獣闘祭2
俺たちは、ゴルドーの武器屋をあとにして、冒険者ギルドまでエリーに案内してもらった。
獣闘祭のエントリーは、冒険者ギルドで行っているらしい。
「エリーは知ってる? 【ドラゴンスレイヤー】って人の話」
「知ってるわよ。伝説の冒険者、ドグラ・ドラン。ソロで倒したドラゴンの数は二けたに上るとも言われる人よ。このドストエフが出身だったはず」
冒険者ギルドに入ると、冒険者のイラストがあった。
どうやら、有名な冒険者の似顔絵らしく、他に何人かの似顔絵が壁に貼ってあった。
「そうそう。この人よ。ある日を境に行方不明になっちゃったらしいのだけど」
エリーがそのドグラなんとからしい似顔絵を指差した。
黒い髪に黒い目。頬に傷。短く刈り込まれた髪の毛。
あ。こいつ見覚えある!
『「竜殺しのドグラ」たぁ、オレのことだァ!』
とか、大見得切って俺に斬りかかってきたやつだ。
俺が睨むとチビって逃げ出したっけ。
戦意のないやつを攻撃するほど、俺は好戦的じゃない。
涙も鼻水もオシッコも漏らして逃げる背中を、生暖かい目で見守った覚えがある。
「こいつが伝説……」
あんなに弱いのに?
「伝説の【ドラゴンスレイヤー】……カッコイイ……!」
あーあ。シャルが食いついちまった。
「エリー、このひと、バハムートをやっつけたひと?」
「ううん。この人は、他の違うドラゴンを倒した人よ」
「ほほぉ……」
あいつに倒されるドラゴンがどんなやつなのか知らないが、ニンゲンの間では伝説ってことになっているらしい。
とはいえ、同族のウロコを素材にした防具なんて、俺からすりゃ気分のいいもんじゃない。
回収して俺が使うことにしよう。
エントリーは簡単で、三分ほどであっさり終わった。
エントリーするのは、俺とシャルだけ。エリーは興味ないそうだ。
「ヨルさん、いいの? 開催日は明日よ? 鑑定は三日かかるって言われたでしょ」
「大丈夫だろ」
「武器がないのに、その自信は一体どこから出てくるのよ……」
ルールや概要の書かれた紙をもらい、俺たちは明日に備えて宿で休むことにした。
翌日。
空は快晴。いい狩猟日和だ。
参加者は、俺とシャルを合わせて五〇人ほど。
その一同が街の中心地である広場に集められ、獣闘祭の運営委員らしき男から改めてルール説明があった。
要約すると、こんな感じだ。
・参加者は、町中に放たれた魔物を日没までに何体狩れるかを競う。
・協力してもいいが、個人戦。
・運営委員が防御結界を張っているため、街に被害は出ない。
・魔物にA~Dのランクがあり、高ランクほどポイントが上。
・狩猟対象外の魔物もいる。
・怪我や死亡は自己責任。
・アイテムの持ち込み等は自由。
・一般の観戦者や見学目的の観光客は、いくつかの観戦ゾーンがあるのでそこで様子を観戦することができる。(監視用の魔道具を参加者があるので、それで戦いを映像として見られるらしい)
街の中で冒険者が普段どんなふうにして戦っているのか、というのを見世物にしたようなお祭りだった。
怪我や死亡が自己責任っていうあたりで、ずいぶんと冒険者は絞られそうだが、それでも参加するっていう者は、それなりに腕に覚えがあるんだろう。
「おとーさん! わたしが、ゆーしょーするからねっ!」
ふんす、とシャルはやる気満々。
「お父さんと離れ離れだけど、大丈夫か? 攻撃を受けたら、鞄に入れたポーションで回復するんだぞ? 無理しないこと。いい?」
「わかってるーっ」
歴戦の冒険者の中に、幼女が一人。
かなり浮いていたが、みんなの注目の的であり、癒しの存在でもあるらしい。
みんな、シャルを見て目元をゆるめている。
「可愛い……」
「今年は天使も参加するのか?」
「もしものときは、オレが助けてあげよう……」
「いや、むしろずっとあとをついて行って……」
お父さん、色んな意味で心配……。
父親としての意地とプライドに懸けて、シャルには負けられない。
けど、シャルの成長を見ておきたい……。
……あとをついて行って様子を見守りながら、狩りをしていこう。
「説明は以上。では、みなさん、ご武運を」
運営の男が腕時計を確認する。
開始時間となると、どこからか空砲がドン、ドドン、と鳴らされた。
同時に、魔物を運営が放ったらしく、街の至るところから気配がしはじめた。
「あっちー!」
ててててて、とシャルは走りはじめた。
よし、じゃあ、俺もこっそりついていこう。
「よし、オレもあっちかな……?」
「あっちのほうに、高ランクがいるな、勘だけど」
「作戦上、あっちからのほうがいい――」
口々に言いながら、シャルのあとを追いかけはじめた。
こいつら……! 見守る気か……!?
「おい、あの子のあとを追いかけるのやめろよ、ロリコン」
「いや、それ、おまえのほうだから、クソロリコン」
「おまえもおまえも、オレを飛ばして隣のおまえもロリコンだから」
「「「「……」」」」
「「「「やんのかオラァ――!」」」」
ロリコン四天王が仲間割れをはじめた。
いや、仲間じゃないんだろうけど。
ロリコンたちがよろしくやっている間にも、シャルはどんどん走って先に行く。
彼らを放っておいて、俺も気配を消しながらあとを追った。
「ギャオオオオンッ!」
――――――――――
種族:魔犬族 コボルト(火)
Lv:15
スキル:噛みつき・初級格闘術・初級剣術
――――――――――
二足歩行の犬に似た魔物、コボルトだ。片手には短剣を握っている。
背丈では、シャルと同じくらい。一メートルあるかどうかというくらいだった。
レベル的には格下。
このレベルだと、コボルトは一番数が多いDランク設定の魔物だろう。
「ワンちゃん!」
「グルルルル――」
ガルウ!
吠えると同時に突進してくるコボルト。
「たぁああっ!」
魔法を使わず、シャルが格闘術で応戦をはじめた。
ドガッ!
コボルトが短剣と突き出した瞬間、シャルが懐に入り、掌底で顎を撃ち抜いた。
「ギャウウン……」
一撃ダウン。
うむうむ。教えた通りだ。たぶん、魔力を温存するためだろう。
『おおおおおおお――――!』
どこからか歓声が聞こえてくる。
シャルの戦闘映像を見た観客のものだろう。
俺の背後にも、魔道具『フライングアイ』――目の形をした映像送信器――が飛んでついてくるから、それの映像だ。
『Eランクの少女、いや、幼女が早々にDランクの魔物コボルトを撃破ぁあああ!』
実況も聞こえる。
『おおっと、【アルケミスト】シャルロットちゃんのオッズが変動しました! これで五〇位中三三位! 後衛攻撃職にもかかわらず、キレのある格闘術を披露したのがそのワケでしょう! こんな幼い少女にあんなキレのいい格闘術を仕込んだ師匠は一体誰なんでしょう』
「おとーさんだよ!」
シャルが聞こえていた実況に丁寧に答えていた。
『わざわざ答えてくれてありがとう、シャルロットちゃん。きっとお父さんは凄腕の格闘家なんでしょう! ――優勝者予想の投票締め切りは二時間後の正午です! ご注意ください!』
そういや、賭けもやってるって言ってたな。
俺も自分に賭けておけばよかった。
実況がオッズランキングを読み上げはじめた。
『最下位、第五〇位は【重装兵】ヨル。冒険ランクはE! 冒険歴三か月のイイ歳をしたオッサンだ! 防御特化の鈍重な職業でなぜ獣闘祭に参加してしまったのかぁー!? 盾もない! 武器もない! どうする気なのか! オッズは大穴も大穴、六五五倍だ! 金ドブ案件!』
言わせたいやつには言わせておけばいい。
『ん? ガンド……? 冒険者ヨルは、どうやらシャルロットちゃんのお父さんのようだ! 凄腕の格闘家なら、冒険初心者といえど、手ぶらでこの祭りに参加するのもうなずける!! おっと、オッズが変動するようだ――』
格闘家なんてケチなもんじゃなくて、バハムートの仮の姿だからな。
そこんとこヨロシクだ。
「たああ! ハッ!」
ドガ、ドゴン!
シャルの拳が止まらない。
出現するコボルトを快調に撃破していく。
格闘術のみで。
どうやら、格下だと思った相手には魔法は使わないという方針のようだ。
あ、言わんこっちゃない。
正面に集中するばっかりに、背後をあっさり取られている。
――――――――――
種族:翼蜥蜴族 ガーゴイル(風)
Lv:33
スキル:中級剣術・硬化・対地優勢
――――――――――
そいつは、翼を持った蜥蜴にも似た魔物だ。
コボルトたちを囮にして、空中を移動してシャルを剣で攻撃しようとしている。
「ゲギャギャ……!」
キモイ顔に笑顔を浮かべている。
これは直撃するとマズイ。
あとでシャルを叱っておかないと。
けど、とりあえず……。
俺は足音を殺し、ガーゴイルに接近。
「ゲギャ?」
ガーゴイルが気づいたときには、もう遅かった。
俺は右手の親指と中指で輪を作る。
その中指を勢いよく弾く。
ボンッ。
ガーゴイルの顔面が吹っ飛んだ。
『で、デコピン一撃ぃぃぃぃ~~ッ!? Bランクのガーゴイルを鮮やかに撃破ぁああああああ! スキル「硬化」と「対地優勢」を持つガーゴイルをいとも簡単に! 何者なんだっ! 本当にEランクなのか!? 謎のお父さん格闘家、ここに爆誕だぁあ!!』
お父さん格闘家って……他に何かないのか。
『今の映像のリプレイです! ――離れたこの位置から、愛娘シャルロットちゃんの背後にいるガーゴイルのそばまで移動し、――あれ? 故障でしょうか。移動の瞬間が映って……。ええ~、スタッフによりますと故障ではないようでして……。――え? ていうことは………………ぬわぁんということだぁあ!? 移動の瞬間が映像に映らないいいいいいいいいい!』
俺の戦闘中の移動は、ニンゲンの目には見えないらしい。




