代理決闘1
竜牙刃は、鑑定不要だとオッサンは判断した。
それだけ不思議現象が起きてるんなら、鑑定する意味もないし、したとしても正確には鑑定しきれないだろう、と。
そういうわけで、俺は竜牙刃を返してもらい、シャルと一緒に冒険者ギルドへむかう。
「ここじゃあ、どんなクエストが受けられるんだろうな?」
「わくわく」
この街に来て初の冒険活動にシャルも胸を躍らせているようだ。
冒険者ギルドに到着すると、掲示板に色んな冒険者が群がっている。
張り出された様々なクエスト票をみんな見入っていた。
緊急性の高いクエストや、人手がかなり必要なクエストが主に張り出されていた。
適当に、何か簡単なクエストを探してもらおう。
「今日はどのようなクエストをお探しですか?」
カウンターの席に着くと、受付嬢が応対してくれた。
聞き慣れた声に顔を上げる。
眼鏡と巨乳。
間違いない、カティアさんだ。
「……あれ。何してるんですか?」
「こちらの街が人手不足らしいので、この街の受付嬢をすることになりまして」
「カティア先生、こんにちは」
「はい、シャルちゃん、こんにちは」
そうだったのか。
それならちょうどいい。
知らない人よりも俺たちのことを知ってくれている人のほうが相談しやすい。
「エリザは一緒じゃないんですか?」
「ああ、エリーは、昨日の祭りで飲み過ぎたみたいで、部屋で寝てます」
「ハメの外し方が下手なのは相変わらずです……」
うんうん、とカティアさんはうなずいた。
「俺たちが受けられるクエストって、どんなものがありますか?」
「ガンドさんたちが受けられるクエスト……そうですねえ、まだEランクですので……あ。ガンドさん、ご指名がありますよ」
クエスト票の束をぱらぱらとめくっていたカティアさんが、一枚を取り出した。
「指名クエスト。これは、ご依頼主が特定の冒険者に対してご依頼をするもので、これにクエストランクも冒険ランクも関係ありません」
「俺に?」
「ええ」
改めてクエスト票を見てみる。
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代理決闘
成功条件:チチャリート家の闘士として敵闘士を撃破
指名冒険者:ヨル・ガンド
報酬:魔石の欠片(1/3)・五万リン
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「昨日の獣闘祭の活躍を見てのご依頼のようですね。いかがいたしましょう。受ける受けないは、ガンドさんの自由ですよ。お話をお伺いすることもできます」
代理決闘ってのが何なのか気になる。
けど、よっぽどおかしな依頼でない限り、受けようとは思った。
報酬の魔石の欠片がほしい。
竜牙刃がふたつとも吸収してしまったが、今度はシャルの武器改造に使いたい。
「じゃあ、話をまず聞かせてほしいです。どこに行けば依頼主の人と会えますか?」
「チチャリート家の使用人さんがご依頼主なのですが、その方が明日まで北区に一軒だけある宿屋に滞在されるようです。何かあれば訪ねて来てほしいとのことです」
なるほど。
このドストエフの外から依頼に来た人なのか。
カティアさんの話によると、チチャリート家は、ここから西にある田舎の地域を治めている辺境伯様なのだそうだ。
「あ。シャルちゃんにも、指名クエストがあるよ?」
「ほんとーっ!?」
「おお、シャルもご指名か。よかったな」
「うんっ」
いっぱいいる冒険者の中から自分個人が選ばれるっていうのは嬉しいものだ。
「えっ……これは、どうなんでしょう……」
カティアさんがクエスト票を見て、ひきつった顔になった。
「カティア先生、みせてください」
「い、一応ね、一応……」
カティアさんがシャルに来た指名クエスト票を見せてくれた。
どれどれ……。
――――――――――――――――――
お、オジさんと、おおおお、お話ししないかい、天使ちゃん。
成功条件:依頼主モリヲと半日デート
指名冒険者:シャルロット・ガンド
報酬:三〇万リン
――――――――――――――――――
滅ッッッッ!
ビリビリビリ。
俺はクエスト票を千切って紙吹雪に変えた。
「あー!? おとーさん、何するのーっ!」
ポコスカ、とシャルが俺を叩いてくる。
「邪悪な欲望を感じた。受ける必要はない」
「なんでっ、なんでっ、なんでえええええええ?」
ですよね、とカティアさんは苦笑する。
「受けるかどうかは本人次第ですし、私たち職員は公平な立場なので私見を述べることはよくありません。なので……どうしたものかと思いまして」
「シャルを騙そうとする、わる~い大人からのクエストだったんだ」
たぶん。
あれが、同年代の女の子で遊びたいっていうのなら、報酬関係なくオッケーした。
シャルとサシで遊ぶ相手は、ロリコンだけは無理だ。すまんな。
「ガンドさんもですが、獣闘祭でシャルちゃんは有名になったので、その弊害かと思います」
「悪者からの依頼だったの? だったら、やっつけなきゃ!」
「やっつけなくていいの」
三〇万はたしかに魅力だが、高すぎて怪しさしかない。
俺が変身してシャルになりすましてもいいが、別に金に困っているわけでもない。
やる意味なし。
俺に来た指名クエストを受けることにして、冒険者ギルドを出て北区の宿屋にむかう。
一緒にいるシャルは、見学みたいなもんだ。
邪魔にはならないだろう。
北区は他と比べて閑静な区画なようで、建物もどことなく品があった。
宿屋はすぐに見つかり、俺は店主にそのチチャリート家の使用人とやらがいるかを確認した。
「ああ、この前からいらっしゃってるよ。二階の部屋にいるはずだ」
クイクイ、と上を親指で差す店主。
祭り目当てで来た観光客はすでにいないらしく、今宿泊しているのはその使用人だけだという。
二階に上がって、唯一扉が閉まっている部屋を見つけ、ノックをした。
「こんにちは。ヨル・ガンドです。クエストの件で来ました」
さっそくシャルは知らない人対策で俺の後ろに隠れている。
『ガンド様ですか。少々お待ちくださいませ』
物音がすると、扉が開く。
そこには、メイド服を着た若い少女がいた。
年は一〇代前半くらいだろうか、シャルのちょっとお姉さんくらいの女の子だ。
そのメイド少女が無表情のまま丁寧にお辞儀をする。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
「いえ……」
「わたしは、チチャリート家の使用人、マリンと申します」
ただのメイドさんかと思ったが、気になるところがいくつかある。
「おとーさん、おとーさん」
ぐいぐい、とシャルが俺のズボンを引っ張った。
「ネコさんっ、ネコさんみたいな耳と尻尾っ」
ぱぁぁぁぁぁぁ、とシャルがキラキラした目で、マリンの頭にある猫の耳とゆらゆらしている尻尾を見ていた。
「はじめてですか、獣人は」
「うちの子が申し訳ない。はじめて見るもんで」
「いえ」
どうぞ、と中に促される。
シンプルな部屋で、あるのはベッドとテーブルと二脚の椅子だけだった。
「まずは、事情を聞かせてほしい」
「はい。チチャリート家は、ここから西部にあるのどかな地域を治めている辺境伯です。今回、他家との揉め事を決着させるため、代理決闘という形を取ることになり、獣闘祭でのご活躍を拝見し、ご依頼させていただいた次第にございます」
貴族同士の言い分に決着がつけられないから、代理を立てて戦わせ、勝ったほうの言い分を聞くというものだった。
戦争という手段を取らないだけ、ずいぶん利口な両家だ。
というか、シャルとそう変わらない年なのに、ずいぶんと大人びたしゃべり方をするもんだ。
「報酬のお金と魔石を預かっております」
そう言って、荷物の中から鍵付きの箱を取り出し、中を見せてくれた。
現金はいいとして、魔石のほうだ。
不思議な魔力を感じる。偽物というわけでもなさそうだ。
これが、戦って勝てばもらえる、と。
「当家は、あまり裕福な一族ではございませんので、金額は、これが精いっぱいなのです」
「ちなみに、どうして揉めてるんだ?」
「南部にかかっていた橋をご存じでしょうか? 先日、大雨の影響で流されてしまったのですが。川のあちらとこちら、橋を建設する費用で揉めているのです」
ああ。旧道を通る原因になった橋の事故か。
「わかった。そういうことであれば、引き受けよう」
「ありがとうございます」
クールな淡々とした物言いで、マリンは頭を下げた。
俺の膝の上にいたシャルが、辛抱たまらなくなり、マリンの背後に回り尻尾をふにふにと触りはじめた。
「こら、シャル」
「いえ、構いません」
「もふもふっ♪」
シャルはほくほく顔で、ずいぶんご満悦のようだった。




