獣闘祭1
倒したゲイテホークの羽毛は、軽くて保温性も抜群ですごくあったかい。
むかっている城塞都市ドストエフではかなり重宝される、とキャラバン隊の隊長クロウドは教えてくれた。
というわけで移動中、俺たちは、ゲイテホークの羽毛をむしる内職をずーっとしていた。
Fランクガイズは、クエスト通り周囲を見張っている。
山間の旧道を抜けて、街道を進みはじめてからは、何も起こらなかった。
槍持ちは、楽勝のクエストだから受けたって言っていたけど、橋が落ちるっていうトラブルがなけりゃ、たしかにつつがない移動だっただろう。
俺たちは、暇だったっていうのもあって、約一〇〇羽分の羽毛をどっさり取っていた。
倒した数でいうともっといたが、素材として使い物になりそうなのは一〇〇羽ほどだった。
「ガンドさん、この羽毛と鳥肉を買い取らせていただきたいのですが……五〇万リンほどでいかがでしょう?」
「え。これ、そんな高く売れるの?」
「ええ。肉のほうは食べてみてわかったかと思いますが、美味しかったでしょう?」
シャルが一生懸命首を振っていた。
成長期だからか、がっついてたもんな。
クロウドが秘蔵のタレを持っていて、それで焼いて食べた鳥肉は絶品だった。
「食べられる魔物というのは、それほど種類は多くないのですが、ゲイテホークはそのうちの一種です。魔力を宿していたため、滋養強壮にもよい、と王都や他の都市では貴族を中心に食されております」
「その話、聞いたことがあるわ。なんでも、貴族の若い夫婦はよく食べるそうよ」
「その通りです」
なるほど。
交尾して子を生むためか。
「羽毛は温かいので布団や防寒具の素材にもなります。レパントに比べドストエフは寒いので、需要も高いのです」
討伐のお礼と羽毛と肉に分けた手数料も合わせ、全部で六五万リンを俺は受け取った。
結構もらえるもんだな。
不思議に思っていると、エリーが補足してくれた。
「ゲイテホークは、ああいう崖とか山にいて普段見られる種類の魔物じゃないし、それを倒すのには、腕の立つ後衛が必要なのよ」
『対地優勢』のある敵は、たしかに中長距離の攻撃手段がないと倒すのは難しい。
「シャルのおかげか」
うとうとしていたけど、ぴこんっ、とシャルが反応した。
なでなで、と頭を撫でると、「ぎゅぅ」と言って俺に抱きついてきた。
うむうむ、愛い娘である。
「あなたもよ。不思議ソードが弓になって……おまけにあっさり使いこなしちゃうんだから。弓って結構難しいのよ?」
バハムートに不可能はないからな。
ブレスで中距離。弓で長距離。近接戦闘では防御主体だけど『大盾の怒り』があるし、不思議ソードが武器へと変形してくれることもある。
「ヨルさんは、まさしくスタンドアローンね。本当に頼もしい」
そんなやりとりを幌馬車の中でしていると、クロウドが城塞都市ドストエフが見えたと教えてくれた。
俺とシャルが馬車から頭を出す。
「「ほほぉぉぉ~」」
小高い丘の上に高い高い城壁が見え、その奥に領主か誰かが住んでいるのであろう古城が見えた。
城外は険しい山で囲まれ、城門までの道の途中に運河があり、そこに跳ね橋がかかっている。
エリーも外をのぞいた。
「あれが、攻めるに難く守るに易い、城塞都市ドストエフよ」
「守るに易い? 上空からブレスを吐けば城内は火の海だぞ」
むしろ逃げ場がないから大変だろう。
「そんなことされたら、どの町だって例外なく火の海よ。それに、そんなことができる恐ろしい魔物は、そうそういないから安心してちょうだい」
ここにいるが。
だが逆に言えば、俺のような魔物でない限りは、守備は完璧なんだろう。
跳ね橋をキャラバン隊が渡り、城門までもゆるい坂道をのぼっていく。
通行許可証のようなものをクロウドが門兵に見せ、鉄扉が重い音を響かせ開いていった。
きれいに整備された石畳の道に、レンガで建てられたどっしりした家々。
都市と称されるだけあって、人の数も多かった。
話を聞いていると、Fランクガイズは、この町が地元らしい。
「クロウド隊長、俺たちはこのへんで」
「ヨルさん、本当にありがとうございました。あなたのおかげで、無事この町でも商売ができそうです」
ぎゅっと俺とクロウドは握手を交わす。
「また何かありましたら、クエストを指名させていただきます」
「こちらこそ、ありがとうございました」
荷物をまとめて、俺たちは幌馬車から降りる。
「お頭! お疲れ様でしたっ! 道中、大変お世話になりましたっっっっ!」
Fランクガイズが、ビシイッ! とお辞儀をした。
「また何かあったら、冒険者ギルドで、このブライン・イールマンをお呼びくださいっ! いつでも、はせ参じますのでっ!」
くすくす、とエリーが笑っている。
「ずいぶん懐かれちゃったわね」
「シャル、バイバイってしてあげて」
「ばいばい……」
俺の後ろに隠れてシャルが小さく手を振る。
「ば、ばいばい……!」
ドキュウン、と何かに射抜かれたように、Fランクガイズは膝から崩れて胸を押さえた。
見ていたキャラバン隊の人たちも、手を振っては御者台から次々に落ち、戦闘中以上の大混乱に陥っていた。
去っていくキャラバン隊を見送ると、エリーが歩き出した。
「まずは、武器屋にいって、ヨルさんの不思議ソードを鑑定してもらいましょう」
シャルがはじめての大きな都市に、目を輝かせては興味津々にあれこれ訊いてきた。
あとでここをエリーに案内してもらおう。
やってきたのは、エリーの馴染みの武器屋だったようだ。
「前々からここの親父さんにはお世話になっているの」
店の中に入ると、その親父さんとやらが俺たちに気づいた。
年は四〇過ぎくらいで、髭面のガタイのいい男だ。
「おお、エリーちゃん、久しぶりじゃねえか。相棒は見つかったかい?」
「久しぶり。その件はもういいの。その代わりに、今は違う人とパーティを組んでるわ」
「ほう……ずいぶん可愛い魔法使いだな」
じろじろ、と親父さんはシャルを見つめる。
「っ……」
「ほら、シャル。おじさんにご挨拶は?」
「しゃ……シャルロット、ガンドでし……」
噛んだけどまあいいか。
「お、お嬢ちゃん、息子の嫁に来ないか」
「行かねえよ」
「なんだ、オッサン。おまえには訊いてねえ」
「おまえのほうがオッサンだろ」
「オッサンって最初に言ったやつがオッサンだからな」
「だったらおまえのほうだろ」
「……やんのか、コラ」
「やってやんよ」
バチバチ、と火花を散らしていると、エリーが割って入った。
「ちょっと。オッサン同士でどうでもいい言い合いはやめて。親父さん、この人はシャルの父親のヨル・ガンドさん。私、今この二人とパーティを組んでるの」
親父さんの名前はゴルドーというらしい。
「エリーちゃんは、どんな腕利きとでもパーティを組もうとしなかったんだ。だからオレはてっきりカティアちゃんとでないと組まないもんだとばかり」
「ヨルさん、すごく頼りがいがあるの」
その発言にオッサンが真顔になった。
「……エリーちゃんみたいな綺麗な子なら、釣り合う男はいっぱいいるんだ。だからこんなオッサンやめときな。可愛いとは言え、子持ちの冒険者なんて」
「そっ――そんなんじゃないわよぉぉぉぉぉおおおっっっっっ!」
顔を真っ赤にしながら、街中に響くくらいの大声でエリーが叫んだ。
俺は、ぱっとシャルの耳を塞いであげた。
そのせいで俺の耳はキーン、てする。
咳ばらいをしてエリーが仕切り直した。
まだ顔赤いぞ。
「こほん。……今回ここに来たのは、ヨルさんの武器の鑑定をお願いしようと思って」
「武器の鑑定か。いいぜ。エリーちゃんとのよしみだ。まけてやろう」
そいつは助かる、と俺は鞘ごと竜牙刃を抜いて、オッサンに渡した。
「ずいぶん、いい拵えの剣だな」
抜いて刀身を見たり、柄や鞘をあれこれ観察するオッサン。
目を細めて、刃の肌触りを確かめたりしている。
「戻ってきたのは、獣闘祭に出るためか?」
「ううん。ただ、ここを活動の拠点にしようと思って」
「じゅーとーさい?」
シャルが先に訊いてくれた。
「要は、狩りのお祭りよ。街全体で行われるんだけど、至るところに結界を張ってその中に放った魔物をどれだけ倒せるかを競うの。誰が勝つかでお金を賭けたりする大きなお祭りよ」
「お祭り……!」
ちょんちょん、とシャルが俺の服を引っ張った。
「おとーさん、でたい!」
「シャルちゃん、あのな……? 子供が出るような大会じゃなくてだな……結構アブナイ魔物もいるって話で」
「そういうことなら、暇つぶしに俺も出よう」
「話を聞けぇ!」
「わぁーい、おとーさんも一緒っ!」
最近はパーティで戦うことばかりやっていたが、個々の力だって重要だ。
俺の腕試しにもなる。
「今年は、獣闘祭の運営は気合いが入っているらしい。優勝者には賞金一〇〇万リンと景品としてドラゴンアーマーの一部がもらえるそうだ」
「ゴルドーのオッサン、ドラゴンアーマーって?」
「知らねえのか。竜のウロコを素材にした貴重な防具のことだ。今回はたしか籠手だって話だが……レジェンド冒険者【ドラゴンスレイヤー】のドグラ・ドランがかつて使った防具だ。竜種の攻撃耐性が上がる上に、基本的な能力も大幅に上がるんだ」
竜のウロコ……俺の同胞のウロコか。
俺が回収してやらないと。




