代理決闘2
そのチチャリート家へむかう準備をするため、宿屋へ戻る。
「ヨルさん……どこか行くの?」
顔色が悪いエリーが毛布から顔をのぞかせた。
「チチャリート家の人から指名クエストがあって、それを受けたんだ」
「チチャリート……。わ、私も行くわ……」
「寝てろよ、二日酔いのクセに」
「行く……」
のろのろとベッドから出てくるエリー。
シャルと使用人のマリンは準備の間、外で遊んでいた。
遊んでいるというか、シャルが遊んでもらっている。
荷物をまとめてシャルたちと合流し、雇った馬車に乗り込み、西部の町エインバルを目指す。
「その領主たちがお金を出し合えばいいじゃない」
事情を聞いたエリーが言うと、マリンは首を振った。
「そう提案してもむこうの方にご了承をいただけないのです」
「そう……以前は橋の建設費をチチャリート家に援助した人がいたのよね」
「その通りです。それでか、先方も頑なにこちらの要求を拒まれるのです」
さすが元貴族の元お嬢様のエリー。
色々と知っているらしい。
あの橋があれば、交通の便はいいし、物流もさかんになる。
あちらさんも恩恵をあずかっていることは確かなんだがな。
三時間ほど馬車で移動し、チチャリート家が治める町のひとつ、エインバルへやってきた。
のどかな町並みで、俺たちが前まで活動していたレパントよりもう穏やかな町だった。
「ご案内いたします」
マリンに従い、俺たちはあとに続く。
シャルはゆらゆらしているマリンの尻尾に夢中だった。
「その人にもう一回お願いすればいいんじゃないのか?」
俺が素朴な疑問を口にすると、エリーが首を振った。
「その人は、亡くなっているからもういないの」
なるほど、そういうことだったのか。
領主の屋敷に着いた俺たちは、中の応接室へ案内された。
屋敷というよりは、大きな民家という風情で、エリーがこそっと教えてくれた情報では、領地は小さく治めている町の大半が村らしい。
初老の男と出ていったマリンが中へ入ってきた。
「この度は、お越しいただきありがとう。私は、フェルナンド・チチャリート。見ての通り、貧乏貴族だよ」
ははは、と穏やかにフェルナンドは笑う。
俺たちが簡単に自己紹介をすると、エリーのルブランという名にフェルナンドが反応した。
「ルブランというと、あの、男爵様の?」
「ええ。私はマルセロ・ルブランの娘よ」
「おお、おお……そうだったか」
エリーのルブラン家ってのは、貴族界隈じゃ有名なんだな。
知り合った貴族のみんなが知っているし。
簡単な挨拶を済ませると、本題に入った。
「代理同士が我々の代わりに戦うことになるのだが、ヨル殿、どうかよろしく頼む」
「任せてください」
「こちらの要求は、橋の建設費を折半すること。相手のククレジャ家の要求は、チチャリート家で建設費を負担するというものだ。私は無茶を言っているつもりはないのだがね」
苦笑するフェルナンド。
「決闘は二日後。どうやらククレジャ家は、腕利きの戦奴を買ったそうだ」
「せんど?」
「戦うための奴隷のことよ。こういう荒事の代理決闘をしたり、闘技場で戦ったりするの」
エリーが教えてくれた。
「ふうん。ま、大丈夫だろ」
「軽いわね……相変わらず」
「ヨル殿は、頼もしいな」
はっはっは、とフェルナンドが快活な笑い声を響かせた。
それから、俺たちはフェルナンドの屋敷に二日間滞在させてもらうことになった。
決闘の前夜、通りがかった部屋の中で、エリーとマリンの話し声が聞こえた。
「当家に建設費を全額負担できるような資金はありません……。折半でも十分に苦しいのです。旦那様は何も言われませんが……敗れるようなことがあれば、チチャリート家は没落してしまうでしょう……」
立ち聞きするつもりはないが、裏事情ってやつは俺も知っておきたい。
「おそらく、ククレジャの当主は、没落させたチチャリートの領地を合併するのが狙いなのだと思います」
「橋の建設は押しつけて、出来上がった便利な橋の通行税でも取れば、ボロ儲けは確実――そのために戦奴を買ったのなら、安い買い物よね」
あそこを迂回するとなれば、魔物が巣を作ったあの旧道を通るしかない。
小ズルイことを考えるもんだ。
「旦那様は、奴隷だった私を買って娘のように育てて、よくしてくださったのです……だから、どうか……」
「大丈夫よ、マリン。あなたが連れて来たあの人に、間違いはないわ」
そういう話を聞くと、負けられねえな。
負けるつもりないけど。
「おとーさん……おしっこ……はやく……」
眠そうな顔でシャルが俺の手を引っ張る。
忘れてた。怖いからついて来てって言われてたんだった。
「もれちゃうよう……」
「マジか、ギリギリか。急ごう」
そういや、フェルナンドに子供はいないんだろうか。
シャルの話になっても、自分の子供の話はしなかったが。
この家は、主のフェルナンドと娘のように可愛がっている使用人のマリンしかいない。
だからなのかもしれない。
マリンを買って娘のように育てたのは。
一人は寂しいもんな。
ぼっち歴が長い俺が言うんだから間違いねえ。
翌日。
俺とシャル、フェルナンドとマリンは、平原の指定された場所へとむかった。
エリーは決闘に興味はないらしく、フェルナンド家でのんびりしている。
「見なくても結果がわかるんだったら、見る必要ないでしょ?」
ソファで優雅に紅茶を読みながらそんなことを言っていた。
そのあとすぐ紅茶で火傷していた。
「チチャリート辺境伯、久しぶり。調印式以来だな」
マリンが教えてくれた。
こいつがククレジャ男爵。整った口ひげが上品な太ったオッサンだ。
フェルナンドとククレジャは、持ってきていた筒状に丸めた紙を広げた。
今回の代理決闘の内容と要求が書いてあり、お互いのサインと貴族だけが持つらしい家紋が入った印鑑が押してあった。
何人かの護衛らしき男たちの中に、ひと際大きな男の獣人がいた。
「おとーさん、あれっ、あれっ、尻尾、耳、もふもふっ」
ぐいぐい、とシャルが興奮気味に袖を引っ張った。
たぶん、あいつが例の戦奴なんだろう。黒い髪の毛の中から耳がふたつ。腰の後ろには、同じ色の尻尾が生えていた。
「ククレジャ男爵殿、今日は、頼もしい助っ人がいる。悪いが私の言い分を聞いてもらうことになるだろう」
「言っているがいい。私が連れてきた奴隷のほうが強い。闘技場の連勝記録保持者のガルムだ。貴公の助っ人とやらは、可愛いおチビちゃんか? それともそこのくたびれたオッサンか? プクク。チチャリート家、終了のお知らせだな、フハハハハハハ」
むうう、とシャルが頬をぱんぱんにして怒っていた。
「おとーさんは、くたびれてないもん」
「好きに言わせておけばいいよ」
なでなで、と頭を撫でていくと、ぱんぱんになったシャルの頬がゆっくり元に戻った。
決闘はデスマッチってわけじゃなく、負けを認めるか戦闘不能になったら終了。
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種族:狼人族 ガルム(闇)
Lv:43
職業:戦奴
スキル:中級格闘術・倍速・筋力アップ
人喰い(種族人間に対し攻撃力上昇大)
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のしのし、とガルムがみんなから離れていく。
俺もガルムについていく。
「おとーさん、がんばってぇええ!」
ぶんぶん、と一生懸命手を振るシャルに俺も手を振り返す。
目をガルムに戻すと、みるみるうちに体が大きくなり、黒い体毛が伸び、人の顔は狼の顔になり、鋭い爪と牙が伸びた。
見た目は完璧に二足歩行の巨大な狼だ。
「オレはいつでもいいぞ……! かかってこい、冒険者。ちなみに言っておくが、降参してもオレは途中でやめない。ククレジャから好きにしろと言われている。クク……。おまえを殺したら、あの場にいる全員を食い殺してオレは自由になる――ッ」
いつでもいいから、って言うから接近すると、獰猛な瞳をガルムは見開いた。
「!? ニンゲンの数十倍の動体視力を持つ人狼が――、動きを捉えられないだとッ?」
すまんな、こっちはバハムートなんだ。
「ニンゲン風情が――!」
ゴオ、と唸りを上げて飛んでくる拳をかわすと、連続して蹴り技を放つガルム。
「これが……中級格闘術、だと……!?」
悪い意味で驚いた俺は、ぺしぺし、と攻撃を片手で払っていく。
「修行を重ねて磨いた必殺のコンビネーションを――ッ」
「もうちょっと別の努力したほうがよかったかもな?」
「舐めるなァアアアッ」
怒ったガルムが喚きながら拳を放つ。
首をかたむけて回避すると同時に、俺もお返しにパンチする。
ドフンッッッッ
みぞおちを強打。
ガルムの体が浮き上がり数メートル吹っ飛んだ。
ごろん、と転がるでかい狼は、元の獣人の姿に戻った。
……完全に白目剥いてる。
戦闘終了のお知らせだった。
「えっ……もう……?」




