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中間市 -11:21-

 ガシャガシャと物々しい音を立てながら扉を開いて部屋の外に出ると、まず目にはいったのは扉の両脇を守るように下りている隔壁であった。

 上の方を見上げてみれば、確かにレバーのようなものがむき出しになっている。


「せめてむき出しはやめておけよな……」


 手動開閉レバーを恨めしげに見上げながら、英人は隔壁に近づく。

 軽く襟元の通信機を叩き、その向こう側の武蔵へと声をかけた。


「武蔵。聞こえるか?」

『おう、聞こえるぞ。感度は良好だな』


 通信機の向こう側の武蔵から軽快な返事が返ってきたことに安心しながら、英人は隔壁の前に立ち武蔵に確認する。


「俺の位置は分かるか?」

『ああ。地図の上にアイコンでてる。とりあえず、そっちの一番近い防衛機構からいじってくのか?』

「方角も何も分からない。侵攻速度が速い場所からいこうとは軽く考えたけど、そういうのは分かるか?」

『まだ距離が開いてるからなぁ……。単純に、防衛機構の近い位置から行こうぜ』


 武蔵のその返事と同時に、英人の前に立つ隔壁が開く。


『とりあえず、隔壁の開いてる場所に向かって進んでくれ。一番近い位置まで迷わずに進めると思う』

「ああ、わかった」


 英人は駆け出しながら武蔵へと返事を返す。

 彼の言うとおり、横道には全て隔壁が下りており、防衛機構への順路は無事に出来ているようだ。

 角を曲がりつつ、英人は武蔵へと問いかける。


「ディスクはどうした?」

『薬剤の調整が終わったとかでまた篭ったよ。ワクチンはともかく、礼奈ちゃんの治療にもう少しかかりそうだっていってる』


 その言葉を聞き、英人の歩調が微かに鈍る。


「……ディスクはそのことに関して、なにを言ってた?」

『……それがディスクにもよく分からないらしい。礼奈ちゃん、ウィルスの侵攻が遅い割りに、ワクチンとも相性が悪いとかで』


 迂闊なことを口走ったと悟った武蔵は、ばつが悪そうな声を返しながらディスクから得た情報を英人に開示する。


『ディスク曰く、英人の家系の遺伝子がなんか特殊なんじゃないかとか言ってた』

「……それはないんじゃないか? 親父も、お袋も化け物どもに殺されてた」


 一番最初の防衛機構へと到達した英人は、それらしいドアを探し当てディスクから受け取ったカードキーをドアの横のリーダーへと滑らせる。


「まあ、親父はゾンビ相手に大立ち回りしてたみたいだったし、お袋は礼奈を守るために人柱みたいになってたけど」

『……いやまあ、皆が皆、お前みたいって意味じゃないと思うぞ……?』


 親の死に際を話すにはそっけなさ過ぎる英人の言葉に、武蔵はかすれたような返事を返す。

 英人は口をへの字に曲げながら、ドアの中に入り、英人は中を見回す。

 防衛機構というからには物々しい監視ルームのような部屋を想像していたが、ロッカー程度の奥行きしかない狭い部屋の中には壁に埋め込まれたパソコンのようなものが鎮座しているばかりだ。パソコンの画面には、“Defense mechanism”と表示されている。……防衛機構の英訳だろうか。


『ディスクが言うには、ご両親の遺伝子が合流した結果、英人のような適合者が生まれたと仮定した場合、礼奈ちゃんもやっぱり何らかの形でウィルスへの耐性や適正を備えてる可能性があるんだと。まあ適合者の臨床データとかなにやらが絶対的に不足してるせいで仮定の域を出ない話らしいんだけど』

「……礼奈がウィルスに関して何らかの適正を備えていたとして、それがあの子に不備を与える可能性に関しては何か言及していなかったか?」


 目の前のパソコンのコンソールに軽くなぞる。

 キーの数はさほど多くないが、その全てが名称不明の記号で構成されている。恐らく部外者に用意に操れないように設計されたためなのだろうが、おかげでどのような仕様なのかさっぱり分からない。


『それに関しちゃ、特に何もいってなかったなぁ。ところでアイコンが動いてないけど、なにがあったんだ?』

「今、防衛機構の制御室にいる。パソコンみたいなのがあるんだが、操作の仕方が分からないんだ」

『……まさかと思ったけど、もうついたのかよ。一番近いっても、それなりに離れてるはずなんだけどな……』


 さらに言えば、今英人が来ている装甲服は500kg超の超兵器。それだけの重量を抱えて、まさか数回分の会話程度で防衛機構の元まで到達するとは思っていなかった。

 今更ながら親友が人の道を外れていることを実感した武蔵は、小さなため息と共に手元のタブレットを操作する。


『ちょっと待ってろ……これか? ……これを読む限り、カードリーダーに職員カードを読み込ませると、勝手に起動するらしいぞ?』

「コンソールがあるが、これは?」

『それは防衛機構の詳細設定をいじるものらしい。ひとまずは置いておいていいんじゃないか?』

「……言われて見ればそうだな」


 ひとまずは化け物の迎撃さえ出来ればいいのだ。防衛機構の設定をいじる必要はないだろう。

 英人は武蔵の言うとおりに、コンソール付近にあったカードリーダーにカードキーを読み込ませる。

 すると、画面に映っていた文字が“Defense mechanism”から“On Line”へと変わる。

 同時に、部屋の外で物音が聞こえたため英人は外へと出てみた。

 すると、防衛機構がある部屋のすぐ傍の天井から、セントリーガンと呼ばれる兵器が姿を現していた。

 赤外線センサーを照射し、ゾンビたちが来るであろう方向を睨みつけているセントリーガンを見上げながら、英人は一つ頷いた。


「防衛機構の起動に成功した。ひとまず、この通路はこれで平気か」

『そこだけじゃなくて、その周辺一体の防衛機構が動いたみたいだぜ。よし、それじゃあ次は――』


 武蔵は地図上でセントリーガンが作動するのを確認しながら次の目的地を探す。

 そして、今英人のいる位置から最も近い防衛機構の場所を確認すると、険しい表情で通信機の向こう側から英人に声をかけて来た。


『……やべぇぞ。次の場所、もうじき化け物どもが通過しそうだ!』

「なんだと!? 思ってた以上に早い……!」


 英人は素早く身を翻し、次の防衛機構の場所へと駆ける。


「隔壁を開けてくれ! できれば通り過ぎる前に防衛機構に取り付きたい……!」

『ああ、分かってる!』


 武蔵の一声と共に、今まで通ってきた道が塞がり、別の道が開いてゆく。

 武蔵の導きに従い英人はひたすらに走る。

 ディスクが渡したこの装甲服、武装としてガトリングガンが二丁ついてはいる。

 だが、無駄撃ちは禁物だ。現状補給の当てはなく、起動しなければならない防衛機構の数も明確には把握できない。

 総数がどうかというよりは、どれだけ起動させれば安全なのかがはっきりしないというべきか。

 起動させられる範囲は起動すべきだろうが、肝心の化け物たちが防衛機構のある範囲を通り過ぎてしまっては意味がない。

 防衛機構のある場所まで到達するのも骨だし、そもそも防衛機構の内側にまで踏み込まれては防衛機構が守ってくれなくなるからだ。


「くそ……! こっち側でこの速さで来るんなら、反対側は……!」


 英人がマップで化け物どものいる場所を確認した時には、四方八方から化け物たちが詰め寄ってきていた。

 この調子で防衛機構を起動していたのでは、反対側を起動させるのに間に合わない可能性が高い。

 仮に防衛機構を起動できなければ、礼奈を、湊を、武蔵を……あの三人を守るものは、化け物でも開けられる程度の隔壁が数枚だけだ。


「くっ……!」


 焦燥が英人の脳裏を焼き、その両足に尋常ならざる力を与える。

 床を踏み砕き、割りながら突き進む英人のそのさまはさながらブルドーザーのごとく。

 アクセルを踏み抜いた重機のごとき疾走は止まることなく、一直線に目的地を目指す。


「―――!!」


 防衛機構のドアが見えてくる。幸い、その目の前にある隔壁はまだ上がっていない。

 このままいけば、化け物たちが現れる前に防衛機構を起動できる。

 ――だが、英人が防衛機構のドアに取り付こうとした瞬間、天井から触肢子供が姿を現した。


「ッ!?」

―キィー!―


 現れた触肢子供は英人を一瞥するが、すぐに身を翻して隔壁の操作レバーに取り付こうとする。

 このまま放置すれば、防衛機構は起動できても化け物たちがこちら側になだれ込んでくる。あの物量をセントリーガンだけで果たして捌き切れるか。


「チッ!!」


 迷いは一瞬。英人は背中のバックパックにつるされているガトリングガンを手に取る。

 長いベルト式弾装をバックパックから引きずり出しながら、その銃口を今まさにレバーを引き下ろそうとしている触肢子供へと向ける。


「くたばれぇ!!」


 英人は引き金を引く。同時に飛び出す無数の弾丸。

 激しい振動により銃口がぶれ、さながら散弾のように触肢子供の体に銃弾が襲い掛かった。


―ギ、キィィィ!!??―


 全身を雨のように襲いかかる銃弾。肉と骨を引き裂かれ、悲鳴を上げる触肢子供。

 たまらず落下し、ベシャリと廊下の上に落ちる触肢子供の体を確認し、英人は防衛機構を起動させるべく、部屋の中へと飛び込む。

 カードーキーを滑らせ、防衛機構がオンラインとなり、セントリーガンが天井から姿を現す。


「よし、これで……!」


 防衛機構の部屋から天井の様子を確認し、安堵の息をつく英人。

 そのまま次の防衛機構へと向かうべく、武蔵に指示を仰ごうとした瞬間、セントリーガンが火を噴いた。


「なに!?」

―キィー!?―


 そして聞こえてくる悲鳴。慌てて外に飛び出すと、触肢子供の体がぼとりと廊下に落ちたところであった。

 二匹目が、いつの間にかこちら側に来ていた。ならば、レバーは。

 英人が視線を上げると、隔壁のレバーはしっかりと下ろされていた。


「……くそが」


 英人は歯を食いしばる。どうやらセントリーガンは対象を認識してから発砲までにラグが存在するようだ。

 ゆっくりと音を立てて上がる隔壁。その向こう側には、無数の化け物の足が見えた。


「 あ ー … … 」

「 う ー … … 」


 セントリーガンは侵入者の反応を感知し、その銃口を隔壁向こうの化け物たちにセットする。

 だが、こちら側の砲数は四門。化け物たちの数は甚大。絶対的に不利なのは間違いない。


「くそ! 武蔵! 隔壁はそっちから操作できるか!?」

『今やってる! けど、どう操作したらいいのかはっきりと分からなくて……!』


 焦る武蔵の声と同時に、火を噴き始めるセントリーガン。

 ゾンビたちの体がなぎ倒されていくが、壁のように放たれる銃火の中を潜り抜けるゾンビの姿もあった。


『こっちで何とかできれば、時間稼ぎできるのに……!』

「その時間を少し稼ぐ! 次の防衛機構のルートだけは開けといてくれ!!」


 英人はもう一丁のガトリングガンを引き抜き、並み居るゾンビたちのほうへと銃口を向ける。


「数だけ減らせ、クソゾンビども!!」


 英人が吼えるのと同時に、ガトリングガンが唸りを上げる。

 無数の銃火は、ゾンビたちの体に無数の血の花を咲かせていった。






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