解毒草の採取8
バハムートの体のまま、山のほうへ飛び去ったと見せかけて、俺は空中でヨル・ガンドに変身する。
少々高いところから着地し、魔石を回収したあと、シャルたちのいるところへ走った。
Eランクボーイズにもお礼をしないと。
「あ! おとーさぁあああああん!」
俺を見つけたシャルが手を振った。
なかなか俺が戻って来ないせいで、不安にさせてしまったらしかったけど、みんな一安心したようだった。
「みんな、無事みたいだな」
てててて、とこっちに駆け寄ってきたシャル。
ぴょん、とジャンプしたので、俺は小さな体を抱きしめた。
「パパ、ぎゅぅ~」
シャルが俺の首にしがみついてぎゅっとしてくれる。
「パパじゃなくてお父さんでしょ?」
甘えん坊モードが発動したせいで、なかなかシャルは離れてくれなかった。
「ヨルさんのほうも大丈夫だった?」
ほんの少し疲れをのぞかせる表情でエリーが言った。
バハムートになってブレスで一撃――とは言えないから、
「どうにか防御に徹して、『大盾の怒り』で倒したぞ」
「へ? 倒しちゃったの!?」
「え? ああ、うん」
「ジェネラルグレイウルフ……ランクで言えば、Bランクの強敵よ……?」
「魔獣にもランク付けされるんだな」
「そう。対象にもよるけど、Bランクパーティ相当の力がないと戦っちゃダメってことなんだけど……」
「パーティ? あのデカワンコ一体に?」
「そうよ! 普通はパーティで倒す敵を! しかも高ランクの敵を! 初級職のまま倒しちゃうなんて……しかもソロで……」
頭が痛いらしいエリーは、俺をちらっと見て、こめかみを押さえた。
「おとーさん、あの、ドーンってするやつ? それで、やっつけたの? ドーンって!」
シャルがキラキラと目を輝かせる。
なんだなんだ、溜めて溜めて溜めて、ドーンって一気にぶっ放す攻撃にロマンを感じるクチか?
「そうだよ。耐えに耐えて、ここだ! っていうタイミングで、ドーンてしておっきなワンコを倒したんだ」
「おおおおおお~!」
シャルが謎の感動をしていた。
暗くならないうちに、俺たちは森をあとにする。
町まで帰りながら、俺は三人から事情を聞いた。
「三人もありがとう。今回は、本当に助かったよ」
来てくれなかったら、俺たちパーティはピンチになって、三人の目の前で変身を解除せざるを得なかっただろう。
「ううん。お互い様ってやつだよ」
そう言って戦士少年はニカッと笑った。
「ちょうどクエストを探していたら、Bランククエストの討伐対象のあいつが、この森に移動したって報告があったから」
僧侶少年が言うと、魔法使い少年が続けた。
「カティアさんも心配そうにしていたし、これは僕らの出番だろうってことで、様子見を買って出たんです」
そういうワケらしい。
Eランクボーイズは、俺たちにそのことを伝えて一緒に帰ってくるだけのつもりだったらしいが、見かけた俺たちは絶賛戦闘中。
かなりピンチだったから助太刀に入ってくれたそうだ。
シャルは疲れてしまったらしく、おんぶしてあげると、帰りの道中ですやすやと寝息を立てはじめた。
月が出はじめたころ、俺たち六人は町に到着した。
晩飯をお礼におごることにして、Eランクボーイズは冒険者ギルドの入口で待ってもらった。
マジックボックスの中には、トクタミソウが四〇と少し入っていた。
「あ、ガンドさん! エリザも! おかえりなさい!」
カティアさんが俺たちを見つけると、カウンターのむこうで立ち上がった。
「ただいま戻りました。ちゃんとクエストはばっちりですよ」
「心配しました……ジェネラルグレイウルフがあの森に移動したって報告があったので……」
はあ、とエリーが呆れたように息を吐いた。
「カティア、聞いて。この人、倒しちゃったのよ。ソロで」
「えぇぇぇぇ!? 強い強い、とは思っていましたけど、そこまでお強いとは……」
背中にいるシャルを近くのベンチに寝かせて、俺とエリーは席に着く。
「あの……これがクエスト票です。ジェネラルグレイウルフ討伐クエスト」
――――――――――――――――――
Bランク 凶暴化した毒狼の頭領ジェネラルグレイウルフの討伐
成功条件:ジェネラルグレイウルフを討伐
受領条件:Bランク以上の冒険者パーティ三以上
報酬:二〇万リン
――――――――――――――――――
「へえ。パーティが三以上」
「ガンドさんはそれをたった一人で倒してしまったんですよっ!?」
「そんなに人数必要ないだろ」
「あなた基準で物事を考えないで」
「討伐の証……牙でも爪でも毛皮でもいいので、何かありませんか? あれば、報酬を受け取ることができるんですが」
……ブレスで塵にしちまった。
あ。これがある。
「それはないけど、これ、魔石。倒したら体内から出たんだ」
カウンターの上に魔石を置くと、手に取ったカティアさんがしげしげ、と見つめた。
「なるほど……魔石が凶暴化の原因だったのかもしれませんね」
俺たちは、本来受けていたトクタミソウ採取のクエスト報告も済ませておいた。
「……ルイス、どうすんだ?」
町に帰ってからずっと口を閉ざしているルイスに俺は訊いた。
カティアさんが戻ってきて、そこで冒険証を渡してやめることを伝えれば、それでルイスの冒険生活は幕を閉じる。
渡すために、ルイスは冒険証を手に持っていた。
「オレは……でも、やっぱり足手まといで……今日だってオレのせいでパーティが全滅したんだ……」
「でも、俺たちはそれ以上の強敵が現れたけど、全滅しなかった。最初のパーティが全滅した原因は、おまえだけのものなのか?」
足を引っ張ったのはたしかかもしれない。
けど、それをカバーしてやるのもパーティだろう。
後衛を守ることを優先するっていうのがパーティの基本のはず。
ルイスは毒でダウンしていた。
ヒーラーがダウンすれば、バランスが崩れてしまうのも当然だ。
あのパーティは、その基本すらできてなかったんじゃないか?
「……」
押し黙るルイスに俺は言った。
「おまえだけが悪いわけじゃない。みんな悪いし、運も悪かった。それだけのことだろう」
ぐすぐす、とフードを被ったルイスが鼻をすすった。
「こんな話、珍しくともなんともないし、腐るほどある失敗譚よ。それともあなた、自分の成功失敗だけで、パーティの命運が決まるとでも思ってるの?」
ぶんぶん、とルイスは首を振った。
言い方はアレだが、エリーが擁護しているのがわかった。
ローブの袖でルイスは目元をぬぐう。
「でも、オレは、才能、ないからぁ……っ」
「みんなで戦って、敵を倒したとき、どう思った?」
親玉ウルフを吹っ飛ばしたあと。
一度集まって、俺たちはハイタッチした。
「ルイス、おまえ、いい顔してたぞ」
「……ぐすっ」
カティアさんが、いつの間にか戻ってきていて、話を静かに聞いていた。
「私はもうやめてしまいましたが、冒険は才能でやるものではないです。楽しいか楽しくないかです」
俺とエリーが報酬を受け取る。どうやら、魔石は討伐の証としてもらえたらしく、討伐報酬ももらえた上に、魔石も返してもらった。
「今、こうして楽しく受付嬢をしていますが、たまに妄想することがあります。続けていたら、どうなったんだろうって。もっと死ぬ気で努力すれば、開ける道もあったんじゃないかって」
用件の済んだ俺とエリーが席を立つ。
「ルイスさん、どうしますか?」
ぐすぐす、と泣いていたルイスが、ポケットに冒険証をしまった。
「オレ……もうちょっと……っ、がんばってみる……」
俺とエリー、カティアさんは目を合わせ小さく笑った。
たぶん、ルイスは、自分のことを理解してくれる仲間がそばにいなかっただけなんだろう。
俺がいない間、ルイスと死線をともにくぐったパーティをひとつだけ知っている。
ばん、と俺はルイスの尻を叩いた。
「きゃうっ!?」
「それでこそ男の子だ」
「ちょっと、何してんのよ」
「ガンドさん!」
「え。何」
「ガンドさん、セクハラです」
「え?」
「ヨルさん、オレ、女なんだ……」
「……」
「何超ビックリしてるのよ。線も細いし背も大きくないし、指だって細いし、最初は私もわからなかったけど、一緒にいてすぐにそうなんだってわかったわ」
「嘘だろ。『オレ』って自分のことを言ったら、普通男だろ……ニンゲンってなんでこんなに複雑なんだ……」
ぺたぺた、と俺はローブの上からルイスの体を触る。
ふにゅ。
あ。この感触――。
ふにゅふにゅ。
小さいけどたしかに……。
「わぁああああん!?」
「やめなさいっ! この変態っ!」
「ガンドさんっ!」
このバハムートでもわからないことがあるとは……。
俺がニンゲンの神秘に唸っている間、エリーにげしっと蹴られ、涙目のルイスに杖で叩かれた。
無論、俺にそんな攻撃は効かん。
外に出て、Eランクボーイズと合流した。
「おじさん、オレたち今度次の職業選ぶんだけどさー。何がいいと思う?」
「【僧侶】の俺が前衛職の【騎士】になったら、戦術の幅も広がると思ったんだけど……」
「最前線に出ると治癒を戦闘中にできなくなるから、また別の誰かが【騎士】か【僧侶】になったほうがいいんでしょうか?」
悩むEランクボーイズを見て、俺とエリーが顔を見合わせた。
「【僧侶】なら、ここにいるぞ」
どん、と俺はルイスの背中を押した。
慌てたルイスだったが、俺の意図を察した。
「オレ……ヒールと、あとひとつしかスキルないけど――それでもいいんなら」
「何言ってんだよ、十分だよ」
戦士少年がぐっと親指を立てた。
うんうん、と魔法使い少年がうなずく。
「一度一緒に戦っているし、クセもつかみやすいからちょうどいいです」
「おじさんが夕飯ご馳走してくれるんだ。親睦会にしよう」
「う、うん!」
Eランクボーイズの輪にルイスが加わった。
あれやこれや、と職業編成にアドバイスを求められる先輩冒険者ルイス。
その横顔は、さっきまで続けるかどうか悩んでいたとは思えないほど、楽しそうだった。




