初心者用ダンジョン5
少年冒険者たちはどうなったのか気になって捜すと、隅のほうまで移動し僧侶少年がまだ気を失っている魔法使い少年の治癒をしている最中だった。
「お、お、お、落ち着け、い、いつも通り、いつも通りやれば発動するから!」
「わかってる、わかってるけど!」
と戦士少年と僧侶少年の切羽詰まったやりとりが聞こえた。
魔法を使おうとして、発動しかけては止まることを繰り返していた。
カティアさんの言った通りだったなぁ。
戦闘中だったり、近くに敵がいたり、平常心で魔法を使うタイミングなんてほとんどないのだ。
それは慣れなのかもしれないけど、改めて俺はカティアさんに先生をお願いしてよかったと思った。あのボーイズも帰ったらカティア塾に入るようにすすめておこう。
「もう大丈夫だぞー?」
「お、おじさん! あのでかい敵は?」
「ぶっ飛ばして水路に落とした。だから安心しろ」
戦士少年も僧侶少年もホッとした顔をする。
それもつかの間のことだった。
ちょんちょん、とシャルが俺の手を引っ張った。
「おとーさん、でてきちゃったよ?」
「ん?」
べちゃり。
エリート・ロックバットが水路から這い上がってきた。
「「わぁああああああああ!?」」
「あらあら」
俺とシャルの同時攻撃でまだ死なないとは。
俺たちとのレベル差のせいもあるだろう。
それに、ロックバットよりもレベルの高いあいつは、同じ『硬化』のスキルを持っていてもロックバット以上に『硬化』は強力。
水を滴らせるエリート・ロックバットは、赤い目を強く輝かせている。
ううん……これは、かなり怒ってるな?
「――――――――ッ」
超音波のような声を上げたエリート・ロックバット。
音波が一帯を震わせると、バサバサ、とロックバットの群れが俺たちの来た道のほうから飛んできた。
「やばいよ。やばいよ……やばいよ!」
今にも泣きそうな戦士少年と、顔を青くしている僧侶少年。
「おとーさん、いっぱいきたよ!」
こうなったら手分けするか。
シャルにブチギレ中のエリート・ロックバットの相手をさせるのは不安だ。
それならまだ群れを相手にするほうがいいかな? 近接戦闘は鍛えてあるし。
「シャルは、お兄さんたちと一緒に、群れを頼む」
俺に頼られたのが嬉しいのか、シャルは大きくうなずいてむふーと鼻息を吐く。
気合を静かに入れたらしい。
「よぉーしっ」
「このあとのことはお父さんがどうにかする。だから魔力は気にせず、ガンガン行け!」
「うんっ! まかせてぇええ!」
てててて、と少年たちのところまでシャルは走っていった。
「イッシンジョーのツゴーッ!」
お?
リミッターを外したせいか、魔力弾がいつになく大きい。
直撃した数匹を叩き落とした。
魔力は気にするなって言ったせいか、心なしかシャルがイキイキしている。
魔力消費を抑えながら、燃費のいい戦いをするってのは、後衛にとって神経をとても使うことのようだ。
「少年たち! シャルの援護を頼む! 上手くやんねえと死ぬぞ!」
「「わ、わかりましたぁあ……」」
俺もさっさとエリート・ロックバットを倒してシャルの援護に行きたい。
「ギャ、キャ……!」
「何言ってんのかわかんねえな」
のっしのっし、と俺に近づいてくるエリート・ロックバット。
相変わらずブチギレ状態だ。
さっきのダメージはあるようで、翼はボロボロだった。もう飛べないのか。
ちら、とよそ見をして、シャルたちの様子を見る。
大奮戦中のようで、シャルが撃ち落とし、近づいてきた敵を戦士少年が剣で追い払っている。
僧侶少年は今のところ出番なしだけど、目を覚ました魔法使い少年は、シャルの姿に勇気づけられてか、魔法攻撃をしていた。
うんうん。しばらくは大丈夫そうだな。
「ギャァァァァ!」
「うるさ」
力任せに振るってきた拳を盾で受ける。
腕から衝撃が全身に広がった。
魔物の膂力はニンゲン以上ってのがよくわかる。
俺はお返しに、がら空きの顔面を殴った。
「いったぁぁぁぁぁああ!? 手、痛っ!? おまえ、かった!?」
どんだけ硬いんだ、こいつ。死ねばいいのにい……。
どうやら、少年たちとシャルはこっちに気を配る暇はなさそうだ。
「よーし、ちゃちゃっと倒そっと」
俺は一瞬の隙をついて、エリート・ロックバットから背をむけ、走って水路に飛び込む。
こっちを見てないとはいえ、決定的瞬間を目撃されるわけにはいかない。
水路の水深は深く、幅も川と呼んで差し支えないほどの大きさだった。
ここなら大丈夫。
変身解除!
水中で俺は変身を解く。
キィィィィィイイン!
体が光り、視線がどんどん高くなり、水路の底に足がついた。
水流をものともしない、元のバハムートの姿に戻った。
「ギャ、キャ……!? (どうしてここにドラゴンが……!?)」
「ギャァァァァォォォォオウン!」
威嚇するように首を伸ばし、目の前で吠える。
同時に、畳んでいた翼を広げ、俺の体をさらに大きく見せた。
我を忘れるくらい怒っていたはずのエリート・ロックバットの目に、怯えの色が映った。
「ギャキャ、キャ! ギャ、キャキ……? (あ、あんたもあのニンゲンを食いにきたのか!? 一匹だけならいいぜ……?)」
「ギャオオオウ!(ウチの子を食う気だったのかテメエ!)」
「キャ……? ギャキャ! キャキャッキャ!(ウチの子って、あそこにいんのはニンゲンだ。頭どうかしてんのか!)」
「ガオン、ギャオウッ!(俺はな、テメエを食いに来たんだよッ!)」
「キャァァァァァ!」
甲高い悲鳴を上げたエリート・ロックバット。
こいつは、こうして冒険者を群れで襲って倒して食ってたんだろう。
『原初竜炎』はこんな狭いところじゃ使えない。
まあいい。食われるってことがどんなことか、教えてやる。
逃げようとしたエリート・ロックバットの行く手を遮るように、バアン! と手で地面を叩く。
反対側に逃げようとするので同じことをした。
おまえの『硬化』のスキルと俺の顎。
どっちが強いか勝負だ。
逃げるのを諦めたエリート・ロックバットが俺に敵意を見せる。
その心意気だけは誉めてやろう。
だが……動きも何もかも遅い。
俺に挑むなんざ、一〇〇回生まれ変わってからにすることだな。
バクン!
あっさり俺はエリート・ロックバットをくわえて噛んだ。
ニンゲンでいうなら、アルデンテパスタくらいの硬度だった。
「ギャキャ……!? きゃ…………」
あ。あっさり逝っちまいやがった。
「「「うわぁああああああああ!? 食ったぁああああああああ!?」」」
少年冒険者たちが、俺を見上げて腰を抜かしていた。
そりゃ、こんな場所で変身を解けば、目立つよな……。
「あ、あのドラゴンが敵を食った! は、早く! 今なら逃げられるよ……!」
「ああ、もうこんなところからズラかろうぜ!」
戦士少年が言うと、シャルが首を振った。
「だいじょうぶ、あのドラゴンさん、わたし、しってる! わたしをたすけてくれた、カッコいいドラゴン!」
ドラゴンさーん! とシャルが手を振ってくれる。
どうやら、他のロックバットは倒すなり追い払うなりしたらしい。
そうか。シャル、よくやったな。あとで目いっぱい褒めてあげよう。
……あ。
くわえてるもんがグロいので、ポイしてこよう。
シャルの教育上よろしくないものが出ちゃってる。
ぺっとエリート・ロックバットを離して水中に落とし、俺はその場を立ち去った。
――と見せかけて、実はまだ水中にいる。
こっそりまたヨル・ガンドの姿に変身をして、上流のほうから通路に上がった。
びちゃびちゃだけど、まあいいか。
「あ。おとーさん! どこいってたの?」
「お父さん、おトイレしに奥に行ってたら、間違って水の中に落っこちちゃってな」
ははは、と笑い飛ばしておく。
「またいたよ! ドラゴンさん! この前、わたしをたすけてくれた、あの銀色のドラゴンさん!」
「ああ。あれが、そうだったのか! 水の中に、でっかい何かがいるなって思ったんだ」
「そう! あの、でっかい敵をたべちゃったの!」
正確には食べてないんだけどな。
あのね、あのね! と興奮するシャルとは対象的に、少年冒険者たちは疲れ切って座り込んでいた。
群れがやってきて絶体絶命かと思えば、今度はドラゴンが現れるんだから、生きた心地はしなかっただろう。
「おじさんが色々と戦い方を指示してくれたから、なんとかなったよ。ありがとう」
「そりゃよかった。シャルもよく頑張ったな!」
「うん! いーーーっぱい、やっつけたよ!」
俺はよしよし、とシャルの頭を撫でた。




