初心者用ダンジョン2
改めて俺たちは扉を開けて、初級ダンジョンへと入る。
『導きの地下へようこそ』
と書かれた札が立っていた。
『導きの地下』がこのダンジョンの名前らしい。
俺たちが進めば、近くにある特殊な松明が数メートル先まで灯り、通り過ぎると消えていった。
「ふわぁ~! ふしぎ!」
「たぶん、俺たちの魔力に反応して明かりをつけてくれているみたいだな」
「あの明るいの、すごーい!」
初心者用だけあって、そういうところは親切らしい。
逆に言えば、明るいということはニンゲンがいると知らしめていることになる。
「キ! キキキ!」
軋む鳴き声を上げて、ボールのような丸っこい体をした大型の鼠が現れた。
――――――――――
種族:魔獣 ビッグラット(土)
Lv:4
スキル:噛みつき
――――――――――
特徴的な長い前歯は注意が必要だ。
「おとーさん、おとーさん!」
「おう! 敵だ。あいつ、俺たちを噛む気満々だぞ!」
「おとーさん、これ、かわいい! 飼っていい?」
丸っこいフォルムだから、たしかに愛嬌はあるが……。
「だめです。ウチに魔獣を飼うような余裕はありません」
「えぇ~。ケチ」
キキィ! と鳴き声をあげて、俺のほうへびょーんと飛びかかってくる。
「うおわ!?」
ちょっと驚いて、反射的に手で払ってしまった。
めきょっ! と、俺の張り手がビッグラットの顔面にめり込む。
丸っこい体が吹っ飛び、凄まじい速度で壁にぶつかった。
尻と尻尾と後ろ足だけを出したビッグラットは、壁のオブジェになってしまった。
「…………」
「おとーさん……マルちゃん、壁にはいっちゃったよ?」
もう名前つけたのか。
や、やばい。シャルの目がウルウルしている。
「だ。大丈夫大丈夫。マルちゃん一号は、こうして壁にめり込んだけど、他にもいっぱいいるから。もう、入れ食い状態だから。俺たちを大歓迎だから」
「ほんと?」
「本当本当」
そんなことを言いながら、シャルをなだめて涙を一回引っ込めてもらう。
壁には、ご親切にダンジョンの地図が描いてあった。
さすが、初心者用。色々とご配慮いただいているようだ。
地下二階へ進み、次の階段を探していると、「キ、キキ……!」と鳴き声が複数聞こえた。
「マルちゃん……?」
声に反応したシャルが、ぱぁぁぁと嬉しそうな顔をした。
「キキキッ、キー!」
一、二、三……全部でビッグラットが五体。集団のお出ました!
短い手足をサカサカと動かし、勢いがつくと丸くなってこっちへ転がってきた。
「マルちゃん、ボールみたぁーい!」
きゃっきゃ、とシャルは大喜びだった。
我が娘を楽しませてくれるのか。ご苦労であるな、ビッグラットたちよ。
「キキィッ!」
びょいん、とシャルの前で跳ねると、前歯を剥いてシャルに攻撃をしてくる。
「それは許可せん!」
バシコーン!
俺はまた平手をビッグラットの顔面にめり込ませ、吹っ飛ばした。
「お、おとーさん、今、マルちゃん、わたしを噛もうとした……!」
「マルちゃんはな、そうやって今までニンゲンを傷つけてきたんだ……」
「マルちゃんは……退治しなきゃ……!」
「そういうことだ」
俺たちの戦闘態勢が整い、転がってくるビッグラットたちを迎え撃つ。
「キィーッ!」
「たあ!」
ビッグラットが鳴き声を上げて、シャルは掛け声を上げた。
どふっ!
シャルのキックがビッグラットにクリーンヒット。一体を倒した。
「シャル、魔法……イッシンジョーのツゴーは使わないのか?」
「魔力はなるべくつかわないって、カティア先生が、いってた!」
「おぉ……!」
我が娘の成長は著しいな。ちょっと前はすぐに魔法を使いたがったのに。
奥のほうから、さらにゴロゴロとビッグラットたちが転がってきた。
仲間でも呼んだのか?
「本当にいっぱいきたー!」
シャルが目を丸くしているところに、俺はちょっとだけ息を吸い込んだ。
シャルの戦闘経験を積ませるのもいいが、十数匹はさすがに多い。
俺は劣化版の火炎を吐き出す。
一点に飛ばすものではなく、放射型のブレスだ。
ブフォァア――!
「キィイイイ!?」
こっちへ転がってくるビッグラットは、ブレーキもかけられないまま、ブレスに飛び込み餌食になっていった。
俺の攻撃が終わると、その部分だけ塗り潰されたように黒焦げになり、道にはビッグラット十数匹が炭になっていた。
「おとーさん、すごーいっ。あんなにいっぱいいたのに! まっくろ!」
「だろう? もうちょっと火加減調節したら食べられたんだけど」
「食べられるのー!?」
「うん。捕まえてよく食ったぞ」
バハムートのときに、燃やしておやつ感覚でつまんで食ってた。
ニンゲンの口に合うかはわからんが。
つんつん、シャルはビッグラットだった炭を触ると、素材である『長歯』をいくつか回収していた。
「いっぱいとれた!」
「うん。帰ったら、装備屋のイレーヌさんに訊いてみよう。何か作れるかもしれない」
「アイテムがつくれるの?」
「歯は、体の中で一番丈夫なんだ。だから燃やしても残ってるだろう?」
「うん」
「これだけじゃ難しいかもしれないけど、組み合わせによっては、アイテムに変身するかもな?」
ほぇぇぇぇぇ、とシャルは『長歯』を詰めた袋を見つめた。
この姿で食べてみて美味なら、ニンゲンでも食べられるってことだ。
次に現れたら、いい感じに焼いてみよう。
と思ったけど、ビッグラットは現れなかった。
悠々と最下層の地下三階へ下りて、壁にあった地図で『決意の泉』の場所を確認する。
道順を確認して歩いていくと、薄暗い道に淡い光が差し込んでいた。
そちらへ進んでいくと、光は徐々に強くなり、小さな部屋へ出た。
「おとーさん、ここ?」
「うん。ここみたいだ」
小部屋の中央に、淡く輝く水たまりがある。
魔力とも違う、何か不思議な力を感じた。
「この水をすくって飲むみたいだ」
シャルの前に、まず俺が試してみる。
縁に膝をつき、両手で泉の水をすくってひと口飲んだ。
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冒険者よ。
貴方の道をいずれかから選び、示しなさい。
【戦士】【騎士】【魔法使い】【僧侶】
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頭の中にこんなメッセージが浮かんだ。
シャルはどうするか迷っていたけど、俺は決めていた。
【騎士】だ。
――――――――――
冒険者よ。
貴方の決意、確かに聞き届けました。
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声が聞こえると、隣でシャルも同じようにしていた。
「……わたしは……【魔法使い】にする!」
うん。それでいい。シャルは、俺のことなんて気にしなくていい。
自分がやりたいように、進みたい道を進めばいい。
困ったことがあれば、お父さんがなんとかしてやる。
ぶうううん、と泉の中にステータスが浮かんだ。
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種族:人間 シャルロット・ガンド(闇)
職業:魔法使い
Lv:5
スキル:イッシンジョーのツゴー・下級格闘術
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前はなかった職業という項目が追加されていた。
カティアさんを見たときになかったのは、もう冒険者をやめていたからだろう。
「おとーさん、これ! みて! 【魔法使い】になったよ!」
「うん。お父さんは【騎士】だ」
思えば、ニンゲンとしてのステータスを見るのははじめてだ。
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種族:人間 ヨル・ガンド(状態:変身中)(光)
職業:騎士
Lv:5
スキル:劣化版ブレス
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まだレベル5なのか。
バハムートとしての俺のレベルは347だ。
ということは、俺は本来のバハムートのステータスと、ヨル・ガンドとしてのステータスの二つがあることになる。
「おとーさん、がんばろうね!」
「うん、頑張ろうな!」
俺は、まだまだ強くなれる……!
その可能性が、俺をワクワクさせた。