森の中での出会い1
Eランククエストといっても、それほど危険のあるクエストは多くなかった。
Fランクに比べればたしかに数は増えているけど。
受付嬢のカティアさんが気をつけるように、と何度も言ったのは、ランクが上がって慢心しないように、ってことだったんだろう。
今日もクエストを受けに俺とシャルは冒険者ギルドへやってきた。
「ガンドさん、最近、可愛い魔法少女がこの町にいると噂になってるんです」
おかしそうに、くすくす笑いながらカティアさんは言った。
「わたしのこと?」
「だろうな」
納得だった。むしろ、今さらかよって感じだ。
ようやく世間がシャルの可愛さに気づいたらしい。
「ガンドさんのことも話題ですよ? ルーキーのおじさん、と」
シャルに比べてずいぶんとモッサリした話題のされ方だな。
まあいいか。
「今日は、何かクエストをお受けされますか?」
「簡単にできるやつ、何かありますか?」
「いつもそればっかりですね」
くすっと笑ったカティアさん。
そりゃそうだろう。
わざわざ難易度の高いクエストなんてごめんだ。
適度に安全で、適度に冒険できて(これはシャルの要望だ)、なるべく割のいいクエストがいい。
みんなそうじゃないらしい。
んー、と唸りながら、カティアさんは書類をめくって確認する。
すぐに一枚のクエスト票を取りだした。
「これなんてどうでしょう? 町外れに小さな森があるのですが、そこでのクエストです」
俺とシャルはカウンターの上をのぞきこむ。
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Eランク 湧き水汲み
成功条件:レパントの森奥地にある湧き水を4リットル汲んでくる
報酬:三〇〇〇リン・食堂無料券四枚
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「レパントの町では、最近美味しいライスを焚くことが流行っていまして、それで、まずは美味しい水が必要とのことです」
依頼人は、このレパントの町に店を構える食堂だった。
俺とシャルはここでご飯を食べることも多い。
地図で場所を見せてもらうと、たしかに遠くはない場所にある森だった。
「わかりました。これでお願いします」
「おねがいします」
「はい。わかりました。今までは必要がなさそうだったので、オススメはしませんでしたが、マジックボックスをご購入されてはどうでしょう?」
「マジックボックス?」
「はい。見た目はただの鞄なんですが、その中には何でも入るようにできてまして、大きな荷物を運ぶときはとても便利で、冒険者様には必須の魔法アイテムなんです」
水は重いしかさばるから、行きはいいが帰りは邪魔になる。
たしかに、あればとても便利だ。
「わかりました。買います」
多少割高だったが、性能を考えれば安いくらいだった。
バックパックタイプで、背負えるのが冒険者にはとても親切だった。
「レパントの森は、魔物が出ますので気をつけてくださいね」
「はぁーいっ」
最近、安全なクエストばかりしていたから、シャルが冒険のにおいを嗅ぎつけワクワクしてらっしゃる。
「おとーさん! はやく、はやく!」
「はいはい。ちょっと準備するから待ってて」
シャルを店先で待たせ、雑貨屋で容器を二つ買った。
ひとつ二リットル入るらしいから、今回のクエストには持ってこいだった。
それから、食料を買って、容器と一緒にマジックボックスであるリュックに入れておいた。
取りだすときは、入れたそれを思い浮かべれば取りだせるらしい。
準備が整い、俺とシャルは町をあとにする。
「ぼーけんぼーけん、きょおも楽しいーぼーけんっ♪」
キラキラでファンシー&ラブリーな杖を振りながらシャルは歩いていく。
誘拐されないか不安になるくらいシャルの可愛さは半端ない。
レパントの森というのは、いつぞや俺がこの姿に変身するために身を隠した森だった。
「ってことは、スライムが逃げた森か……」
「おとーさん、はやく、はやく!」
「はいはい」
森の入口から中へ入って、湧き水が出ているという奥を目指す。
「水場は生き物が寄りつきやすいから注意が必要だぞ?」
「どうして?」
「食べ物はなくても、水があれば簡単には死なないからだ。シャルも水飲むだろう? それと一緒で、魔物も他の生き物も水を飲むんだよ」
ほぇぇぇぇぇぇ、と口を半開きにして驚くシャル。
「湧き水があるってことは、それがどこからか流れてるってことだ。最初にそれを探そう」
「うん」
森の中は歩きやすく、何度もニンゲンが出入りしていることがわかった。
腐葉土が踏み固められ、横に伸びた草や枝や葉が不自然に切られている。
体に触れると鬱陶しいから冒険者が歩きやすいように切っているんだろう。
ってなると、湧き水の場所も案外あっさりわかるかもしれない。
道とは呼べない道を歩いていると、小川に出た。
「おとーさん、水!」
「ああ。たぶん、これを辿って上流に行くと目的の場所に出るはずだ」
てててて、とシャルが走り出して腰に杖を差して水をすくって飲んだ。
「つめたいっっ! けど、おいしー!」
俺もひと口もらう。うん。美味い。
がさがさ、と茂みが鳴ると、シャルが俺の服を引っ張った。
「お、おとーさん、何かいるっ」
興味津々! と言わんばかりに、シャルは茂みを指差し瞳を輝かせている。
「ちょっと覗いてみるか」
「うん」
しー、と俺は人差し指を立てると、シャルもしー、と俺の真似をした。
何がいるかわからないが、魔物なら倒せばいいか。
「ギャ! ギャッ! ギャ!」
……? この鳴き声は、ゴブリンか?
濃い緑色をした、シャルよりも身長の低い人型の魔物だ。
「ぎゃぎゃ、ぎゃぎゃあん」
もう一体いる?
俺が二体いるぞ、と俺が茂みを指差して、二本指を立てた。
ふんふん、とシャルがうなずく。
「ギギャ、ギギャ!」
「ぎゃ。ぎゃあん。ぎゃん」
相変わらずゴブリン二体の声は聞こえる。
オスとメスっぽいな。
「おとーさん、声がくるしそう」
「…………」
そっと茂みをのぞく。それに続いてシャルものぞく。
「ギャッ! ギャ!」
「ぎゃあん。ぎゃん。ぎゃあん」
ばっと俺はシャルに目隠しをした。
密着しているオスとメス。
説明はそれだけでいいだろ。
「おとーさん、みえないよ」
「見なくていい」
「この魔物は、何してるの……?」
「………………」
シャルを抱えて、さっきいた小川まで連れていき、俺はズカズカと茂みに入っていった。
「ギャギャ!?」
「ぎゃっ!?」
真っ最中の二体が驚いてばばっと離れた。
「お楽しみ中のところ悪いな」
どっちもかなり怒っている様子だった。
自前の武器らしいこん棒を手にした二体が俺に襲いかかってくる。
「娘に何見せつけてんだ! 教育に悪いだろうがァ――――――――ッ!」
ひゅんひゅん、とこん棒を振り回すオスゴブリンを思いっっっきり蹴とばした。
「ギャ――――――――!?」
ずぎゅん! と凄まじい速度で飛んでいき、オスゴブリンは木に叩きつけられた。
竜牙刃を鞘ごと腰から抜く。
「外でヤってんじゃねえええええええええええええ!」
斬りつけてくるメスゴブリンに、俺は鞘をフルスイングする。
「ぎゃぁ――――――――!?」
悲鳴を上げたメスゴブリンは、オスゴブリンとは別の方角へ吹っ飛ばした。
ふしー、ふしー、と俺が怒りを静めようとしていると、シャルがこっちにやってきた。
「おとーさん、さっきの魔物、やっつけちゃったのー?」
「実はな、オスとメスがいたんだ。オスのほうが…………メスをいじめてた」
「悪いことしてるっ! だから、くるしそうな声をだしてたの?」
純粋な眼差しに耐えられず、俺はちょっと目をそらした。
「ああ。だからお父さん、やっつけておいた」
「おとーさん、えらーいっ!」
抱っこをすると、俺の頭を撫でてくれた。
「わたしも攻撃したのにー」
シャルは唇を尖らせて残念がった。
俺が足で蹴ったり鞘で吹っ飛ばすより、シャルの魔法で真っ最中に二体とも同時に死んだほうが幸せだったのかもしれない。




