マンドラゴの森3
「魔物のスキルでねむらされてたの?」
「うん、そういうこと。よく眠ってたぞ」
「スッキリ」
「そりゃよかった」
いや、よくはないが。
エリーが対処方法を知らなかったら戻らざるを得なかった。
そのエリーはというと、俺と目が合うとさっと顔を背けたり、近づこうとすると、さささ、と俺から距離を取った。
「おい、エリー?」
「な、何?」
下を見て、一向に俺と目を合わそうとしない。
態度がよそよそしい……。
「あ。さっきは、ありがとう……た、助けて、くれて……」
「え? ああ、うん。油断するなよ」
ええ、とエリーはうなずく。下を見たまま。
シャルもその様子を不思議がった。
「エリー、どうしたの? 顔、赤い」
「な、何でもないわよ」
否定すると、ぽけーとするエリーだった。
怒ってるってわけでもなさそうだけど、様子がおかしい。
池のほとりでフェインの葉から眠気覚ましの薬をいくつか作っておく。
これで、またホーンテッド・ウッドが出てきても安心だ。
俺たちはまたマンドラゴを探して森を歩く。
「これだけ探しも例のパーティが見つからないのは、成功するか失敗するかしてドストエフに戻ったんでしょうね」
「だったらいいけどな」
失敗して戻れるんだったらいいが。
怪我をして動けない、って状況だってありうる。
歩き回っていると、本格的にエリーがパーティ帰還説を主張しはじめた。
「たぶんもう帰ったのよ」
「……待て。こっちのほう――」
妙に強い気配がする。
キャプテン・ゴブリンや、親玉ウルフに近い――。
シャルもそれを感じたのか、顔を強張らせている。
「見て。大きな何かが移動したあとがあるわ。これ……マンドラゴの移動あとよ。こっちのほうへ行ったみたい」
その強い気配のするほうをエリーが指さした。
「眠気覚ましは、あらかじめ飲んでもいいのか?」
「ええ。二、三〇分ほどなら抗力を高めてくれるわ」
俺たちは、作っておいた眠気覚ましをそれぞれ飲んでおく。
「行こう」
俺を先頭に、エリー、シャルと続く。
血のにおいが一瞬漂った。
ひと際大きな樹が見えると、そのそばで四人ほどの冒険者が倒れているのが見えた。
周囲には、ホーンテッド・ウッドが五体いる。
「あれがマンドラゴ。けど、サイズが私が知っているものよりもかなり大きいわ……」
――――――――――
種族:魔樹族 マンドラゴ(土)
Lv:46
スキル:森の一族・弱体化の心得
ドレイン(体力、魔力を奪う)
強化ララバイ(広範囲の敵を眠り状態にする 成功率中)
強化パラライズ(広範囲の敵を麻痺状態にする 成功率中)
――――――――――
大樹だと思ったそれがマンドラゴだったらしい。
たしかにでかい。
バハムート状態の俺と同じか、それよりも大きい。
「花粉のようなものを飛ばして、敵を麻痺状態にさせるって言われているわ」
対策はしてない。
引き返すべきか……。
待てよ。
あそこに転がっている冒険者が眠っているだけだったら?
麻痺状態にされ、身動きが取れないだけだったら――?
大量に血を流しているなら判断もつくが、見たところ大きな外傷はなさそうだ。
人助けは趣味じゃないが、見て見ぬフリはできない。
「やるぞ」
地の利はむこうにあるが、敵は土属性。
格上だけど、エリーでも対処可能だ。
「幸い、あいつらはまだ俺たちに気づいてない。シャルの攻撃魔法で、ホーンテッド・ウッドに先制攻撃を仕掛けて、まず数を減らそう」
二人がうなずく。
「あとはいつも通りね」
「ああ。俺がマンドラゴを押さえる。シャルのことを頼むぞ、エリー」
「う、うん……」
あれ。いつもは任せなさいよ、とかドヤ顔でいいそうなのに。
ちょっと嬉しそうだった。
木陰からシャルが攻撃魔法を放つ準備をする。
魔力の反応に敵が気づいた。
「ヴォオウ!」
ホーンテッド・ウッドがあちこち見回している。
なるほど。
魔力に敏感なのか……となると、陽動は思いのほか楽ちんだな。
「『ブラッディ・サークル』!」
シャルが敵の密集地帯を狙って、範囲系攻撃魔法を使った。
足下の魔法陣を見て敵が慌てはじめた。
「ヴォ!? ヴォヴォ!」
だがもう遅い。
逃げ遅れた二体を闇色の棘が貫いた。
三体が難を逃れたが、シャルが弾幕を張りはじめた。
「『イッシンジョーのツゴー』!」
二発、三発、と連続で魔力弾を速射する。
だが、これじゃシャルとエリーが注意を引いてしまう。
俺は移動しながら、全力で魔力を体内に溜める。
思った通り。
魔力に敏感な敵が俺に注意をむけた。
同時に、敵の視界に入るように移動。
『挑発』を発動。
さらに引きつける。
竜牙刃を抜くと大盾に変形した。
飛んでくる太い枝の攻撃を防御する。
エリーに目をやった。
シャルが弾幕を張りつつ、俺が敵の注意を引いている。
意図を理解してくれたエリーが、急いで倒れている冒険者たちに駆け寄った。
「ヨルさん!」
エリーが首を振った。
そうか、ダメだったか。
「ギヴォオオオ!」
マンドラゴが咆哮を上げる。ビリリリ、と空気が震えた。
ぼごん、と足下から太い根が飛び出してくる。
それを大盾で防ぐ。
直接的な攻撃は防いだが、大盾にぶつかった瞬間、バリッと小さな雷がいくつも飛んだ。
ほんの少し、体が気だるくなった。
『ドレイン』か。
厄介だな。接触するだけで吸い取るらしい。
もっと困るのは、あの攻撃は『大盾の怒り』対象外ってところだ。
攻撃を受ければ盾が淡く光るのに、全然光らない。
「――――♪ ――――♪」
音波が肌に触れると、ぬるっとした肌触りがしたが、それも一瞬だった。
眠気覚ましを飲んでいたおかげだ。
「ギヴォオウ」
ワッサ、ワッサ、と今度は枝を揺らしはじめた。
金色の粒子がこちらへ降ってくる。
「パラライズのスキルよ! しばらく息を止めて!」
エリーの声だった。
ナイスアドバイス、エリー。
『――。――よ!』
俺が息を止めようとしたとき、大盾が輝き変形をした。
その昔、ニンゲンが持っていた武器――大砲に似ている。
両手でどうにか抱えられるほど大きく、ずっしりと重い。
脇に抱きかかえ、横から伸びる持ち手を握る。
そこに引き金があった。
竜牙刃の意思らしきものが教えてくれた。
どうやら、魔力を流せば使えるらしい。
試しに魔力を流し、引き金を引く。
ゴォォォォォォォオオ――――。
風属性の魔力が大砲を包むと、周辺の空気を吸いだした。
「ヴォォォオ……!?」
なるほどな。
降ってくる金色の花粉に大砲の口をむけると、そのすべてを吸い尽くした。
「パラライズの花粉が、一瞬でなくなった――!?」
「エリー、そっちいったよー!」
「あ。うん!」
地の利があるホーンテッド・ウッドたち相手に、エリーの剣による防御と攻撃に集中したシャルの魔法で押しまくっている。
あの様子なら大丈夫だ。
手元の大砲が十分空気を吸ったらしく、キンンンンと甲高い音を立てた。
マンドラゴ、この武器は吸うだけじゃないらしいぞ?
吐き出すこともできるらしい。
引き金を引くと、砲口に風属性魔法陣がぱっと広がった。
それが砲口に集束していき――。
ガァオオン!
獣の雄叫びにも似た砲声を上げる。
風属性の魔力で空気を圧縮した魔力の砲弾が放たれた。
砲弾がマンドラゴの太い太い幹に直撃。
吸った空気を使っているため、パラライズ効果もあった。
「ヴォ……、オ、オ…………」
何か反撃しようとしているが、ピクピク動くだけで、身動きが取れないでいた。
一発限りだけではないらしく、あと五発撃てる。
もちろん、容赦なんてしなかった。
引き金を引き、魔法陣が広がって消え、衝撃とともに魔力弾を放つ――
「ギヴォォォォ…………!?」
全弾撃ち尽くしたころには、マンドラゴの幹に穴が四つ空き、敵の魔力反応もなくなった。