森の中での出会い7
剣についた血を払うと、竜牙刃は役目を終えたと言わんばかりに薄っすらと光って、元のボロい剣に戻った。
ほっと大きく息をついて剣を鞘に納める。
「おとーさぁあん!」
飛びついてきたシャルを抱きとめる。
「おっきいゴブちゃん、やっつけた!」
「おお。やっつけたぞ」
ぐりぐり、と俺の胸にシャルが頭をこすりつける。
俺よりも長く息を吐いたエリーが、すとんと腰を落とした。
「大丈夫か」
「ええ……あの……ありがとう」
顔を背けて、ぼそっとエリーがお礼を言った。
「何照れてんだ」
「照れてないわよっ」
顔が赤いんだよ。じゃなかったらなんだ? 風邪でもひいたのか?
「おとーさん、あれ」
シャルが指さした先にいたのは、生き残ったスライム数匹だった。
心配そうにキャプテンの様子を覗こうとしたとき、キャプテンの腕がかすかに動いたのが見えた。
「ぎオオおおオううん……!」
「ピキ?」
ガバッとスライムを鷲掴みにすると、口に放り込んだ。
「「ピキキキ!?」」
驚いたスライムたちが逃げようとするが、一体、また一体とキャプテンに捕食されていく。
「……な、何よ、あれ……!?」
もう一戦やるか……?
いや、俺はいいが、シャルもエリーも消耗している。
これ以上の連戦はよくない。
「よーし、逃げるぞ」
スライムの核は、人間でいう心臓だ。
そこにはスライムを魔生物たらしめている特殊な魔力が秘められている。
キャプテンは、スライムを食って直接魔力を摂取しているのだ。
このやり方は、かなり強引だが一時的に魔力を引き上げる。
かなりの荒療治だが、瀕死の体だって動くようになるし、一時的に通常以上の力が出る。
俺はシャルを背中におぶって、エリーとその場をそっと離れていった。
「ぎオオオう!」
キャプテンの咆哮が響いた。
森の中を逃げる俺たち。
木々をなぎ倒しながら、大きな足音を鳴らしてキャプテンが追いかけてきた。
このままじゃ追いつかれる。
シャルは魔力が底を突いたらしく、足止めのために後ろへ放った魔法に力がなかった。
エリーだって、さっきはギリギリの戦いをしていたし、消耗しきっている。
ああ、そういや、有名冒険者の本に書いてあったな。
最後の最後、どれだけ走れるかが生死を分けるって。
「エリー、シャルを頼む!」
「おとーさん……?」
「どうする気、なんて訊かないでくれよ」
「わかったわ。訊かない」
覚悟を決めたエリーの顔だった。
そんな顔すんな。
バハムートに戻るだけなんだから。
「シャルロットちゃんは任せて」
「ああ。レパントの町で待っててくれ。あとですぐに行くから」
「この私が責任を持って町まで送り届けるわ」
発言が重いんだよなぁ。
まあいい。
俺がエリーにシャルを渡そうとすると、俺の服をシャルがぎゅうっと握った。
ああ……エリーがシリアスな顔するから。
「やっ……!」
「聞き分けてくれ、シャル。お父さんは世界最強だ。あんなやつすぐに倒して、シャルのところに戻るから」
「やだぁ……」
俺がやろうとしていることは理解したらしい。
ぐすぐす、と泣きながら俺にシャルはしがみついた。
「シャル。お父さん、嘘ついたことあったか?」
「……ない」
「だろ?」
「…………すぐに、町に、かえってきてね……?」
まつげを濡らす愛娘は、喉をしゃくらせながら言った。
「誰に言ってんだ」
「パパ」
「パパじゃなくてお父さんでしょ」
「パパ、だいすき……っ」
「うん。愛してるぞ、シャル」
頭を撫でて、頬に一度キスをすると、お返しがあった。
シャルを下ろすと、エリーと手を繋いだ。
「エリー、頼んだぞ」
「うん!」
エリーがシャルの手を引いて森の出口へと走り出した。
そうだ。それでいい。
振り返らずまっすぐ走れ。
あとは、バハムート(オレ)に任せとけ。
「ぎおおおオオオオおおうううウウ!」
「ったくうるせえな」
人目はまったくない。
どころか、魔物も動物も、錯乱中のキャプテン以外には何もいなかった。
俺は変身を解いてバハムートに戻る。
体がキィィィィン、と光り、目線が高くなり、体は白銀のウロコに覆われた。
翼と尻尾が動かせるか一度試してみる。
バッサ、バッサ、と翼をはためかすと烈風が巻き起こり、背の高い木は例外なくしなった。
尻尾を振ると、バゴオオンンと大きな音を立てて大樹が折れた。
「ギャォオオオオオオオオオウウン!(かかってこい、雑魚が!)」
「ギオオオオウ!(どけぇええええ!)」
俺にむかって吠えるキャプテン。
仲間を倒されて怒っているのか、それともニンゲンにいいようにやられたせいだろうか。
「ガルウ、アアウ(どかねえ。大事な大事な娘が逃げてるんだ)」
「ギオオウ、オオウ、ギウウウ!(仲間、倒したニンゲンたち、復讐する!)」
あの巣で俺たちが倒したゴブリンのことを言ってるんだろうか。
キャプテンは、手に握りしめた剣を振ってくる。
ガギイイン!
俺のウロコがあっさり弾き返した。
ニンゲンのときに見た巨剣は、今の俺からすれば普通の剣にしか見えなかった。
そういえば、いつぞやシャルをさらったスライムも同じことを言っていた。
生き残りがこの森に逃げ込んだあたり、あのセリフは、この森を統率するこいつの考えだったんだろう。
スライムを使いニンゲンを襲って、魔力の足しにできそうなニンゲンなら誘拐――。
スライムは従えて部下扱いするのかと思ったら……。
「ギャォォオウ!(テメエが生きるために仲間喰ってんじゃねぇえ!)」
「ギオ。ギオウ。ギャオギギオオ!(スライム下等種族。ゴブリン、森を支配する、当然。オレは、あいつらを有効活用した。それだけだァア!)」
スライムたちは温厚な性格で、事情がどうであれニンゲンを襲うことは滅多にしない。
そんなスライムたちに無理に言うことを聞かせて、困ったら食う?
「ギャォウッ!(何様のつもりだッ!)」
「ギオウッ! ギガアアアアア!(黙れェ! この森の支配者はオレだ!)」
だん、だん、と足踏みをしたキャプテン。
「ギオオオオオオオオウウウウウン!」
『威嚇』スキルか。
全然効かねえ。
おいナメんなよ、バハムートを。
こんな恥ずかしいカススキルを俺に使いやがって。
……いいだろう。
本物を見せてやる。
大声を上げて地団駄を踏むなんて、そんな品のないことはしねえ。
そもそも、スキルなんて必要ねえ。
目を合わせる。
その瞬間、鋭い殺気を放つ。
それだけでいい。
生存本能ってやつが機能してるなら、わかる。
どっちが上でどっちが下か。
どおん、とキャプテンが尻もちをついた。
「~~~~ッ!」
自分がそうさせられてしまったことに腹が立ったのか、立ち上がり、何かを喚きながら攻撃をしてくる。
俺はすうっと息を吸い込んだ。
……この森をスライムに返せ。
【原初竜炎】!
黒光りする炎を吐き出す。
直撃したキャプテンは、爆炎に包まれ骨も残らず消えた。
まだ残っていたゴブリンは森から逃げ出し、スライムたちが、木や草場の陰から俺を見上げていた。
「ギャォォォォオオオオオオオウウウウウンンンンンンン!」
遠吠えを空に響かせる。
こうしておけば、ドラゴンが潜む森と噂が広まり、当分レベル上げ目的で森に入る冒険者はいなくなるだろう。
他の魔物だって、この森には近寄らなくなるだろう。
もう一度、俺はいかにもドラゴンっぽい鳴き声で空にむかって吠えた。
「ガルゥゥゥゥァァァアアアアアアアアッ!」
このくらいでいいだろう。
そばで見ていたスライムが、ぴょん、ぴょん、と飛び跳ねながら去っていくと、すぐに仲間を数体連れて戻ってきた。
「ピキ、キキキ(たすかった。お礼)」
仲間たちがひとつの木箱を頭の上で支えていた。
「ギャウ?(これは?)」
答えることなく、木箱を置いたスライムたちは去っていった。
俺がニンゲンの姿でさっきまで戦っていたとは気づいてないんだろう。
誰も付近にいないのを確認して、俺はヨル・ガンドに変身する。
だいたい、何に対する礼なんだ?
暴れるキャプテンを倒したことか? それとも吠えたことか?
「何持ってきたんだ?」
置いてある木箱の中身を見てみると、そこには、紫色の結晶体がひとつ入っていた。
大きさは、手で掴めるくらいだ。
「くれるっていうんだから、もらっておこうか」
俺はその結晶体をマジックボックスの中に入れる。
「さて。シャルがまた泣かないうちに帰らねえと」
俺はマジックボックスのリュックを背負って、森の出口へと急いだ。




