解毒草の採取4
よっぽど怖かったのか、ウルウルと目に涙をいっぱい溜めて、シャルが駆け寄ってきた。
「よしよし」
膝立ちになって俺はシャルを抱きしめてやる。
「ううう~っ」
ぎゃんぎゃん泣くのかと思ったけど、唸っているだけだった。
最初は怖かったんだろうけど、侮辱されたことが悔しかったのかもしれない。
「ヨルさん……ありがとう」
「礼を言われることじゃねえよ。世直しの意味を込めて躾けてやっただけだ」
あれがCランクねえ……。
ニンゲンとしてはFランクだったけどな。
「行こう。ここにトクタミソウはもうないだろ?」
雑草と雑草みたいな冒険者がいるだけだ。
「そうね」と、エリーが金髪の盾持ちを一瞥して、歩き出した。
俺もその背中を追ったときだった、ぽつりとエリーは話しはじめた。
「さっきのでわかったと思うけれど、私のルブラン家は、男爵家だったのだけど、没落してしまったの」
この前、『導きの地下』を出たとき、ガルヴェスとかいう厳つい男爵と顔見知りだったのもそれでらしい。
「だから、没落当初のことで嫌みを言ってくる人は、さっきのようにたまにいるわ」
それはもう五年も前だという。
貧乏貴族が没落し貧乏になった、というありふれた話だとエリーは笑った。
「……あの人たち、バカね。ヨルさんの提案にのっておけば、トクタミソウの半分はもらえたのに」
「自分の力を過信したらどうなるか、いい勉強になっただろう。それと、見た目で強さを測る危険性もな」
「スキルを使っていたけど、全然苦にせずやっつけちゃうんだもの。私、びっくりした」
「スキルに縛られるな。ステータスとか、そういうのに関係なく一個人として強さを極めていけば、そんな概念に捉われる必要はなくなるはずだ」
「本当に不思議な人ね。私に剣を教えてくれた師匠は、鍛錬を繰り返しその動作をスキルに昇華させる、という考えだったから」
「スキル至上主義も悪くないが、ニンゲンの強さってもんは、そこに集約されているわけでもないだろう?」
強いニンゲンは、数十年に一度くらいのペースで俺の前に現れた。
スキルも確かに強かったが、そいつの強さは、そいつ自身の人間性だったり、メンタリティの部分だと俺はいつも思っていた。
もちろん、全員返り討ちにしたが。
「俺みたいに強さが一周すれば、そういう考えもできるようになる」
「過信は禁物よ? さっきのあいつらみたいになっちゃうわ」
エリーの切り返しに俺は思わず頬がゆるんだ。
「それもそうだな」
「あなたといると、今まで見聞してきたものが違って見えるから不思議」
トクタミソウの探索は歩きながら続けているが、なかなか見つからない。
「おとーさん、これ」
シャルが指差している地面を見ると、トクタミソウが雑に千切られたあとがある。
「ここらへんもなさそうね……もっと奥に行く必要があるかも」
ふうん、と困ったようにエリーが鼻を鳴らす。
今まで集めた数は一〇と少し。
最低数にはまだまだ及ばない。
「ん?」
シャルが見つけた採取済みのトクタミソウのところに、ぬらぬらと光る何かがあった。
よおく見てみる。
粘液のようなものだった。
「何かあるの?」
エリーが訊いてくるが、答えず俺はその粘液を指ですくった。
ぬちょっとしていて、半透明。
魔物……いや、魔獣か? その唾液だ。
「おとーさん?」
「トクタミソウがなかなか見つからないのは、冒険者たちが採っていったのもあるんだろうが、これを食ってる魔物か魔獣がいるようだ」
「トクタミソウがエサになる魔物か魔獣なんていたかしら……?」
それが、俺にも見当がつかない。
食う物に困って、あれこれ食べ散らかしてるんだろうか。
と思っていたが、その場所からすぐのところで、唾液まみれのトクタミソウが吐き捨てられていた。
「食っているわけじゃないらしいな」
迷惑な魔獣がいるのはわかった。
「まだいっぱいとらなくちゃ」
「その通りだ。なんであれ、最低三〇個のトクタミソウが要る」
「そうね。ここまで来て失敗やクエストのキャンセルはしたくないし」
俺たちは、固まらずに広がって探索を続けた。
お互いすぐにフォローできる距離なので、何かあっても大丈夫だろう。
別に俺は鼻がいいわけじゃないが、ニンゲンよりは利くほうだ。
さっきの唾液に似たにおいを感じ、足元をみると何滴か地面に垂れていた。
まだ全然乾いてないあたり、そいつはこの近くにいるらしい。
「うわぁぁああああぁああ!?」
大声が周囲に反響した。
ニンゲンの叫び声で間違いない。
声はひとつじゃない。
複数の声が重なっていた。
「おとーさん、今、人の声がした」
「私も聞こえたわ」
「行くぞ、こっちからだ」
俺を先頭に、シャルとエリーが後ろに続く。
走って音源のほうへむかうと、冒険者らしき男が二人倒れて血を流していた。
あの出血量じゃもう無理だ。
「く、クソ! 何してんだ、この【僧侶】! 使えねえな!」
毒づく一人の男は、長剣を構え震えていた。
――――――――――
種族:魔狼族 グレイウルフ(土)
Lv:20
スキル:噛みつき・ポイズンファング・回避の心得
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対峙しているのは、大型犬ほどもある狼タイプの魔獣三体だった。
長剣の男の後ろには、攻撃を食らってダウンしているローブ姿の【僧侶】がいた。
「こ――こんなところで死んでたまるかぁぁああ!」
あ。バカ――。
長剣を低く構えた冒険者は、グレイウルフに剣技を発動させる。
一体が鮮やかにバックステップで剣技を回避。
攻撃の終わりを狙いすました他の二体が、低い体勢から一気にジャンプ。
男の腕と首に噛みつき、長く太い牙を突き立てた。
「ぎゃぁあああああ!?」
後ろに倒れた男に、攻撃を回避したもう一体も飛びついた。
ガフッ、ガツッ。
グレイウルフの顎の力は強力で、男の体がいいように振り回されていた。
「シャル、撃てるか」
「うん!」
シャルがイッシンジョーのツゴーを即時発動させ、男に群がるグレイウルフの一体に直撃させた。
「ギャウ!?」
軽く吹っ飛んだが、空中で綺麗に態勢を整えて着地してみせた。
他の二体も俺たちに気づいた。
噛みつかれた男の体はボロボロで、生きているとは到底思えなかった。
「俺が引きつける! シャルは援護を! エリーはあの倒れている【僧侶】の様子を見てくれ!」
「まかせてっ」
「わかったわ!」
エリーに解毒剤を投げ渡す。
「属性の相性でダウンしてるってわけじゃなさそうだ」
うん、とうなずいて、エリーは倒れている【僧侶】のところへ急ぐ。
「グルァアアッ」
ギリリ、と歯を思いきり食いしばって、グレイウルフたちが俺へ敵意をむけてくる。
「来いよ、犬ッコロ。皮剥いで毛皮にしてやる」
「イッシンジョーのツゴー!」
キュオン!
黒い魔力の弾丸がグレイウルフに飛んでいく。
不意を打ったさっきとは違い、今度は回避されてしまった。
だが、そのおかげで一体のグレイウルフに隙ができた。
魔力を流し、竜牙刃を引き抜く。
強く刀身が輝き、武器が変形する。
形状でいえば槍。だが、両端に刃のある戟だった。
「ちょうどいい!」
両刃の戟を横に一閃する。
ギャウウ、と悲鳴を上げてグレイウルフの一体を切り裂いた。
背後の気配。
真後ろへ両刃戟を突き出す。
手応えと同時にギャウッと鳴いたグレイウルフが、俺の足下に転がった。
「俺じゃなけりゃ扱いきれねえぞ、この竜牙刃――」
いつも思うが、槍だったり剣だったりハンマーだったり、使い勝手が毎回違う。
けどその分、使っていて飽きないのも事実だ。
「グルウウアアアア……!」
「おまえらのせいで薬草採取クエストに時間かかってんだぞ?」
あとはこいつだけだ。
両刃戟で攻撃しようとすると、まだ生きていた一体が、片方の刃を噛んで攻撃させないようにしていた。
ん――この武器、真ん中で分離できるぞ。
分離し、両手にそれぞれを持った。
噛みついている一体を地面に叩きつける。
「ギャウウン……ッ」
その隙を見てた三体目のグレイウルフが飛びかかってきた。
跳躍力は見事で、一瞬視界から消えるほどだった。
「ガルアア!」
「そういう奇襲をするんなら、一瞬でいいから気配を消すことを勧める」
俺は飛びかかってくるグレイウルフを、両手に持った両刃戟で切り刻んだ。
グレイウルフの目から光りがすっと消えて地面に転がった。




