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中間市:中間高校・校舎内 -9:03-

「        ッ!!!」


 声? 音? 咆哮だったのか、絶叫だったのかすら定かではない。

 だが、中年男性の喉から迸ったそれを聞いてか、霧の奥から大量の足音がし始める。


「な、なんだ!?」

「何か来るわ!」


 ぞろぞろと大量の足音を響かせながら現れたのは、その口元を中年男性のように紅く染めた人々だった。

 一様に、目は狂ったように歪み、だらしなく口蓋を開き、しかしまっすぐに学校の中を目指して歩いている。

 ――その中に、グラウンドで練習に勤しんでいた生徒の足を持って引きずっているものや、あるいは生徒本人の姿も見えた。狂った群衆の中に混じる生徒たちの口元も……紅く、血化粧が施されていた。


「全員中に入れぇぇぇ!!」


 次の瞬間、誰かが弾けたように叫び、それに従い正気を保っていた全員は悲鳴を上げながら学校の中へと駆け込んでゆく。

 紅い口の群衆たちは、そんな者たちの背中を見つめ、それを目指してまっすぐに進む。

 我先にと中に駆け込む人たちの背中を見送りながら、英人は武蔵に向かって叫んだ。


「武蔵! 皆中に入ったら扉を!!」

「わかってる!!」


 武蔵も英人の言葉に答え、最後の一人が中に駆け込んだのを確認して学校の玄関の扉を端から閉めてゆく。

 大きな硝子戸を勢いよく閉じ、しっかりと鍵をかける。

 英人たちの行動に気が付き、何人かの教師や生徒たちも協力して学校の扉を閉めはじめる。


「いそげぇ!!」

「早く、カギを……!」


 最期の扉を勢いよく占め、鍵をかけた瞬間、口の紅い群衆が玄関まで到達する。


「――――」


 ガラスを平手でたたく音が、無数に響き渡る。

 英人たちは慌てて硝子戸から飛び退くように離れる。

 扉の向こうの群衆は、目に写る者たちの元へと向かおうと必死に目の前の障害を叩くが、堅牢な学校の玄関はびくともする様子がなく、侵入者を拒んでくれていた。

 冷や汗を顎で拭った武蔵は、安堵したように呟く。


「……とりあえず、一安心?」

「は、はは……ビビったぜ……。ゾンビっぽいから化け物かと思ったけど、扉一つ破れねぇジャンか……」


 武蔵の言葉に同意するように、クラスメイトの一人がへたり込む。

 ……これで、悲鳴の上がった理由が理解できた。

 つまり、今外にいる連中に、襲われたのだろう。狂った群衆の全てが口元を紅く塗っている……おそらく、他人の血で。

 まさに、ゲームの中にいるゾンビのような姿だった。

 教師の一人が荒く息をつきながら、額を拭う。


「……ああ、くそ……青山……!」

「あれじゃあ、助かりませんよね……」


 また別の教師がポツリとつぶやき、体を震わせる。

 喉を喰らわれ、呻き声を上げる青山教師の最期を思い出したのだろう。

 中年男性の口から零れ落ちた彼の体は地面へと倒れ、あとからやってきた群衆たちに踏みつぶされた。

 喉を食いつぶされたせいで悲鳴さえ上げられぬ彼は、そのまま無数の群衆の足によって踏みつぶされ、叩き砕かれ――。

 ……幸いなのは、おかげで青山教師は人として死んで行けたことだろうか。それが真っ当かどうかはさておき。

 硝子戸の向こうでこちらに侵入しようと必死に扉を叩く下級生の姿を見つけ、英人は顔を青くする。


「……こいつ、たしか……!」

「……うちの学校の生徒……しかも、春の大会で結構いい成績残してなかったっけ?」


 見覚えのある少年の姿を見て、武蔵も顔を青くする。

 少年の口元は周りにいる者たちのように紅く染まっている。誰を喰らったのだろうか……周りにいた、同級生か?

 英人は顔を青くしたまま目の前の少年から目を逸らし、武蔵の方を見る。


「……とにかく、上に上がっちまおう。ここにいるよりは、ましだろうし……」

「んだね……」


 英人のように耐えられなくなった武蔵も、英人を見つめながら頷く。


「幸い、こいつらガラスを突き破るような無茶はしないみたいだし……先生たちも、それでいいっすよね?」

「あ、ああ……」


 教師の一人が、同意するように頷き、周りを促す。


「……よし、ともあれ三階まで上がろう。そこで携帯なりなんなりで外に連絡を取って、助けを待とう……」

「そうですね、そうしましょう……さあ、皆、立って」

「はーい……」


 教師や周りのものに促され、のろのろと立ち上がりその場にいる全員が階段を目指そうと振り返る。


「――――」






 ちょうど、角から現れた口の紅い侵入者と目が合ったのはその時だった。






「――――!?」

「なんで!?」


 ほとんど予期しない遭遇に悲鳴が零れる。

 目の前の扉は締まっている。だが、現実に目の前には口の紅い狂人の姿がある……。

 ゆらりと迫る狂人たちの姿を前に、教師は半狂乱で叫ぶ。


「な……なんでもいい!!! 早く上に! 上に上がるんだぁぁぁぁぁ!!」


 一人の教師の悲鳴を皮切りに、絶叫を上げながら逃げ出す生徒と教師たち。

 その中に混じりながら英人は口の紅い狂人たちのやってきた方向を見やる。


「………! 職員室……!」


 この学校は、一階に職員室がある。その中から、また一人狂人が現れるのを見て、英人は理解する。

 ……おそらく、空きっぱなしだった職員室の窓から侵入されたのだ。


「窓を超えるくらいはするのか……!」

「だとすっとまずくない!?」


 英人のつぶやきを聞きとがめた武蔵が叫ぶ。


「他の連中が気付いたら、全員こん中に入ってくるんじゃ……!!」

「だろうさ!」


 英人は叫んで、携帯電話を取り出して湊につなぐ。

 コール一回で、湊は出てくれた。


『英人君!? 大丈夫!?』

「生きてる! それより、周りのみんなに伝えてくれ!!」


 英人は階段を駆け上がりながら、湊にやってほしいことを告げる。


「椅子とか机を階段の辺りに運んでくれって!」

『椅子に机……? な、なんで!?』

「バリケードを作るんだよ! 学校の中に、化け物が――!」

「いやぁぁぁぁ!!??」


 階段を駆け上がるなか、一人、狂人たちに捕まった。

 今年の春、学校に赴任してきたばかりの女教師が、狂人たちに足を掴まれ、階段に引きずり倒されたのだ。


「いや、やめ、いやぁぁぁぁぁぁ!!??」


 そして、餌に群がる獣のように迫る、紅い口蓋。

 肉を食いちぎるためには進化していない人間の歯が、絶叫と共に女教師の体中に襲い掛かった。


『えいと、くん……今の、声……!』

「聞いての通りだ! まだ腐るほどいる!!」


 顔だけ振り返り、まだ追ってくる狂人の姿を認めながら英人は必死に叫ぶ。


「このままじゃ、俺たちまで襲われちまう! だから、階段を塞ぐんだ! 机に、椅子に……ありったけのもので!!」

『わ、わかった!』


 湊は慌てた様子で叫び返し、ぶつりと電話が切れる。

 英人が携帯電話を懐に仕舞い込むのと同時に、三階へと駆け上がる。

 すると、待ち構えていたらしい生徒と教師たちが、持っていた椅子や机を階段の下へ向けて投げ込んだ。


「おらぁぁぁぁ!!」

「くたばれぇぇぇ!!」


 すぐそこまで迫っていた狂人たちの体に、椅子と机がヒットし、骨の折れる嫌な音が響き渡る。

 だが、それに構っているだけの余裕はない。次々と運び出されてくる椅子や机を、全員が協力し合って階段の下に群がる狂人たちの元へと投げつけてゆく。


「つぎ! 次だ早くしろ!!」

「ロッカー持ってきました!!」

「かまわねぇから投げこんじまぇ!!」


 怒号と悲鳴が飛び交い、骨のみならず肉までも潰れるようなえげつない音が辺りに木霊する。

 だが、狂人たちはなおもそれらを乗り越えて階段の上へと上がろうとする。

 椅子も机も……そして潰された仲間たちの体さえ乗り越えて迫る、狂人たち。

 手に箒やモップを持ってそれらを打ち払おうとする者たちもいたが、危うく引きずり込まれそうになっている。

 前に出過ぎた狂人たちのせいで、椅子も机も次撃が投げ込めなくなってきてしまっていた。手にしたそれらは、今は狂人たちを打ち払う武器として使われている。


「クッソ、よるなぁぁぁぁぁぁ!!」

「あっちいけぇ! いっちゃぇぇぇ!!」


 中間高校、三階、階段ロビーは一種の地獄絵図と化していた。

 悲鳴と怒号でもって狂人を振り払わんとする、人間たち。それに群がる、正気を失った狂人たち。


「……駄目だ……」


 英人は、手にしていた椅子を下す。こんなもの、今の状況で役には立たない。

 今は、かろうじて均衡を保っている。だが、すぐにでも状況は崩れ、狂人たちはなだれ込むだろう。

 まだまだ、階下には腐るほどの狂人がいるはずなのだから。


「このままじゃ……!」


 英人は舌打ちして、辺りを見回す。


(椅子……机……駄目だ、もっと威力のある……!)


 そして、目についたのは――。


「……! ホース!!」


 非常用の、消火ホース。

 英人は消火ホースの入れられた鉄の扉に飛びつき、毟るように開く。

 そして長い長いホースを取出し、急いで蛇口に取り付ける。


「英人!?」

「あ、そうか! それがあった!」


 英人の行動に気が付いた数名も彼の真意に気が付き、ホースの取り付けを手伝う。

 そして英人はホースの先を握って階段へと駆け寄る。

 群がる狂人たちの前に立ち、ホースの先を向けて英人は叫ぶ。


「蛇口を開けてくれぇ!!」

「はいよぉ!!」


 返事をした武蔵は、遠慮なく蛇口を開く。中にある水全てを吐き出せるよう、栓を完全に開いてしまう。

 次の瞬間、英人の持つホースの先から暴力的な水の奔流が迸った。


「ぐ!?」


 期待以上の水の勢いにあわや体勢を崩しかける英人だったが、そばにいた者たちがその体を慌てて支える。

 彼らに感謝しながら、英人は群がっていた狂人たちに向けて水の奔流を叩きつける。


「下がれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 本格的な消防車の持つ勢いには負けるにしても、火を消すことを目的とした水の勢いは人を押し流すには十分な威力を持っていた。

 悲鳴も絶叫も上げることなく、押されるままに流されていく狂人たち。下に群がっている者たちにも一当てしながら、英人は周りに叫ぶ。


「今だ! 今のうちに、バリケードを!!」

「おう!」


 英人の水流攻撃で怯んだ狂人たちに向けて、待っていましたとばかりにいすや机を投げつけていく生存者たち。

 それだけであれば乗り越えるのに不足なかったが、そうしようとすると今度はホースの水流が狂人の体を打つ。


「――――」

「抜けさせるかよ……!!」


 見えない天を仰ぎ見ながら倒れる狂人に向けて吐き捨て、英人は寄ってくる連中を片っ端からなぎ倒してゆく。

 数はあるが、勢いも統率もない狂人たちは水の奔流の前にはなすすべもなく――。


「―――」

「―――」

「おらぁぁぁぁ!!」


 積み上がってゆく椅子や机、ロッカーなどによって形成されてゆくバリケードの前に力なく群がってゆくばかりであった。

 そして、三階の中に残っていた最後の椅子を投げ込んで――。


「……即席バリケード……」

「何とか、完成したな……」


 中間高校に残る者たちの、最後の砦がようやく完成する。

 覗く隙間の向こうから聞こえてくる狂人たちの声に、英人は身震いをした。


「……あと少し、遅かったら……」

「やばかったよな……」


 バリケードの完成とともにホースの元栓を閉め終えた武蔵は英人の傍により、その肩を叩いた。


「……やったじゃん、英人。おかげで、皆助かった」

「ああ……」


 英人は手の中からホースを取り落す。

 何とか抑え込みはしたが、暴れ狂う水の勢いはその両手から力を奪うのには十分すぎた。

 痛む両手を抑える英人を、周りの全員が気遣いながら、彼らはいちばん近い教室へと足を運ぶ。

 そこには残っていた者たちが身を寄せ合っており、湊の姿もそこにあった。

 湊は英人と武蔵の姿を認め、笑顔を見せて二人に駆け寄った。


「英人君、武蔵君!」

「よっす、湊ちゃん! 帰ってきたよー」

「湊、無事か?」

「うん、私も、皆も……」


 湊は英人の腕を取り、微かに涙を浮かべながら安堵の息をついた。


「よかった……二人とも、無事で……」

「……ああ」

「いやはやまったく」


 英人は頷き、武蔵も嘆息しながら首を横に振る。

 状況は逼迫したままだが……とりあえず、一息つけそうであった。




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