中級職とパーティランク10
クイーンを倒し、俺はようやくひと息ついた。
あんな敵がこんな地下にいたとは。
物理の攻防、魔法の攻防をわけられると、戦闘がこうも面倒になるのか。
シャルが疲れきって座り込んだ。エリーも長いため息をついて、壁によりかかった。
「おとーさん、強かったね」
「そうだな」と、俺はシャルの頭を撫でる。
腰を下ろした俺の前に回り込んで、かいたあぐらの上にちょこんと座った。
ラブリーエンジェルの指定席である。
「あんな敵……クエストでいうとBランク以上の強敵よ」
マジックボックスから飲み物を出して、ぐびりと水を飲むエリー。
「じゃ、俺たちなら、パーティでBランククエストでも受けれるってことだな」
「実力でいえば、ね。パーティランクが低いからまだ無理だけど」
俺とシャルがDランク、で、Bランクのエリー。三人平均でCマイナスってところだろうか。
「パーティでクエストを受けることを考えてもいいかもしれないな。ランクが足りないなら、誰か助っ人を呼んで」
「すごーいっ! 冒険者みたいっ」
シャルが目をキラキラと輝かせている。
うん、俺たちがその冒険者なんだぞ?
あのクイーンは、巣と仲間をめちゃめちゃにされて相当怒ってたっぽい。
ん?
吹っ飛んだ上半身の下に、何かキラキラする球が転がっている。
「なんだあれ」
紫色のまん丸の球だった。
「あ、それ、たぶん『矜持シリーズ』じゃないかしら」
「『矜持シリーズ』?」
「ええ。強化アイテムの一種よ。使用者のスキルを強くしたり、武器を強くしたりできるの。まあ、たいていは使用者を強くするんだけど――」
そう言って、エリーは手帳をぺらぺらとめくる。
「紫色は『魔導士の矜持』。使うと、それに応じたスキルが強くなるわ」
シャルがキラキラの目を俺にむけてくる。わかった、わかった。マイエンジェルに使うとしよう。俺やエリーが使っても意味ないし。
エリーの話では、なかなか手に入らないアイテムらしく、道具屋で売ってもいいし、冒険者同士でも高値で売買されているそうだ。
使用するにあたって、ランクやスキル、そういうのに関係なく使えるそうだ。
うちの娘をパワーアップさせることに、俺が異論を持つはずもなく、さっそく使うことにした。
「シャル、その球を持って『我が力となり給え』って言ってみて」
俺はシャルに『魔導士の矜持』を渡す。
「……『我が力となり給え』」
球体から紫色の粒子が噴き出ると、それがシャルの体を覆って、ぱっと消えた。
効果がわからないシャルが首をかしげている。
シャルのステータスを見てみた。
――――――――――
種族:人間 シャルロット・ガンド(闇)
職業:ダークメイジ
Lv:42
スキル:下級格闘術・魔法ブースト・スモッグ
イッシンジョーのツゴー改
ダークフレイム改
シャドウスラッシュ改
ブラッディサークル改
――――――――――
「お? シャルの攻撃魔法が改良型になってるみたいだ」
「ほんとーっ?」
レベルも前見たときより、ひとつだけ上がっている。
ふにー、と顔を赤くして魔法を使おうとするが、魔力が空みたいで撃てる気配がさっぱりない。魔法ブーストでクイーンの半分を倒したからな。
どう改良されたのかは、今度の楽しみにしておこう。
疲れ切っているシャルをおんぶして、イバたんを呼んだ。
「グルー、ルー(親分ー、呼びましたー?)」
暗いところが怖いと言っていたイバたんは、あっさりやってきた。
階層をぶち抜いて吹き抜けにしたせいか、中は最初に入ったときよりもすこし明るくなっていた。
たぶん、そのおかげだろう。
「帰ろう」
イバたんに乗って、俺たちはドストエフの街まで飛んだ。
◆
イバたんを街に連れていくわけにはいかず、イバたんはドストエフ郊外の平原で待機してもらうことにした。
ドストエフの街に戻り、冒険者ギルドへ歩いていると、
「悲しそうな顔してたわね?」
イバたんとの別れ際を振り返って、エリーが言った。
「まあな。『待ってます……親分の帰り、ずっと待ってます』って言ってたからな」
「ふうん、そう」
イバたんの言葉を通訳しても、慣れたのか、エリーは何も反応しなくなった。
冒険者ギルドに着くと、カティアさんにペールヴォル島の洞窟で起きた一件についてエリーが説明した。
「ということは、クイーン・アラクネを撃破したということですか?」
「そういうことです」
「私の援護がなければ、ヨルさんは今ごろ繭になってかもしれないわね」
どやあ、と得意顔をするエリー。
真っ先に繭にされてたやつが、何をおっしゃってるんですかね。
「アラクネ、アラクネ……あ。ありました。討伐事例。以前別所で討伐されたクイーン・アラクネなんですが、パーティランクAマイナスのチームが事にあたったようです」
書類をカウンターにのせて、あれこれカティアさんは説明してくれる。
マイエンジェルは疲れのせいもあり、イバたんで移動中にすでにお眠だった。今は俺の背中で健やかに寝ている。
「三人のパーティランクは、すこし厳しめに見て、Cマイナスです。ただ、ガンドさんとシャルちゃんのランクが、適正なランクではないと私は前々から知っていますので、三人がパーティでクエストを受ける際は、ランクの上限をあげてもらうように、支部長に進言してみますね。実績も十分ですし」
「あいがとう、カティア。お願いするわ」
それが通れば、パーティで受けるクエストは、Bランクのものが受けられるようだ。
「けど、今回は不幸中の幸いだったかもしれません」
ちら、と俺とエリーが回収してきた冒険証を見て、カティアさんは言う。
「前回、そのAマイナスのチームが戦ったときは、すでに巣の中では二〇〇人近い犠牲者が出ていたそうです」
「え。そんなに?」
俺とエリーがあそこで集めた冒険証は、二〇とすこしだった。
「ガンドさんが見つけてくれて、本当によかったです。でなければ、こうした被害報告も出ないまま、犠牲者が増えたかもしれません」
「そんな、たまたまですよ」
ぶんぶん、とカティアさんは首を振った。
「今回の場所は、非常に悪質でした。もちろん、誰が犠牲者ならいい、ということを言うつもりはありませんが、巣の位置からして、今から強くなろうという冒険者を狙うことになるので、冒険者ギルドとしても、非常に助かりました」
「そこまで感謝されることじゃないですよ」
「ヨルさんは、これからの被害も防いだってことなのよ。もちろん、私もね」
平坦な胸に手をおいて、再びどや顔をするエリー。
いつかのEランクボーイズのことを俺は思い出した。
適正な場所に、常に適正の魔物が現れるっていうわけじゃない。
そんなの、俺がよく知ってる。
今回の犠牲者は運が悪かった、と言えばそれまでだけど、若い芽を摘まれるのは、見てて気分のいいもんじゃない。
だから、早いうちに討伐できてよかった。
それから、中級職になったことを報告し再登録をしてもらい、俺たちは冒険者ギルドをあとにした。
「ヨルさん……夕食、一緒にいいかしら?」
「自分から言い出すのは珍しいな。冒険中はいつも一緒に飯食ってるのに、わざわざ誘ってくるなんて」
「ええ。……ぼ、冒険とプライベートは、別だと思うから……」
エリーと待ち合わせの店を決めると、じゃあ、と走っていってしまう。
俺もそっちのほうへ行く。
「ちょっと、ついてこないでっ」
「おい、何ボケてんだ。宿屋の部屋、隣同士だろ」
帰り道も一緒。店で待ち合わせる意味あんのか?
シャルを宿屋のベッドで寝かせて、待ち合わせの店へむかう。
いつも行く店ではなく、通りを小道に入ったちょっとだけオシャレな店だった。
到着すると、すぐにエリーも来た。
ずっと後ろ歩いてたもんな。
待ち合わせる意味、やっぱりなくないか?
店に入り、あれこれ料理と酒を注文していく。
「ねえ……ヨルさん、訊きたいことがあるの……」
「なんだよ。改まって」
ウェイターが運んできたグラスワインを、エリーはぐいっと一気に飲んだ。
「カティアのことどう思ってるの――――!?」
「え。どうって……何が? 別に、どうも……」
からんからん、と扉についた小さな鐘が鳴ると、聞き覚えのある声がした。
「あっ、ガンドさんとエリザ。こんばんは!」
チ、とエリーが舌打ちした。
おい、こら。俺のワイン、勝手に飲むんじゃねえ。
また一気に飲みやがって、知らねえぞ。
よいしょ、とカティアさんが俺の隣に座る。
「なんで隣に座るのよ。後を追いかけてきたんでしょ!?」
「たまたまよ、たまたまー」
「ストーカー受付嬢」
「何よ、貧乳剣士」
親友同士のくせに、なんか空気がギスギスしている。
なんでこんな雰囲気なんだ。
そのせいもあって、あんまり楽しい夕食会ではなかった、とだけ言っておこうと思う……。




