娘の成長は嬉しいものです
それから一か月、数回にわたりカティアさんは我が家を訪れ、シャルに魔法の基礎を指導してくれた。
今はもう魔法基礎授業のクエスト期間は終わり、自主トレをしていた。
いつも特訓をしている平原だった。
「おとーさん、みててね!」
「はいはい、見てるよ」
振り返ったシャルに俺は苦笑を返す。
シャルは魔力トレーニングのひとつ、バランストレーニングをはじめた。
作った魔力球を離れた目標にむかって飛ばすもので、当てることだけを目的にした訓練だ。
破壊してはいけないってのがミソで、この加減にシャルは苦戦していた。
これには飛距離の計算や照準、過不足ない魔力調整が必要となるらしい。
魔法を使えていたシャルからすると、飛距離や照準については問題なかったが、過不足ない魔力調整というのがどうにも難しいようだった。
壊すだけなら、魔力制御やバランス調整の訓練にならないのだ。
『ここでつまずく人は多いんです。これがきちんとできないままだと、魔力のバランス感覚も制御も甘いままなんです。そして、実戦に出てもちょっとした状況下で魔法が撃てなくなります』とも言っていた。
『カティアさん、俺に何かアドバイスは』
『ガンドさんにはありません』
一瞬でできてしまったので、カティアさんに早々に相手にされなくなってしまった。
悲しかった……。
だからカティアさんが来たときは、仕方なく家で家事をしていた。
「むむぅ……!」
小難しそうな顔をしたシャルは、手の平に魔力球を作る。
少し前に比べてずいぶんと小さくなったし、形もきれいになった。
「イッシンジョーの……ツゴー!」
えいっと魔力球を飛ばす。
ふわーっと山なりで魔力球は飛んでいき、いつも標的にしている岩に――。
ぱちん!
とシャルの魔力球はぶつかって消えた。
きちんと制御された魔力球は、岩を傷つけることはなかった。
「みてたー!? ほらほら! できたよ、おとーさん!」
「うん。見てた見てた!」
嬉しそうに両手をぶんぶん振っているシャルの頭を、俺は目いっぱい撫でてあげた。
「これで、わたしもちゃんとした魔法使いになれるよっ」
「それはどうかな?」
「なれるもん!」
俺がからかうと、ぷくっとシャルは頬を膨らませた。
「俺みたいにできたら、ちゃんとした魔法使いになれると思うぞ?」
俺は指先ほどの魔力球を作り、岩にむかって飛ばす。すぐに別の魔力球を作り、次々に飛ばした。
山なりのもの、一直線のもの、その間のもの、全部で五つ。
それが――ぱちん!
五つ同時に岩に着弾した。
ほぇぇぇ、とシャルが口を開いて驚いてる。
「まあ、今すぐできなくってもいいか」
俺たちは、今はFランク冒険者。
職業を登録するのは、Eランクかららしいし。
「わたし、がんばる! おとーさんみたいに、できるように!」
この前、訓練中に、カティアさんがこっそり教えてくれた。
『シャルちゃんは、神童と呼ばれた私を大いに凌ぎます。秘めている魔力量もそうですし、こうやって基礎を教えていても、吸収力と理解力が子供のそれとは思えません』
『まあ俺の娘なんで』と、俺はドヤ顔で返した。
『ガンドさんにそう言われると、親の影響力ってすごいんだなって思います』
『影響力、ですか?』
『よく言うじゃないですか。父親は背中で子供を育てるって』
『実際背負って育てましたしね」』
『いや、そういう物理的なことじゃなくって……。お父さんがすごいと、それに憧れる子供は、やっぱりすごい子になるんだなって』
確かに、多少バハムートの魔力の影響を受けた節はあるけど、シャルの能力がすごいのは、シャルの資質と努力の結果だ。
「おとーさん、次のトレーニング!」
「ほいよ」
バランストレーニングを一通り終えたシャルと、今度は近接戦闘の特訓をする。
カティアさん曰く、これが意外と魔法使いにとっては重要なんだとか。
強くなくていいから、最低限の能力は必要だという。
というのも、深いダンジョンに潜る場合、魔力を温存する場面が必ずあるからだ。
大事な後衛が、最深部の一番大切なシーンで魔力がゼロで何もできませんた、じゃ意味がない。
だから、近接戦闘は最低限できたほうがいいし、魔力を無駄にしない効率いい使い方を学ぶ必要もあった。
よくよく聞くと、カティアさんは元Cランク冒険者だったそうな。
色々と詳しいのも納得だった。
魔法の基礎ができているかどうか、近接戦闘が少しでもできるか、それが後衛の生存率に関わるんだと。
「どうする? ハンデ」
「いつものー!」
「オッケー」
俺は右手をポケットに突っ込んで、左足を浮かせ右足だけで立つ。
「よし、こい!」
「うん!」
突進してくるシャルが繰り出したパンチを俺はかわす。
まだまだ遅い。
けど、これでもずいぶんと速くなった。
色んなことを教えれば教えるほど成長してくれる。
家庭教師をはじめた当初は、色々と悔しそうだったけど、途中からカティアさんも教えるのが楽しくなったという。
その気持ちは、俺も今実感しているところだ。
シャルの成長がただただ嬉しい。
「たぁ!」
蹴りをジャンプしてかわす。
退屈なので、俺は懐に入れた文庫本を取りだした。
栞を抜いて、有名冒険者の自伝を読み進める。
「がんばれよー、シャル」
「ぜったいに、あてる!」
シャルがへばるか、俺に一撃を与えられたらこのトレーニングは終わる。
前者なら俺の勝ち。後者ならシャルの勝ち。
防御と回避を覚えてもらうため、ときどき軽く反撃もした。
そのせいもあってか、今のところ俺の全勝だった。
生存率に関わるなんて言われたら、心を鬼にしてシャルの特訓に付き合わざるを得なくなる。
冒険者ってのは体力勝負、魔力勝負な部分がある。
……と、本に書いてある。
最後の最後に、力を振り絞ってどれだけ走って逃げられるか。それが生死を左右し、そしてそれは、冒険者にとっては日常的に訪れる。
……らしい。
魔力をいかに効率よく使うかも大切だけど、同じくらい体力作りだって大切だ。
と、書いてある。
ニンゲンの冒険者は、色んなことを考えて冒険してるんだなあ。
バハムート、感心。
ん? シャルの気配がちょっと変わった。
しゅ、しゅ、しゅ、とシャルが攻撃をしてくる。
パンチ、キック、パンチ――と見せかけてキック。
俺はかすりもさせなかった。
「えええええ!? あたってよー!」
「手ぇ抜くぞー?」
「むうう! それはヤ!」
なかなかの負けず嫌いらしい。
「特訓中にご本をよんじゃ、だめなんだから!」
「ごめんごめん、暇だったからつい」
「むむむぅ~!」
挑発すると攻撃がより単調になるのは、素直な性格だからだと思うことにしよう。
「イジワルすると……」
「すると?」
「いっしょにお風呂、はいってあげないんだから!」
「な、に……!?」
ぱたん、と俺は本を閉じた。
「だ、だ、誰だ!? シャルに変なことを教えたのは!」
「カティア先生が、わたしくらいのときには、一人ではいってたって」
「それは、カティアさんがおかしいだけだから。お父さんと一緒に入るのは当たり前だから」
「わたし、一人でだいじょうぶだもん」
「大丈夫なわけないだろ! シャンプーが目に入ったら痛いんだぞ!? お父さんが今までそうならないようにしてたのに! 目に入って、目をつむったら最後。もう何も見えないんだぞ!?」
ニンゲンは本当に面倒くさい。風呂に入ればシャンプーと呼ばれる洗浄液で頭を、石鹸という洗剤で体を洗う必要がある。
俺だって、シャンプーとやらがはじめて目に入ったときは、変身が解けかけた。
それくらいテンパった。
シャルが大丈夫なわけないだろう。
「イ、イジワルしなかったらいいの!」
口でそんなことを言いながら、シャルはまた攻撃を再開する。
「わかった、わかった」
真面目に特訓に付き合うことにすると、シャルの集中力が増したのか、惜しい攻撃がいくつかあった。
「今のはいい線いってたな!」
「あとちょっと――」
……またさらに集中したのがわかった。
無意識にか、シャルが魔力を全身に行きわたらせている。
「やっ!」
ただのシンプルなパンチだった。
それゆえに、恐ろしく速い。
「よっと」
その瞬間。
シャルの拳の先が、攻撃をかわそうとした俺の服をかすめた。
「おっ!」
不思議と俺が嬉しくなってしまった。
「や、やったぁ……」
ふらついたシャルを抱きとめる。
ヒットはしなかったけど、今までかすりもしなかったんだ。
十分な成果だ。
俺はシャルの頭を目いっぱい撫でた。
「よく頑張ったな」
シャルが俺の首に抱きついてくる。
「おとーさんの役に立つ?」
「もちろん、役に立つよ」
「でも……お風呂は、まだいっしょがいい……」
もじもじしながらシャルはそう言った。
「うん。そうしよ」
ぐりぐり、と俺の胸に頭をこすりつけてくるシャル。
よっぽど嬉しかったらしい。
全然俺から離れてくれない。
「わたし、おとーさんみたいに、カッコよくて強い人になるの!」
「カッコいいかな?」
「いちばんカッコいい! それで、いちばん強いの!」
思わず笑みがこぼれ、また俺はシャルの頭を撫でた。
「そっか。お父さん、カッコいいか」
「うん! なれるかな?」
「うん。なれるよ、きっと」
それがシャルの願いだって言うんなら、俺がそうなれるように育ててやろう。
最愛の娘を、最高で最強の存在に。