オリジンファイア
ここまでが一章となります。
不思議な剣を鞘に納め、シャルに同じように魔力を流しながら剣を抜いてもらった。
「えい」
あっさり竜牙刃は抜けたけど、イレーヌさんの装備屋で見たままの刀身だった。
黒くもないし、長くも太くもない。
「おとーさんみたいにならないね。ふしぎ!」
「うん。不思議」
ニンゲンの魔力じゃなくて、俺の――ドラゴンの魔力に反応したってことなんだろうか。
それから俺たちは、平原のスライムを倒していく。
ドロップ素材の「スライムの核」を五つほど回収したときのことだった。
ぺたり、とシャルが座り込んでしまった。
「シャル、大丈夫? 疲れた?」
「ちょっと、ちかれた」
「そうか、ちかれたか」
俺が助けようとすると、「おとーさんは見ててっ」とシャルははりきった。
撃った魔法の数は五発。
一日にこんなに撃ったのは今日がはじめてだ。疲れるのも仕方ないだろう。
魔力を魔法に変える効率が悪いのか、それとも単純に、イッシンジョーのツゴーは燃費が悪いのか。
そのどれかだろう。
魔法の使い方を教えようにも、理屈だけならなんとなくわかるけど、実際その通りに俺はできない。
俺はドラゴンだし、魔力の扱いは生まれたときから当たり前にできた。
俺が言ったことをそのまま実践したシャルは、今はどうにか魔法を撃ててるけど、きちんと学んだほうがいいのかもしれない。
「おとーさん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない。シャルは休んでて」
こくん、とうなずいたシャルは、ちっちゃな鞄から水筒を取りだして水分補給をはじめた。
太陽が傾き、そろそろ夕方と呼んでいい時間帯になった。
夜になれば、ここらへんでも夜行性の凶暴な魔物が出てくる。
早いうちにスライムを倒して素材を回収しよう。
ずもっ!
後ろから近づき、核を強引に抜き取る。それを数回繰り返し、依頼にあった分の「スライムの核」を集めた。
「おーい、シャルー? 集まったからギルドに報告を……?」
あれ。どこ行った?
さっきまでここでいい子にしてたのに。
「おーい、シャル―?」
あれ? どこいったんだ?
俺はきょろきょろ、とあたりを見回して、誰もいないことを確認する。
上から探そう。
そっちのほうが早い。
変身、解除!
キィィィィイン、と体が光り、俺はバハムートの姿に戻った。
翼を動かすと、烈風が平原を駆け抜ける。
上空へ舞い上がると、曇っていた空が割れた。
「ギャオオオオオオオオオウウン!(シャルーどこだー!)」
って、これじゃ俺だってわかんねえよな……。
シャル、どこ行ったんだ? 迷子なのか?
「ギャァアアアオオン!(返事してくれー!)」
ドラゴンのまましゃべってても反応はしねえよな……。
じきに夜になる。
シャルは魔力が尽きてお疲れモードだったはずだ。
あのタイミングで魔物に襲われたら……!
「…………」
ぎゅん、と方向転換し、町の上空へ移動する。
自力で戻ってくれてたら――って思ったけど、シャルの姿は見えない。
目を離した時間は長くないから、遠くへは行けないはずなんだけどな。
くそう。どこ行ったんだ?
上空を旋回し、平原に注意を払いつつ飛んでいると、何かの塊が森のほうへと移動しているのを発見した。
何だあれ?
薄い緑色の……。
高度を一気に下げて目を凝らす。
――――――――――
種族:魔生物 スライム(状態:集合体)(土)
Lv:7
スキル:噛みつき・粘液・分離
――――――――――
集合体ってことは、複数のスライムがくっついた状態ってことだ。
さっきまで見たやつよりもかなりサイズが大きくなっていて、民家ほどもある。
スライムって、あんなにデカくなるもんなのか。
へぇぇ、と感心していると、半透明な体の中に、何かが入っていることに気づいた。
「――――ッ!」
間違いない。シャルだ。
風を切り、巨大化したスライムの前に俺は着地した。
背丈は俺より少し小さいが、いかんせん横が大きい。
「ビギィイイイ!?(ど、ドラゴン!?)」
バハムート状態だと、何をしゃべっているのかがわかった。
「ギャオウウウウウンンンン!(その子をどこへ連れていく気だ!)」
シャルは半透明の巨大化スライムの体内に取り込まれていた。
「ビギビギイイ!(おまえには関係ない!)」
「ガァアアアアオオオオオオオオン!(いいから置いていけぇええええええ!)」
威嚇するように俺は首を伸ばし、口を開いて目の前で吠えてやった。
「ビギイ、ビギギギ、ビギイ!(倒された仲間の復讐! 膨大な魔力、この子供必要!)」
スライムはありふれた魔物で、かなり弱い部類にはいる。
冒険者のニンゲンたちがスライムを倒しまくって、ヘイトを集めた結果だろう。
それで怒ったこいつらがニンゲンを襲っているっていうのなら、話の筋は通る。
今はすっからかんだけど、普通のニンゲン以上の魔力をシャルは持っている。
膨大な魔力が必要ってどういうことだ?
「ギャオオウウン!(貴様ら何をする気だ!)」
「ビギビギイイ!(おまえには関係ない!)」
「ギャオオウ……!(ただで済むと思うなよ……!)」
けど、シャルがスライムの中に取り込まれてちゃ、俺からは手出しができない。
巨大化スライムは、俺が吠えてもひるまないどころか、ガン飛ばしてきやがった。
シャルは見たところ、眠っているようだった。シャルの魔力が必要だって言うくらいだから殺しはしないだろう。
そのつもりなら、最初からそうしているだろうし。
「ガァオオウン!(力づくで返してもらうぞ!)」
「ビギギギイイイイ!」
鳴き声をあげて、巨大化スライムは大口を開けて俺に噛みついてくる。
がちん、とその牙は俺のウロコが跳ね返した。
「ギャオオウウウン!(その程度の牙でこのウロコが貫けると思うな!)」
さっきまでスライムの核を抜き取っていた要領だ。
「ガルゥアアア!」
俺も鳴き声を響かせ、ズボッとスライムの体にドラゴンの腕を突き入れる。
「ビギャァアア!?」
シャルの体を、ガラス細工を触るかのようにそっと優しくつかむと、一気に引き抜いた。
「ガル、ガルゥゥゥ(シャル、大丈夫か?)」
「……ぱ、ぱ……」
「ギャォン!(パパじゃなくてお父さん!)」
まだ目は覚まさないが、命に別状はなさそうだった。
戦いに巻き込んだらまずい。離れたところにシャルを寝かせると、俺はスライムのところへ戻った。
「ビギイイ! ビギイイイイ!(ドラゴンのくせに! 何故ニンゲンを助ける!)」
「ガルァアアアアアアアアアアアア!(俺の娘だからだぁあああああああああああ!)」
「ビギギギ、ビギ、ビギギ!(ビギギギ、ドラゴンのくせに何が娘だ、笑わせる!)」
あ――。
笑いやがった……!
俺は一気に空気を吸い込む。
吸い込んだ空気を俺の魔力を混ぜ合わせ、肺の中で特殊な物質に変換する。
「ビギイイイイ!」
どしんッッ!
体当たりしてきたスライム。
が、俺はビクともしなかった。
衝撃吸収にも優れる俺のウロコ。
スライムごときの体当たりなんて、あってないようなもんだった。
「ビギイイ!?(効いてない!?)」
――塵と化せッ!!!!
バハムート固有スキル【原初竜炎】
「ギャァオオオオオオオオオオオオオオウン!」
肺に溜めに溜めたバハムート特製の息をスライムにむけて吐き出す。
その瞬間、息は炎へと形を変えた。
「ビィ!? ビピィイ!?(ドラゴンブレス!?)」
黒銀の炎がゼロ距離でスライムに衝突。
ドガァ――――ンッッ!
凄まじい炸裂音と黒い爆炎がスライムを包んだ。
ニンゲンには、ドラゴン・ブレスと呼ばれるそれの三段階上のスキルだ。
そこらへんのブレスと一緒にすんな。雑魚が。
巨大化スライムは、液状化するどころか蒸発し跡形もなくなっていた。
ただ、ぶつかった瞬間に分離したのか、一体だけが慌てて森のほうへと逃げていくのが見えた。
「ギャァアアアオオウン!(もううちの娘とニンゲンを襲うんじゃねえぞ!)」
やれやれ。
俺も舐められたもんだ。スライムごときに突っかかってこられるなんて。
ボホォウ、と残ったブレスを空へ吐き出す。
視線を感じてそっちを見ると、シャルが目をキラキラ輝かせていた。
「ドラゴンさん……! 銀のドラゴンさん!」
うぉおおお!? バッチリ見られてる!?
「わたしを、助けてくれたの?」
「ガルウ(まあな)」
わぁああああい、と元気いっぱいのシャルが、俺の丸太よりも太い足に抱きついた。
頭を伏せてやると、おそるおそる、俺の頭を撫でた。
ていっても、俺の頭がでかすぎて、撫でたのは鼻の頭だ。
「なでなで……。いいこ、いいこ……」
「ガル。ガルァウウ(はあ。無事でよかったよ本当に)」
「ドラゴンさん、パパどこにいったか知らない?」
「ギャォン(パパじゃなくてお父さん)」
俺が小さく吠えたせいでシャルが驚く。
吠えた、吠えた、とシャルは大喜びだった。
さて。ヨル・ガンドに戻るとするか。
俺はシャルに構わず飛び立つ。
「ばいばーい、ドラゴンさーん!」
森の中に入り、変身スキルを使ってニンゲンの姿になった。
「おーい、シャルー?」
「おとーさぁああああああん!」
森を出ると、シャルがこっちに走ってきてジャンプした。
俺はそれをしっかり抱きしめた。
「どこいってたの? さがしたよ」
「それは俺のセリフだ。まったく……」
「きいて、きいて、おとーさん! ドラゴンさんがでた! 助けてくれた!」
突如現れて自分を助けてくれた銀色のドラゴンのことを、シャルは興奮気味に教えてくれた。
「スゴかった! ギャーって鳴いて、バアーッて真っ黒な炎をだしたの! おっきな、おっきな、こーのくらいの、スラちゃんがいたんだけど――」
「落ち着け、落ち着け。ちゃんと聞いてるから」
おんぶするシャルの表情は見えないけど、楽しそうにしてるのがわかった。
「スラちゃんやっつけて、わたしを助けてくれたのっ」
「ドラゴンさんにはお礼言っておかないとな」
「うんっ。ドラゴンさぁあーん、ありがとぉーー!」
俺が着地した森にシャルが叫んだ。
「どういたしまして」
「おとーさん、なにかいった?」
「ううん、何でもないよ」
「んっとね、それでね――」
家に帰るまで、ドラゴンがいかに強くてカッコよかったかをシャルは語ってくれた。