初心者用ダンジョン1
「おめでとうございます」
クエストの報告を終えると、カティアさんが、そう言って俺とシャルの冒険証を返してくれた。
「お二人は今日からEランク冒険者です」
Fランクのクエストを繰り返した俺とシャルは、ついにEランク冒険者となったのだ。
「Fランクのうちは、冒険に慣れてもらうためのクエストが中心でした。で、す、が、Eランクからは別です。上位ランクに比べればまだまだ可愛いものですが、危険を伴うクエストが大幅に増えます」
真面目な顔でカティアさんが凄むけど、
「おとーさん、みて、みてっ! ここっ! Eになってる!」
全然聞いてないシャルが、ハイテンションで冒険証を俺に見せてくる。
「お父さんもEになってるぞ!!」
ずいっと俺もシャルに冒険証を見せた。
「わぁーいっ! おとーさんも一緒!」
「私の話を聞いてくださいっ」
ギルドにいる冒険者たちから、微笑ましい視線が飛んでくる。
こほん、とカティアさんは咳ばらいをした。
「さて。以前にもお話をしたかと思いますが、Eランクになりますと、職業を登録することができます。冒険者ギルドに自身の職業を登録しておくと、今まで以上に様々なクエストを受けることができます」
普段はさっぱり聞いてないけど、大切な説明のような気がするので聞いておこう。
「たとえばシャルちゃんが、後衛初級職の【魔法使い】と登録をしておくと、『Dランククエストで【魔法使い】募集』というような冒険者ランクを問わない依頼に申し込めたり、【魔法使い】専用のクエストを受けることができたり、パーティで欠員が出た際に冒険者ギルドを通じてオファーが来ることもあったりします」
ほぉぉぉ、と俺の膝の上に座るシャルが何度もうなずいている。
「要するに、今までよりも冒険の幅が広がるということです」
Fランクのうちに登録させないのは、右も左もわからない新人を冒険に慣れさせる目的があるという。危険なクエストをさせないのも、新人育成の面もあるんだとか。
スライム討伐は多少危険だと思うけど、俺とシャルの能力なら問題なし、と踏んで斡旋してくれたんだろう。実際、シャルがさらわれるってところ以外は、楽勝だった。
くるん、とシャルがこっちを振り返る。
目が……輝いている。
それから、カティアさんは職業について説明をしてくれた。
まず大別されるのが、前衛と後衛。最前線で戦うか、魔法で援護・支援するかだ。
それからいくつかに細分化されるようだ。
前衛の初級職は二つ。
【戦士】と【騎士】。
前者は攻撃系スキルを、後者は防御系スキルを中心に覚えていくことになるという。
で、肝心のシャルがなりたいって言っている後衛の初級職も二つ。
【魔法使い】と【僧侶】。
こちらも前者は攻撃魔法を、後者は回復・支援系の魔法を中心に覚える。
中級、上級と段階を踏むにつれて職業はさらに細分化されていくという。
その職業たちは、なるにしても冒険者ランクの下限があり、目安になる冒険者ギルドでの功績が必要だった。
「ちょうど二人いるので、オススメは【戦士】と【僧侶】。それか、【騎士】と【魔法使い】がいいかと。どちらの組み合わせも、攻撃と防御・支援のバランスがいいのでお互いをフォローできます」
ふむふむ。確かに理に適っている。
「じゃあ俺は【騎士】かな」
「【僧侶】がいいっ」
あれ?
「シャル、【魔法使い】は? いいの?」
「おとーさんを、わたしが守るの!」
ちょっとぉ……。
誰かぁ……。
このバハムートにハンカチを。
お父さん、泣きそう。
「功績を貯めていけば職業は所定の場所に行けば変えられますので……ガンドさん、ハンカチをどうぞ」
あ。すみません……。
「おとーさん、どうしたの? 悲しいの?」
「嬉しいんだよ」
俺がいつもやるように、よしよし、とシャルが俺の頭を撫でてくれた。
「シャル、お父さんのことは気にしなくていいんだぞ? やりたいようにやってくれれば」
むう……、と悩ましげにシャルは小難しい顔をする。
「そういえば、所定の場所で職業を選ぶってどういうことですか?」
「はい。初心者用のダンジョンの地下三階で『決意の泉』と呼ばれる小さな泉があります。そこに行けば、なれる職業がわかりますので、そこで選択をしていただければ、【剣士】や【魔法使い】になれるというわけです」
ふむふむ、と説明を受けた俺は、カティアさんに地図をもらう。
各地にその『決意の泉』と呼ばれる初心者用ダンジョンはあるらしい。
ちなみに、そこに行けば自分のステータスも確認できるんだとか。
俺とシャルは、ある程度の水と食料を買いそろえ、さっそく最寄りのそのダンジョンまでむかった。
ダンジョンの入口から三階の最深部までいき戻ってくる――これだけで平均二時間くらいらしい。
だから夜までには、町に戻れるだろう。
地図の場所に到着。
地下への入口には、大きな扉があったのですぐにわかった。あそこから入るみたいだ。
「わくわく、わくわく」
初ダンジョンに、愛娘がときめいていらっしゃる。
Eランクになったら行けるってことは、ある程度の戦闘は覚悟しておいたほうがいいんだろうな。
「ヘイヘイヘイ。おっさんとお嬢ちゃん、ちょっと待ちな」
進もうとすると声が聞こえた。
振り返ると、二人組の男がいた。
どちらも冒険者風の若い男で、片方は腰にある剣からして剣士なんだろう。もう一方は、手ぶらだった。
「何か用ですか?」
手ぶらの軽薄そうな男が手を差し出した。
「通行料。一人五万リンだ。払ったら中に入っていいぜ?」
「はあ。そんな話は聞いてないんですが」
「聞いてなくてもいいんだよ。ここは、オレらのシマだ。何しようがオレらの自由だ」
カティアさんは、ここを通るときに費用が必要だなんて言ってなかった。
「おとーさん……お金、はらうの?」
シャルが不安そうに俺を見上げてくる。
子供心に、なんとなく二人が怪しいというのはわかったらしい。
「あんたら、Eランクだろ?」と、剣士の男。
「アタリだろ? 装備や雰囲気からして素人感丸出しだもんな」
ケケケ、と手ぶらの男が笑った。
「オレたちゃCランクの実力のある冒険者だ。痛い目に遭いたくないんなら、合わせて一〇万、置いていきな」
大方そういうことだと思った。
こいつら、ここで張って低ランク冒険者から不当に金を巻き上げてるんだな。
「いいか、シャル。こんな社会のゴミみたいな大人になっちゃダメだぞ?」
「うん」
「誰がゴミだ、ゴラァァア!」と手ぶらが吠えて接近してきた。
「代わりに、腕の一本でも置いていけ」と薄笑いした剣士が剣を抜く。
「おとーさん、こっちにきたよ?」
「いいかい、シャル。ああやって吠えて相手を威嚇してるんだよ。小賢しいよな?」
「うん」
「こいつらは、こうして弱い人からお金を取ってるんだ」
「悪い人!」
と、と、と。軽いステップを踏んで手ぶらの男が迫ってくる。
「その悪い人にボコられんだよ、てめえらは!」
職業一覧で見せてもらった中に確かあったな。拳闘士とかいう中級職が。
拳にうっすらと魔力をまとっているのがわかる。
「悪い人は、やっつけなきゃ!」
ふんす、とシャルが鼻息を荒く吐き出した。
「おとーさん、みてて!」
「よし、わかった! 存分にやってこい!」
「――ナメてんじゃねえぞ、ガキがッ!」
シュッ、と拳闘士がパンチを繰り出す。
「わっ」
ひらりとシャルが攻撃を回避した。
「はっはっは! ビビったか、クソガキ!」
かわされたのに、こいつは何笑ってんだ?
「おとーさん? この人、びっくりするくらい遅いよー?」
シャルは戦闘中だっていうのに、俺を振り返って拳闘士を指差した。
「ちゃんと手加減してあげるんだよ?」
「はーい!」
「誰が遅いってぇえええええ!?」
スキルを使ったのがわかった。
さっきの倍近い速度で拳闘士は右拳を突き出す。
けど、それはさらりとシャルにかわされた。
「たぁ!」
カウンターの要領でシャルが腹にパンチする。
どふっっっ、と鈍い音がした。
「おぶっ……」
くの字になった男が両手と両膝をついた。悶絶して、何も言えないらしい。
背丈の都合で顔面は届かなかったんだろう。
「おまえこそ、うちの娘ナメんなよ」
「……は、はあ……。な、なんでだよ……!? Cランクのオレが! 【拳闘士】なんだぞ! 無職の新人のガキにどうして……!」
地面にむかってなんか言っている拳闘士。
「おとーさんのほうがもっと強いよ?」
ぎょっとした剣士が一歩あとずさる。
「もしかして、おまえらが魔力試験の水晶壊したって親子か……!」
そういや、そんなことあったな。
「だったらどうした」
「どうせ――ただの魔力バカ。おまえらみたいなやつはたまにいるんだよ。実戦で何の役にも立たないが魔力だけは豊富なやつ!」
今度は、剣士が俺へと斬りかかってくる。
いいねえ、いいねえ。相手の力量も見抜けないくらいバカなやつ。
俺は好きだぞ。
しかも剣士。
俺も腰の竜牙刃でバッシバッシに戦ってやろう。
魔力を流しながら、俺は鞘から竜牙刃を抜く。
バヂバヂバヂ、と小さな雷を飛び散らせながら俺は剣を抜いた。
『――っ、――!』
刀身が輝く。剣士がその眩しさに足を止めた。
刀身の形が、以前見たものと変わっていた。細長くなり、刃というよりは棒。握っていたところも同じく棒に代わり、切っ先には、穂先がついていた。
おい。これって――。
「鞘から何出してんだ、テメェ!」
「槍?」
「にしか見えねえな!」
「やっぱり?」
なんだこの剣。前と形態が違う。
けど、ちょうどいい。間合いの外から突きまくってやろう。
こんなところでバハムートになるわけにもいかないし。
「俺の剣、食らえ!」
「剣じゃねえだろ!」
律儀にツッコむ剣士に、シュンシュン、シュンと牽制の刺突を見せてやった。
敵の間合いの外も外。反撃さえできないでいる。
「くっ――汚ぇ!」
よし、槍の感覚も掴んだ。行くぞ。
少し本気で刺突すると、攻撃は数倍に速度を増した。
空を飛ぶときのような、風を鋭く切る感触が手に残った。
俺の魔力をかすかに消費すると、槍の穂先から淡い残光が尾を引いた。
ザンッッッッ!!
放った一閃は、剣士の股の真下で止まった。
「おまえの息子は、一度死んだ」
「はっ、はっ……ひい……ひい……」
鼻水やら涙やらで顔をぐちゃぐちゃにした剣士が尻もちをついた。
様子を見ているしかなかった拳闘士が、腰を抜かした剣士を引きずって逃げていく。
「クッソ、なんだよこいつら、デタラメかよ……!」
「もう二度とすんなよー! またやったら今度こそ息子を殺しに行くからなー!」
逃げる二人に言ってやると、シャルがぱぁぁぁぁと表情を輝かせていた。
「悪い人、やっつけた!」
「うん、やつけたな!」
手を出して、俺とシャルはパチンとタッチした。