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中間市 -13:41-

「しっかし、何気に今の奴やばかったな!?」


 先の巨人がすっかり見えなくなった頃、武蔵は思い出したかのようにそんなことを口にする。


「全身岩だらけで、あんなに早く動くとか、卑怯くせぇ。あんなのいるんだな」

「あの数倍の大きさの個体を外で見た。あれだとむしろ小さいくらいだ」

「あれで!? 冗談きついぜ……」


 英人の言葉に武蔵はがっくり肩を落とす。

 またあんなものに遭遇してはと思っているのだろう。

 彼を安心させるように、英人は軽く肩をすくめた。


「さっきも言ったが、数倍はでかい。この通路に初めから存在するとかはともかく、入ってくるのは厳しいだろうさ」

「ならいいけどさ。……まあ、どっちにしろこのレールに乗ってけば、あとは脱出用の電車に乗るだけだろ? あんなのにはもう二度と会わない――」

「……あ」


 武蔵の一言に反応したのは湊だ。

 タブレットを操作しながらレールの行く先を確認していたらしいのだが、どこに行きつくのかを確認した彼女の顔が僅かに青くなるのが分かった。

 それに気が付いた英人は、湊に声をかけた。


「どうしたんだ、湊?」

「あ、う……えっと……」


 英人に問われ、湊はしばし気まずそうに視線を逸らし、それからタブレットを英人と武蔵に見せた。


「その、今乗ってるレールだと……脱出地点に一直線じゃないみたいなの……」

「……え? どゆこと?」


 湊の言葉に、英人たちはタブレット上の地図を確認する。

 今自分たちが猛烈な速度で移動しているレールは一本道であったが、これから行く先はどうも二股に分かれているようであった。


「その……脱出地点に近い方のレールは、さっきの小さな方のレールで……今、私たちが乗ってる貨物レールは一度別の停車駅にいっちゃうみたいで……」


 説明している間にレールは二股を曲がり、脱出地点とは違うらしい方の道を進んでゆく。


「しかも、そこから脱出地点まではレールが通ってなくて……歩いて、いかないと、駄目みたい……で……」

「「………」」


 湊の声がだんだんと小さくなってゆく。

 このままレールに乗っていれば安全に逃げられる。その幻想を打ち壊してしまったことへの、罪悪感が彼女を押しつぶそうとしているのだろうか。

 そんな彼女の気持ちを察したのかどうか、英人はすぐに小さく肩をすくめる。


「……なら、仕方ないだろう。俺は向こうには乗れなかった。歩いていくなんて、今更ごめんだしな」

「そうそう。はっちゃん置いてくわけにゃあいかないっしょ? だからこれでいいの、俺たちは」

「うん……」


 二人の慰めの言葉に湊は小さく頷く。

 だが、すぐに首を横に小さく振った。


「……でも、それだけじゃないの……。その、この貨物レールの到着地点……“適合者”がいる場所の近くなの」

「え……? 適合者って、あれが!?」

「適合……? どういうことだ?」


 湊の言葉に驚愕する武蔵。一方の英人は、二人のやり取りの意味が分からず、首を傾げる。

 彼にしてみれば適合者は自分のことだ。自分以外に適合者がいるのも驚きだし、その適合者に対して二人が怯えているかのように見えるのも気になって仕方がない。

 そんな英人に、武蔵が手で目を覆いながら説明を始める。


「……なんっつったらいいのか……早い話が、中間市滅亡の直接的な原因がいて、ソイツも適合者なんだよ」

「……中間市滅亡の?」

「うん……。元は、私たちと同じ人間だったんだけれど……今は、違う」


 湊は瞳に強い恐れを湛えながら、自分の体を抱きしめる。


「もう、あれは人じゃないの……。街の皆を取り込んで、自分の姿を、悍ましい化け物に変えてしまって……!」

「……英人と違ってな。その適合者、ひたすら人肉を取り込んで馬鹿でかくなってるんだ。しかも、触れた人肉はドロドロに溶かして直接取り込むって形なもんで、下手に近づけすらしねぇ。初めはそいつしか適合者がいないと聞いてたもんだから、俺も湊ももうだめかと思ってたんだ……」

「……そんな輩がいるんだな」


 二人の説明を聞き、英人はうっそりと目を細めた。

 彼の気配に微かに剣呑なものが宿るのを感じた武蔵は、慌てた様子で彼に声をかけた。


「だ、だからっつって会いに行くのとかなしな!? 御礼参りもなし! あんな化け物、どうやったって勝てねぇから!!」

「……まだ何も言ってないんだが」


 憮然とする英人に、武蔵は必死な形相で詰め寄った。


「言わんでもわかる! っていうか、俺もぶっちゃけ一発ぐらいはぶん殴りたい! ……でも、今はだめだ。せっかく、湊も礼奈ちゃんも助かるんだ」


 そう言いながら、ちらりと湊の方を見る武蔵。

 湊はゆっくりと礼奈の頭を撫でながら、自身を落ちつけようとしているように見える。

 撫でられている礼奈の方は、穏やかな顔つきですぅすぅと寝息を立てていた。

 ……いささか寝過ぎなのが引っ掛かってきた。ガトリングガンやらグレネードやら、割と大きな音を立てたはずなのだが、それでも眠っているとなると……。


「……本当に助かったのか、少し疑問が湧いてきたんだが」

「いやまあ、礼奈ちゃんちょっと寝過ぎだけどさ。そこは、薬か何かが効いてるってことにしておこうぜ」


 ポツリと零れた英人の言葉に、武蔵も首を振りながら返す。


「……ともかく、駄目だからな? ここまで来たんだ。みんな、一緒に、生きて、脱出しようぜ? な?」

「……ああ、わかった。いや、わかってるさ」


 噛んで含めるような武蔵の言葉に、英人は何度か頷いて応える。


「このまま、脱出を優先しよう。どっちにしろ原子炉七基の自爆だ。どんな化け物だって、放っておけば死ぬだろうさ」

「そうさ。中間市がそのための犠牲になるのを許すわけじゃねぇけど……化け物がくたばるなら、それでいいさ」


 武蔵はさらに何度か言いながら頷く。

 自身を納得させるような言葉。彼もまた、微かな迷いの中にあるのだろうか。

 だが、考える暇はなさそうだ。気が付くと貨物レールの速度が徐々に落ち始めていることが分かった。


「……っと? レール、遅くなってきたか?」

「うん……。もうすぐ、目的地みたい」

「そうか」


 見れば、確かに前方に広めの空間が待ち構えているのが見えた。

 だんだんと速度が落ち始めたレールは、やがてトンネルの出口を抜けるようにその空間へと突入していった。


「……これは?」

「なんじゃここ?」


 レールが停車位置に着くのと同時に、英人と武蔵は辺りを見回して不審そうに呟く。

 地下にあるにしては天井の高さがあるドーム状の広場だ。その広さたるや、体育館か何かとしても利用できそうなほどである。

 英人たちが侵入してきた入口以外にも、ドームの外周部分には複数の出入り口が存在し、その全てにはレールが敷かれていた。

 そのレールも大きさがバラバラであり、どうにも一貫性が感じられない。

 湊はタブレット端末を操りながら、ここがレール集合貨物駅だと告げた。


「どうも、いろんなとこからの物資を搬入したり、逆に搬出するための場所みたい。中央部分が回転するようになってて、それで行きたい方向へ進むみたい」

「行きたい方向に進む、ねぇ」


 湊の言うとおり、ドームの中心部分はドームの規模にしてみれば小さめの円が存在し、そこが回転するようになっているらしいことが窺える。


「脱出地点は、ここからレールを辿っていけば着くみたい」

「おん? だったらレールに乗っていけば……」

「……そのレール、500kgの荷重に耐えられないタイプで……」

「どちらにせよ徒歩しかないわけか。仕方ないさ」


 もうすべてをあきらめたように英人は呟き、駅の上に降り立つ。


「さっさと行こう。距離自体は、そんなに離れてないんだろ?」

「あ、うん。歩いて、十分もかからなさそうな感じだよ」

「んじゃまあ、さっさと行きますかね」


 英人に変わり、礼奈を背負う武蔵。


「とりあえず、礼奈ちゃんは俺が背負うけど、いいよな?」

「ん、ああ。……ちなみになんでだ?」

「何故に疑うというのか。またなんか出てこられたときにパスしたりしないようだよ」


 何かを疑うような英人の質問に、憮然となりながら答える武蔵。

 疑う英人の気持ちも疑われて憮然となる武蔵の気持ちもなんとなくわかる湊は、とりなすように二人の間に入った。


「ま、まあまあ。武蔵君、英人君も悪気があったわけじゃ……」

「ああ、うん……悪い、武蔵」

「あ、いや。こっちこそなんかごめん」


 湊の言葉を聞き、素直に頭を下げる英人。

 武蔵もそんな彼の謝罪を受けて、すぐにそれを受け入れた。

 湊は二人がすぐに仲直りしてくれたのを見て安堵し、それからタブレットを見て進行方向を見定める。


「……えっと。脱出地点の方角は……こっちかな?」


 先導するように先を歩きはじめる湊。

 そんな彼女の背中に続くように武蔵が続き、そして英人が険しい表情で彼女の行く先を見据える。


「………」


 脳裏に感じる強いノイズ。今まで感じたものとはまるで異なる感覚だった。


「……湊」

「え? 何、英人君」

「問題の適合者ってのは、どっちの方にいるんだ?」

「え……駄目だよ!? 会いに行かないって、さっき決めたでしょ!?」


 英人の言葉に、慌てたように首を振る湊。

 だが彼はそれに構わず、湊が進もうとしていた方向を睨みつける。


「じゃあ、聞き方を変える。進行方向は、こっちで間違いないんだな?」

「えっ!? あ、あってるはず、だけど……」

「……英人、どうしたんだ?」


 英人の質問の意味が分からず首を傾げる湊。

 武蔵は二人の問答から英人の異様な様子に気が付き、慎重に問いかける。


「いや……そうだな。実は――」


 英人はどう自分の感覚を説明すべきか口の中で言葉を転がし、それを話そうとする。

 しかし、それは力強い咆哮によって遮られてしまう。


「えっ!?」

「なんだ!?」

「チッ……」


 二人の驚愕を聞き流しながら、英人は自身の失態を呪うように舌打ちする。

 気配は感じられていた。ならば、先手は打てたはずだ。


―ゴォォォアァァァァァァァァ!!!!―


 英人たちが進もうとしていた先の道をいくつか潰しながら現れた巨躯の化け物――クロサワは咆哮を上げながら英人たちに向かって猛進し始めた。




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