解毒草の採取7
「た、助かった……」
ぺたり、とルイスが座り込むと、エリーは目を丸くしていた。
「な、何、今の攻撃……?」
「何回か前の戦闘で、みんなのレベルが上がっただろ? そのときに覚えた『大盾の怒り』っていうスキルだ」
いやぁ、すっげー吹っ飛んだなぁ。
あれだけ飛ぶと、ちょっとクセになりそうなくらい気分がいい。
「『大盾の怒り』……? それ、【重装兵】で覚えるスキルじゃないわよ……?」
「そうなのか」
そんなこと言われても、覚えたもんは覚えたんだ。
「たぶん、中級職以上で覚えるスキルだったはず……」
「へえ」
「軽いわね、相変わらず」
呆れたらしいエリーがくすっと笑った。
「おとーさん、すっごーいっ! おっきなワンちゃん、ドーンってやっつけた!」
ぱぁぁぁぁぁぁ、とシャルが眩しいくらいの尊敬の眼差しを俺にむけていた。
「シャルもよく頑張ったな」
「うんっ」
とはいえ、俺が言いたかったことを瞬時に理解してくれた。
ウチの子は、なんて賢いのか。
なでなで、と頭を撫でると、もっともっとと言いたげに俺の手に頭を押しつけてくる。
「ルイスも、ナイススキルだったぞ。ばっちりだ」
「けどあれは、ヨルさんがやれって言ったからやっただけで……」
俺は座り込んでいるルイスの肩を叩いて笑った。
「バカちん。おまえがあのスキル覚えてたからできた作戦だ。結果的に、グレイウルフを一網打尽にできた」
「あんな強敵を前にしながら、あんな連携技を思いついて、冷静に指示が出せちゃうヨルさんがすごいと思うのだけど……」
ぼそりとエリーが言った。
「おとーさん、あそこ、草がいっぱいある!」
てててて、とシャルが遠目に見つけたらしいトクタミソウのところまで走っていく。
ぷっちん、ぷっちん、とシャルとルイスが摘みはじめていると、遠くで嫌な気配がした。
「ヴォオウ、ヴォオオウ! ヴォ、ヴォオオオオ!」
何を言っているかはわからないが、苦しんでいるような鳴き声だ。
声は、間違いなく吹っ飛ばした親玉ウルフの方角だ。
「おとーさん……」
トクタミソウを摘み終えたシャルが俺のところへ駆けてきた。
遠吠えが何かの合図だったのか、またグレイウルフがわらわらと木々の間から現れた。
群れを統率する親分だけあって、知能は魔獣にしては高いはず。
力ではこっちのほうが上だとわかれば、逃げるはずなんだが。
「「「「グォオ! ォオオ!」」」」
グレイウルフの数はさっきと同じか、それ以上だ。
しかも――まっすぐこっちに突進してくる。
騒がしい足音を響かせながら、親玉ウルフもこっちへ接近していた。
理性が吹っ飛んでいるように見える。
力の限り暴れて俺たちを倒そうってことか……?
「それとも、玉砕覚悟ってことか?」
ああいう捨て身の攻撃が一番厄介だ。
「エリー、シャルとルイスの護衛を頼む」
「言われなくても、指一本触れさせないわ!」
「シャルとルイスは、タイミングを合わせてあの連携技を」
「うん!」
「りょ、了解!」
もう一度同じ戦術で撃退する。
もちろん俺は親玉ウルフの相手だ。
大盾のままの竜牙刃を構え、親玉ウルフの突進を受けた。
「!?」
だが、パワーがさっきと桁違いだ。
受ける衝撃が半端じゃない。
反撃だ。
ブレスを吐こうと盾を下げると、そこにはもう親玉ウルフはいなかった。
「――ッ!」
背後か!
かすかな気配を感じて振り返った瞬間だった。
「ヴォオオオオウ!」
盾を構えるのがわずかに早く、どうにか頭突きを防御した。
いきなり強くなりすぎだろ、こいつ。
どんな手品使いやがった。
ちらっとシャルたちを見ると、こちらも苦戦していた。
こっちの手を学習したのか、連携技で一網打尽とはいかなくなっていた。
捨て身で攻撃を仕掛けてくるグレイウルフは、エリーが倒しているが、数が全然減らない。
このままだと、ちょっとやばいかもな。
俺には切り札があるが、この状況では切れない。
親玉ウルフの攻撃を防御しまくって『大盾の怒り』でカウンターを狙うしかない――けど、それまでエリーたちが持つか――?
そのときだった。
赤い炎の弾がグレイウルフの一団に放たれた。
「ギャウウ!?」
ボホォウ、と一体が炎に包まれた。
「おじさん――!」
「間に合った!」
「おじさんのパーティ、どうにか無事みたいだね」
Eランクボーイズだった。
「おまえら、何でこんなところに」
「討伐対象のジェネラルグレイウルフがこの森に逃亡したってギルドに報告があったんだ!」
と、戦士少年。剣と盾を装備している彼が、エリーの援護に回った。
解毒剤が品切れになっていたのは、この親玉ウルフを倒す準備のためだったんだろう。
「だからって、なんでわざわざ――」
「決まってるでしょ、俺たちがおじさんたちを助けたいからだ」
僧侶少年が言うと、物理防御が上がるスキルを全員に使った。
「だから、今度はこっちが助ける番なんです! 何で来たんだ、なんて言わないで、大人しく僕たちに助けられてください、おじさん!」
炎属性の魔法攻撃で、魔法使い少年が、連携技でシャルが倒しきれなかったグレイウルフを倒した。
くそ、なんだよ、おまえらいいやつかよ。
「おまえら死ぬなよ」
「おじさんこそ」
「誰に言ってんだ」
とはいえ、押され気味だったところを、ようやく拮抗状態に持ち込めたに過ぎない。
一刻も早く親玉ウルフを倒す――。
俺の目の前で仲間は誰も死なせない。
「こっちだ、犬っころ」
「ヴォオウ! ォォォオウ!!」
念のため『挑発』を使い、親玉ウルフを引きつけ俺は走った。
ときどき追いつかれ、攻撃を盾で防御。
それを何度か繰り返した。
ここまで来ればもういいだろう。
俺は久しぶりに変身を解いた。
体が光ると、親玉ウルフが警戒して足を止めた。
その間に、俺の体はあっという間に大きくなった。
皮膚だったところは、銀色のウロコに。
手足は大木のように太くなり、硬く鋭い爪に変化。
目線も高くなり、森を見渡せるほどになった。
「ギャォオオオオオオオウウウウウウウウン!」
ひと吠えするだけで、森が怯えたようにざわついた。
「ヴォオウウ、ヴォオウ!」
親玉ウルフが吠えるが、何言っているか全然わかんねえ。
噛みついてきたが、俺のウロコは、犬っころの牙程度に破られるほどヤワじゃない。
……こいつの攻撃では、【重装兵】の俺はビクともさせられなかったはず。
それなのに、パワーもスピードも、いきなりパワーアップした。
「ヴォォオオオウウウン!」
「ギャォオオオオオオオオオオン!」
俺の顔面に飛びかかってきた親玉ウルフ。
ベシコーン!
俺は横っ面を思いきり殴った。
魔物、魔獣としての格はこれで十二分に理解できたはず。
それでも親玉ウルフは、怯える様子はなく、敵意剥きだして襲いかかってくる。
いつぞやのゴブリンも似たような状況で似たような症状だったな。
何かで無理やり自分の魔力を上げたな?
理性がぶっ飛んだのは、その弊害だろう。
でも、俺の『大盾の怒り』は確実に大きなダメージだった。
シャルたちのことも気がかりだ。
苦しいだろうから、早くトドメを刺してやろう。
すぅ……、と俺は息を吸い込んだ。
「ヴォォォォォ……!」
俺と敵対したのが運の尽きだったな。
【原初竜炎】!
黒銀のブレスを吐き出す。
ドドドド、ドゴォォォォオオン!
一直線に放ったブレスは、地面を容赦なく溶かし、親玉ウルフに直撃。
「ヴォオオウ……」
一瞬にして親玉ウルフは塵になった。
キラリ、と光る何かが落ちた。
魔石だった。
俺がわからないくらいだから、体内にあったんだろう。
魔物が使えば、あんなふうになうのか。
回収はあとだ。
バッサバッサ、と翼を動かし、俺は上空からシャルたちを探す。
見つけた。
まだグレイウルフと交戦中だ。
「ギャォォォオオオオウン!(みんな、お疲れー!)」
吠えてやると、グレイウルフたちが俺を見て一目散に逃げ出した。
そうそう、普通はこうなんだよな。
「「「ぎゃぁああああああああああああ!? ドラゴンンンンンンン!?」」」
Eランクボイーズが腰を抜かした。
「しゃ、しゃ、シャル、だ、だ、だ、大丈夫よ、わ、私がドラゴンから守ってあげるから」
エリーも超ビビってた。
「エリー、だいじょうぶ。あのドラゴンさんは、いいドラゴンさん! とぉーっても強いの!」
ドラゴンさぁあああん、とシャルが俺に手を振ってくれた。
代わりに俺は尻尾を振ってやった。
シャルは大喜びだった。




