森の中での出会い6
湧き水のそばで容器に水を溜めていく。
今日一日で連戦続きのせいか、シャルが少しお疲れ気味の様子だった。
このあとは気にしないでいいって言ったからな。
「シャルロットちゃん。これ、食べる?」
エリーが自分のマジックボックスの中から、固形食糧を出してくれた。
俺も食ったことがあるが、味があまりせず、口の中がボソボソする栄養食だ。
「ヨルさんが持っているジャムをつければ、それなりに美味しく食べられるわよ?」
「いいのか?」
俺が訊くと、ぷい、とエリーは顔を背けた。
「あなたには聞いてないわ。……これでも、私だって手伝ってもらったお礼くらいするつもりでいるんだから」
「それはお互い様だろ」
ジャムを出すと、ぱぁぁぁぁ、とシャルがキラキラの表情をして、
「たべる!」
と、エリーから固形食糧を受け取った。
「シャル、お礼は?」
「あ、ありがとう……ごじゃい、ます……」
「どういたしまして」と、くすっとエリーが微笑んだ。
はぐはぐ、とシャルが食べている間に、容器のすべてに水を溜めた。
容器をマジックボックスに戻し、あとは帰るだけ。
「ん?」
細かい気配と大きな気配がする。
どしん、どしん、と足音が近づき、ばさばさ、という草木をかき分ける音がする。
「ギォオオオオオオオオウウウウウン!」
どでかい咆哮が森に響く。
ぬっと、その姿が背の高い木を割って現れた。
――――――――――
種族:魔鬼族 キャプテン・ゴブリン(火)
Lv:22
スキル:硬化・中級剣術
威嚇(相手をひるませる。レベルが下だとより効果的)
統率力(種族問わず、レベルが下の味方に指示を聞かせられる)
――――――――――
体長が二階建ての家ほどもある大きなゴブリンだった。
俺たちからすれば巨剣にあたる剣を手に持っている。
もう片手には、腕全体を覆うような細長い盾を装備していた。
「な……何よ、こいつ……!」
「お、おとーさん……」
さすがに見上げるほど大きな敵にシャルが俺の背中に隠れた。
盾ゴブリンが焦って俺たちを攻撃してたのは、こいつのせいか。
巣でいいようにニンゲンにやられたとバレれば怒られる、とか?
その周りには真っ青なスライムが十数体いた。
「「「「ピキキッ!」」」」
――――――――――
種族:魔生物 スライム(水)
Lv:17
スキル:噛みつき・粘液・合体・水銃
――――――――――
ゴブリンがいる森にスライムがいるのに追い出されないのは、このキャプテンの『統率力』のおかげか。
納得いった。
どいつもこいつも敵意満々だ。
ギオオオ、ギオオオ! と、転がる同胞を見てキャプテンが何かを吠えている。
「「「「ピキキ! ピキーッ」」」」
十数体のスライムが、俺たちのほうへ移動してくる。
ぷくんっ!
と、体を膨らませた。
「水属性攻撃が来るぞ! エリー気をつけろよ!」
「わ、わ、わかってるわよ!」
スライムたちが攻撃を発射する寸前だった。
「ギオオオオオオオオウウウウンッ!」
足踏みをして、鳴き声とは種類の違う声でキャプテンが吠えた。
嫌な音波が飛んでくる。
「ひううっ……」
俺の背中にいるシャルが縮こまって震えている。
クソ。
『威嚇』スキルだ……!
俺も何かに痺れているかのように、意思に反して手が小刻みに震える。
ニンゲンのステータスじゃ、レベルはキャプテン以下なんだ。
「「「「ピキイッ!」」」」
ぴしゅん!
水属性の攻撃が一斉射された。
「チッ――!」
シャルが俺の背中にいて助かった。
俺は攻撃に背をむけてシャルを守る。
「させないッ!」
背後で、風を斬る音と弾を叩き斬る音の二種類が聞こえる。
俺にもシャルにもダメージはなかった。
エリーが全弾叩き落としてくれたようだ。
「ヨルさん! 逃げるわよ!」
シャルは……まだ震えている。
こんな状況じゃ、魔力に余裕があっても魔法なんて撃てない。
「わかった! 行くぞ!」
「私が殿! ヨルさんはシャルロットちゃんを背負ってまっすぐ森の出口まで走って!」
「カッコつけんな小娘! 後ろから真っ先に追ってくるのは、おまえの苦手属性のスライムで物理斬撃は効かない。おまえがシャルと一緒に行け」
俺は敵の目を引きやすい【騎士】だ。囮になるのなら俺が一番適任だ。
それに、二人の目がなければバハムートに戻れる。
「カッコつけようが何だろうが、私はあなたよりレベルもランクも上よ! 殿役をやっても生き延びれる。それにこんな状況は何度も経験してきたわ」
真面目かよ、こいつ。
いいやつは早死にすんぞ。
言い合っている場合じゃねえ。
俺はお言葉に甘えてシャルを背負って走り出す。
が。
どしんどしん、とまたキャプテンがその場で足踏みをした。
「ギオオオオオオオオウウウウンッ!」
クソ、『威嚇』スキルが鬱陶しくて仕方ない。
いちいち体が反応しちまう。
そのせいで、俺たちは完全に逃げるタイミングを失った。
「……エリー! やるぞ!」
「そうするしかないみたいね……!」
「ギオオウン!」
太い鳴き声を上げて、キャプテンが巨剣を横に薙ぐ。
「竜牙刃!」
『――、――』
呼ぶと同時に魔力を流し鞘から抜く。
刀身が光ると同時に変形した。
現れたのは、エリート・ロックバットと戦ったときに出た盾だった。
「上等!」
ごお、と重い唸りを上げる巨剣に対し、俺は盾を構える。
ドゴン!
盾で巨剣を受ける。
吹っ飛ばないように踏ん張るので精一杯だった。
「んの……ゴブリン風情がッ」
ざざざ、と後ろへ強引に追いやられる。
「ギオウ!」
短い鳴き声だった。何かの合図か?
「ピッキィ!」
ピシュン!
スライムが放った水弾が俺へ飛んでくる。
それをエリーがまた剣で防いでくれた。
「助かった。エリー、あのでかゴブリンの相手を頼む! 『威嚇』さえさせなけりゃ、シャルが魔法を使える!」
「了解!」
軽快な足さばきでエリーがキャプテンへと接近する。
「ギオッ!」
「はァッ!」
巨剣を慣れた動作で操るキャプテンと【ソードマスター】が剣戟を結ぶ。
エリーのほうが身軽で攻撃は速い。
だが、キャプテンの大きな盾に防がれている。
反対に、キャプテンの攻撃は、身軽なエリーにかわされていた。
『威嚇』さえさせなきゃ、俺とシャルが自由に行動できる。
「シャル、大丈夫か?」
「うんっ。もうだいじょうぶ!」
俺の背中でシャルが元気を取り戻した。
「スライムたちを一掃するぞ!」
「わかった!」
俺たちが攻撃する前に、スライムたちは水弾を撃ち続けている。
ガ、ドガ、ガガガガ、と全弾を盾で防御した。
ニンゲンが既知の敵や格下の敵と戦う理由がよくわかった。
バハムートからすれば、取るに足らない属性攻撃のくせに――。
スライムの水弾を防御しているだけで、腕が吹き飛ばされそうになる。
……直撃するとまずい。
幸い、『大盾の心得』のおかげで、エリーを攻撃しようというスライムはいなかった。
ガ、ガガ、ガガン、と水弾を防御し続けていると、隠れていたシャルがひょこっと頭を出した。
「闇の精よ……闇の炎をこの手に! ダークフレイム!」
黒い炎状の攻撃魔法を放つ。
一定の距離まで飛ぶと黒炎は複数に分離した。
ドドドドドド。
「「「ピギャアア!?」」」
スライムの一団を襲ったシャルの闇属性魔法は、四体のスライムを一気に倒した。
俺はスライムの攻撃を防御しながら、合間を見て弾丸状の劣化版ブレスを放つ。
ズンッ。
劣化版ブレスがスライムの核を貫き、一体をドロドロの液体状にした。
「よし、このまま減らしていくぞ!」
「うん!」
ちら、とエリーの様子を見ると、『ファストエッジ』を中心に攻撃していた。
新スキルの『三連牙』は、三回連続で当てなければダウンさせられない。
一撃は当たってもキャプテンはそれ以上を許さなかった。
だからエリーはその隙を伺いつつ、攻撃と回避を続けている。
あの巨剣が当たれば、斬り殺される、というよりは叩き潰されそうだ。
『硬化』のせいか、エリーの攻撃が当たっても大したダメージじゃなさそうだ。
けど、それでいい。
時間を稼いでくれれば、俺たちがスライムを一掃して――。
「――っ!」
ばぎん、と鈍い金属音がすると、エリーの剣が宙を舞った。
しまった、という表情ではなく、ふっと力を抜いて、エリーは卑下するように小さく笑った。
俺と目が合う。
逃げて
口がそう動いた。
シャルがぱっと背中から降りて、スライムを魔法で牽制しはじめた。
キャプテンが醜悪な笑みを浮かべ、巨剣を軽々と振るう。
「ギオオオウッ!」
――走った。
走ったというよりは、飛んだ。
一瞬、翼が背中にあるような感覚がした。
巨剣とエリーの間に俺は間一髪、割って入った。
竜牙刃が、当然のように形状を変えていた。
最初の最初に見かけた、長くて太い巨剣だった。
「勝手に諦めてんじゃねぇええッ!!」
竜牙刃を力の限り振り抜く。
ガァァァァアアアンッ!
キャプテンの巨剣とぶつかり、お互い弾かれる。
俺もキャプテンも反動で大きくのけぞり、お互いに数歩たたらを踏んだ。
これ以上ない隙――それを逃すはずもなかった。
剣を拾ったエリーが一気に接近。
「『三連牙』ァアアアアアアアアアアア!」
気迫のこもった雄叫びをあげた。
態勢を立て直そうとしたキャプテンの眼前で飛び、エリーが高速の三連突きを放つ。
ザン、ザッザンッッ!
三撃ともヒット。
『硬化』のせいでダメージはあまりないが――スキル最大の効果発動。
どおおん。
ついに、キャプテンの巨体を仰向けにダウンさせた。
「「――行っっっけぇぇぇぇぇぇええ!!」」
シャルとエリーの声が重なった。
半身を起こし、盾を構えようとするキャプテン。
俺は距離を詰めていくと、これが当たり前かのようにまた竜牙刃が変形した。
スライムを斬ったときの、刀身が光る魔法剣になっていた。
「ォオオオオオオオオオオオオ!」
上段に構えた剣を一気に振り下ろす。
重い手応えと同時に、キャプテンの緑色の体に深く斬撃を刻んだ。




