次の職業へ!3
夕方くらいになると、エリーがシャルと手を繋いで町の中心地に帰ってきた。
「おとーさぁああん!」
ぶんぶん手を振るシャルに、俺も手を振り返す。
「おかえり」
「ただいまっ」
どうやら、訓練は楽しく終わったようだ。
「おとーさん、おじさんがね、おとーさん、すごいっていってた!」
「そうなのか? 誰だ、おじさんって……」
「訓練所の教官のことよ。さっきからシャルちゃん、ずっとそのことを言ってて」
エリーが思い出して苦笑した。
ごそごそ、とシャル用のちっちゃな鞄の中を漁ると、
「じゃんっ」
さっきまで俺が持っていたものと同じ紙――認定書を取りだした。
「お? シャルももらったのか?」
「ってことは、ヨルさんももらったの?」
「ああ。なんか、もう来ないでくれって頼まれた」
「目に浮かぶようだわ」
エリーが口元だけでくすりと笑う。
「おしえることは、もうないよって、いわれた!」
「シャルもか? やるな、娘よ」
ふむーっ、と満足げにシャルは胸を張った。
「どうやら訓練所の教官さんに、魔法技術と実戦の戦闘能力が、低ランク冒険者のそれじゃないって褒められたみたいよ?」
「おお、そうかそうか」
俺が喜んでいると、シャルが頭を出してくる。
それを俺は目いっぱい撫でてあげた。
「今日は卒業祝いにご馳走にしよう」
「わぁーいっ」
「卒業っていうよりは、凄腕冒険者が訓練所に冷やかしに行っただけのような気がするけれど……」
時間も時間なので、さっそく酒場に場所を移す。
シャルに好きな物を頼ませ、俺もエリーも酒のあてとして、貝の酒蒸しや鶏肉の香草焼きを食べた。
「それで。次はどうするの? 職業」
ほんのり頬を赤くしながら、エリーはざわつく酒場で果実酒をひと口飲んだ。
「どうするも何も……何があるのか知らないからな……」
「覚えてなさいよ……。カティア、たぶん説明してると思うわよ?」
やれやれ、とでも言いたげにエリーは解説してくれた。
「ヨルさんの場合、【騎士】の次だから、【重騎兵】か【重装兵】のどちらかよ。両方上位互換職で、防御中心でも攻撃スキルを覚えやすいのが前者。防御にさらに特化したのが後者」
「中級職ってわけじゃないんだよな?」
「ええ。中級職は、冒険者ランクの下限もあるし、必要な功績も跳ね上がるわ」
なるにしても、時間がかかるというわけか。
訓練所があるのは、スタートジョブだけのようで、枝分かれした派生職にはないのだという。
このスタートジョブは初級職だけではなく、中級職にもある。
ちなみにエリーの【ソードマスター】が中級職のそれにあたるらしい。
シャルの派生職はというと、【ヴァルキリー】と【アルケミスト】。
魔法も覚えながら、後衛の物理攻撃系も覚えられる前者。
魔法攻撃特化の後者。
という分類になるらしい。
もちろん、もう一度、スタートジョブを取り直してもいいそうだ。
【戦士】【騎士】の両クラスを取得した人だけの派生職もあるという。
明日までによく考えておくことにして、今日は解散とした。
翌日、シャルと俺の冒険証の更新を済ませ、俺たちは初心者用ダンジョン『導きの地下』へとむかった。
どうやら、冒険証に功績やら認定書をもらったかどうかの情報が入れられるようで、転職する際は、必須らしい。
近づくにつれて、ダンジョンの入口で人だかりができていた。
「どうしたのかしら?」
「みんな、入口を見てるな」
シャルは、昨日の寝る前から転職はどうしようかと、小難しい顔をしている。
ダンジョン入口の騒ぎなんて全然気にしてない様子だった。
ダンジョン入口では冒険者たちが心配そうにしている。
俺は立ち話をしていた冒険者二人のところへむかった。
「何かあった?」
「さっき、命からがら逃げてきた兄ちゃんが、普段このダンジョンにいないはずの魔物がいるって言うんだ。だから、みんなここで様子見をしてるってわけさ」
「そうか。ありがとう」
お礼を言って、俺はシャルとエリーのところへ戻った。
「強い敵があのダンジョンの中にいるらしい」
「でも、ここは初心者用よ?」
「うん。だからみんな様子を見てるんだと」
シャルが俺を見上げていた。
「マルちゃんのこと……?」
「ああ。あのでかいネズミのことか。ううん。マルちゃんじゃない別の魔物だ」
それなりに装備を整えた冒険者たちが、ここで様子を見ているくらいだ。
レベル一〇にも満たないビッグラットを怖がるとも思えない。
「まだ、中に誰かいるんじゃないかしら……」
「その可能性はあるな……。どうにか中から逃げてきた人がいるらしいし」
「いくっ!」
ふんす、とシャルが鼻を鳴らした。
「そうだな。行こう」
「おい、今は――」「今行くと危ねえぞ」
と忠告してくれる冒険者に構わず、俺たちはダンジョンに入る。
前回と同じように、俺たちに反応して特殊な明かりが灯った。
「やけに静かだな?」
もっと魔物が大暴れしていて、阿鼻叫喚なのかと思った。
「みんな……冒険者も他の魔物も、そいつが怖くて隠れているんじゃないの?」
「ありそうだ」
「マルちゃんをイジめるのは、ダメ……!」
うんうん。
イジメ、ダメ、絶対。
けど、マルちゃんはウチでは飼わないからな?
「その魔物とやらが、いないならいないでいい。『決意の泉』でさっさと転職して、もし隠れている人たちがいたら、一緒に外へ連れていこう」
そうね、とエリー。
地下二階までやってきて、奥に下へ続く階段を見つけた。
そこから下へ行こうかというとき、かすかに振動が伝わってくる。
「なに、地震?」
魔物の気配がしたと思ったら、そいつは階段の下からこちらへ上がってきた。
――――――――――
種族:魔木偶 ゴーレム(状態:使役)(土)
Lv:27
スキル:硬化・中級格闘術
――――――――――
人型をした岩の体に、顔には赤い双眸が宿っていた。
「コォォォォオオ……!」
状態……使役……?
「どうしてゴーレムがこんなところに……?」
例の魔物はこいつのようだ。
「むこうはやる気らしいぞ――」
ドシン、ドシン、と重い体を揺らしこっちへ迫ってくるゴーレム。
「行くぞ!」
「わかったわ!」
「りょーかい!」
俺が前へ出てゴーレムの気を引く。
「コオオ!」
ブオン、と鈍く風を切って腕を振るゴーレム。
俺はそれをかわし、邪魔にならないように脇にそれた。
シャルが詠唱をしていたのは、聞こえていた。
「闇の精よ、切り刻め――『シャドウスラッシュ』!」
薄暗いダンジョン内をシャルの闇属性の攻撃魔法が飛ぶ。
「コオッ」
ゴーレムが顔の前で腕を組み丸くなる。
ガガガガガガガガ――。
シャルの攻撃魔法は直撃したが、腕をわずかに削るだけだった。
「むう……」
これまでのどの魔物よりも硬いようだ。
あまり深いダンジョンというわけじゃない。
ここならシャルも全力を出してもいいだろう。
「シャル、あとのことは気にするな!」
「わかった!」
これでシャルは魔力制御のリミッターを外すだろう。
こっちじろりと見たゴーレムが攻撃を再開した。
俺の顔ほどありそうな拳を回避し続ける。
むこうは体が大きな分、こっちは小回りが利く。
「コオオオッ!」
完全にシャルとエリーに背をむけた瞬間だった。
「『三連牙』!」
エリーが三連突きを放つ。
隙だらけの背中にたやすくヒットした。
ぐらり、とゴーレムは足場を失くしたように倒れる。
シャルが今度は全力で攻撃魔法を撃つのがわかった。
巻き込まれないように、俺は距離を取る。
「闇の精よ――闇の炎をこの手に! 『ダークフレイム』」
今までみたどれよりも巨大な、炎の形状をした攻撃魔法だった。
それがダウンしたゴーレムに直撃。
ドオオウン!
爆音を轟かせ、爆風が吹き荒れた。
「おとーさん、たおしたっ!」
嬉々としてその場でシャルがぴょんぴょん跳ねる。
「いや、まだみたいだぞ?」
かなりのダメ―ジを負ったはずだった。
砂煙の中、ゴーレムの体が淡く光るのが見えた。
あれは間違いなくゴーレム以外の魔力だ。
「コォォ……!」
ゴーレムは膝立ちになり、ゆっくりと立ち上がる。
これじゃらちが明かない。
「エリー! 引きつけてくれ!」
「任せて!」
エリーがゴーレムのそばで囮になってくれている間、竜牙刃に魔力を流す。
あいつを倒せる最適の武器になれ――!
鞘から竜牙刃を引き抜くと、盾ゴブリンを倒したときのハンマーに姿を変えた。
以前と違うのは、俺が流している魔力なのに、薄い緑色の魔力をまとっていることだった。
俺が準備できたことを確認したエリーが、バックステップでゴーレムから大きく距離を取った。
「おとーさん。がんばれぇえ!」
シャルが応援してくれていた。
「任せとけ」
「コォオオオ!」
「娘の前でカッコ悪いところは見せられないんでね――」
俺を再び攻撃しようとした腕めがけ、ハンマーを振り抜く。
ボゴオオン!
腕が吹っ飛び、ゴーレムがダウンした。
「ラストッ!」
俺のほうを再びむいたゴーレムの腹に、俺はハンマーを振り抜く。
爆音にも似た重い音が響き、ゴーレムの胴体部分が吹っ飛んだ。
赤い双眸が光をなくし、がらがら、と体が崩れた。




