中間市 -15:28-
その時だ。
推進剤の爆ぜる大きな音と、獣のような咆哮が響いたのは。
―オオオオアァァァァァァァァァァァ!!!!―
「「!?」」
小さなロケットランチャーと巨大な人型のバケモノ……クロサワが飛び出したのは同時だった。
二人の適合者の意識の外から現れたそれらは、それぞれの狙いを違うことなく飛翔する。
小型のロケットランチャーは英人の頭上に叩きつけられていた触手に激突し、その軌道を捻じ曲げる。
そしてクロサワは群れなす触手郡を潜り抜け、一気に適合者の少女の体に接近。
「あなたは……!?」
―コンナカラダニシテクレタ、レイダ!!―
突然のことに思考が追いつかない適合者の少女に向けて、固めた拳を叩きつける。
―ウケトレヤァァァァァァァァァ!!!!―
怨嗟と殺意の込められた咆哮は、続く衝撃音によってかき消される。
怪人クロサワの放った全霊の一撃は、適合者の少女の体を微塵に打ち砕くことに成功した。
「……な、んなんだ、いきなり……?」
自身がどれほど挑んでも叶わなかったことが、今目の前で達成されてしまった。
あまりにも突然の出来事に、英人は呆然と立ち尽くすしかない。
自らの寿命が延びたことさえ気が付かない彼に、たどたどしい足取りで近づく一人の少年の姿があった。
「えい、と……無事か……?」
「っ!? 武蔵!?」
適当な角材で体を支えながら歩いてくるのは武蔵。その全身はすでにボロ切れのようであり、口からあふれ出ている血液の量が、彼の命の残量を残酷に伝えてくる。
武蔵は臓腑さえ砕かれたようなぼろぼろの体で何とか英人の傍にたどり着くと、彼の足元に一丁のサブマシンガンを置いて崩れ落ちた。
「っづ、あ……。……ごめ、んえいと……。いまのおれじゃ、これが……せいいっぱい、だった……」
「精一杯って……どうしてここにいるんだ!? 湊は、礼奈は!? 一体、何があったんだ!?」
勝利の咆哮を挙げながら、適合者の少女がいた場所を何度も何度も叩き潰しているクロサワと、傷だらけの武蔵とを交互に見ながら英人は何とか彼を抱き起こす。
もはや抱き起こされることさえ苦痛なのか、武蔵は顔をゆがめる。
「……へ、へへ」
だが、そんな状態でも武蔵は笑ってみせる。
目の前の親友に弱ったところなど見せられぬと言うように、彼は気丈に笑って見せた。
「くろさわに、さぁ……さいごのさいごでひとはなさかせようって、さそったんだよ……」
「一花……?」
「ああ……。おれたちを、おれたちのまちを、こんなにしたやつにさぁ……」
“悔しいだろ……!? だったら、最期に一発、ぶちかましてやろうぜ……!!”
「そう、いってさぁ……くろさわと、いっしょに……ここ、まで……」
「バカヤロウ……! そんなことして、なんになるってんだよ!!」
武蔵の言葉に、英人はボロボロと涙を流してしまう。
親友がこんなになってしまった悔しさ。死の間際においてまた彼に会えたと言う喜び。
無謀を果たそうとする親友に対する怒り。どこまで言っても、武蔵は武蔵なのだなと言う安堵。
様々な感情がない交ぜになり、もはや流れぬと思ったものが大粒の形をなしてボロボロとこぼれる。
武蔵は己の顔に降りかかる大粒の涙を受け、不思議そうに呟いた。
「えいと……? ないて、るのか……?」
「当たり前だ、バカヤロウ……! お前、自分が何したかわかってんのかよ……!!」
ここまできてしまっては、もはや逃げることは叶わないだろう。
英人の言外にそれを感じたらしい武蔵は、にへらと力の抜けた笑みを浮かべる。
「ああ、だいじょうぶ……みなとと、れいなちゃんは、ぶじににげてるよ……。もう、だいぶまえだ……」
「だから! お前もそれに乗って逃げろって言っただろうが!!」
「そうも、いかなかったんだって……」
武蔵は申し訳なさそうに笑いながら、自らを支える英人の手を握り締める。
「おれは、はっちゃんを、うらぎりたくなかったから……」
「裏切る?」
「にども、うらぎって……だから、もう、さんどめはないとおもったから……」
「武蔵、お前何を言って……おい、武蔵!」
もはや意識も朦朧としてしまっているのか、どこを見ているのか視線さえ曖昧になってきた武蔵。
彼の言葉の意味がわからず、英人は何とか彼の意識をはっきりさせようと軽く彼の体をゆするが、武蔵からの反応はもはやない。
すでに全身の感覚が麻痺してきているのだろうか。素人判断に過ぎないが、極めて危険な状態なのは一目瞭然であった。
「ぐっ……!」
英人は軋む体に鞭をうち、全身に力を込めて立ち上がる。
武蔵の体を脇から手を入れるように支え、ともかく彼を安全な場所まで連れて行こうとする。
だが、予断を許さないのは武蔵の体だけではなかった。
―ンナァァァァ!!??―
「っ!? クロサワ!?」
突如上がった悲鳴はクロサワのもの。
英人が声のした方へと視線を跳ね上げると、クロサワは触手に周囲を囲まれていた。
さながら檻のように編みこまれた触手には無数の牙が生えており、それがどのような用途を持つのかは今のクロサワの状態を見れば想像できた。
完全に動きを封じられたクロサワ。彼の傍に、ずるりと一人の少女が現れる。
―ア、アアァ……!?―
「ひどいよぉ……。せっかく、私にしてあげたのに……」
クロサワからの攻撃より復活した適合者の少女は、恨めしい眼差しでクロサワを睨み付ける。
「もう、私じゃなくなってるし……。あなたなんか、いぃらなぁい……」
―ヒ!? イ、ギャァァァァ!!??―
少女がキュッと拳を握るのと同時に、クロサワの体が牙つき触手によって絞り上げられる。
さながら鋸の様にクロサワの体を削り取る触手。その隙間からは、クロサワであったものの欠片や体液がビシャビシャと嫌な音を立てながら溢れ出す。
触手によってクロサワの体をすり潰しながら、少女は怪訝な表情で首をかしげた。
「なんで、私じゃなくなったの? どうして、こいつは私じゃないの?」
不思議でしょうがない。そんな呟きに対する返答は、黒い一筋の槍であった。
「っ!?」
少女は間一髪、己の眉間を狙って伸びてきたその黒い槍の一撃を受け止める。
果物のようの絞り上げたクロサワの体の一部……ちょうど失っていた左肩辺りから伸びているように見える。
少女が触手で受け止めた黒い槍を見て、英人は目を見開いた。
「あれは……俺の……!?」
クロサワが少しでも長く生きられるよう、彼を守るために植えつけた自分の体細胞。
適合者の肉体は万能細胞でもあると聞いて、試しにやってみたものであったが、想像以上にしっかりと機能しているようであった。
少女は槍を受け止めた触手が黒ずみ始めたことに気が付き、その黒い槍を強引に引き千切り遠くへと投げ捨てる。
「これ……あなたのね!?」
そして黒ずんでしまった己の触手も切り離し、その黒い槍の出所がどこなのかを悟り、怒りの眼差しを英人へと向ける。
「これが植えつけられたから、こいつは私じゃなくなったのね!? 私じゃなくて、あなたになったから!! だから、私が私じゃなくなったのね!?」
「それ以前に元に戻ってた気もするがな……っつ!」
荒れる適合者の少女に向かって呟きながらも、英人は何とか足を動かす。
全身が痛みを訴え、足の動きもおぼつかない。
だが。だとしても。
これ以上、武蔵の体を傷つけるわけにはいかない。こんな人外魔境、彼の居場所ではないのだ。
そうして必死に逃げようとする英人を見て、適合者の少女は意地悪そうに微笑を浮かべる。
「……どこに行くのぉ?」
腕を上げ、触手を繰り。
勢いを乗せて、英人のすぐ傍の地面を打ち据える。
「っづぁ!?」
「ほぉらぁ。もっと頑張らないとぉ……当たっちゃうよ?」
よろめく英人の様子が面白いのか、少女は再び触手を振るう。
一度。二度。三度。
複数の衝撃が英人の周りで爆ぜ、時に重なり合う。
衝撃が爆ぜるたび、英人の体は揺れ動き、武蔵を支える腕に力を込める事が出来なくなる。
そして彼の動きが一際不安定になった瞬間を狙い。
「そぉ……れっ!!」
狙い済ましたかのような一撃が、英人の体を打ち据える。
「ぐぉ!?」
その一撃は英人の体を打ち倒すにはいささか威力が足りない。せいぜいが、軽く体勢を崩す程度。その程度しか込められていない、そんな一撃だった。
しかし、それで十分だった。英人が、武蔵の体を取りこぼすには。
「しまっ……!?」
こぼれていった武蔵の体を慌てて掴もうとする。
英人の指先が武蔵の体に触れる寸前、触手はあっという間に武蔵の体を英人の頭上遥か高くに持ち上げていってしまった。
「武蔵ィィィィィィ!!!!」
「んー?」
「ぐあぁ………!?」
武蔵の体は首と腰辺りを掴まれ、ぎりぎりと引っ張られているようだ。
辛うじて意識の残っているらしい武蔵が苦しげに、己の首にかかっている触手を握り締め、その拘束から逃れようとしている。
そんな武蔵のささやかな抵抗を無視して、少女は不機嫌そうに呟く。
「……こいつにも、あいつの体が入ってる……。私になれないよ、こんなのは」
「やめろ! そいつは関係ないだろう!? ワクチンがそいつには打たれてる! そいつにウィルスは効かない!!」
英人は残った力を振り絞り、適合者の少女に必死に訴える。
武蔵にはウィルスが効かない。だから。
「だからっ!! だからそいつに手を出すな! そいつを―――!!」
「気に入らないなぁ……。こんなの、いぃーらないっと」
殺すな。そう、英人は叫ぼうとする。
しかし適合者の少女はそれに耳を貸さず、不機嫌そうに武蔵の体を引き千切る。
ただの少年が、バケモノの力に耐えたのはほんの一瞬。
英人の瞳にスローモーションのように、武蔵の体が引き千切られる瞬間が移った。
「こ――――――!!??」
如何な力加減か、武蔵の体は腰から綺麗に引き千切られる。
腹に収まっていた内蔵が赤い飛沫と共に飛び出し、だらりと垂れ下がる。
瞬間、英人の世界から色が消え、音が去る。
適合者の少女はぶら下がる武蔵の体を適当に振り回し、それから英人の傍に向かって投げつけた。
「―――」
べしゃりと、力なく武蔵の体は英人の目の前に叩きつけられた。




