魔法の先生
スライム討伐のクエスト報告を終えると、俺はシャルのことを担当のカティアさんに相談した。
「カティアさん、魔法を上手く使える人ってここらへんにいないですか?」
「魔法を使える人ですか? Eランクになれば、所定の場所で自分の職業を決めるんですが、後衛系の職業を選んで鍛錬をしていけば、それなりに自然と覚えていきますよ?」
そうなのか?
「初耳、みたいな顔をされていますけど、その説明は以前しましたよ?」
はっはっはっは!
さっぱり聞いてなかったわい。
「どうかされましたか?」
「いやあ、それが……」
冒険者ギルド内を探検しているシャルは、あちこちを物珍しそうに見て回っている。
「シャルは、一応魔法は使えるんですけど、アレは燃費は悪いしクセも強いし、基本的なことを覚えさせたくて」
「ガンドさんじゃ、ダメなんですか?」
「はい。俺は教えるのにはむかないんです。我流なんで」
竜だけにな!
「なんでドヤ顔なんですか?」
「いえ、何でもないです」
「冒険者試験のときにシャルちゃんの魔法を見ましたが、クセが強いというか、基礎がめちゃくちゃでしたね……無詠唱で魔力頼みの魔法を使っていましたし。それで発動するのがすごいんですけど……」
「だから、ちゃんとした魔法使いがいれば、その人に教えてもらいたいなと思ったんです」
なるほど、とカティアさん。
「魔力を制御する基礎訓練は大切ですからね。それでしたら、クエスト依頼をしてはどうでしょう? 報酬の設定によっては、結構な冒険者様が引き受けてくださることもあります」
「その手があったか」
クエストは受けるもので、出すなんて考えたこともなかった。
俺は、報酬の相談をしてクエスト票を書いてもらう。
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Dランク 魔法の基礎訓練
内容:冒険者シャルロット・ガンドに魔法の基礎を教える
期間:一か月
報酬:二万リン
――――――――――――――――――
「こんな感じでどうでしょう?」
「おお、さすがプロ。いいじゃないですか!」
「べ、別にこのくらい、受付嬢でしたら誰でもできますので……」
眼鏡を慌てて上げ下げするカティアさん。
Dランク以上のそれなりに冒険慣れした冒険者が引き受けてくれることになりそうだ。
「シャルー?」
「なあにー?」
呼ぶと、いつの間にか二階にいたシャルが、階段からとことこ下りてきたところだった。
「魔法使いの先生ができるぞ!」
「せんせい?」
きゅるん、とシャルは首をかしげる。
俺たちのやりとりを見ている冒険者たちが軒並み癒されていく。
「おとーさんじゃ、ダメなの?」
「お父さんな、実は魔法、ノリで使ってるだけなんだ。だから教えられないの」
娘よ。バハムートに多くを求めるでない。
それに、あれは魔法じゃなくてバハムート固有スキルの超劣化版だし。
「「「「ええええええええ!?」」」」
会話を聞いていたみんなが声を上げた。
「ノリとかなんとなくで魔法は使えねえよ」
冒険者の兄ちゃんが首を振った。
「いや、んなこと言われても」
ベテラン冒険者のおっちゃんが割って入ってくる。
「この兄ちゃんの言ってる通りだ。だいたい、魔法ってのは、センスと繊細な魔力制御が必要となる。実戦でまともな魔法を放てる魔法使いってのは意外と少ねぇ」
冒険者の兄ちゃんが続く。
「魔力量も多い、覚えた魔法の数も豊富。だが、実戦の極限状態では、魔法ひとつ放てないなんて笑い話がある。が、これはよくあるマジ話だ」
「へえー」
覚えたとしても魔力制御が繊細すぎて実戦じゃ使えないやつもいるってところか。
ちらっと俺がカティアさんを見ると、えへんと大きな胸を張っていた。
「【魔法使い】をはじめとする後衛系の職業は、憧れでもありますし、パーティには必須なんです。ただ、きちんと訓練をした者でないと、お二人がおっしゃったように、実戦で実力を発揮できない方もいます」
「職業の【魔法使い】になったからといっても、実戦で使いたくても魔法を発動させられない人もいる?」
「そういうことです。でも、きちんと魔力制御や基礎を学べば大丈夫ですよ」
バハムートは自分の魔力の使い方なんて、生まれたときから知ってる。
スキルも同様。でないと今ごろ死んでる。
「ニンゲンって大変だなぁ」
「何のん気なこと言ってんだ。あんたも人間だろ」
ビシっと冒険者の兄ちゃんからツッコミが入る。
俺はバハムートだよって、ビシっとツッコミ返したいけど我慢我慢。
「ガンドさん親子はFランクなので、まだ登録はしなくていいんですが、ランクがあとひとつ上がれば、職業を選択して冒険者ギルドに登録していただくことになります」
そういや、さっきも似たようなこと言ってたな。
「またそのときにご説明差し上げますので」
「はい。よろしくお願いします」
シャルは、基礎はめちゃくちゃかもしれんが、魔法を使えるのは使えるのだ。
それに、シャル本人が魔法使いになりがたっている。
やっぱり先生は必要だろう。
俺には何が大変なのかすらわからないんだし。
おっちゃん冒険者が、シャルの前でしゃがみこんだ。
「お嬢ちゃん、攻撃魔法が使えるのかい?」
知らない人にいきなり話しかけられて、シャルはびっくりして俺の後ろに隠れた。
それから、そおっと顔を出して、素早く二回うなずいた。
小動物めいた動きに、おっちゃんがほわわわぁん、と癒されていた。
「後衛職は、なりたくてもなれるもんじゃない。形の上ではなれるが、モノになるやつは少ない。だから前衛は、まず後衛を守ることを第一に戦うんだ。……あんた、大事に育ててやんなよ」
「言われなくても、超大事に、超お父さんっ子に育てるんで大丈夫です」
「逆にそれ大丈夫か?」
失礼な。
「立派な魔法使いになるんだよ」
おっちゃんの温かな応援に、俺に隠れたままシャルはちっちゃく二回うなずいた。
「先生を探してすぐにでも、と言いたいのですが、みなさん他クエストで忙しいようでして……」
言われてみればそうだ。
有能な魔法使いなら、いろんな依頼を受けて忙しくしているはず。
「あのー。カティアさんも魔法使えるじゃないですか」
「はい。使えますよ。基礎はひと通り。ただ、私の魔力量が少ないせいで、実戦ではそれほど役には立たないのですが」
「それでいいですよ! ぴったりです」
「何がですか?」
「カティアさん、シャルに基礎を教えてください」
「えぇぇぇ! 私なんかでいいんですか?」
シャルに目をやると、何度かうなずいた。
「魔法をきちんとおぼえて、おとーさんのやくに立ちたい!」
おー! とシャルはちっちゃな拳を掲げた。
もう、なんていい子……。
俺は抱き上げてシャルをぎゅっとする。
「クエスト票通りの報酬はお支払いします。どうですか?」
「わかりました。私は、あなた方親子の担当者です。お二人が強くなれば、冒険者ランクも上がって受けられるクエストが増えます。そうなれば、ギルドだって助かります」
「ありがとうございます! シャルも、先生はカティアさんでいいよな?」
「うん」
「よろしくね、シャルちゃん」
「よろしく、おねがい、します」
握手する二人を微笑ましく見ていると、シャルが俺を振り返った。
「おとーさんも、やろ」
「え。俺も?」
「ついでですから、シャルちゃんと一緒にガンドさんもどうですか? 基礎なので、後衛になるつもりがなくても、覚えておいて損はないですよ?」
「じゃあ。よろしくお願いします」
ニンゲンの理屈で覚えられるのかは謎だが、大丈夫だろう。
バハムートに不可能はない。