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中間市 -14:44-

 そして、己の背中から一本の巨大な腕を表した。

 それを見て、彼女は目を見開いた。


「―――!?」

「じゃまだぁ!!」


 白く見える少女の触手とは対照的に、黒く大きな腕だ。

 英人の右肩、肩甲骨辺りから生えているように見えるそれは車程度を握りつぶせるほどに巨大。

 英人はそれを大きく振るい、目の前に殺到した触手郡を一撃で薙ぎ払った。


「オオオォォォォォ!!!」

「―――!?」


 少女は二度驚く。

 英人の黒い腕の威力にまず驚き、そして己の触手の力がまったく通じないことにもう一度驚く。

 これだけの巨体を得るために、いちいち食物として有機物を取り込んでいては埒が明かない。だからこそ、彼女は相手の体を解かして己に取り込む術を得た。

 そうすることで全身のエネルギーを余さず入手し、さらに解かすことで己の体と融合しやすい状態に持っていく。

 同化、とでも呼ぶべき能力は全ての有機体……すなわち生命体に対して致命的なほどの有効な力といえた。

 だが、その力は今目の前で黒い腕を振るう英人には通じない。

 それどころか圧倒的な物量を前にまったく怯むことなく、英人は彼女に…適合者の少女の本体に向かって突撃してくるではないか。


「オオオォォォォォ!!!」


 そのさまは猪突猛進。愚者と呼ぶしかないほどに、愚かでまっすぐで。


「―――!!」


 少女はその様子に怯みかけるが、すぐに気を持ち直して触手を振るう。

 力を通じずとも、その物量は圧倒的。相手はただ一人の人間。

 彼女の優位は、揺るぐことはなかった。

 津波のように殺到する無数の触手に向かい、英人は黒腕を振るう。

 だが、多勢に無勢。黒腕は確かに触手の波を抉るが、その様子はさながら果物の皮を剥くが程度。後からあとから押し寄せる無数の触手は、黒腕の一撃程度などものともしなかった。


「チッ!?」


 英人は舌打ちと共に、迫る触手を払いながら後ろに下がる。

 そして手にしたライフルを無造作に構え、少女の体に向かって銃弾を打ち込んだ。


「くたばれぁ!!」


 軽快な発砲音と共に飛翔する弾丸は、少女の体を捕らえていた。

 だが少女は無数の触手を招き寄せ、それで銃弾を受け止めた。


「………―――」

「チッ……」


 己の絶対の優位を確信し、少女はやわらかく微笑む。

 対照的に苦々しげな表情で少女を見上げる英人。

 少女は微笑を浮かべながら、軽く掌を上げる。

 彼女の手に操られるように大量の触手は一本にまとまり、巨大な鞭と化す。

 少女が指揮棒を振るように軽く腕を振ると、巨大な触手鞭は唸りをあげながら英人の頭上から彼を叩き潰そうと振り下ろされた。


「―――!!」


 叫ぶ暇もない。英人は素早く横に向かって体を投げ出し、鞭の一撃を回避しようとする。

 だが、装甲服を着たまま軽快に動けるわけもなく、少女の一撃を掠めるように回避した瞬間、鞭の打撃点からの衝撃波を全身で浴びる羽目になってしまった。


「ごっ……!?」


 身に纏った装甲服は、鞭が砕いた床の破片などは防いでくれる。だが、インパクトの瞬間に生まれた衝撃波はまったく緩和してくれない。

 装甲服をあっさり抜けた衝撃は英人の臓腑を抉り、容赦なく全身にダメージを与えてくる。

 一トン超える装甲服が、ごろごろと無様に床の上を転がってゆく。

 ダメージを受けた瞬間、黒腕は塵のように霧散していった。どうやら、長い間保つためには意識を集中していなければならないようだ。

 それを見て、少女は笑みを深める。先ほどまで脅威であった黒腕は、もはや恐ろしくもなんともない。

 間断なく敵をいたぶり、弱ったところに止めを刺せばよい。

 方針を定めた少女は腕を振り上げる。

 彼女の指揮に従い、いくつもの触手鞭がゆらりとその身を立ち上がらせた。






 床に這い蹲り、血の塊を吐き出した英人は無数の触手鞭を見上げながら忌々しげに呟いた。


「クソッたれが……!」


 最初に生み出した黒腕はすでに霧散してしまっている。持続時間もそんなに長くないのはもうばれてしまっただろう。

 委員長たちとの戦いの際に発現した力であったが、英人はそれを積極的に使う気にはなれなかった。

 強力ではあるが相応に消耗も激しいし、何より腕を生み出すと言う感覚がおぞましいと言うのがあった。

 本来あるべきではない場所に、存在しない器官が生まれる。これは筆舌に尽くしがたい感覚だった。

 委員長の時も、クロサワと対峙した際も、この少女(バケモノ)との立会いの瞬間も。

 全て怒りの感情に任せ、勢い一つで腕を呼び出して一気に勝負を決めにかかった。

 だが最初の二人はともかく、この少女(バケモノ)に同じ戦法は通じなかった。おかげで一撃も当てられず、無駄に消耗するだけに終わってしまった。

 体力的なことを考えれば、もう二、三本程度であれば黒腕を生み出すことは出来そうだが、その為の勢いを少女(バケモノ)が与えてくれるとも思えなかった。

 案の定、少女(バケモノ)は無数の鞭を振るい、英人に向かって振り下ろし始めた。


「づっ……!!」


 軋む体を立ち上げながら、英人は振るわれる鞭から逃れるように飛び上がる。

 装甲服の下の肉体を変質させ、何とか一トン超の体でも鞭の一撃を回避できるように体を作り変える。

 全身を蛆虫が這い回るような感覚に気が狂いそうになりながらも、英人は八艘跳びのごとく鞭の一撃を回避してゆく。

 ……この感覚は、市街を必死に駆け回っている間には感じなかった感覚だ。

 気が付いたときには、体の変質する感覚を受け入れられなくなってきていた。

 理由ははっきりとはわからないが、境目は委員長たちを消し飛ばした辺り……武蔵たちと再会した時くらいからだ。

 あの前後以来、己の肉体を意識的に変質させることが出来るようになったが、同時に名状しがたい感覚をその身に受けるようになっていた。

 無意識か意識的かの違いなのだろうか。あるいは、別の理由があるのか……。ディスク辺りであれば、何らかの回答を持っているかもしれないが、通信機は破壊されてしまっている。

 そもそも、それを知ったところで何の解決にもなりはしない。


「く……!」


 少女(バケモノ)の体に向けて、必死にライフルの引き金を引きながら英人は鞭の嵐を駆け回る。

 すでに変質を終えた肉体は、軽快とは言わずとも降り注ぐ打撃の嵐を問題なく回避できる程度には英人の動きを支えてくれていた。

 ……最も、少女(バケモノ)が英人の体を無理に狙っていないのも理由のひとつのようであったが。

 悠々と飛来する弾丸を防ぎながら英人を見下ろす少女(バケモノ)の瞳は、獲物をいたぶって遊ぶ猫そのものであった。

 このままでは早晩追い詰められ、逆にあの少女(バケモノ)に殺されてしまうだろう。いかな適合者とて、条件が満たされれば死ぬ。ディスクはそう言っていた。

 英人が少女(バケモノ)を殺すには、何度も何度も繰り返し少女(バケモノ)を殺す必要があるだろう。だが、それもこの圧倒的質量差、エネルギー保有量の差を考えると太陽に挑むのに等しかろう。どう考えたところで、こちらが力尽きるほうが早い。

 であるならばディスクの原子炉起爆を待つのが得策と言えるが、それもいつになるやらわからない。

 肝心の通信機は壊れてしまっているため、ディスクからの通信を望むことは出来ない。

 武蔵たちと最後に別れた地点から脱出地点までそう離れてはいないようであったため、おそらくそう長いこと時間はかからないはずだが、それを期待するのも愚かだ。


「づあっ!?」


 目の前を触手鞭がかすめ、その衝撃で体勢が僅かに崩れる。

 その瞬間を狙って少女(バケモノ)が触手鞭を叩きつけるようにこちらに振るってきた。

 が、体勢が崩れた瞬間、無理やりロケットランチャーをバックパックから外し、迫る鞭に向かって解き放った。

 轟音と共に広がった爆炎によって英人の体と触手鞭は押し出され、間一髪英人は触手鞭の一撃を回避することが出来た。

 ……だが肝心のロケットランチャーはもうない。次は直撃するだろう。

 物理的に押しつぶされた程度ではもはや死ねない体ではあるが、そのまま押さえ込まれてしまっては少女(バケモノ)を殺すも何もあったものではない。


「さて、どうするか……!」


 歯を食いしばり、立ち上がり、少女(バケモノ)を睨みつけながらも進退窮まってしまった英人。

 まだ手榴弾はあるし、鉄鋼弾も持っている。ライフルの残弾の残りは豊富で、他にもいくつか武器はある。

 一個小隊程度であれば圧倒的優位に立てそうな武器を持っていながらも、英人は目の前の少女(バケモノ)に一矢報いることすら出来ないでいた。

 圧倒的優位を前に、ご満悦と言った表情で微笑む少女(バケモノ)。忌々しさと憎憎しさが交じり合い、何とも言えない感情が英人の脳裏を駆け巡る。

 今なら、全身を覆う感覚を無視して黒腕を生み出せそうだが、それだけでは何の解決にもならない。

 もっと何か強烈なものが必要になる。この少女(バケモノ)に対抗するために、もっと強烈な何かが。


「……―――」

「オオオォォォォォ!!!」


 笑みを浮かべた少女(バケモノ)が触手鞭を振るう。

 英人はそんな少女(バケモノ)に向かって、空しい遠吠えを上げて突撃することしか出来なかった。






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