マンドラゴの森4
巨大化マンドラゴを倒すと、シャルとエリーもホーンテッド・ウッドを倒し終えていた。
大砲からスコップに変形した竜牙刃で、穴を掘りマンドラゴの根を採取していく。
「おとーさん、これでわたしの杖が強くなるの?」
「うん。こいつの根が素材として使われるらしい」
ほほぉ、とシャルは俺が採取した根をあれこれ観察している。
「あの人たち、マンドラゴの『ドレイン』でやられたみたい」
「不意を突かれて眠らされたら、抵抗できないからな。その点、即席とはいえ、あらかじめ眠気覚まし薬を作って飲んで対策をしていたのは、正解だった」
「そこにある物で工夫してクエストを成功させる――冒険者として、当たり前のことをしただけよ」
そんなふうに言って澄まし顔ををするエリーだが、口元をゆるめていた。
「普通のマンドラゴは、それほど強い敵じゃないのだけど……異常なサイズだったし、手強かったわね……。ヨルさんのアレがなかったら、もっと苦戦していたはずよ」
エリーが冒険者の道具をあさって、冒険証を四枚見つけ出した。
それから、持ってきていた地図にメモをしていく。
「これを渡して冒険者ギルドに場所を伝えておけば、あとで遺体を引き取りに来てくれるわ」
前回の森では、冒険証は落としたのか見当たらなかったし、遺体の損壊も激しかったからその場に埋めた。
マジックボックスに入れて物扱いするわけにもいかないしな。
やることを済ませ、俺たちは森をあとにした。
ドストエフへ戻ると、エリーは冒険者ギルドへ行き、冒険者たちの手続きをすると言って俺たちはそこで別れた。
「おとーさん、エリー、変だったね」
「シャルもそう思うか?」
ゴルドーの武器屋に行く途中、シャルが確信めいた顔でふんふん、とうなずいていた。
「戦闘中はいつも通りだったけどな」
やっぱり俺から変に距離を取ったり、目を合わせなかったりした。
人見知りのような、不思議な態度だった。
「おお、ヨルにシャルちゃん。どうだった?」
武器屋に着くとゴルドーが迎えてくれた。
「素材はばっちりだったぞ」
マジックボックスから、採れるだけ採った『マンドラゴの魔根』を俺はカウンターの上にのせていく。
「どんだけ採ってきたんだ。まあいい。質は上等だ。これがあれば、魔石を使ってシャルちゃんの武器を改造できる」
おそるおそる、シャルが俺の背中から顔を出して、杖を渡す。
「できるだけ、可愛く、して、ください……」
「か、可愛くか……」
じいっと切なそうに見つめるシャルの目線に耐えかねて、ゴルドーが頭を振った。
「わ、わかった、そんな目でおじさんを見るのはやめてくれ。できるだけ頑張るように職人と相談するから」
「お願いします」
ぺこり、と礼儀正しくシャルがお辞儀した。
ゴルドーはやれやれといった様子で苦笑した。
武器屋を出ると、もう夕暮れだった。
エリーは、夕飯は別で食べるって話だから、今日は親子水入らずで食事をしよう。
「シャル、ご飯、何食べたい?」
「おとーさんが、作ったスープとお肉のあれとあれ」
あれだとよくわからんが、たぶん何のことを言っているのかはわかった。
「いいのか? 今日は好きな物でいいんだぞ?」
「おとーさんの作ったご飯、すきだから、いいのっ」
なんていい子なのか……。
いかん。お父さん、思わず謎の汁が目から……。
「わたしもお手伝いするからねっ」
「いや、シャルは危ないから……」
「やーるーのーっ」
言い出したら訊かない頑固ちゃんだからな。
刃物を使わない簡単な手伝いだけお願いしよう。
「まず、厨房貸してくれるところが探さないとな」
どこかあったっけな? と俺は首をかしげながら、シャルと手を繋いで歩いた。
◆エリザベート◆
「報告ありがとう。あとでご遺体についてはこちらで手続きをするから。お疲れ様」
カティアに今日見つけた冒険者の手続きをしてもらうと、くるんと背をむけた。
忙しいらしく、私の相手をする時間がないようだ。
「今日は夜一人なのだけど、カティア、今晩夕食どうかしら」
「珍しいわね、あなたから誘うなんて。何かあった?」
くるん、とまたこちらに体をむけて、カティアは眼鏡の奥の目をきょとんとさせた。
「ちょ、ちょっとね……」
「ふうん……?」
含み笑いをして、またカティアは書類と格闘しはじめた。
「いいわよ。待ってて。もうちょっとで終わらせるから」
冒険者ギルドの出入口で待っていると、二〇分ほどで制服から私服に着替えたカティアが出てきた。
「行きましょ」
久しぶりにこの街を並んで歩くと、数年前一緒にパーティを組んでいたときのことを思い出した。
ケンカも多かったけど、楽しかった。
二人で夕飯となると、決まった店があり、お互いどこの店に行くかなんて相談などせず、その店の方向へ足を進める。
中心地から離れた小ぢんまりとしたレストランにやってきた。
店内はオシャレでほんの少し薄暗い。
席について注文し、料理と飲み物を待つ。
「それで、何があったの?」
「そのう、実は……」
「珍しいわね、モジモジしちゃって」
「す――――好きな人が、でき、ました……」
ドキドキする。
口に出すだけで、その音が意味を持つみたいで恥ずかしい。
「ガンドさん、シャルちゃんしか見てないから、どうかしら」
「そうなの、あの人……って、なんでわかるのよっっっ!?」
「見てればわかります。何年親友やってると思ってるのよ。ていうか、ようやく自覚したの、あなた」
勇気を出してぶっちゃけたのに、カティアはむしろ攻めるような目で見てくる。
なんでそんなこと言われなくちゃいけないのよ。
「私も、ガンドさん好きよ?」
「知ってる」
どう考えても不自然だったもの。
ぶすっとしていると、カティアが笑った。
グラスに入った葡萄酒を店員さんが届けてくれると、お互い、ぐいっと飲んでグラスを空にしておかわりを頼む。
「私たち……というかヨルさんを追いかけて来たんでしょ、カティア。私、知ってるのよ」
「だったら何よぉ。私だって冒険者やってたらガンドさんと楽しく冒険したかったの」
おかわりを店員さんが持って来てくれると、カティアが飲み干す。
なんとなく、負けたくない。
私も同じように飲み干した。
「冒険者としての才能もある、家柄も確か、容姿端麗、そんなエリザには、絶対に負けたくない……!」
「奇遇ね。私もよ。巨乳には、死んでも負けたくない……!」
カティアは、冒険者としては強くなかったが、いかんせん女子力が高い。
なかなかどうして、油断ならない相手だ。
あと巨乳だし。
バチバチ、と睨み合う私たち。
またテーブルに置かれたグラスを、今度はチン、と合わせる。
ふっとカティアが笑みをこぼすと、釣られて私も笑った。
「お互い頑張りましょう」
「そうね」
……この日は、完全に私たちは呑み過ぎた。呑まれたといっても過言ではないくらい。
お互いがお互いを支えながらフラフラしていると、ついにバランスを崩して通りに二人して倒れた。
クエストが大成功した日。
集めた素材が高く売れた日。
嫌なことがあった日。
楽しいことがあった日。
あの頃に戻ったみたいで笑いが込み上げてきた。
「ふふ、ふふふ……」
「あはは……はは……」
夜空を見上げていると、ててて、と足音がして、シャルが覗き込んだ。
「おとーさん、こっち! みて! エリーとカティア先生が、ねてる!」
「本当だ。何してんだ、おまえら。わ、酒くさっ」
シャルがまたこっちをのぞきこんだ。
「エリー、カティア先生、お酒、いっぱいのんだの?」
「シャル、見ろ。これが泥酔ってやつだ。酒を飲んでもいいが、呑まれちゃダメなんだぞ?」
「ほほぉぉ~」
「こんなとこで寝てたら、通行人の迷惑だろ。ほら、掴まれ」
「「ごめんなさぁーい……」」
私とカティアはヨルさんの右肩と左肩をそれぞれ借りて、どうにか歩き出した。
「ガンドさぁぁ~ん……好きですよぉ……お慕いしております……」
ふにっと腕に抱きつくカティア。
「え? ああ、はい、ありがとうございます」
軽くカティアの発言をヨルさんがいなす。
私も勢いで言ってしまおう――と思ったら、一気に酔いが覚めてしまった。
「おとーさん、わたしも好きぃぃぃぃ――――!」
「お父さんもだぞ!」
ぴょん、とジャンプしたシャルがヨルさんの体にしがみついた。
流れで言ってしまえればよかったのに、機会を失くしてしまった。
何も言えない代わりに、私はそっとヨルさんの指先をちょん、とつまんだ。
本当は握りたいけど、酔いが覚めた今ではもう無理だ。
私たちがいくらしがみつこうが、ヨルさんはびくともしない。
冒険中も同じ。
どんな窮地でも揺るがない。
強さと頼りがいと安心感があった。
ヨルさんとなら、どんなこともやっていける気がする。
私も、好き。
まだまだ一緒にいたい。
心の中でそっとつぶやいた。
「エリーは、カティアさんちに放り込んでおけばいいか……ったく、世話のかかる」
そうぼやく彼の横顔は、どこか楽しそうだった。