解毒草の採取6
あと数個のトクタミソウを探し求めているが、なかなか見つからない。
開けた場所でほんの少し休憩をしていると、エリーが空を見上げた。
「ヨルさん、今日はそろそろ引き上げたほうがいいかもしれないわ」
背の高い木々に切り取られた空はずいぶんと小さい。
その空が、今は青から藍色に変わろうとしていた。
「そうだな……。ルイス、一〇個あげるからこれで報告を――」
「そんな……命の恩人にそこまでしてもらうなんてできないよ」
て言っても、あのパーティが集めた分でもあるから、受け取る権利くらいあると思うが、ルイスは頑なに受け取ろうとしない。
けど、こいつは、これが最後のクエストと決めている。
このまま帰れば、クエストは失敗として報告して、冒険者をやめるだろう。
なんとも苦い幕切れだ。
「シャル、まだ元気あるか?」
「うんっ、元気、いっぱい!」
おー! とシャルはちっちゃな拳を突き上げた。
「よし。それなら、せっかくここまで来たんだ。もうちょっと探索してみよう」
俺たちが腰を上げたときだった。
複数の気配が近づいてくるのがわかった。
「敵が近くにいるぞ! たぶん、あの犬っころたちだ」
「わかったわ」
さすがBランク様は、動揺のひとつも見せずに剣を抜いた。
「結構いるぞ。……俺たちを囲む気だ」
「新魔法で、どっかん!」
ふんす、とシャルもやる気だ。ルイスは不安そうにしているが。
「エリー、二人の護衛を頼む。俺が単独で――」
「ウォオオオオオオオオオオオ!」
グレイウルフと同じだが、声の太さがまったく違う遠吠えが聞こえた。
……犬っころとの親玉ってところか?
ドドッ、ドドッ、ドドッ。
四足歩行の巨大な何かが迫ってくると、その姿を現した。
「ヴォオオウ!」
――――――――――
種族:魔狼族 ジェネラル・グレイウルフ(土)
Lv:33
スキル:噛みつき・ポイズンファング・回避の心得
一族の賢狼(魔狼族をレベル問わず指揮できる)
――――――――――
巨体で軽快にジャンプしてみせると、俺たち目がけて大口を開けて突っ込んできた。
「チッ」
魔力を流し、竜牙刃を抜く。
最適武器、大盾に変形した。
「ヴォウ!」
青い双眸はまっすぐ俺を捉えていた。
よし。いいぞ。
俺が転がると、さっきいた場所で、ガチンッ! と口を閉じる音がした。
ぞろぞろ、と四方からグレイウルフの一団が現れた。数は二〇を超している。
「こいつは俺が引きつける。その間に、周りにいる雑魚を頼む!」
「了解!」
「まかせてぇー!」
「わ、わかった!」
唸りながら方向を変え、俺に突進してくる親玉ウルフ。
馬の五倍はあるだろう巨体の上、凄まじいスピードで迫られれば、ビビリもするだろうが、そんな程度で俺はビビらない。
「ヴォオオ!」
ドゴンッッッッ!
親玉ウルフの突進を、俺は大盾で真正面から受け切った。
衝撃がほとんどないぞ……!
これが防御特化の【重装兵】の力か。
あの巨体であのスピードなら、最悪、大盾が弾かれることすら考えていたし、俺自身が吹っ飛ばされることも想定していたけど……。
物理防御力が上がっているのもあって、余裕だった。
「ウォォォウ!」
間髪入れず、鋭い爪で攻撃してくるが、ガキン、とこちらも盾で防御。
チョロいもんだ。
……見てろよ、親玉ウルフ。
今は亀みたいに専守防衛だけど、とっておきのカウンターを食らわせてやる……!
『挑発』を発動させる。
怒ったように吠えた二体のグレイウルフが、俺の背後へ近づいてくる。
「――『シャドウスラッシュ』!」
シャルの闇属性魔法が、地を這い、グレイウルフの一体を両断した。
それと同時に、『挑発』を使った瞬間、俺に気を取られたグレイウルフをエリーが斬り捨てる。
よし。このまま耐えて、数を減らしていく……!
「ウオオ、ヴォウウ!」
「「「「ォォォォウウ!」」」
親玉ウルフが鳴くと、まだ残っているグレイウルフたちが呼応した。
すると、俺を狙おうとしていたグレイウルフたちの照準がエリーたちへとむかった。
「クソ――」
俺の『挑発』より、こいつの指示のほうが強いらしい。
ガン、ガン!
牙と爪の連続攻撃を俺は防御し続けた。
俺が親玉ウルフを引きつけてるんじゃなくて、俺が引きつけられている状態だった。
頭いいな、こいつ。
「こっちは動けない。そっちは頼むぞ!」
返事をする余裕もなさそうだった。
「『イッシンジョーのツゴー』」
シャルが攻撃すると、グレイウルフたちは、散り散りになり、木や草の陰に隠れた。
森の中に逃げ込まれると遮蔽物が多すぎてシャルの攻撃が当たらない。
「ええい、もう、鬱陶しいっ!」
飛びかかってくるグレイウルフをエリーがどうにか追い払っているが、苦戦している。
ルイスも手に持っていた杖でシャルたちに近寄らせなまいとしている。
けど、効果は薄い。
このままじゃジリ貧だ。
ん? ルイスのやつ、レベルが上がって新しいスキルを覚えているぞ。
――――――――――
種族:人間 ルイス・ヘンリック(水)
Lv:18
職業:僧侶
スキル:ヒール
セットアップ(一定範囲内の物を一か所に集合させる)
――――――――――
微妙!
分散した仲間を呼び戻すっていう補助系のスキルだろう。
あ。
ガン、ガゴン、と攻撃を大盾で受けている中、俺はルイスへ叫んだ。
「ルイス! 新スキルを覚えてるぞ!」
「ほ、本当!?」
「あんまり役立ちそうにない超微妙なやつだけどな!」
「ええええ……、やっぱり、オレ、足手まといで……」
シャルと同じなら、詠唱の呪文はすでに頭の中に入っているはずだ。
「グレイウルフに発動させて一か所に! 場所は、その開けた場所だ!」
「え? ……わかった!」
「シャルは――」
「おとーさん、まかせてぇぇぇぇぇぇぇえ!」
さすが愛娘。
俺の言いたいことがわかったらしい。
「ルイス! スキルは微妙かもしれんが、おまえは足手まといなんかじゃねえぞ!」
二人が同時に詠唱をはじめた。
「闇の精よ。血の盟約に背きし愚者に裁きを――」
「彼の者よ、ここへ集え――『セットアップ』」
「「「「ォォウ!?」」」」
磁石か何かがそこにあるようだった。
物陰に隠れていたグレイウルフたちが、吸い寄せられるように一瞬にして集まった。
それと同時だった。
シャルが闇属性魔法を発動。
「『ブラッディサークル』!」
グレイウルフたちの足元一帯に赤黒い魔法陣が浮かぶ。
そこから、魔法陣と同色の大小様々な鋭い棘が地面から勢いよく生えた。
ザザザザザザザザザザザザザザンンンンンン――ッ!
「「「「ギャゥゥゥゥウウウン!?」」」」
例外はいなかった。
シャルの闇魔法の棘に、二〇体近いグレイウルフが貫かれた。
「す、すごい……。別ジョブのスキルを組み合わせての連携攻撃……それを戦闘中に指示するなんて……!?」
エリーが口を開けて驚いている。
一番驚いているのはルイスだったけどな。
でも、成果は俺が思った通りだ。
あとは、この親玉ウルフだ――!
「ヴォオオオオウ!」
子分が全滅し、怒りのボルテージは最高潮だった。
だが、鉄壁を誇る壁役【重装兵】の俺は、親玉ウルフの攻撃にビクともしなかった。
さっきから、うっすらと盾が光っていたのは気づいていた。
敵の攻撃で、その光りがまた一層強くなった。
焦れた親玉ウルフは、俺ごと丸のみしようとかなり大きな口を開ける。
攻撃動作がでかい。
――ってことは、隙もでかいってことだ。
俺は一気に懐へと潜り込む。
……おまえが攻撃してきた分だ。
喰らえッ。
『大盾の怒り』。
ッッッッッッッッッ!
音にならない波動が森一帯を駆け巡る。
俺が撃った衝撃波は、一瞬だけ周辺の空気すら吹き飛ばした。
「グォオオウウウウウン!?」
悲鳴を上げた親玉ウルフの巨体が、宙高く舞った。
そして、付近の大木をなぎ倒しながら、大きな物音ともに地面に叩きつけられた。




