解毒草の採取3
俺たち魔物、魔獣とニンゲンとは、スキルの覚え方が違うのは、なんとなくわかっていた。
魔物のスキルは、生き抜いた証としてのスキルで、それが習性や得意攻撃に繋がりやすい。
俺たち竜種の代表格、ブレスなんて種族特有の固有スキルは別だが。
噛むことが多ければ、噛むスキルを覚えるし、爪で攻撃することが多ければそのスキルを覚える。
ニンゲンも使えばスキルになる、という典型は、シャルやニンゲン状態の俺がいい例だ。
イッシンジョーのツゴーや劣化版ブレスがそうだ。
けど、その他に、レベルが上がれば自動的に何かしらのスキルを習得できる。
これは、魔物からすると謎でしかない。
だって。
使ったこともないのに、技として理解できるんだから。
まったくもって意味不明。
覚えて強くなれればなんだっていいんだが、スキルの覚え方が二通りあるニンゲンは、魔物からすれば手強い存在なんだなと思う。
「シャル、見てたか? 素早い敵には、面で制圧するんだ」
「わかったー!」
「さっき、ヨルさん、何したの?」
ブレス……と言おうとして慌てて止めた。
ややこしくなりそうだ。
「魔力の弾丸を極小にして、それを放射するんだ。イメージしやすいから、口から出すようにしている。普段、水鉄砲としてつかっている水を、霧状にして吐き出すみたいな感じで」
「なるほど、そんなことができるのね……」
もちろん、嘘だ。そんなことしてない。
「エリー」
「何?」
ぽこん、と俺は頭を叩いた。
「あ痛っ!?」
「先陣を切って敵に仕掛ける勇気は誉める」
「ぜ、前衛として、当然よ……」
とは言うものの、少し嬉しそうだった。
「けどな、エリーから見て格下だったとしても無理はすんな。さっきのは、一対多数だったぞ。囲まれて背後を取られれば、ああなるだろう」
ずん、ずん、と俺はエリーの喉の下あたりを人差し指で突く。
「うっ……ちょっと、痛い……」
「どうしてパーティなのか、知ってるか?」
「……それは……助け合うため」
「うん」
わかりゃいいんだ。
まったく。
このお嬢さんはとんだじゃじゃ馬だ。
「アタッカーに怪我をさせないための【重装兵】だ。俺たちと組んでいる間は、敵に対して真っ先に飛び出すのは禁止。いいな?」
「……はい」
おろおろ、とシャルがエリーと俺を見た。
「ケンカ? ケンカ? ケンカは、ダメ……」
くすっとエリーが笑う。
「シャル、ケンカじゃないの。ごめんなさいね」
「……じゃあ、いい」
こういった取り決めはきちんとしておいたほうがいいだろう。
一事が万事。
低ランクの魔物と戦う間はいいが、強いやつと戦うときは、命取りになる。
「あの、ヨルさん」
「ん? あ。別に怒ってるわけじゃないからな?」
キツい注意と怒るは別物だ。
てか、俺が怒ったらニンゲンじゃいられないし。
「ううん。気にしてない。私、ソロで戦う癖がついちゃってるみたいで……また何か気づいたら教えて」
「了解」
……変なところで素直なんだから調子が狂う。
日が差し込んでいる大樹のそばで、シャルがぷつんと植物を手折る。
「おとーさん、これー?」
ずいっと見せてくれたのは、深い緑色をした草。
葉っぱの形はクリスマスツリーのシルエットに似ている。
間違いなくトクタミソウだ。
「そうそう。これだよ。よく見つけたな」
「これをいっぱいみつけるねっ」
「おう。頼む!」
「まかせてぇ~!」
ぷっちん、ぷっちん。
付近をあちこち探し回り、シャルがいくつか採取していく。
けど、大量に生えているというわけではなく、すぐにトクタミソウはなくなった。
あまり離れないように、俺たちは対象の薬草を探し回った。
「けど、どうして解毒薬が品薄状態なんだ?」
「どうやら、討伐系のクエストで必需品だったみたい。それで、いろんな冒険者が買い求めて」
「生産が追いつかなくなった、と……」
なるほどね。
「あっれぇ~? 草、全然ねえんだけどー?」
他の冒険者の声がする。
俺たちみたいに、トクタミソウを探しに来たんだろう。
「必要以上に採っちまったやつがいんだよ。絶対ぇそうだって」
「なんなら、冒険者のほうを先に狩っちまう的な?」
ざくざく、と枯れ葉を踏みしめ、若い男の冒険者三人が現れた。
「お。やっぱ他のやつ、いんじゃーん」
槍持ちの赤髪の男。前衛攻撃職っぽい。
隣にいる黒髪の男が言った。
「あんたらもトクタミソウのクエストー?」
こいつは弓を肩にかけている。後衛攻撃職ってところか。
三人目の男は、金髪で盾持ち。俺と同じ前衛防御系の派生職だろう。
金髪が俺たちを順番に見た。
「ハハッ。女……誰かと思ったら『お嬢様』じゃねえか」
エリーが顔をしかめた。
知り合いか誰かだろうか。
三人とも身なりがいい。
武器も防具も丁寧に磨いてあって、一見して冒険初心者でないことがすぐにわかる。
俺が視線を遮るように三人の前に立った。
「俺たちもトクタミソウ採取のクエストだ。君らもか?」
「そうなんだよー」
と、赤髪の槍持ち。
「全然探しても見つかんねえんだ。おっさん、オレらにも分けてくれよー」
黒髪の弓持ちが何かに気づいた。
「おいおいおい――おい、ガキィイイ! てめえ、さっきから何余分に採ってんだァア?」
しゃがんで草を探していたシャルが、びくん、と肩をすくめた。
知らない男に急に怒鳴られて、涙目になっていた。
今にも泣きそうだ。
俺の中で殺意メーターが上昇しはじめた。
エリーが駆けよってシャルを慰める。
シャルはぎゅっとエリーに抱きついた。
「私たちは余分に採ってなんかいないわ。三人のクエスト分の三〇個が最低必要なの。それをさっきから集めはじめたところで」
エリーの言葉を遮って金髪の盾持ちが言った。
「嘘つけ。どうせ余分に採ってんだろう。貧乏お嬢様は金が必要だもんな?」
「っ……」
エリーの事情はわからんが、侮辱したということだけはわかった。
……だが、落ち着け、俺。
キレたらバハムートに戻っちまう。
一度、俺は大きく深呼吸をした。
「……俺たちは誓って余分に採ってないが、他のパーティか冒険者が採れるだけ採っちまったのかもしれない。だから、俺たちがさっき採った半分をわけてやろう」
「ヨルさん――」
何かを言いかけたエリーを手で待ったをかける。
「それで俺たちの前から消えてくれ」
金髪も黒髪も薄笑いを浮かべている。
この目を俺は知っている。
自分が相手よりも力が上であることを知っている者の目だ。
くつくつ、と赤髪が肩を揺らしはじめた。
「笑わせんよ、マジで。……全部だ。全部寄越せ」
「……聞こえなかったか、半分だ」
「聞こえてねえのはてめえのほうだろ! 採った分置いてけっつってんだよ!」
その程度の脅しでビビるとでも思ってんのか。
「半分だ。これ以上は譲歩しない」
「……後悔すんじゃねえぞ!」
赤髪が槍を構えた。
「つうことは戦うってことでいいんだよな――?」
思わず口にしていた。
けど、このまま我慢してるとキレそうだった。
「シッ――」
赤髪が息を吐きながら槍で刺突してくる。
速い。
デカイ態度をとるだけはある。
だが、それはあくまでニンゲン基準の速度。
スキルを使っている様子はなかった。
それがまたムカついた。ナメやがって。
穂先をかわし、柄を掴む。
「――!?」
赤髪が手を離す様子がなかった。
俺は掴んだ柄を振り上げてそのまま地面に叩きつけた。
「ぐほぉあッ」
「他人の厚意は素直に受けましょうってママに教わらなかったか?」
ギリリ――――。
黒髪が弓を引いていた。
こっちはスキルを発動させている。
ガヒョン。
飛来する矢が、複数に分裂したように見えた。
「カススキルのくせに――――ナメてんじゃねえぞ!!」
俺はがしっと矢を素手でつかんだ。
「はぁぁっ!?」
「小さな女の子に怒鳴っててめえ恥ずかしくねえのか――!?」
ぶん、と全力で投げ返した。
「ひい」
腰が抜けて尻もちをついた黒髪。
そのおかげで、俺が投げた矢はかわすことができた。
でも、ぶるって、おまけに漏らして、もう攻撃しようという気配はなかった。
「調子こいてんじゃねえぞ、おっさん――!」
金髪が盾を構え迫ってくる。もう片方の手には長剣が握られていた。
盾に隠れているせいで、生身の部分はほとんど見えない。
緑色の魔力のようなものが体からにじみ出た。
何かのスキルを使ったな?
移動速度が上がった。
盾も防具も持っていないかのような軽快な動きで、左右に鋭く動きながら接近してくる。
シャ、シャ、と目の前で素早い動きを見せる。
が、これもニンゲンレベルでの話。
別に俺からすりゃ、速くともなんともねえ。
「盾持ってるからって……!」
「今謝れば許してやるぞ――」
「防御できるとは限らねえぞ、オラァア!」
鞘ごと抜いていた剣を思いきり振り抜いた。
鞘が盾に衝突。
俺は盾持ちの金髪を軽々と吹っ飛ばす。
金髪は、大木にぶつかって気を失った。
こいつに比べたら、盾ゴブリンのほうがずっと面倒だった。
「Cランクのオレたち相手に……な、何者だよ、おっさん……」
震えている黒髪。
「イッシンジョーのツゴー!」
キョオン、とシャルが攻撃魔法を撃った。
「ふごっ!?」
顔面に直撃した魔法で、黒髪はぶっ倒れた。
魔力制御とバランス調整の修行の成果だなあ。
前のシャルだったら吹き飛ばしてただろう。
「いったいご家庭でどんなご教育を受けてきたんだか……親の顔が見てみたい」




