バハムートは冒険者になりたい
「力入れなくていいよ。ガーっと体の中に魔力を溜めてスーって行きわたらせる感じで」
「ガーってやって」
シャルがつぶやくと、それまで体内を流れていた魔力の流れが止まり、胸の真ん中へ集まりはじめた。
よしよし、いい感じ。
「スーってやる……」
そのままスーっと止まった魔力の流れが元通りになった。
これで、自分の中にある魔力の使い方は掴めただろう。
朝食までのトレーニング時間に、俺はこうしてシャルに魔力の使い方を教えていた。
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種族:人間 シャルロット・ガンド(闇)
Lv:2
スキル:イッシンジョーのツゴー
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この前、小屋を吹き飛ばしたとき、『おとーさんの、アレは何?』とシャルに訊かれて、俺もイッシンジョーのツゴーだと答えた。
『おとーさんのイッシンジョーのツゴー、すごいっ』
『そうだろう、そうだろう』
てなことを言ったせいで。
「イッシンジョーのツゴー!」
我が愛しの娘は、変な魔法(クセ強め)を覚えてしまった。
一番アレがしっくりくるらしい。
シャルの手から放たれたのは、黒い魔力の弾丸。
魔力の使い方を覚えたおかげで、それなりの速度で飛ぶようになった。
シャルの魔弾がピューン、と飛んでいく。当たればこの前みたいに爆発してしまう。
危ないので、俺はシャっと先回りして、手刀で弾丸を切った。
……腕を振り抜いたせいで、衝撃波みたいなものが出たが、ま、いっか。
ん? んぉおおおおおおおおおお!?
地面がバックリ切れてるじゃねえか!!
俺がこの体で使えるバハムートの力って、1%がせいぜいのはずなんだけどな……。
「おとーさん、できたでしょー?」
シャルが離れた俺に叫んだ。
「おーう! できてる、できてる!」
読み書きもひと通り俺が教えてできるようになったし、見ての通り感覚型みたいな子だから、計算は苦戦したけど、それでも冒険者になるっていう意思のおかげで、シャルは努力しまくって、それなりにできるようになった。
俺はバハムートだから勉強なんかしなくてもいい。
ニンゲンは大変だな。
「どのレベルの問題が出るか知らないが、三科目の総合点らしいって話だし、そろそろいいかもな」
てってって、とシャルがこっちに走ってきた。
魔法の訓練だけじゃなくて、体を鍛えることもしているので、ずいぶんと早くなったと思う。
近所じゃ一番足が速いんだとか。
「なにがもういいの?」
「そろそろ、試験を受けに行こうってこと」
ぱぁぁぁぁ、とシャルが瞳を輝かせた。
「冒険者になりたいかー!?」
「なりたぁーいっ」
目をぎゅっとつむって大声で応えてくれる愛娘。
おーっ、とちっちゃな拳を突き上げる。
なかなかノリのいい子だった。
「よーし、一緒になろうなー? 冒険者」
「うんっ」
こうして、俺たち親子は冒険の第一歩を踏み出すことにした。
朝食を簡単にすまし、馬屋から馬を一頭借りて、休憩を挟みつつ東へ移動する。
昼前くらいには、冒険者試験が行われる町、レパントに到着した。
レパントは、今いるアルバート王国全体からすると、規模は中の下ってところだ。
けど、住んでいるサゴの町に比べればずいぶんと大きいし、人も多い。
通りには市が立ち、様々なものが売られている。
「パパ、あれ、あれ!」
「パパじゃなくてお父さん。何? どうかした?」
「ほそながい、お肉っ」
キラッキラな表情で「これ食べたい」とシャルが主張してくる。
立ち止まって動く気配がない。
どんだけソーセージ食べたいんだよ。仕方ないな。
串にささったソーセージを二本買って、一本をシャルにあげた。
はむ。はむ。はむはむ。
一生懸命シャルは串刺しソーセージにかぶりついている。
俺もひと口食べる。
うん。美味い。胡椒が利いてていいアクセントになっていた。肉もジューシー。
シャルの様子を見ると、あっという間に食べてしまったらしく、悲しそうに手に持った串を見つめていた。
じ、とこっちを見上げてくるシャル。握っている手をぐいぐいと引っ張ってくる。
「おとーさん」
「お父さんは、もう買わないからな」
「おとーさん……」
「冒険者試験がこれからあるんだ。食べすぎは、めっ」
「おとぉうーさぁん……」
うるるるる、とシャルの目に涙がぶわぁと浮かんだ。
……買った。
もう一本。
我が家のバハムート的教育方針は、『可愛い娘に頼られたら断らない』のである。
はむ。はむはむはむ。
食欲旺盛なシャルは、一気にソーセージを平らげた。
「気に入った?」
「おいしかった」
「帰り、また寄ろうか」
「うんっ」
ご機嫌なシャルを連れて、冒険者ギルドへやってきた。
俺たちと同じように試験を受けにきたニンゲンだろう。案内を受けたあと、階段をのぼって姿を消していく。聞こえてきた会話では、上で筆記試験があるそうだ。
受付のお姉さんに声をかけた。
「すみません、冒険者試験を受けに来たんですが」
「かしこまりました。では、こちらにお名前とご年齢をお書きください」
さらさら、と名前を書いて、ふと詰まる。
「シャル、俺っていくつだっけ」
「おとーさんは、三五歳かもしれないって、コレットおねいちゃんがいってたよ」
「よし、じゃそれでいこう」
きょとんとした受付嬢には構わず、俺は用紙を提出し、試験番号をもらう。
シャルも受付をするので、抱っこしてカウンターの上まで持ち上げる。
「えっと、この子も……ですか?」
「はい。俺はどっちかっていうと保護者的バハムートな冒険者志望なので」
「は、はあ?」
椅子に乗ったはいいが、人見知りが発動してシャルは俺にくっついて離れない。
「シャル、お姉さんに挨拶は?」
「……こ。こんにちは……」
言うや否や、シャルはぷい、とまたこっちをむいて俺にしがみついた。
受付嬢が思わず笑顔になった。
「はい、こんにちは。偉いですね、ちゃんと挨拶ができて」
「いえいえ、バハムート的教育では当然のことですから」
「しかも、この年まで立派に育てられていて……」
「特別なことはしてないですよ?」
ううん、と受付嬢は首を振る。
「食い扶持を減らすために子供を捨てたり、貧しくてロクにご飯を食べさせてあげられなかったり……地域によってはそれが当たり前なのに」
聞かない話ではない。
「奥様は……」
「いえ。親は俺だけで」
「失礼いたしました。でしたら、なおさらですよ」
うんうん、と受付嬢のお姉さんは俺とシャルを見て感心した。
お姉さんを見慣れたのか、人見知りがマシになったシャルは、ぎこちないながらもペンで自分の名前と年齢を書く。
「親子で、冒険者に……?」
「いいでしょ?」
我が子と冒険者になるなんてそうはいないだろう。
「仲良しですね」と受付嬢は微笑んだ。
試験番号をもらったシャルと俺は、案内された通り二階へ行き、紙に書いてある問題を解いていく。
俺には余裕だったが、シャルには難しかったかもしれない。
常識問題から、単純な読み書き計算。常識問題は、田舎と我が家の常識しか知らないから怪しい。だって、俺も普通にわからないところあったし。
国王の名前なんて知らねえって。
まあけど、そこはほら、バハムート的回答でどうにか切り抜けられたし。大丈夫だろう。
第二の試験。
その場で魔力測定に入った。
さっきから、俺とシャルを見てはニヤニヤしてる若い男たちがいる。
「子連れで冒険者試験って、ヤバくねっ?」
「ウケんだけど。もう人生詰んでる感がパネーっすわ」
おい、聞こえてんぞ、下等生物。
「おとーさん、さっきからあの人たち、こっちみてくるよ?」
「見ちゃいけません。シャルの目が汚れる」
さっとシャルに目隠しをする。
「おとーさん、ばっかりズルいよー。わたしも、お兄さん見たいー」
「お兄さんじゃなくてゴミでしょ?」
測定は、水晶にどれだけ魔力を流し込んで光らせることができるか、その光の量で試験官が評価していくもののようだ。
「おい、オッサン、今オレらのことゴミっつったべ?」
「あ。本当のこと言ってすまん」
「あのなァ? オッサンよう――」
五三番の方ー? と試験官がオラついてきたお兄さんことゴミを呼んだ。
「読んでんぞ、五三」
チッと舌打ちして測定水晶のところへいく。もう片方のお兄さんも呼ばれ、二人同時にテストした。
水晶が淡く光り、試験官がさらさらと何かメモをする。
それだけで第二試験は終了。
「次、六五番の方ー?」
あ。俺だ。
「六六番の方どうぞー?」
「わたしっ」
ててて、と用意された椅子に立って、シャルが水晶に手をかざす。
「え。子供?」
会場がざわざわ、とする。
くるっとシャルがこっち振り返った。
「パパ、みててねーっ」
「だからお父さんでしょうが!」
俺の話なんて聞いちゃいないシャルは、うむむむむむむ、と難しい顔をして、一気に魔力を水晶に注いだ。
すると、水晶が激しく輝いた。ビシ、と裂けるような音がすると、水晶の輝きがやんだ。
「ひ、ヒビが入ってるぞ……!」
おぉぉぉ、と見学していた冒険者志望のニンゲンたちがどよめいた。
「天才児かよ……! マジぱねーじゃん……」
と、さっきのお兄さんがつぶやいた。
そうだろうそうだろう。うちの娘はすげーんだぞ?
ぶんぶん、とシャルが俺に手を振ってくれる。
俺も全力で手を振り返した。
「つことは、あのオッサンはただの保護者か」と、冒険者志望のお兄さん。
熱い視線に応えるとしようか。
「両手をかざして魔力をこの水晶にむけて」
「――あーはいはい、オッケーです」
両手をかざすまでもないだろう。
ずぼっと鼻に指を突っ込む。
「あのオッサン、鼻くそほじってるぞ……!?」
ほじった鼻くそを、つん、と水晶にくっつける。
「あの、ちょっと、変なモノをくっつけるのは――」
試験官が迷惑そうな顔をした瞬間だった。
水晶が閃光を放ち鋭く光る。
バァンッッッッ!
安っぽい炸裂音をあげて水晶は塵になった。
「け、消し飛んだ!?」
「い、今何が起こった!?」
「間違いなく魔力反応の輝きだったぞ」
「「「「…………」」」」
「「「「鼻くそでぇぇえ――――――――――っ!?」」」」
会場は大パニックだった。




