次の職業へ!5
「ったく、タチの悪いやつだなぁ」
俺は縄で縛ったイグナシオを見下ろして言った。
戦っているときに、弱いなら冒険する必要はないとかなんとか言ってたけど、それはただ自分がやっていることを正当化したいだけのいいわけだ。
ちなみに、まだどうにか生きていたチャンピオンベアは、【魔物使い】専用の鞄に戻した。
「こんなことを僕にしてどうなるのかわかってるのか!」
俺を見上げてツバを飛ばしてくるイグナシオ。
「どうなるんだよ?」
「父上が黙ってないぞ! 父上が来れば、おまえたちなんて二度と冒険できなくなるんだからな!」
不安そうな顔でシャルが俺のズボンを引っ張てくる。
「おとーさん……」
「大丈夫だよ、シャル。誰が来ようとお父さん負けないから」
「うんっ」
はあ、と呆れたようにエリーがため息をついた。
「ロレンツ家の名が泣くわよ?」
「黙れ。……あ。あんた、よく見ればルブラン家の……」
「なんだ、エリー、知り合いなのか?」
俺が訊くと、エリーは首を振った。
「一度パーティか何かで会った程度よ。今はさっぱり関係ないけれど」
ということは、エリーは元貴族なんだろう。
「こいつも貴族なんだろ?」
「ええ。ロレンツ家……ここらへんよりももう少し北にあるピザンツの町周辺を治めている男爵家よ。ロレンツ男爵が、昔は結構有名な冒険者だったみたいで、いち冒険者から爵位を得て今の地位まで成り上がった、なかなか見どころのあるおじ様よ」
そんなに親父さんはカッコいいのに、このボンクラ息子ときたら……。
弱い者イジメを楽しむ陰険クソ野郎になっちまって。
ギャースカと喚くボンクラ息子を引きずりながら、俺たちは出口を目指す。
騒いだせいか、それとも様子をうかがっていたのか、いくつかの物陰から冒険者たちがでてきた。
「さっき、ここらへんにゴーレムいませんでしたか?」
隠れていた男の冒険者が言った。
「ああ、いましたよ」
「私たち、そいつをやり過ごそうとして、ずっとここで隠れていたんです」
別の女があたりを気にしながら言う。
「そいつなら、俺たちが倒したから安心してください」
おぉ! と冒険者たちから感嘆の声が上がった。
「ありがとうございます!」
「あんな強い魔物を、よくぞ……!」
いやいや、どうもどうも。
気まずそうにしているイグナシオに俺は親指をむけた。
「こいつが元凶です。――おい、おぼっちゃん、この人たちに言うことあるだろ?」
俺がそう言うと、ブスっとした顔で目をそらした。
「悪いことしたら、あやまるのっ」
シャルが珍しく他人に怒った。
ぷくーっと頬を膨らませ、お怒りモードだ。
「シャルの言う通りだ。おぼっちゃんは、謝ることもできないんですか? 子供だってできるぞ、そんなこと」
首を動かし、顔をちょっとだけ前に出しイグナシオが適当に言った。
「……させんした」
ぽかん、と俺は頭を叩いた。
「いて!?」
「ちゃんと言え」
「すみませんでした。……これでいいだろ。父上が来たら覚えておけよ」
縄で縛られている時点でだいたい察しがついていた冒険者たちは、ひとまず留飲を下げてくれた。
ダンジョンを出ると、心配していた他の冒険者たちに迎えられた。
ダンジョン内で隠れていた人の中に知り合いだったり、パーティの仲間だったりがいたようおで、再会を喜んでいた。
「あの人のおかげなんだ。ダンジョン内をうろついていたゴーレムを倒してくれて」
「ゴーレムを!?」
「見たところ初心者に見えるが……」
俺たち三人にまた注目が集まった。
「そんなに驚くことでもないだろう。ゴーレムだぞ」
レベルは一回り近く上だったから、その差がネックだったけど。
バハムートの俺からすると、ゴーレムは、ニンゲン同士の戦争でいう歩兵みたいなもんだ。
固くて遅くて腕力だけは強い。それなりに数も多い。
「中級者でようやく挑める魔物だぞ……」
「一応中級者がパーティにいるからかな?」
エリーは苦笑いした。
「私は、ゴーレム戦ではそれほど活躍してないから。それに【魔物使い】のゴーレムだし……」
「【魔物使いの】の!?」
「何か違うのか?」
不思議に思って訊くと、他の冒険者がうなずいた。
「違うに決まってる。【魔物使い】ってのは、例外なく魔物を強化することが得意なやつらばかりだ」
ああ、そういえば、イグナシオのスキルにそんな効果を持つスキルがあった。
「そうか」
「そうかって……。ただでさえゴーレムは手強いのに、強化スキルを使ったさらに強いゴーレムを倒したってことなんだぞ?」
呆れたように冒険者の男は言う。
「おとーさん、強いっ」
「シャルも頑張ったぞ?」
「役にたった?」
「立ったよ」
やったー、とシャルが俺にしがみついてくる。
イグナシオをどうしようか処遇に困っていると、馬蹄が複数聞こえた。
ひと際大きな黒馬に跨った中年の男が、下馬する。
「父上!」
ん? このオッサンがイグナシオの親父さんか。
風格は、貴族のそれではなく、戦争の最前線から戻ってきた歴戦の傭兵みたいだ。
眉は太く、体格もごつい。
「父上、聞いてください! こいつです! このおっさんが僕の魔物を倒しやがったんです! 僕を縛って酷いことを――」
ちら、と俺を見た親父殿。
冒険者たちが道を開けると、親父殿はその道を歩きイグナシオのところまでいく。
取り巻きの護衛兵たちが、おそれをなしたように離れた場所で首をすくめていた。
「こんの、バカ息子がァ――――!」
ぎゅっと握った拳で――
ぼごん!
思いきり顔面を殴った。
ミノムシみたいなイグナシオが、強風に煽られた木の葉のように吹っ飛んだ。
「うぎゃあ!? ――な、なんで殴るんですか」
「おまえが今何してるか、おまえ付きの従者が教えてくれた」
「僕は別に何も――、使役している魔物たちの腕試しをしていただけで」
「なら、わざわざ初心者用のダンジョンなんて来るんじゃねェ!」
雷が落ちたかと思わせるほどの大声に、その場にいる俺とエリー以外の全員がびびっていた。
シャルにいたっては、テンパって、はわわわ、はわわわ、と口をあんぐりあけて、おろおろしたかと思うと、俺の背中に逃げ込んできた。
「腕試しっていうんなら、然るべき場所があるだろうがッ! 従者の制止も聞かず……他の冒険者さんに迷惑かけて……!」
ガン、と親父殿は、拳でイグナシオの頭を殴った。
「いでッ」
「自分が特殊職だからって驕ってるようじゃ、おまえは四流以下だ。わかったか」
「は、はいぃぃ!」
半泣きの顔で叫ぶようにイグナシオは返事をした。
「みなさん、うちのバカ息子がご迷惑をおかけして申し訳ない。以後、このようなことがないようにしますんで――」
そう言って、親父殿はその場にいた冒険者たちに謝罪した。
もちろん、イグナシオも謝った。
親父殿はバカ息子を連れて、あとで冒険者ギルドにも報告と謝罪にむかうそうだ。
エリーがなかなかのおじ様と評したのも納得がいった。
貴族というよりは、武闘派の怖いオッサンそのものだ。
社交界よりは、場末の酒場でジョッキを握っているほうが似合う。
「ルブラン家の、エリザベート嬢ではないか」
「おじ様、ご無沙汰しております」
親父殿とエリーは面識があったようで、エリーが小さく頭を下げた。
「あれからどうしているのか心配だったのだが……」
「今はこうして、冒険稼業を」
「そうか……自由気ままでいいだろう? 冒険者は」
はい、とエリーは笑った。
「私は父君に大恩ある身。困ったことがあれば、何でも言ってきなさい」
「ありがとうございます、おじ様」
そこで、親父殿が俺に気づいた。
「あなたが、バカ息子の魔物を?」
親父殿が近寄ってくると、手が差し出された。
ニンゲンの挨拶、握手だ。
俺も親父殿の手を握る。皮が厚い大きな手だった。
「はい。ヨル・ガンドといいます」
「私は、ガルヴェス・ロレンツ。男爵だ。元はAランク冒険者だった。……失礼だが、冒険者ランクは?」
「今はEランクで、ついさっき、職業を【重装兵】にしたところです」
「ほう……Eランクで【重装兵】で、ゴーレムを……?」
親父殿が目を細め、俺をつま先から顔までを見た。
「ああ、いや、パーティ二人の力もありますよ」
「お、おとーさん、おっきなクマさんも、やっつけたんです」
親父殿を怖がっているが、シャルが報告してくれた。
「おや。可愛いお嬢さんだ」
「でしょ? 娘です」
「……おっきなクマさんというと……チャンピオンベアも?」
「ええ。まあ」
ほうほう、と親父殿がうなずいた。
俺はエリーと娘のシャルの三人でパーティを組んでいることを教えた。
「あれでも、息子は駆け出しの冒険者に負けるほど弱くはない。もちろん、ゴーレムもチャンピオンベアも。それを駆け出し冒険者パーティが倒すなんて快挙に近い。これがもしクエストだったら、最低でもBランククエストだ」
「そんなに?」
「ああ。ヨル君、君はこの先、もっと強くなるだろう。……どうだろう、是非ロレンツ家に士官しないか?」
「士官、ですか?」
「もちろん、エリザベート嬢にも何かしらの席を用意するし、お嬢ちゃんとの穏やかな暮らしも約束しよう」
とても魅力的な誘いだった。
けど、冒険をしたいのは、俺じゃなくてシャルだ。
穏やかな暮らしをしたいのなら、元いた町にいればいいわけだし。
「とてもありがたいお誘いですが、お断りいたします。もっと娘と色々と冒険や旅をしたいので」
「そうか……残念だ。また困ったらいつでも言ってきてほしい。ヨル君は、バカ息子を止めてくれた恩人だ」
ニカッと親父殿は笑った。
俺たちは、最後にもう一度握手を交わした。
親父殿とお付きの護衛数人とイグナシオは、最寄の町、レパントに馬を走らせ去っていったた。
「ヨルさん、あれでよかったの? 冒険者によっては、貴族に召し抱えられるっていうのは、ちょっとしたステータスなのよ?」
「へえ。そうなのか」
「あなたは、そういう人よね」
「どおいうこと?」
シャルが訊くとエリーが笑った。
「そっちのほうがヨルさんらしいってことよ」
「さ、俺たちもカティアさんに転職の報告をしよう」
俺はシャルと手をつないでエリーと一緒に町へむかって歩き出した。




