美醜の恋
町から離れた山の麓にある小さな家。
それが彼女の唯一の住み処である。
生まれつき、羊の角と山羊の耳を持つ彼女は町の人々から疎まれていた。
醜い化け物と蔑まれ、腫れ物のように扱われる。
そんな彼女を愛してくれた両親はもういない。
今では彼女に対して普通に話し掛けてくれるのは山にいる小動物のみ。
それでも彼女はそこから離れずにいた。
思い出の溢れるこの場所が彼女の居場所だから。
そこへある青年がやって来た。
彼の出で立ちもなかなかに酷かった。
薄汚れた髪は伸びきっており、顔を覆い、僅かに見える顔も所々浅黒い。
腕には鱗があり、それもカビが生えたかのように変色している。
彼も同じく町の人々から疎まれ、町の外れに居を構えることにしたようだ。
彼女と彼は嫌われもの同士、寄り添うように過ごしていた。
彼女は毎日、青年を誉める。
彼は本来、美しい生き物なのではないかと思っていたからだ。
薄汚れた髪を撫で、鱗が生える腕を引き、あちらこちらと連れ回しては笑顔を向けた。
彼がとても悲観的であったこともあり、彼女は絶えず、彼に美しいものを見せてはそれを彼の容姿に例えることもした。
そうして、彼女が誉め続けたことが良かったのか、俯いていた彼は顔を上げるようになり、少しずつだけれど、変色していた鱗が本来の色を取り戻すように変わっていった。
ある日、静かに過ごす二人のところに一人の若い男がやって来た。
男は青年を見た瞬間、ワッと声を上げる。
けれど、今までのように忌み嫌うような声ではない。
その証拠に男は青年に駆け寄り、興奮した声で何事かを話し始める。
男曰く、青年は世にも珍しい白竜であり、本来ならば高潔なる白を纏っていると言う。
男は興奮したまま町まで青年を引きずり、人々に話し出した。
もちろん、彼らは半信半疑で取り合おうともしなかったが、男が失礼と言って持ち上げた髪から見えた麗しい相貌に目を見張った。
美しいだろうと自慢気に語る男に周りにいた人達は頷き、今までの態度をガラリと変えた。
青年を誉めそやし、何くれとなく世話を焼く。
青年は見る間に美しくなり、見事な白髪と光に煌めく鱗を取り戻し、性格も明るくなった。
青年の世界が輝き出した頃、彼は軽い足取りで彼女の家に訪れた。
戸を叩くと、いつも笑顔で出迎えてくれる彼女を待ったが、何も返ってこない。
不思議に思った青年は一言謝り、扉を開けた。
中に入るとがらんとした部屋しかない。
いつもの笑顔も暖かい空間も何もかもそこにはなかった。
なぜ、どうして、と慌てた彼は近くにいたウサギに彼女の居場所を尋ねた。
ウサギが言うには彼女はここにはおらず、どこにいるかはわからない。
青年は身一つで駆け出した。
彼女がどこにいるかはわからないけれど、ジッとしていても彼女が帰ってこないことはわかる。
走り続け、彼女の僅かに残る気配を見つけ、それを辿っていく。
漸く一つの集落に着く頃には輝く白い髪も少しだけ汚れていたが、それでも充分な輝きを持っていた。
集落の奥へ向かっていくと小さな生き物に先を阻まれた。
彼らは口々に青年を追い出そうとする。
この場に相応しくない者は出ていけと言うが、青年は頑として譲らない。
終わらない応酬を続けていると、彼女が青年の前に現れた。
喜ぶ青年とは逆に彼女は静かに告げる。
貴方の居場所はここじゃないと。
その言葉に青年は泣き崩れた。
空色の瞳から止めどなく溢れる涙に彼女は瞠目した。
ワアワアと彼は泣き叫ぶ。
君のそばにいられないのなら、君が晴天のような瞳だと誉めてくれたこの目を抉ろう、光のようだと言ってくれた鱗を剥ごう。
彼女に手を伸ばし、すがり付く先を求める青年に彼女は自ら手を伸ばした。
彼女はあやすように青年の髪を撫で、ゆっくりと話し出す。
あなたに会ったときから、あなたの輝きは知っていた。
なのに、町の人に囲まれて輝きを取り戻すあなたを見て改めて自覚してしまったの。
本当に醜いのは私だけ。
彼女の言葉に青年は目を見開き、激しく首を振る。
声は鳴き声しか上げられないため、言葉はなかったが、それでも必死に否定した。
そんな青年を見て彼女は穏やかに笑いながら続きを話す。
青年の傍にいられないと思った彼女は家を捨て、宛てなく歩き続けたところに寂れた集落を見つけた。
その集落は仲間から欠陥品だと言われ、爪弾きにされた者達の集落だった。
そのため種族はバラバラで、誰一人として同じ姿形を持つ者はいなかったが、誰もが支え合って仲良く過ごしている。
その中で彼女はかつて両親がいた時と同じ安らぎを得ることができた。
心にポッカリ空いた穴は塞がらないが、それでもその地で一生を生きてもいいと思えるくらいには生きやすい場所であった。
だから、この場所から離れる気は彼女にはなかった。
青年が自分を追ってここに辿り来たのは予想外だったが、お別れの言葉を面と向かって言えることは嬉しく思う。
最後はしっかり彼の目を見てお別れしようと決意した彼女は撫でていた手を止め、彼の瞳を見つめる。
その瞬間、青年は何かを悟ったのか小さくなった悲しみがまた膨れ上がった。
いやだ、いやだ
お願いだから捨てないで、傍にいさせてよ
先程よりも激しく泣き、彼女にすがり付いたが、それが無駄だとわかると自分の腕で光る鱗を思いっきり引き剥がした。
熱を持って痛みを知らせる腕を気に止めることなく、青年はまた一枚鱗を剥がす。
驚いたのは彼女と周りにいた小さな生き物たちで、驚いた彼女は青年の腕を押さえ付け、止めさせた。
血だらけの腕を彼女は悲痛な目で見て、青年はまだ足りないよと呟いた。
傍にいるのに相応しくないのなら綺麗と誉めてくれた物は全て捨ててしまおう。
そう言った青年の瞳に、自分が誉めた輝きが失われていることに気付いた彼女は涙を溢し、別れを言うことを諦めた。
周りの生き物たちもそんな青年の姿に追い出そうという気を失った。
彼女は青年を手当てしようと自分の家に招き入れ、ポツリポツリと話し始める。
彼女はこの集落に来てからずっと思っていた。
醜い自分は彼には相応しくなく、彼は彼と同じように光輝く人と一緒になるべきだと。
それでも先程とった彼の行動に、少しは自惚れてもいいのか、と考えを改めたのだと言う。
嫌でなければ自分を傍に置いてはもらえないだろうかと消え入りそうな声で告げれば青年は感極まって彼女を力一杯抱き締めた。
漸く、輝きが戻った彼に彼女は満面の笑顔を浮かべた。
それから、二度と離れないことを誓った青年と彼女は生き物たちから祝福を受けながら仲睦まじく今でも過ごしている。




