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中間市 -12:22-

 けたたましい発砲音が鳴り響き、英人の視界でゾンビの頭がトマトのように砕け散る。

 天井から現れたセントリーガンの仕事ぶりに軽く口笛を吹きながら、英人は何歩か下がった。


「武蔵! 隔壁を下ろしてくれ!」

『OK!』


 通信機に呼びかけるのと同時に、英人の目の前に隔壁が下りてくる。

 銃声とゾンビたちの唸り声がだいぶ遠くに聞こえるようになり、英人は一息深呼吸した。


「ハァ……」

『お疲れ様、英人。こいつで八つ目……だいぶ侵攻ルートが塞げたな』

「ああ、そうだな」


 防衛機構の作動と、隔壁の自由操作。

 この二つが合わさったおかげで、英人たちの防衛戦線はかなり磐石なものとなった。

 例え隔壁を手動で開けられても、そのたびに閉じればゾンビたちを分断できる。

 そして分断したところが防衛機構のある場所であれば、後はセントリーガンによる鴨撃ちだ。いくら連中が数で押そうが、その数を確実に減らしていけるのは大きい。

 英人は武蔵たちのいる研究室周辺を駆け回り、主要の防衛機構の起動に無事成功した。

 おかげで、かなり広範囲で銃声が鳴り響いている。近づく者たちを、防衛機構は容赦なく撃ち殺してくれているようだ。

 だが、それでも尚ゾンビたちは押し寄せている。セントリーガンや英人のガトリングガンがどれだけゾンビたちの数を削ろうとも、容赦なく連中は押し寄せてきている。

 こうなると、街中のゾンビどもが一点に押し寄せていると考えるべきだろうか。防衛機構は正確無比かつ疲れ知らずであるが、このままではいずれ突破される可能性もあるかもしれない。

 篭城を決め込むにも、物資があるのかどうかも分からない。このままではジリ貧の可能性もある。


『―――ああ、わかった。英人、聞こえるか?』

「ああ。どうかしたのか?」

『ディスクが出てきた。礼奈ちゃんの治療が終わったらしい』

「本当か!?」

『ああ。だから、一旦戻ってきてくれ。今後について、ディスクから提案があるんだとさ』


 武蔵の言葉と共に、帰り道を塞いでいた隔壁が上がる。

 英人はその道を駆け抜けながら、ようやく本当の意味で安堵の息をついた。


「礼奈の治療が……よかった……」


 昨夜、両親を失い、その墓前に誓った決意。

 それが、何とか果たされたことになる。後は礼奈のその後を武蔵たちに託し――。


「………俺は」


 英人は軽く拳を握り。

 ウィルスとやらに感染し、人ならざる身と化した己の体。

 もはや疎ましいという感情すらわかぬ己に対し、最期にできること。

 英人はそのことについて考えながら、武蔵たちの待つ研究室の扉を開けた。


「礼奈! 武蔵、礼奈は!?」

「今は眠ってる。だいぶ、良くなったみたいだぜ」


 武蔵が指差す先には、ベッドに寝かされた礼奈とその頭をゆっくりと撫でる港の姿があった。

 武蔵の言うとおり、礼奈の顔色はだいぶよくなっており、確実に快方に向かっていることを窺わせてくれた。


「礼奈……よかったぁ……」


 英人は思わずといった様子で膝を突き、相互を崩す。

 今まで繋がっていた緊張の糸。それが、いきなり切れたようにさえ感じる。

 英人は表情を崩したまま、傍らで静かに立っていたディスクの方へと振り返る。


「ありがとう、ディスク……。礼奈の、妹の命を救ってくれて……」

「礼には及ばない。私は私に出来ることをしたまでだ」


 ディスクは軽く首を横に振り、それから英人へと手を差し伸べた。


「差し支えなければ、彼女の容態に関して説明しておきたいのだが、構わないかな」

「ああ……礼奈は、今どうなっているんだ?」


 ディスクの手を借り立ち上がった英人は、もう一度礼奈の方を見る。

 今は湊に様子を見てもらっている。容態は安定しているようにしか見えない。

 だが、防衛機構を起動して回っている間に聞いた話では、礼奈もウィルスに対して何がしかの適正を備えているという話だった。


「……礼奈も、適合者とやらになっているのか?」


 英人が一番恐れている事態はそれだ。

 礼奈もまた、人の道理を外れた化け物と化してしまうこと。そうなってしまうのが一番怖い。

 礼奈には、この地獄を抜けた先で平凡という名の幸せを手にして欲しい。それが、今の英人の一番の望みなのだから。

 不安を口にした英人に対するディスクの返答は、首を横に振ることであった。


「いや……彼女の遺伝子は適合者と呼べるほど、ウィルスと強く結びつくものではなかったようだ」

「そうか……」


 ディスクの言葉に安堵する英人。

 だが、ディスクはそのまま険しい表情で言葉の先を続けた。


「……だが、ウィルスに対して相応の恭順性を見せた……。なんといえばよいのか、ウィルスとの共生を果たしているように思える」

「ウィルスとの共生? というと?」

「ある意味、ZVが目指していた形の完成系であるというべきか。彼女の体は、肉体の変質を経ずにZVと共生を果たしている……ように見える」

「断言しねぇのはどういう理由だ?」

「そう表現するしかないというべきか……すまない。時間がなく、詳しい検査は出来なかった。今確実に言えることは、彼女は人のまま、体の中にウィルスを蓄えているということか……」

「……人ならそれで構わない」


 不安を煽るようなディスクの言葉に対し、英人は淡々と告げる。


「体の中に猛毒があろうと……礼奈は人だ。それだけで十分だ。そもそも、ウィルスの一つ程度、当たり前に人の体の中にはあるものだろう?」

「ああ……そうだな。君の言うとおりだ」

「……まあ、英人がそういうんなら、別にいいかね」


 英人の言葉にディスクは頷き、武蔵は肩をすくめた。

 彼の言葉には、どこか諦観や開き直りの気配を感じたが、そこは大事なことではないだろう。


「ひとまず、私が彼女に出来る最善は尽くした。いってしまえば、半適合者のような状態ではあるが……彼女はゾンビにならず、変異者にもならない。それだけは保証しよう」

「ありがとうディスク……おかげで、俺も安心したよ」


 英人は頭を下げもう一度ディスクに礼を言う。

 そして頭を挙げ、真剣な表情でディスクと武蔵を交互に見た。


「それで……これからどうする? 今は隔壁と防衛機構が効いているが、それも永遠じゃないだろう?」

「だよな。じりじりと確実ににじり寄ってきてやがる。何度隔壁下ろしても、そのたびに隔壁を開けてやがる。壊してねぇから、まだ何とかなってるけど……」


 武蔵は唸りながら、タブレットを絶えず操作して隔壁を下ろしている。

 あちらを下ろせばこちらが開いて、こちらを下ろせばまたあちらが開いて……と、さながらもぐら叩きの様な様相を呈している。

 隔壁の開閉を示す明滅を繰り返す3Dマップを眺めながら、ディスクは英人の問いに答える。


「私が君たちに提案するのは、この街からの脱出だ」

「この街から? どうやって?」

「西側に存在する、脱出用電車を使う」


 ディスクは武蔵の手からタブレットを受け取ると、操作を始める。

 マップが遠景となり、中間市の全景を露にする。そして、西側の一点が赤く明滅し始めその部分が拡大される。

 そこに映し出されたのは、一台しかない電車のようなものであった。

 レールには乗っているが、電線がない様に見える。


「これは、次世代型の小型電車。見ての通り一両編成で、そう走行距離があるわけではないがスピードと生産性に優れるものだ」

「……一両って、走るのかこれ……?」

「走行実験は済んでいるよ。君たちは地下地下通路を通って、ここを目指したまえ」

「地下地下通路?」

「この研究所の地下にある通路だ」

「わざわざ地下地下って称する意味あんのか……?」


 要するに地下通路の一つということだ。わざわざ同じ言葉を重複して使う意味がわからない。

 だがそんなこと些細なことだといわんばかりに、ディスクは話を推し進める。


「距離はあるが、地上を通るより圧倒的に安全なはずだ。地下地下通路はスタンドアローンになっている。ゾンビ共の襲撃もないだろう」

「スタンドアローンってどういう意味だよ?」

「地下地下通路に入るには幹部級研究者の隠し通路を経由するしかない。エアダクトにも通じていないゆえ、触肢タイプの変異者からも逃げ果せるはずだ」

「息は大丈夫なのかそれ……?」

「ボンベは支給しよう」


 つまり息は大丈夫ではないということなのだろう。

 呆れたようなため息をつき、英人は一つ尋ねる。


「……脱出手段があるのはいいが、何で地上から逃げないんだ? 地下地下通路の先に化け物が待ち構えていたら、一巻の終わりじゃないか?」

「残念ながら地上からの脱出手段は用意できない。何しろ、隔離防壁が起動している」

「隔離防壁?」

「この町を覆う通信遮断用帯電霧と同様に、今回の事件を覆い隠すための代物だ。全高五十メートルの巨大な壁で、手動操作にも対応しておらず、なおかつ一度起動すると開放する手段が存在しない厄介な代物だ」

「なんでそんなもん作った」

「先にも言ったが、今回の事件を覆い隠すための代物だ。世界中にスポンサーがいるとはいえ“組織”の汚点たるこの事件が明るみに出れば、当然司法の手も伸びよう。そうなれば、あっさり切り捨てられるのが外道というもの」

「だから隠すってのか……この街を」


 武蔵は鼻にしわを寄せ、嫌悪感を露にする。


「ちょっと見直せたと思ったらこれかよ……。お前ら、やっぱりくずだな」

「その言葉は事実として受け止めさせていただく。だが、必要な措置ではあるのだ。ウィルスをこれ以上世界に撒き散らさず、救援による二次災害も防ぐためにな」

「………っ」


 淡々としたディスクの表情。見飽きたそれが、妙に迫力のあるものに見えたのは武蔵の気のせいだろうか。

 一方で、ディスクの言葉に妙に納得したように英人は頷いていた。


「携帯電話が街の外に通じなかったのは霧のせいだったのか……。外から救援が来ないのも妙だと思ってたが、そうなると国道とかはどうなるんだ? 中間市は田舎だが、一応全国に通じる国道はあるが」

「隔離防壁起動と同時に中間市方面は全て通行止めになる。事故に装っているので、一日二日程度はごまかせるはずだ」

「つっても、そんな長いことはごまかせないだろいくらなんでも」

「うむ。故に、私はこれから最終システムを起動させなければならない」

「最終システム?」

「ああ、そうだ」


 ディスクは頷き、いつもの通りの表情でこう言った。


「中間市の各所に点在する、原子力発電機。全てで七機存在するそれを一斉にオーバーロードさせ、全てを放射能で消し飛ばす。それが、今回の事件における最終システムであり、唯一の解決方法だ」




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