーは笑っているが、俺はそれどころじゃなかった。
「そんな……まさか……」
ずるり、と椅子から落ちてしまった。
「どんだけショック受けてるのよ……」
「おとーさんは、とてもツラい……」
「いつかそういう日が来るかもしれないんだから、慣れておいたら?」
「――そんな慣れはいらんッ!」
うひゃあ、とエリーが驚きの声を上げた。
「い、いきなり大声出さないでよ、もう。……何をやらせても完璧で無敵なように見えるけど、唯一の弱点がそれなのよねぇ……」
呆れたようにエリーは言う。
シャルが彼氏なんてモノを連れてきたら、世界を滅ぼすかもしれん。
「お買い物だけだったら、そろそろ帰ってくるんじゃないかしら?」
「確かに」
「お買い物だけだったら、ね」
「わざわざ言い直すなよ」
果たして、窓の外にシャルがこっちに歩いてくるのが見えた。
買い物の紙袋を持って、ゆっくりとこちらにやってくる。
「フン。やっぱり彼氏なんていねえじゃねえか」
「私は、可能性の話をしただけよ。それなのに、ヨルさんったら、ふふふ……」
「おまえ、からかったな……」
俺がジト目をするとエリーが「さあ?」と肩をすくめた。
シャルが俺に気づいた。
「あ、おとーさん」
「お帰り。お金足りたか?」
「大丈夫だったよ」
てくてく、と戻ってくるシャルの後ろに、てくてく、と後をついてくる黒猫がいた。
ふにゃあ、と鳴いて、シャルの後ろについてくる。
「あっ。ついてきちゃダメだってば」
「にゃぁ?」
「ううう……またご飯あげるから、ね」
「うにゃ」
それを見ていたエリーが、くすっと笑った。
「こっそりと世話をしてたってところかしら」
「みたいだな」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
世界を滅ぼさずに済みそうだ。
買った荷物を受け取ると、シャルが黒猫を抱き上げた。
「にゃぅ」
「この子、かえしてくるー」
飼いたいって言い出すもんだと思ったから意外だった。
「みんなで飼ってる子だから、いいのー」
とのことだ。
俺とエリーは、黒猫を抱えて歩いていくシャルを見送った。
「みんなっていうのは、たぶん友達のことみたいね。この町のお友達も出来て、シャルは成長してるのね」
「そうらしいな」
嬉しいような、寂しいような、そんな気分だった。




