ビジネスパー村(ソン)
人間、エルフ、ドワーフ。ゴブリンにオーク。様々な種族が住むといわれる異世界。
その異世界のとある場所に、のどかな田舎の村があった。
一見ここは異世界のどこにでもあるようなごく普通の村に見えるが、どこにもない特殊な村だった。
異世界のどこかにあるという村、ビジネスパー村。
住人の数に比べて異常に多いカフェ。
そしてその村では誰もがスーツを着込み、黒縁の眼鏡をかけ、つま先のとがったぴかぴかの革靴を履き、経済新聞とコーヒーを片手に足早に歩いた。それもかなりの早足だ。
彼らは一様に生まれながらの戦士、である。
だが彼らの持つ武器は剣や斧ではない。
彼らの武器は携帯電話と移動式端末。そして鋭敏な頭脳だった。
そう、彼らもまた己が武器を手に戦う企業戦士なのだ。
◇
村の中央にあるオーク商事のオフィスは今日もひっきりなしに電話が鳴り響いていた。
「佐藤くん、今度の東のエルフの村を襲うアジェンダはどうなっていますか?」
恰幅のいい壮年のオークが、部下らしき若者に斜向かいのデスクから声をかける。
「はい、順調っす。かなりタイトなスケジュールっしたけど、なんとかオンスケっす」
「いいでしょう。では西のエルフの集落の方はどうですか? 契約は取れそうですか? まだ報告書のサマリーも出ていないようですが」
「あっちのエリアの担当は田中っす」
「おっと、彼一人で大丈夫ですか? まだ入ったばかりでしょう? それに西のエルフの集落といったら相当な大口顧客になりますよ」
「うーんあいつのネゴじゃちょっと心配っすねえ……。ましてやあそこのエルフの村長はかなりの老獪と界隈でも有名っすから、下手すりゃ赤っすよ。今からコンバージョンを見るのが怖えっす」
「ぐずぐずしてたらせっかくの貴重なカスタマーを逃してしまいます。仕方ありません、うちの秘蔵っ子に頼むとしましょう。鈴木くんに声をかけてください」
「あ、駄目っす。鈴木は今日から三日間は得意先に挨拶廻りに行っててNRっす。どうしましょう、ペンディングしときますか?」
「ふむそうですか、では適当に手の空いてる者をアサインしておいてください。リスケも忘れないように」
「了解っす」
「そういえばあのクレームの件どうなっていますか? 先週の北のエルフの集落の件です」
「……あああれっすか。いやあまいったすね、まだ契約時のエビデンスで揉めてます。下手すりゃ訴訟っす」
「いえ間違いなくウチは三桁の頭数を用意した筈です。契約通り斧と、荷車送迎付きのフルセットのコースで間違いありません」
「それがどーもアライアンスと食い違いがあったみたいで、当日予定の半分の人数しかいなかったそうっす。しかも予定日より一日遅れたみたいで」
「馬鹿な! エルフとオークの間柄と言えば長年、それこそこの世界が生まれた時から体裁が一番重要な看板商売なんですよ! 僅かな頭数しか揃えられなかったとなればエルフだけじゃありません、オークの面子も立たないでしょうが!」
「す、すんません……」
「いいですか佐藤くん。ウチは大した技術などはありません。長年の実績とカスタマーの信頼だけが命綱なんです。それに向こうさんにとって襲撃されるということは、大事なステータスというのは分かっておりますね?」
「はい勿論っす! すぐに客先にコミットして予定をフィックスするっす!」
「ASAP(なる早)で頼みますよ」
壮年のオークは満足げに頷く。
佐藤のやつ、最近随分頑張っているじゃないか。入った頃とは大違いだ。
そうだ、今日あたり早めに上がってちょっといい店に飲みに連れてってやるか。
多分そんなことを思ったのかもしれない。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ビジネス用語の使い方が間違っているような気がしますが、なんとなくの雰囲気を楽しんでもらえれば作者としては嬉しい限りです。