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中間市 -15:18-

 手榴弾。手で投げる小型の爆弾。小型ながらも内包する爆薬の威力は、その爆風や破片を秒速7メートルで飛翔させ、数十メートル範囲を一掃する破壊力を持つ。

 ロケットランチャー。推力を持ち、自ら飛翔する能力を持つ。モンロー/ノイマン効果を利用した成型炸薬弾は、鋼の戦車を一撃で大破させる威力を持つ。

 徹甲弾、あるいは鉄鋼弾。装甲を物理的に破壊するために開発された弾丸。鋼を貫く性質上、その貫通力はあらゆるものを突き通すことに特化している。

 クレイモア地雷。指向性対人地雷の一つ。小指の爪ほどの鉄球を無数に詰め込まれた地雷であり、前に立つものを穴あきチーズのごとく殺傷せしめる。

 ライフル、チェーンソー、スタンガン。

 グレネードライフル、焼夷弾、硫酸弾。

 おおよそ、人類が想像しうるあらゆる兵器。

 人が持つに足るであろう、全ての武器。

 それを駆使するに足る分厚い装甲と、それを支える倍力機構。

 それら全てを搭載した試製対軍用機動装甲服・乙型。馬鹿げた冗談とふざけた本気が入り混じった、おもちゃのような兵器は実に凶悪にその力を振るった。

 正面に立つあらゆる存在を駆逐せんと言わんばかりに銃火を吹いた試製対軍用機動装甲服・乙型は、その力を遺憾なく発揮する機会を得た。

 手にした全ての爆弾は、正面のあらゆるものを破砕した。

 手にした銃器は、正面に立つどんな輩の肉も抉った。

 手にした刃は、十全にそれを手にしたものの敵たちを切り裂いてくれた。

 試製対軍用機動装甲服・乙型。コンセプトは「個人が正面から重戦車と渡り合える兵器」。

 その馬鹿馬鹿しいにもほどがあるコンセプトは、実に正しく果たされていると言えた。

 だが。


「………」


 それでも。


「―――………」


 適合者と初めて呼ばれた少女には、爪の先ほどにもその力は届かなかった。

 手にしたライフルにはもはや残弾はない。背中のバックパックはとうにはずれ、全身の存在するハードポイントにはもう何も装着されていなかった。

 英人は手にしていたライフルを取り落とし、ガクリと片膝を突いた。


「ぐ……!!」


 このバケモノと正対し始めて何分経ったのか。時間の感覚はすでに失ってしまっている。

 試製対軍用機動装甲服・乙型に搭載された兵器の全てを使い切るのに、十分程度では済んでいないはずだ。だが、刹那の記憶は瞬く間に過ぎ去ってゆく。ここまでの戦い、ほんの一瞬で過ぎ去っているような気さえする。

 向こうからの反撃は熾烈を極めた。いつでもこちらを叩き潰す用意があってもすぐにはせずに、いたぶるように暴力の嵐を絶え間なく英人の周りに降り注がせた。

 それを凌ぐために武器を抜き、またバケモノを殺すために一撃を放った。

 だが、どれもこれもバケモノの巨体には虚しく響くばかりであった。

 バケモノの本体である少女の顔には一発も一撃は届かず、代わりに英人の体に叩き込まれた一撃は数え切れないほど。

 装甲服に守られた英人の体は、もう再生が及びつかないほどに痛めつけられていた。

 服の隙間からは涙のように血が流れ、英人の足元に池のごとき血溜りを作る。

 無事に見えるのは顔面だけだ。装甲で覆われた体はもはや膨れ上がり、装甲服を内側から圧迫している。

 英人は感じていた。恐らく、限界が来ているのだろう。

 ディスクの語った適合者の殺し方のうちの一つ、相手が再生できないほどに痛めつけること。

 彼は確かに正しかったようだ。死ぬまで殺せば、適合者とて死亡するようだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 荒々しい呼吸を繰り返しながら、適合者を睨み付ける英人。

 強い意思を…殺意を湛えた眼差しであったが、贔屓目に見ても瀕死の狼のようにしか見えない。

 下手に近づけば喉笛を引き裂かれるだろうが、手さえ抜かねばこれほど組し易い相手もいまい。

 適合者の少女は、遥かな高みから瀕死の英人を見下ろし、たおやかに微笑んで見せた。


「……あなたは、私の世界には、いらなぁい……」

「―――!」


 そして、英人にも聞こえるようにはっきりと口を開いた。

 異形のバケモノにくっついている少女の体。その見た目にぴったりと合う、涼やかな音をした声色。

 異形のバケモノが発するにはあまりにもかわいらしい声を聞いて、英人は目を見開き驚く。


「……バケモノにしちゃ、かわいらしい声してるな……」


 思わず、そんな感想がポロリとこぼれた。

 その感想は適合者の少女にも届いたのか、彼女は少し拗ねたように腕を組みながらそっぽを向く。


「いまさらそんな、おべっかつかってもだぁめ……。あなたは、なんだかわからないもの。私の世界に、そんな人、いらなぁい」

「ずいぶんな言い草じゃねぇか。もっとも、俺でも同じことを言うだろうがな……」


 英人は口の中にたまった唾を血の塊と一緒に吐き出しながら、適合者の少女を見上げる。


「……じゃあ、もののついでだ。テメェのいう世界とやらを言ってみろ」

「うん? 私の、世界をぉ?」

「そうだ。そんなナリしたバケモノが、一体どんな世界を望むのか……興味がある」


 その一端は恐らく委員長の言葉の中にヒントがあった。

 “もう死ぬことのない、苦しむこのない、そんな世界を作り上げる”……。彼が語ったのは、そんなお題目だ。

 傍から聞けば頭の中がお花畑になってしまっているような、そんな平和ボケした内容だ。

 だが、クロサワを作り上げるようなバケモノがそんなことを言うとなると、その意味合いも変わってくる気がする。


「答えろ。俺を殺す輩の目的くらい、知っておきたい」


 そういって睨み上げる英人を見下ろし、適合者の少女はゆっくりと微笑んだ。


「……単純だよぉ。誰も、私を殺さない。誰も、私を襲わない。誰も、私を避けたりしない……。皆皆、私でいっぱいの、私だけの世界を作るのぉ」

「……私、だけの?」

「そうだよぉ。私だけのぉ……フフ」


 少女はいっそう深く微笑む。


「ずっとずぅっと、私、怖かったの……。誰も彼もが私を殺そうとする……。誰も彼もが私をバケモノと呼ぶ……。ずっとずぅっと、小さな部屋に閉じ込められて、外に出ることも、自分から誰かに会うこともできない……。そんな、そぉんな暮らしをしてたの……わかるぅ?」

「………」


 想像は難しくない。

 適合者……これほどの力を持ちうる存在を、ディスクの所属する“組織”とやらが放逐するはずもあるまい。

 当然捕らえ、実験を繰り返すだろう。ならばその果てにこの少女は狂ってしまったのか?

 いぶかしむ英人に、少女は言葉を続ける。


「でも、私死にたくない……。私皆に会いたい……。お外に出たい、お日様浴びたい……。当然だよねぇ? だって、私、ニンゲンだものぉ」

「……人間、ね」


 ずいぶん人離れした人間もいたものだ。

 皮肉げに笑う英人に気がつかず、適合者の少女は大きな笑顔を作る。


「だからね! 私気が付いたのぉ! 世界を私で覆っちゃえば! 誰も私を殺さない! 皆私に会いにきてくれる! 私が外に出ても誰も怒らないし、日向ぼっこだって出来るでしょう!?」

「……まあな」

「だから作るの! 私の世界を! 私がいて、私がいる、私だけの世界をぉ!!」


 少女は笑い、日を遮る天井を見上げる。


「私にはその為の力があるのぉ! 私の中にいる子供たちは、風に乗って世界を巡って、世界中の人たちの中に入ってくれるの! そしたら私がお願いして、私になってもらうの! それが私の力! 私の、私だけの力! “同化・支配”! それが私の力なのぉ!!」

「同化・支配……」


 字面から察するに、ウィルスに感染した人間を支配下に置く能力だろうか。

 恐らく、病院にいる連中が妙に組織だって動いて見えたのも、この力の一端だったのだろう。司令塔代わりは……委員長だったのだろうか。

 そしてクロサワが頭を攻撃する前後で様子が変わったのも、この能力のせいだろう。撃たれる前はこのバケモノの支配下にあり、頭部が再生したためその支配から逃れた。


「アハ、アハハハ!! みんな、みぃんな私になれば! 誰も私を殺さないの! 私は生きられる! 私は生きていられるのぉ!!」

「………」


 強大な力を持っている割に、その願いは誰もが持っているものだった。

 すなわち、生きたい。人が第一に抱く欲望を、彼女は全霊で持って叶えようとしている様だった。

 もっとも、その方法はウィルスによる世界の統一であり、その世界に彼女以外の意思が生きる余地はなさそうであるが。


「でもぉ……その為には、あなたが邪魔なの」

「俺が?」

「そう。私のようで、私じゃない。私になってくれない、あなたは邪魔なの。私の世界には、邪魔なのぉ」

「………」


 拗ねたような少女の言葉に、英人は思わず眉根を寄せる。

 どうやら同じ適合者である英人には彼女の力は通じず、結果として彼女に命を狙われることとなってしまったらしい。

 ……単一の存在のみを認める世界に、異物はいらぬということか。


「だからぁ……あなたは死んで? 私の世界のためにぃ……あなたは死んで?」

「……理不尽かつ身勝手だな」


 適合者の少女の懇願を前に、英人は俯く。

 ……彼の抱く願いとはまるで逆だ。

 彼は己の滅びを願っている。

 自らが消え滅び、そして親友たちが健やかに生きられることを願っている。


(……武蔵、湊)


 今はもう、電車に乗って安全圏まで脱出できたのだろうか?

 あるいはあのあと別れたクロサワに追われ、まだこの街に居残っているのだろうか?

 クロサワといえば……バケモノと化して泣いている彼に同情し、思わず生かしてしまったがそれも残酷だっただろうか。

 いっそ一思いに殺してやれば、思い悩むこともなかっただろうか。

 目前に迫る死を前に、走馬灯のように脳裏をよぎるのは今までの人生でも、この街で経験した思い出でもなく。

 ただ必死に生きたいと……生きて欲しいと願った人たちの顔だった。

 別れる寸前のクロサワの、武蔵の、そして湊の顔。

 誰の顔にも笑顔など欠片も無く、ただ必死に生きたいと願う祈りだけがその顔に満ちていた。

 ……ちょうど、目の前で触手を振り上げる適合者の少女のように。


「私は……死にたくないのぉ。あなたと、違ってぇ」

「……そうかよ」


 英人は顔を上げ、適合者の少女を睨み付ける。


「あいにく、俺は死にたいし……お前も殺してやりたい」

「そんなの、や。だから、あなたは死んで?」


 最期になるであろう憎まれ口を叩き、英人はにやりと笑ってみせる。

 そんな英人の姿が不愉快なのか少女は頬を膨らませ、勢いよく触手を振り下ろした。




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