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ようじょシャルロット


 五年後。


「おとーさん、おきて、おきて! あさ、あさだよ!」


 どったん、ばったん、と俺の体の上で、何かが跳ねている。

 目を開けると、金髪碧眼の天使のような小さな少女が俺にかかった毛布を引っぺがしがところだった。


 う。さむ。


「おきた?」


 きゅるん、と首をかしげる俺のちっちゃい天使様。


「何……?」

「あさ。おとーさん、おきて!」

「もう、起きたから」


 今度は楽しそうに俺のお腹の上で跳ねる幼女。

 彼女を捕まえると「きゃー」と楽しそうな声を上げた。


「おとーさん、ごはん、たべる」


 色白で幼いながらも整った目鼻立ちは、髪色と瞳の色も相まってまさしく天使のようだった。


「も、もうちょっと待って……」


 人間の体というのは、ずいぶんと疲労に弱いというのは、ここ数年で身に染みてわかったことだった。

 ニンゲンは、こんなにしんどいことしてたんだ……。

 ニンゲンってすげーな。って、何回も思った。


 俺はバハムートであるということを隠し、ニンゲンとしてこの子を育てていた。何だかんだで、俺はきちんとニンゲンとして暮らしていた。


 シャルロットと名付けたまだ小さな女の子と、こうして田舎町で生活をしている。


 四苦八苦しながらどうにか続けられているのも、町のみんなに助けてもらっているおかげだろう。

 ニンゲンという生き物は、助け合って生きているようだ。


 た、っとシャルがベッドから降りて、どこかへ行ってしまう。


「おーい、シャルちゃんー? どこ行くの」

「まっててぇ」


 あんなに小さかった赤ん坊は、今では元気いっぱいに成長した。

 元気はいいんだが、俺が年食ったせいか、それともニンゲンの疲労感にまだ慣れないのか、シャルのフルパワーにときどきついていけなくなる。


 さて。

 愛しの天使様は俺を待たせて何をする気なのやら。


 物音が奥ですると、シャルが戻ってきた。


 そろーり、そろーり。

 トレイの上に水をいっぱいに入れたコップをのせて、足を忍ばせている。


「おみず……」

「お、おう」


 だ、大丈夫か!?

 て、手が、プルプルしてるぞ!


 地震が起きたのかっていうくらいコップの水が波紋を広げている。


 見ちゃおれん。

 俺がベッドから腰を上げると、


「パパは、まってて」

「パパじゃなくてお父さん!」

「いーの」


 最近、シャルの流行りが、「仕方ないパパのお世話」なのである。


 だから早起きしたんだな、この娘っ子。可愛いな、くそ。


「う、うぅ……」


 頑張れ。頑張れ。あとちょっとだぞ……!


 朝っぱらからどシリアスなシーンを迎え、俺はごくりと唾を呑む。


「おみず、もってきた。どうぞ」


 シャルがずいっとトレイごと俺に差し出してくる。


「ありがとう」


 そう言って俺が受け取ると、ぱぁぁぁ、と嬉しそうな笑顔をした。


「もひとつ、もってくるね」

「も、もういいかな。水は」

「パパ、わがままは、めっ」


 怒られた。

 いや、これ俺が我がままなんじゃなくてだな……。

 シャルが好き嫌いしたときに俺が言う言葉をコピーしたな?


 さては、天才だな?


「てか、パパじゃなくてお父さん」

「いーの」


 バハムート的躾けとして、このへんはキチンとしておきたいっていうのが俺の教育方針だ。

 運んできてくれた水を飲みほして、俺はシャルの頭を撫でた。


「よくできました」

「えらい?」

「偉い、偉い」


 ぐりぐり、と俺の胸に頭を押しつけてシャルは頭を振った。

 嬉しいときの仕草だった。


「よ、と」


 そのまま抱きかかえて、寝室を出ていく。

 部屋は他に、リビングとダイニング、寝室と物置しかないこじんまりとした小さな家だった。


 ドンドン。

 玄関扉を誰かが叩いた。


「ガンドさん? 起きてますかー? スープ余っちゃったので、朝食がまだだったら、よければどうでしょう?」


 この声は、たぶんコレットだろう。


 俺は俺がバハムートであることしか知らなかった。

 だから名前なんて必要もなかったが、ニンゲンはそうはいかないようで、適当にヨル・ガンドと名乗ることにしていた。


 今開けます。と返事をして、扉を開けた。そこには思った通り、コレットがいた。


 コレットはご近所に住んでるフランさんちの長女。今年一六歳になるはずだ。


「おはようございます、ガンドさん」

「うん。おはよう」

「シャルちゃんも、おはよう」


 ぎゅ、とシャルが俺の服にしがみついた。


「ほら。シャル。あいさつは?」


 ぷにぷにのほっぺたをつついてやると、ぷうっと膨れた。

 シャルはちら、とコレットを振り返って、小声で「……お、おはよ……ごじゃいます……」とぎこちなく挨拶をする。


「はう……か、可愛い……」

「よくできました」


 なでなで、と頭を撫でると、シャルがぐりぐりと俺の肩に頭を押しつけてきた。

 どうやら、シャルは人見知りするらしく、こうして俺が促さないと挨拶ひとつしないのだ。


「キッチン借りますね」

「いつも悪いね」

「いえ。お母さんに手伝ってあげてって言われてるので」


 フランさん夫妻には、ここに来てからというもの、世話になりっ放しだった。


 コレットが朝食の準備をしている間、俺が皿を出そうとすると、椅子からぴょんとシャルが飛びおりた。


「わたしが、やる」

「シャル、できるの?」

「できるもん。パパはみてて」

「パパじゃなくてお父さんでしょ!」


 コレットが「相変わらずこだわるんですね」と笑った。


 しかし、今度は水じゃなくてちょっと重い食器だ。大丈夫か?

 難易度がさらに上がるぞ?


「よいしょ、よいしょ」


 何をするかと見守っていると、椅子を引きずり食器棚の前まで持っていく。


 あ、足場を……!?


 パタン、とシャルが扉を開けて、食器を選ぶ。


「ガンドさんって……その、奥さんはいないんですか……?」

「え? ああ……うん、いないんだ」


 ということにしている。ワケありの親子だってことで、田舎町のみんなは納得してくれていた。そのへん、あまり深く訊かれたこともなかったのだ。


「そ、そうなんですか」


 そうですか、そうですか、とコレットがつぶやきながら鍋のスープをかき混ぜる。


 さて、注目のシャルはというと、皿を引っ張り出すと足元の椅子にのせて、三枚きちんと取りだして、そこでようやく椅子から降りた。


 安全マージンをきちんと取りながら皿を選んだ、だと……?


 うちの娘……さては……天才か……?


「ぱ……おとーさん、おさら、これ」

「うん。ありがとう」


 よしよし、俺はパパじゃなくてお父さんだからな。うんうん。


 コレットが作ってくれたサラダとうちにあったパンをいくつか。それとフラン家のスープを朝食としていただく。


「いただきます」


 シャルが小さいスプーンを握って、スープをちょっとずつ飲んでいる。


 ……癒される。


 ほわわわん、と俺がシャルを見ていると。


「可愛い……」


 ほわわわん、とコレットもシャルを見て和んでいた。


 今日も天気は快晴。

 畑仕事日和。


 バハムートの能力の1%程度をこの体のまま自在に引き出せる俺からすれば、力仕事や重労働は楽勝だった。


 愛娘と過ごす平和で穏やかな一日のはじまりだった。


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