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中間市 -14:01-

「おい、英人!? あんなのまで外にはいたのか!?」

「いや、初めて見るぞ……。今までのと明らかに違う」


 こちらに向かって猛進してくる化け物を前に、英人は驚愕の表情になる。

 その姿、そして感じるノイズの感覚を信じるに、今までであったことのある化け物たちとはまた異なる個体だ。

 英人は戦闘態勢をとりながら、武蔵に声を飛ばす。


「あれは俺が相手をする! 武蔵は、湊と礼奈をつれて先に行ってくれ!」

「お、おう……湊!」

「わ、わかった……!」


 武蔵は礼奈を背負いなおし、湊は不安そうな表情をしながらも、化け物の攻撃から逃れるように横へ移動する。

 彼らとは反対側に移動しながら、英人はガトリングのスイッチを押した。


「こっちだ、化け物……!」

―グオオォォォォ!!!―


 ガトリングが火を噴き、無数の弾丸が化け物へと殺到する。

 だが、ゾンビ程度であれば用意に砕きうる弾丸は、化け物の表皮に弾かれて甲高い音を立てる。


―グオァァァァ!!―

「ちっ……!?」


 迫る弾丸を圧倒するように突進した化け物は大きく腕を振りかぶる。

 逃げようと、英人はガトリングのスイッチを切ろうとするがそれよりも早く化け物の拳が英人の体を捕らえた。


―ガァァァァァ!!―

「おぐっ……!!」


 地面を抉るような、アンダースローから放たれる大振りのアッパー。

 寸前で腕を十字に構え化け物の一撃を受け止める英人であるが、容赦なく彼の体は地下施設の天井へと跳ね上がった。

 荷重一トンを超えようと言う試製対軍用機動装甲服・乙型を着た英人の体はそのまま壁に叩きつけられ、そのまま床へと落下する。

 轟音と共にクレーターと化す英人の姿を見て、湊が悲鳴を上げる。


「英人君っ!!」

「くっそ……!」


 武蔵は悔しさを顔ににじませながらも、必死に足を動かす。

 化け物はしばし佇み英人を睨みつけていたが、ぐるりと視線を巡らせて武蔵と湊の報を見る。


―グググ……!―


 強い敵意と殺意。

 言葉を解さぬはずの化け物から発せられるそれを受け、武蔵は顔を青くしながら叫ぶ。


「湊ォ!! 出口は! 逃げる方向はどっちだぁ!!」

「待って、待ってよぉ!! 英人君が、英人くんがぁ……!」


 湊は床にめり込んだままの英人を指差し、半狂乱で叫ぶ。

 だが、湊がいくら叫べど英人が声を上げることはなく、床の中から彼が姿を露そうとはしない。


―グゥ……!―


 湊の甲高い悲鳴に反応したように化け物は一声うめくと、一歩ずつ武蔵たちに向かって歩き始めた。

 走る必要などない。ただ歩くだけでも十分仕留めうる。そう判断したとでも言うのだろうか。

 この逆境においてこれほどないチャンスであったが、武蔵にはその余裕が逆に恐ろしかった。

 いつでも、どれだけ距離が離れていても、貴様らなど容易く殺しうるのだ。そんな化け物の主張が聞こえてくるようで。


「湊ォッ!!」


 反射的に、武蔵は湊の腕を掴んだ。

 どれほどの力が込められたものか、湊の腕の中からミシリと骨が軋む音が聞こえてきた。


「キャ!?」

「ここで死ぬわけにはいかねぇだろうが!! ここで死んだら、英人が、一体何のために……!!」


 武蔵はそのまま湊の腕を引き、勢いよく走り始める。

 先ほど、湊が示した方向に向かって、必死に走り始める。


「死ぬかよ死んでたまるかよ死ぬわけにはいかねぇだろうが!! とっとと道をよこせ、どこに進めばいい、どうしたら俺たちは死なねぇんだぁ!!??」

「いた、ちょ、待ってぇ……!!」


 軋む腕の痛み、引っ張られる肩の痛み、武蔵の足についていけずに引きずるように動かす足の痛み。

 それらが湊の意識を何とか現実へと引き戻してくれた。

 だが、彼女の腕を掴む武蔵の腕を振りほどくことが出来ない。

 どれほどの膂力なのか。確かに男の女の差があれど、岩のように張り付いた武蔵の掌に、湊は対抗できない。

 人間と言うものは死の淵を感じると、そこから逃れようと普段セーブしている力を発揮することができると言う、火事場の馬鹿力というものがあると聞いたことがあるが、これがまさにそうなのだろうか。


―ググ……―


 必死に逃げようとする武蔵たちの姿を見て、化け物は忌々しげに唸り声を上げ、跳躍に備えて両の足に力を込める。

 一気呵成に叩き潰そう。そういう腹積もりなのだろうか、化け物の体は筋肉が唸りを上げて一気に沈み込み――。


「どこだ、どこに逃げれば――!!」

「武蔵君、まってぇ!?」


 逃げ惑い、慌てふためく二人はそれに気が付けず、まっすぐに進み――。


 グゴアァァァァンンンン!!!!


 ――英人が落ちた場所から紅蓮の炎が吹き上がったのは、そんな時であった。


―ッ!?―

「え!?」


 思わず振り返る化け物。

 そして、武蔵に引きずられながら湊が視線を向けると、炎を背負いながらも己が開けた穴の中から這い上がってきた英人の姿がそこにあった。


「英人君……!!」

「げほっ! ……吹っ飛んで埋まると、体が動かなくなるとか完全に盲点だった……」


 英人は黒煙を吐き出しながら、疲れたように一言呟く。己の体が浮かび上がるほどの一撃を受けたと言うのに、彼にはダメージがまったく残っていないように見えた。

 ――先に受けた化け物の一撃。それを試製対軍用機動装甲服・乙型の両腕は辛うじて受け止めていた。

 一トン超の荷重が浮かび上がるほどの一撃であったが、それでも試製対軍用機動装甲服・乙型の装甲は僅かに歪む程度でその衝撃を受け止めていた。

 ちょっとした自動車すら吹き飛ばすような一撃を喰らい、その程度のダメージで済んでしまう装甲服を生み出した組織の技術力はまこと恐ろしいが……問題はそのあとであった。

 吹き飛んだ衝撃によって跳ね上げられた英人の体は壁にぶつかり、そのまま落下。床に激突した際のダメージは化け物の一発のように装甲服が受け止めてくれたが……床にめり込んでしまったその体は、がっちりコンクリートに挟まれて動きが取れなくなってしまったのだ。

 試製対軍用機動装甲服・乙型にも倍力機構はあったが、あいにく英人がジャンプできるほどのパワーはなかった。

 仕方なく、英人は辛うじて動いた左腕を動かし、装甲服に張り付いている手榴弾を起動させ、無理やり穴の中からの脱出を試みたわけである。

 そうして何とか脱出できた英人は、軽くガトリングのスイッチに触れ起動させようとしてみるが、聞こえてきたのは微かなショート音だけだった。


「ガトリングが駄目になったか……」


 さすがに落下の衝撃と手榴弾の一撃を喰らって動けるほど、ガトリングガンは頑丈ではなかったようだ。

 英人は諦めるように小さくため息をつくと、軽く肩の向こう側に腕を回し、ガトリングガンの付け根に触る。

 そして小さなつまみを弄り、ガトリングガンの砲身をパージする。

 不要となったパーツをこうしてパージできるのも試製対軍用機動装甲服・乙型とのことであった。

 ガトリングの砲身もなかなかの重量だったのか、英人は体が軽くなるのを実感した。


「さて……」

―グガァァァァァ!!!―


 瞬間、咆哮と共に突撃してくる化け物。

 英人の姿を視認した途端、化け物は狂ったように彼に向かって突進を始めた。

 その勢いの凄まじさたるや、化け物の周辺にだけ突如嵐が現れたかのようであった。


「英人!!」

「英人君!!」


 己が免れた死と言う脅威に晒される英人を見て、武蔵と湊が悲鳴を上げる。

 だが、己の身を守る装甲服、そして何よりも己自身という化け物に今は絶対の信をおく英人は冷静に腰の後ろに手を回す。

 そして一つの留め金を外し、一つ武器を取り出した。

 それは束ねられた棒のような武器で、引き金があることから銃器の類ではないかと思われた。


「………」


 猛進する化け物を前にしながら、英人は無言のまま手にした武器を広げる。

 折りたたまれた武器に仕込まれたばねが勢いよく作動し、英人の手の中の道具は、一本の銃と化した。

 英人は銃握とも銃身ともつかぬ銃の端を握り締めながら、化け物の突進をぎりぎりで回避する。


―グオォォォォ!!!―

「つっ!」


 嵐のような風圧と共に通り過ぎる化け物の体。先ほどは仇となった荷重が、今度は英人を支えてくれる。

 過ぎ去る暴風に体を吹き飛ばされることなく、何とか踏ん張った英人は手にした銃を化け物のほうへと向ける。


「喰らえ……!」

―オオオォォォォ!!!―


 左腕を台座に銃を支え、引き金に指を沿え、猛進する化け物の姿を銃口で捉える。

 銃を向けられた化け物は一切怯むことなく、ただ英人の姿だけをその眼差しに納め、その体を叩き潰さんとし――。


 オオォォォォンンンン!!!!


 ――英人の持った銃から発射された弾丸をその頭で受け、勢いよく吹き飛んでしまった。

 頭部の一部が抉れ、先ほどまでの突進が嘘のように吹き飛んだ化け物は、そのまま仰向けで倒れてしまう。

 英人は花か何かのように裂けてしまった銃身を見て、呆れたように呟いた。


「使い捨て式・対装甲鉄鋼弾……だったか? とんでもねぇな」


 装弾数一発、射程距離は拳銃程度。今着ている試製対軍用機動装甲服・乙型にも三本しか装着されていないが、その破壊力はご覧の通りと言ったところか。

 すでに使えなくなった銃身を捨て、英人は武蔵たちの方へと振り返る。


「おい、急いで脱出地点への出入り口を探せ!」

「―――え、あ、お、おう?」


 もう今日一日だけでどれだけ肝を潰したのかわからなくなってきた武蔵は、英人の言葉に我に返る、軽く首をかしげる。


「……で、でも、そんだけ打ちのめされてりゃ、さすがにもう立ちあがらねぇんじゃ?」


 いかな化け物とて対装甲鉄鋼弾を頭部に受けては一たまりもないだろう。

 そんな武蔵の言葉を、英人はあっさりと斬り捨てる。


「まだ死んでねぇよ、こいつは」


 依然として消えないノイズは、目の前の化け物がまだ生きていることを知らしめる。

 両腰のライフルを手にした英人は、少しずつ下がってゆく。


「早く逃げ道を探せ! また立ち上がるぞ!!」

「え、え? で、でも……」


 叫ぶ英人であるが、湊も彼の言葉が信じられずに首をかしげる。

 実際、綺麗に頭を撃ち抜かれた化け物の姿を見れば、誰もが死んだものと思うだろう。

 それほど見事に頭を撃ち抜かれた化け物であったが、武蔵たちが呆けている間にのっそりと起き上がってきた。


「「なっ!?」」

「……ほらな」


 驚く二人の声を背中に受けながら、英人は一つため息をつく。

 先の鉄鋼弾は出来れば温存したいが、ライフルで果たしてこの化け物に通用するのか。

 手にした銃器を化け物に向ける英人。

 化け物は鉄鋼弾を受けた衝撃が抜け切らないのか、亡羊とした眼差しで辺りをゆっくりと見回し、そして英人を見つけてこう呟いた。


―…………エイト?―




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