不思議ソード
ここから新章です!
ルイスとEランクボーイズは上手くやっているようで、冒険者ギルドで見かけたときもずいぶん楽しそうだった。
「よう、ルイス。元気そうだな」
「あ。ヨルさん!」
ぴょこぴょこ、と跳ねるようにこっちへ走ってくるルイス。
もうローブは着ておらず、短めの髪からのぞく耳にはピアスがしてあった。
あれからもう一か月が経つが、ずいぶん垢抜けた。
短いズボンに動きやすそうなブーツを履いている。
防具は最小限で、腰の後ろから短剣の柄が出ていた。
「ヨルさんがアドバイスしてくれたおかげだよ」
「そうか。そりゃよかった」
俺の予想は大当たりだった。
「オレ……【僧侶】が全然むいてなかったんだね」
カティアさんがいつか説明してくれた。
後衛職は、繊細な魔力制御が必要で、向き不向きもある、と。
だからこそ有能な後衛職は貴重で、前衛は後衛を守ることを第一に戦うのだ。
転職するときにルイスから相談された俺は、思いきって真逆の【戦士】に変えてみたらどうかと提案した。
ルイスが【僧侶】になったのは、同系統のニンゲンが少ないから、という単純なものだったそうだ。
もちろん、俺とシャルがカティアさんに教わった魔力制御の訓練もしたことがなかったという。
そんな状況で【僧侶】方面に特化させても、これまでと大差がない。
Eランクボーイズはそれでもいいって言ったらしいが。
「【戦士】になってから、オレ、二つもスキル覚えたんだ! 早くない!? ヤバイでしょ?」
ニシシ、と笑うルイス。
垢抜けた上に表情も明るくなった。
「敏捷性を上げるスキルと素早い攻撃スキル!」
「ずいぶん楽しそうだな? パーティでオトコでもできたか?」
「は、はあ!? できてねえし! 変なこと言うなよ。だいたい、パーティのあいつらはガキ過ぎるっていうか……オレは、もっと……」
ちらっと俺を一度見た。
「もっと大人で強くて包容力があって、渋い人がいいんだ……」
「ごにょごにょと何言ってんだ」
「う、うるせっ! よ、ヨルさんには責任取ってもらうんだからな!」
「何の責任だよ」
「お、オレのおっぱい、も……揉んだだろっ! 二回もっ」
顔を赤くしながらルイスが叫んだ。
冒険者ギルドで大声を出すなってば。
変な目で見られてるじゃねえか。
「それは何回も謝っただろ? 飯も三回おごったし」
思い出してまた顔を赤くしているルイスを落ち着かせ、頭をぽんぽんと撫でてやった。
「まあ、あのパーティで上手くやってるみたいで安心したよ」
「オレ……もっと強くなるよ……そのときは、さ……また、一緒に……」
「うん?」
「ううん。何でもない! ……じゃあな!」
だっと駆け出して、ルイスはEランクボーイズの輪に入った。
次会うときがあれば、もうEランクじゃないんだろうな。
冒険者ギルドをあとにして、待ち合わせをしている装備屋の前でエリーと合流する。
「シャルは? 一緒じゃないの?」
「俺の姫様は、お小遣いで買い食いを楽しんでらっしゃるところだ」
あげた一〇〇〇リンは、全部使うんだろうなぁ……。
晩ご飯食べられなくなるから、ほどほどにって何回も言ったけど。
「可愛いから、変なオジサンにさらわれなきゃいいけど」
「俺以外の男の半径三メートル以内に入っちゃダメって、口を酸っぱくして言い聞かせてるから大丈夫だ」
そんなことを言いながら、装備屋に入る。
女店主のイレーヌさんはまだ店の奥にいるようだ。
「ヨルさん、ひとつだけお願いがあるのだけど、いいかしら?」
「ん? 珍しいな」
今日は、お互いに武器を研ぎ直すため、ここを訪れていた。
研ぎ直すっていっても、俺のあの不思議ソードを研ぐ意味があるのかは怪しい。
「魔石を今ふたつ持っているでしょ? ……ひとつを、買い取りたいの」
「いいぞ。別に金は要らない。譲るよ」
「もしかすると、お金は全然足りないかもしれないけれど……そ、そのときは、体で、わ、私を好きにしてくれて――え?」
「あげるって言ってるんだよ」
「……いいの? タダなんて」
「装備の改造か何かに使いたいんだろ? そういうことなら、使ってくれ。それでエリーが強くなるんなら、譲った甲斐もある」
「ヨルさん、ありがとう! 私、もっと頑張るわ!」
「ああ。頼りにしてる」
シャルにやるように頭をつい撫でてしまった。
「……こ、子供扱い、しないで……」
頬を染めながら、俺のことを上目遣いでじっと睨むエリー。
その割には、全然手をどかそうとしなかった。
そうだ、魔石だったな。
手を頭から離すと名残惜しそうにエリーは俺の手を見つめた。
背負ったリュックことマジックボックスを下ろして手を突っ込む。
話声が聞こえたからか、いらっしゃーい、とイレーヌさんが奥から姿を見せた。
「あらぁ。ヨル君とエリーちゃん。今日はどうかした?」
「今日は、この剣を魔石を使って改造したいの!」
「魔石を持ってるの!? じゃあ色々と改造できるわよ……!」
「ど、どうしよう……私、とっても楽しみだわ……!」
魔石、魔石……。
ごそごそ。
あ。
これはシャルが道端で拾った綺麗な石だ。捨てたらシャルが怒る。
魔石……魔石……。
あ。
これは、水切りがよくできる石だ。捨てたらシャルが怒る。
あれ……?
魔石……? あれ?
「ヨル君、あの剣、やっぱりダメだったわよね? 古い骨董品みたいな武器だったし」
マジックボックスに手を突っ込んで探していると、イレーヌさんがそんなことを言った。
「え? ダメじゃないですよ。今だってほら。腰に……」
ぺしぺし、と俺は腰の竜牙刃を叩いた。
「それってぇ……あの剣? 本当に? 鞘も柄も、全然違うけれど?」
え? そんなことないだろ。
じいっとエリーも竜牙刃を半目で見つめる。
「たしかに……前よりもなーんか、立派になったような……?」
「前は、こんな感じの剣だったわよ?」
イレーヌさんが、叩き売りされているセール品から適当に一本の剣を引っこ抜いた。
そうそう。そんな感じだ。
もう一度俺は腰の竜牙刃に目を戻す。
――あれ。
買った当初の面影を残しながら、立派になっていた。
「ナニコレ」
「私が訊きたいくらいよ。どうして持ち主が変化に気づかないのよ」
「俺が教えてほしいくらいだ」
念のため、竜牙刃を抜いてみた。
実を言うと、ここ数週間、Fランクのお気軽クエストしかしなかったので、剣を抜くのは解毒草採取クエスト以来だったりする。
久しぶりに抜いた竜牙刃の刀身は、少し伸びていた。
「長くなってる……?」
この不思議ソード……成長するのか?
「不思議ソードのことは一旦置いておきましょう。魔石はあった?」
「いや、それがふたつとも見当たらない。マジックボックスの中に入れていたんだが」
????? と、俺とエリーは頭の上に疑問符をたくさん浮かべた。
「名工が魂を込めて打った剣は、生き物のように持ち主に呼応するというわ。ヨル君が持っていた魔石がなくなっているのは、もしかすると――」
じっとイレーヌさんは竜牙刃を見つめる。
イレーヌさんの仮説にエリーが怪訝そうに首をかしげた。
「この不思議ソードが食べちゃったってわけ?」
「あくまでも可能性の話よ」
持ち主に呼応する――。
たしかに、俺が置かれている状況に応じて竜牙刃は姿を変えた。
魔法か何かのように。
生き物……として考えることは難しいが、魔力を流して抜くとき、この剣は何かのリアクションらしきものをとっていた。
あと、関係があるのかわからないが、買った当初より俺はずいぶんとニンゲンとして強くなった。
俺の成長に合わせて、魔石を吸収してこいつも成長した――?
『――! そ――――。――ね!』
今まで何も聞こえなかったのに、剣が何か言葉らしきものを発した。
うわ、気持ち悪。
『――!? ――よっ!』
しまっとこう。
『あ! ――――!? 待っ』
……ちん。
不思議ソードを鞘に納める。
良い盾があったらこれと交換してもらおう。
「細かい変化を繰り返していれば、毎日目にしているヨルさんは、持ち主だからこそ気づけなかったのかも」
エリーの言っていることは正しいかもしれない。
いつも見ている俺はさっぱり気がつかず、久しぶりに目にしたイレーヌさんはすぐに変化に気づいた。
「あたしが言った『生き物のように』っていうのはあくまでもたとえ話で……ここまで変化するなんて聞いたことがないわ。どうやったのかはわからないけれど、魔石ふたつを吸収したと仮定すれば、大きく様変わりもするでしょうね」
「不思議ソードが魔石を吸収してバージョンアップしたってことか」




