古代装備
獣闘祭の翌朝、宿屋の一階にある食堂で俺たちは朝食をとっていた。
店には客がちらほらといて、昨日の祭りのことを話題にしていた。
ワンツーフィニッシュを飾った親子よりも、突如現れ、タイラントの変異体を倒して去っていったホワイトドラゴンのほうが、みんな気になるらしい。
「あのドラゴン、どこから現れたのかしら?」
「さあ。空から飛んで来たんじゃないのか」
エリーは二日酔いで悪い顔色のまま、コップの水をちびりと飲んでいる。
「わたしを前、たすけてくれた白いドラゴンさんで間違いないよ!」
「シャル、ドラゴン見て区別がつくのか?」
「なんとなく!」
勘だったらしい。
まあ、間違ってない。
いきなり現れ脅威を排除し、去っていった――。
聞こえてくる会話に耳を澄ましても、それ以上の情報は何もないようで、俺は一安心だった。
軽く朝食を済ませると、よろよろ、とエリーは席を立った。
「武器屋に行くけど、エリーはどうする?」
「私……横になってる……」
二日酔いが相当キツいみたいだ。水しか口にしてなかったし。
「エリー、だいじょうぶ?」
「ありがとう、シャル。ちょっと休憩してればよくなると思うから」
そういうことらしいので、俺とシャルは宿屋をあとにしてこの前の武器屋にむかった。
「おとーさんのアレ見せて!」
「ああ、アレな」
優勝の賞品としてもらった籠手のことだ。
ナントカとかいうレジェンド冒険者が装備していたらしい、墨のような真っ黒の籠手。
マジックボックスの中に手を突っ込んで引っ張り出す。
「カッコイイ……!」
手の甲側がかなり硬い鉱物か何かでできているようで、この部分が竜のウロコを素材にして作ったんだろう。
指のほうはグローブのようになっており、物を掴むのも苦にならない。ただ若干クサイ。
左をシャルに渡してあげると、手を突っ込んだ。
「ほほぉ~。強そう!」
しゅ、しゅ、とパンチを繰り出すシャル。
けど、まだシャルにはおっきいだろう。
俺に返すと、何を思ったのか、くんかくんか、と手のニオイを嗅いだ。
「へあっ!?」
なんで嗅いだんだよ。
「おとーさん、これ、ダメっ。オジサンのにおいがする!」
「そうか? 中古だからニオイがアレなのかもな」
俺が両手にはめてポーズをとってみる。
「……」
おとーさん、強そう! って言うかと思ったけど、関心ゼロになってしまった。
あとで念入りに洗おう……。
半信半疑だったけど、竜のウロコを使っているってのは間違いないらしい。
ニンゲン相手にヘマしたほうが悪いとは思うが、こんな姿になっちまって。
さぞ無念だったろう。
武器屋に到着。
すぐに店主のゴルドーが現れた。
「よう、ヨル。ずいぶんな活躍だったらしいじゃねえか」
「おかげさまで」
「おかげさまは、こっちのセリフだ。エリーちゃんが『絶対大丈夫』っていうから、おまえさんにちょっとばかし賭けさせてもらったんだよ。本当にEランクなのか? あり得ねえ動きしてたぜ」
「冒険中は常にあんな感じだが」
はぁぁぁ、と感心したようなゴルドー。
「そんで、そいつが賞品の『竜殺しの籠手』ってわけか。似合ってんじゃねえか」
「あとで洗うけどな」
おおう? とゴルドーは不思議そうに頸をかしげた。
「シャルロットちゃんもよく頑張ったな?」
「シャル、ゴルドーのおじさんに褒められてるぞ?」
「ごるどーの、おじさん、ありがと、ごじゃいます……」
しゅ、と俺の背中に逃げてしまった。
「まだそんな子供なのに、大したもんだよ」
「ウチの子は天才だからな」
苦笑したゴルドーは首を振った。
「いやぁ、実際そうなんだろうけども……才能があったとしても家庭環境や親の影響で平凡な子供になっちまうやつは多い。冒険者の業界じゃよく聞く話だからな。要は、天才の器を天才としてきちんと育てるってのは、難しいってことよ」
特別なことは何もしてないが。
強いて言うなら、バハムート的教育だろうか。
弱肉強食の野性の常識とニンゲンの常識のいいところを併せたハイブリッド教育だ。
「そんで。獣闘祭の優勝者が今日は何の用だ? 預かった剣の鑑定ならもうちょっと時間がかかるぞ?」
「今日は、賞金でシャルの装備を改造するか、新しく買い替えようと思って」
俺が後ろを見ると、いつの間にかシャルはいなくなっていて、店内で武器を観察していた。
少し肌寒いから、防寒具もあとで買いに行く予定だ。
「ああ、なるほど、いい判断だ。シャルロットちゃんの杖、もしかすると装備者に合わなくなってるかもしれねえからな」
昨日、戦闘を見ていてなんとなく違和感があった。
もっと高い威力の攻撃がシャルならできると俺は思っていたからだ。
獣闘祭の戦闘を見て、ゴルドーのオッサンもそう思ったらしい。
あの杖を装備してからシャルはずいぶん強くなった。
武器が合わなくなるのは仕方ないことだろう。
「魔法攻撃力を高めるいい武器があれば買いたい」
「後衛攻撃職だったな……」
シャルの杖をゴルドーに見てもらう。
「ううん……こいつは、結構いい杖だな……魔力制御がしやすいようになってる……ふうん。装備者が長時間戦えるようにって配慮か、なるほどな……」
あれこれ杖を見ていくゴルドー。
「なまじ制御しやすいだけあって、どこかで杖がブレーキを踏んでるんじゃないかと俺は思うんだ」
「おまえさん、鑑定職人でも武器屋でもないのに、よくわかるな? その通りだ」
ゴルドーがにやりと笑った。
「後衛の初心者が扱うには、この杖は最高の代物と言えるだろう。初心者は、実戦では魔力制御が一番の課題になるからだ。だが、慣れた者が扱うには、ちょっと物足りなくなるかもしれねえ」
杖がシャルの魔力制御を手伝ってしまうため、自動的に消費量をセーブしているのだ。
今のシャルなら、魔力制御もお手の物だろう。買い替えてもよさそうだ。
「かえちゃうの?」
寂し気にシャルが俺を見つめる。
この杖はお気に入りだったもんな。
それに、今まで一緒に戦ってきた相棒のような存在だ。
思い出や愛着があるんだろう。
「オッサン、できれば改造する方向でお願いしたい」
「いいぜ。どの道、この杖以上に魔法攻撃を助長させる武器はウチに置いてない。魔石でもありゃ、どんなオーダーにも応えられるんだが……あるか?」
「持ってたんだが、鑑定してもらっているあの剣が、知らない間に吸収しちまったんだ。そしたら、鞘が立派になって刀身が長くなってた」
ぎょっとゴルドーが目を剥いた。
「あの剣がか!?」
「どうかしたか」
「古代装備の一種じゃねえか」
「ふん?」
「装備者に合わせて、意思があるかのように自動的に改造改良をしていく装備のことだ。世界にいくつかあると言われてるが……あれが……?」
「普通の剣だって買った店では聞いたが」
「オレもおまえさんにその話を聞かなかったら、使い込んである剣だって判断しただろうな……古代装備のすげえところは、持ち主が強くなるほど、装備も限界無しにどんどん強くなるってところだ」
「へえ」
「もっと驚けや! すっげーことなんだぞ!」
不思議ソードは、実はすごいらしい。




